第320話 狼拾っちゃいました
森の地図を片手に藪の中を進んで行く。熊狩りの際に何度も通った道だ。藪も冬場と言う事も有ってそんなに急速に生えてはこない。若干春の芽生えは見えたが、まだまだ可愛い物だ。
「狼ですね。小さな群れが点在しています。こちらには気付いていませんし、気付いても離れる群れが多いです。何かに怯えているような印象を受けます」
ロットが先頭から下がって来て報告をしてくれる。
「ゴブリンを狩って食べてたのはみたけど……。ダイアウルフが結構外側に進出してきているのかな……。テリトリー的にはもう少し奥の方だった気がする。まだ浅いよね?」
「はい。全然浅いです。我々が熊を狩っていた頃にこの辺りで狼と言うのは見ないですね。人間に狩られる可能性が高いのが分かっていますので、もう少し深い所で生活していました」
思った以上に生態系の狂いは深刻な気がする。冒険者ギルドが手をこまねいていた間に、森の勢力図が完全に塗り替わっている。それがどうなっているか知るには今後の地道な調査しかない。
ノーウェ切れそうだな……。軍の出動は視野に入れてもらおう。レポート書かないと駄目だな。
ロット、ティアナ、ロッサ、リナは周囲を警戒しながら、前進する。やや伸び始めた藪を鉈で落としながら、先に進む。極力最短距離を取り、簡易宿泊所まで目指す。どうも一回切り開いた場所を他の冒険者も利用しているのか複数の足跡が残っていたりする。これで固定化されれば道になって簡易宿泊所までのルートが楽になるんだが。
向こうからは近付いて来ないので、移動に専念出来る。2時間も歩けばやや奥辺りまで到着する。ここまで来れば熊のテリトリーだ。飢えた熊には遭遇したくないなと言う気も有る。痩せているので肉がそんなに高く無い。毛皮もそこまでの高騰はもう終わった。富裕層には行き渡ったらしく、買取価格はがくっと下がっている。
「熊どうしよう……。受付で聞いた限り、もし狩っても大物で肉合わせて30万強くらいかな。美味しいけど、この人数だと美味しく無いかな」
すごく贅沢な事を言っているが、パーティー資金も考えると頭で3万程度だ。1人でゴブリンを15匹程倒したくなる。鼻15個で済むならそっちの方が楽だな……。
「持って帰る手間を考えると、超面倒なだけな気がする。放置で良いんじゃないの?」
フィアが答える。皆も渋々頷く。だよなぁ……。労力に見合わない金額になっちゃってる。贅沢な話だけど、放置しようか。
「そう言っている間に、熊ですね……。この気配は。前方ですが、ずれています。このまま進みましょう」
ロットが告げてくる。
皆に注意を促し、静かに、避けて行く。
急いだお蔭か、昼少し過ぎには簡易宿泊所に辿り着く。2軒の予定者は出て行っているのか外の閂がかかっている。
開けて閂がかかっていない2軒にお邪魔する。どうも外閂がかかっているのが使っていると言う証と言うのが暗黙の了解で決まったらしい。
「さて、お昼かな。鴨まだいるかなぁ……」
そう言うと、フィアを筆頭に皆の目がキュピーンと輝く。
「また鍋!? 超期待なんだけど!?」
フィアが肩を掴んで揺すぶってくる。ぐえー。
「後、鹿がいれば嬉しいかも。もし出来たらお願い」
そう言うと、リズとロッサが頷く。猟担当の双肩にお昼ご飯がかかっている。
採取班と薪班に分かれて、集める。今回は載せて帰る物を想定していないので薪もそれなりに載せてきた。基本的にはダイアウルフの動向確認が出来れば御の字程度の話だ。他はのんびり美味しい物でも食べられれば嬉しいかな。
そう思いながら薪を探すが周囲に全く落ちていない。皆、考える事は一緒かと結構戻りながら探す。流石に道を外れてまで探すと遭難の可能性が有る。ホバーで上空に上がって探す事は出来るけど、そこまでの話でも無い。
てくてくと帰りはホバーだなと思いながらひょいひょいと拾い始める。ある程度でまとめて荒縄で縛り、束を担いで次を探す。ふと、『警戒』ぎりぎりに狼の気配が引っかかる。かなり小さな気配で子供のようだ。群れかなと思って、そちらの方に少し寄ってみるが周辺に気配は無い。対象も動く気配が無い。これ、タロの時と同じパターンか?
注意しながら近付くと、狼が一匹、伏せた状態で動かない。『隠身』を解除し、音を鳴らしながら近付くと、威嚇の声を上げるが、まだまだ幼い。『馴致』を使って、コミュニケーションを試みる。
『危害は加えない。近付くが良い?』
『くるな、かえれ』
『危なく無い』
何と言うか、これが少女とかだと事案だよなと呑気な事を思いながらじりじり近付く。狼側も逃げようとするのだが、立ち上がった瞬間によろける。左の後脚を引き摺りながら懸命に距離を取ろうとする。怪我をしているか、後遺症か……。どちらにせよ、見ないと分からない。埒が明かないので、薪を置いて、ざっざっと近付いていく。
『安心して』
『馴致』を使って、取り敢えず逃げるのを止めさせる。下手に動くと傷なら悪化する。じっと何かに堪えるように狼が伏せる。左後脚を触るが痛がる様子は無い。見ると瘤のように盛り上がり、変な方向に癒着している。これ、骨折か何かして、変なくっつき方をしたのかな。細かく震えているのを撫でて落ち着かせようとするが、細い。毛皮で分からなかったが、タロと比べ物にならない程に細く、毛並みも悪い。栄養が全然足りていない。ここで治すと暴れて体力を消耗するだけか。先に食べさせないと駄目かな。
『家に戻ると食べ物が有るけど、食べる?』
じーっとこっちを見ていたが、何かを諦めたのか、ウォフみたいな声で鳴く。
『たべる』
抱き上げて見てみると、雌だった。流石に思考で雄雌は分からない。はぁぁ、タロのお嫁さんは探していたから、良いのかな。今年生まれた子供だろうし、年齢も離れていない。抱き上げると、恐怖なのか疲労なのか空腹なのか、ガタガタと震える。猟組の獲物に期待するか。そう思いながら優しくゆっくりと撫でながら、簡易宿泊所への道を戻る。
きっと群れから捨てられたのかな。こんな中途半端な場所で捨てられるのも可哀想に。どの程度食べていないかにもよるけど、そのままの肉はあげられないかな。ミンチにして調整してあげよう。
簡易宿泊所に着いた時には、猟組も採取組も帰って来ていた。
「あれ? タロ……じゃないよね?」
フィアが抱いている狼を見て、言う。タロよりも白色が強めだ。ただ、くすんでいるので本当の色が分からない。
「森で怪我をしているのを見つけた。群れから捨てられたと思う。流石に放っておけなかった。リズ、獲物はどう?」
そう聞きながらリズの方を見ると、キラキラした目でこちらを見ている。この子、あんまり世話しないのに、増えるのは嬉しいのか?
「鹿は何とか獲れた。鴨も大丈夫。結構な数が狩れたよ」
鴨は2月半ばを超えれば、脂が落ちる。そのままだと美味しく無いと思う。ただ、健康には良いか。
「鹿は雌?」
「妊娠していない雌だよ。2歳か3歳くらいだと思う。今ロッサが解体中だよ」
「鴨は前と同じく、羽の処理をお願い。肉と内臓だけ先に欲しいかも。この子にあげるから」
「分かった。さっさと処理する」
そう言いながらリナと一緒に捌きに行く。他のメンバーはキッチンで火を熾したり、料理の準備に入ってくれている。鴨は狼用と出汁にしちゃうか。
お昼は、鹿しゃぶかな?そう思いながら震える狼を抱きしめ、ゆっくり撫でて落ち着かせていった。少しずつ震えは緩んで行く。安心してくれたかな?ただただ大丈夫、大丈夫と『馴致』で送り続ける。