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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
321/810

第318話 幸せな時間は同じように味わって欲しいなと思うのは駄目ですか?

 受付で毎度のように人の壁を作って入金作業を行う。皆やっと状況が呑み込めてきたのか、ほくほく顔が増えてきた。残高が倍になるのだ。そりゃ、ほくほくもする。

 ロッサ、リナも嫌な顔をせず、壁に参加している。パーティー資金を分割する際に140万が何もせず手に入るのだ。それはそれで大きい。他のパーティーでは有り得ない。それでもそれを良しとするこのパーティーを私は愛している。


 入金作業も終わったので、皆それぞれの目的で別れる。場に残ったのは私とリズ、ティアナとドルとロッサ。リズとティアナ用に別の会議室を借りて、そちらで話をしてもらう。


「ヒロ、ちょ、構えられると話しにくいよ?」


「誰かに聞かれたい話でも無いかなって」


「そりゃそうだけど……。確かにもう場所作って話を聞くしか無いかなぁ……」


「でしょ?」


 リズと小声で相談する。残りのメンバーはきょとんとしているが、愛想笑いで送り出す。


「ロッサは少しだけ待っててくれるかな。後でドルと一緒に見てもらいたい物が有る」


「分かりました。エントランスで待てば良いですか?」


「うん。お願い。話は早めに終わらせるよ」


 そう言うとロッサは頷き、エントランスの体面テーブルに座る。正直、ロットのパーティーとして名が売れているので、変なちょっかいをかけてくる人間はいない。私は……何だろう?男爵ですなんて喧伝しながら歩かないから目立たない。パーティー間の交渉はロットに任せている部分が多いのでそんな感じだ。実害が全くないので逆にありがたい。


 ドルと一緒に先程の部屋に戻る。職員にお願いして、お茶を2つ用意してもらった。リズの部屋とロッサにも用意してもらっている。


 一服しながら、重装の調整の方を聞く。帰ってから対象の2人が好き放題動いているので、まだ微調整が出来ない。ただ、装備側での調整は完了したので、後は固定用ベルトの取り付け位置の調整等らしい。女性は特に胸部と背部との接続にクッションを強めに入れないと痛いし、衝撃が逃がせない。それに遊びの部分を守るメッシュも微調整が必要なので結構面倒らしい。男性用は何も考えずすとんと作れるので楽らしい。


「女性の場合、どうしても胸部が引っかかりになる。あそこに獲物が当たった時に衝撃が逃げ無くてな。それを滑らすか、中身、まぁ緩衝材で衝撃を拡散させるか。色々考える。そこが面白いがな」


 ドルがお茶を含みながら、話す。鍛冶仕事になると饒舌になるのは職人の本能なのか、日本と変わらんなと思う。でも、中々聞けない事なので面白い。


「だが、物は保証する。久々に全力で納得がいく物を作れた。やはり本人を知っているか知らんかは大きい。職人として正しいかは知らんが、こうやって実戦の場で共に戦った意味は有ると、今は感じる」


「はは。ドルの望み通りになった感じかな。理論と実践は別だし、そこを納得して技術に昇華出来たなら価値は有るかな?」


「あぁ。密度が濃いのも有るが、人材が多岐に渡る。こんなに斥候が厚いパーティーは知らんし、徹底的に戦術に拘るパーティーもな。そう言う意味では何を補強すべきかが見えやすいのは助かる。そうだな、目的がはっきりする。それが大事だったのだろうな」


 社会生活と一緒かな。結局目的がぶれると達成は困難になる。ドルの場合だと、相手は知っていても、相手が何を望むかまでは分からなくて模索して足掻いていた。そこがクリアになってきたので自信にもつながり、クオリティも上がるのだろう。


「そこから、基礎を抽出して、今後の開発に生かせそう? 皆が絶対に必要な何かって絶対に有ると思うんだけど」


「それは思ったな。一から作っていて、女性が必要だと感じる事はこれだと言うのは見えた。そう言う意味ではこの休養期間は有意義だった。金の心配もしなくて良いしな。本当に助かった」


 ドルがにやりと良い顔で笑う。


「男性向きの部分とも整合して行けば、改めて要素を抽出して、汎用から応用まで作れるんじゃないの? そこまで行けば納得いく物の先は見えると思うけど」


「そうだな。独り善がり……だったんだろうな。基礎は学んだつもりだったが、学んだつもりだっただけだ。本当に自分が体得はしていなかった。そこが見え始めた。先は長いが、見えては来た」


 ドルが頷き、呟く。あの頃の友を亡くした悲壮な色は見えない。少しずつでも前に向かっている。それが感じられただけで十分だ。ロッサと一緒にこれからも前に進んで行けるだろう。


「で、話は変わるけど。婚約したよね?」


「あぁ。腕輪は受け取ってもらえた。リーダーの許可のお蔭だな。これからは共に歩む」


「うん。おめでとう。祝福する。で、提案なんだけど」


「提案?」


 ドルが怪訝そうな顔をする。


「女性が喜びそうな事って想像出来る?」


「師匠に付いてからは鍛冶一筋だな……。女は一緒に働いていたが、同じ弟子としてしか見なかった。店を出しても忙しかったからな。分からん。想像も出来ん」


「まぁ、男性は理性で、女性は感情で生きるなんて言うけど、ロッサはその感情が抑圧されて生きてきた。やっと、感情を発露しても良い、自分が楽しんでも良い状況になった感じかな」


「ふむ。確かに初めの頃に比べて、表情は豊かになったな。共に歩みたいと思ったのも、その変化に沿って強くなった。魅力を増した感じだろうか」


 ドルが頷く。


「で、私、婚約も初めて結ばれたのも、青空亭なんだけど。あそこのサービス良いよ」


「そうなのか?」


「うん。折角だし、ロッサが喜ぶ事をしてあげて欲しいかな。一緒に居るだけでも幸せだろうけど、そこから一歩、もっと喜ばせたいって思えるのが今後の円満には重要になってくると思う」


「そうだな……。研鑽無くして完成は有らじと言うのが師匠の教えだったが、人間関係、夫婦関係も一緒か……」


「仲間付き合いも一緒だよね。と言う訳で、どう? 私の時のプランでお願いしたら、やってくれると思う。値段も手頃だし。折角の初めての夜だし、演出も悪くないと思うよ。ロッサの記念にもなるだろうし」


「ロッサのと言われると弱いな。まぁ、その辺りの機微は分からん。付き合ってみるか」


「個人的には感動した。嬉しかった。まぁ、どっちにせよ迎える物なんだから、試しても損は無いでしょ?」


「分かった。異存は無い。宿には話をする。済まんな、こんな話まで付き合ってもらって」


「いや。ロッサに聞いたから。下世話な話かつ踏み込んだ話で申し訳無いけど、折角の機会かなって」


「不快では無い。むしろありがたい。まぁ、お人良しとは思うがな」


 ドルがやや苦笑気味に微笑む。


「出来れば円滑にパーティーが回って欲しいからね。あぁ……もう一つ。避妊の件だけはお願いしたいかも。もう少しだけ待って欲しい。これはこっちの都合で申し訳無い」


「分かっている。新領地が落ち着くまでは無理だろうと言う話はロッサともした。ロッサも父母が亡くなる前に加護は受けたと言っている。そこは安心してくれ」


「助かるよ。ごめんね。こっちの都合ばっかりで」


「構わんよ。リーダーの方針に従うのがメンバーの務めだ。それに俺達の事を考えてくれているのも十分理解しているし、感じる。気にするな」


 ドルが頷く。


「んじゃ、話は以上かな。ドルはどうするの?」


「重装の微調整だな。リズとリナが来ないと最終調整は出来ないが、予測で微調整は進めている。着て最終調整と言う段階までは進めておく」


「分かった。じゃぁ、ちょっと鍛冶屋まで付き合ってもらえるかな? あー。先に昼かな。さぁ行こうか」


 頷き合い、会議室を出る。


 エントランスではロッサがお茶を片手に待っていた。ドルを見た瞬間の綻ぶような笑顔に、心が浮き立つ。あぁ、この子、こんな顔が出来るようになったんだ。親かと自分に突っ込みながらも嬉しい気持ちは隠せない。


「終わりましたか?」


「うん。話は終わった。次はロッサの番かな。ドルにもちょっと付き合ってもらう話だから」


 昨日の雑談の時に、ネスには今日クロスボウの試射を行う話はしている。


 昼はいつもの食堂で済ませた。客がいなければ良いんだけど。


 そう思いながら鍛冶屋に行くと、客が丁度途切れたところだった。砥ぎのお客さんなんだろうけど、包丁片手に歩くのは良いが、布か何かで包んで欲しい。危ないし、怖い。


「こんにちは、ネス。今大丈夫?」


 そう言うと、ネスが若干構えていたが、それを解く。


「逆に慣れ()ぇな。あぁ、空いた。昨日の件か?」


「うん。この子。試射出来そう?」


「裏の資材置き場で試すか。的は用意した」


 そう言いながら、鍛冶屋は弟子の人に任せて裏に回る。林を切り開いて空き地になっている。大体長さ50m程度の長方形の空間だ。端の方に掘っ立て小屋が有る。あそこに鉄材や炭なんかを仕舞っているのかな?横には薪用の木材が積まれている。

 奥を見ると、プレートメイルの胴部分が木材に縛られている。


「あれが的だな。厚さは大体3cm。騎士団の制式重装より厚めの冒険者仕様だ。あれが貫けりゃ、大概の(もん)は貫ける」


 やや湾曲した胴だ。滑って弾かれる可能性は有る。


「試験は?」


「耐久試験は行った。30mで貫通は確定だ。弦は魔物の腱を使ったっつったろ? 正直品質にばらつきは有る。大体300から500で交換だな。まぁ、化け物だ」


 そう言いながら、掘っ立て小屋の中に入り、布に覆われた塊を持ってくる。


「これは?」


 ロッサが呟き、ドルと一緒に首を傾げる。


「ロッサが今後、ドルと一緒に未来を歩む為、あらゆる障害を打ち払う為に開発した新しい力。ロッサがロッサとして生きる為に振るうべき力、かな?」


 そう言いながら、布を剥す。そこには予想以上にコンパクトなクロスボウが存在していた。実際に完成した実物を見るのは私も初めてだ。昔、資料館で見たクロスボウはもっと弓の部分が大きかった。


「張力がなぁ。仕様通りだと引けねぇ。素材の腱がえげつねぇ。元々鋼材を吊るのに流通している代物(しろもん)だ。この長さ辺りだろうよ。女子供で引ける限界は」


 首を傾げたロッサに、弦の引き方を説明する。引っ掛けに足を踏ん張り、ハンドルを背中の筋肉で押す。キリキリと言いながら弦が引かれ、トリガーでロックされる。鋳造の矢を装填し、的を狙ってもらう。


「ロッサ。上の出っ張りが2個見えるよね? それが的に真っ直ぐ重なるように調整して。それが基準になる。後は環境でどうずれるかは体感で覚えて」


「はい」


 ロッサにそう言いながら、膝射で構えさせる。コンパクトになった分、ターシャの小柄な体でも何とか支えられる重さになった。慣れない構えに若干戸惑いながらも、弓の経験が長いので、ぶれない姿勢に調整をしていく。


「ここを引くんですよね?」


 ロッサが言う。


「弓を放つ時と一緒。息を吸って、吐きながら静かに引いて」


 そう伝えると、ロッサが息を大きく吸い込み、気合を込める。静かに息を絞り出しながら集中を上げて行く。


 パウっと言う高い音が鳴った瞬間にズダンと言う音が先の方から聞こえる。矢はほぼ胴の真ん中に刺さっているように見える。

 4人で的まで歩いて行って確かめるが、予想以上だった。


「おいおい。50mだぞ? 1.5cm厚の重装なんて走るのもきちぃ。それが、これかよ」


 ネスが額を押さえて天を仰ぐ。

 矢は溶接された矢羽の一部をひしゃげて突き刺さっていた。約30cmの矢が人体と骨を想定した木材を含めて貫通している。


「成功……かな。ロッサ、どう? 使えそう?」


「はい。風の影響は弓程受けません。微風ですが横風は吹いています。考慮せずに真ん中を狙いました。ただ、若干上に跳ねる傾向は感じます。そこは慣れでしょう」


 ロッサが冷静に結果を説明してくれる。狙ったのは腹部らしいが、若干跳ねて胸と言うか鳩尾の近くに刺さっている。この辺りは今後の課題かな。


「おい、リーダー。これ、まともな鋼材だぞ? それを矢で貫くのか? しかも貫通してやがる……。防ぎよう、無いぞ?」


 ドルが鎧の状況を見分し、呆然としながら呟く。


「うん。徹底的に管理しないと世には出せない。出せてうちの領内の直轄兵だけだと思う。なので秘匿する。ドルもロッサもその辺りはよろしく。特にドル。今後ネスと一緒に開発、製造、保守運用を任せると思う。よろしく頼む」


「はぁぁ……。こんな物が有るのか。女子供でも騎士が殺せる世の中か。俺等も時代遅れになるのか?」


 ドルが眉根に皺を寄せて、呟く。


「まだまだ世の中に流通させる気も無い。ここに有るこれだけが形になった物だし。ただ、今後領内で流通させる場合は注意が必要かな。外部には絶対に流出させられない。徹底的にそれはカバーする」


 自衛隊の銃管理の規定は昔、ちらっと見た記憶が有る。あれに近い運用になるだろう。それも日本に戻って調べないと駄目だな。


「しかし、防ぐ方法は考える必要は無いのか?」


「弱点も有るよ。装填に時間がかかる。保守運用に金と手間がかかる。動く相手を狙うのはやはり予測が必要。なので、今後の鎧は最低限の斬撃を防ぎつつ、身軽に動ける物が主流になるかも」


 弱点は運用でカバーするしかない。交代か引き渡し式かは分からないけど、装填と射手は用意するし、動体相手には数を用意する。その辺りは戦略、戦術レベルだ。為政者側でフォローすべき話だ。


「そう言う流れか……。今の重装も時代遅れになりそうだな。まぁ、軽装との中間辺りを意識して致命傷を避ける装備と言うのを考えるか……。保守運営はネスと調整する。開発は見せてもらっていないので、詳しく聞く」


 ドルが改めて、覚悟した顔で言う。ネスもそれに頷く


「まぁ、今はロッサがこの新しい力に習熟してくれるのが先かな。練習は出来そう?」


「大丈夫です。弓の感覚も生かせます。動く目標に関しては、今後冒険の際に、少しずつ慣れます。まずは鳥などを相手に試していきます」


 ロッサが真剣な顔で言う。


「うん。ネスと協力して、そこはお願いする。じゃあ、皆、方針としては大丈夫かな? 今後の新領地の要になる筈だ。失敗も漏洩も出来ない。ちょっと難しい話だけど、よろしくお願いする」


 そう言うと、皆が頷く。


 新しい力。覚悟を見せてくれたロッサ。支えると決めてくれたドル。二人だから、見せた。託した。

 これを、領地に広めるかはまだ決めかねている。朱雀大路と五稜郭が有れば弓兵の優位性は飛躍的に上がる。ただ、今後を考えた場合に圧倒的多数を相手にする場合は、規格外の力も必要だ。その辺りはもう少し先にしよう。今は、まずロッサだ。


「ちなみに、ネス。耐久試験の時、弦って最終的にどうなったの?」


「こいつは特殊でな。各繊維が脆くなり徐々に千切れて張力が下がりやがる。それが合図で替え時が見える。いきなりぶちっと切れて弾ける軟な(もん)じゃ()え。そうじゃ無きゃ、鋼材なんて吊れん」


 そりゃそうか。しかし異世界品が絡むといきなり極端な結果になるな。このサイズでこの威力かよ。ゲリラ戦出来るよな。正直、防衛戦なんてまっぴらだ。さっさと情報を集めて徹底的にゲリラ戦で厭戦意識を高めて士気を崩壊させる。そっちの方がお気に入りだ。


 そんな事を考えながら、今後の運用を相談する。前に考えていた通り、冒険外の時はネスが保管する。冒険の時も基本的に布で隠して使う時だけ取り出す。引きっぱなしは弦を痛めるので、毎回引くのが前提だ。


「しかし、ロッサが必殺か。今後は斥候がこいつを持って背中を狙ってくるのか。ぞっとしねぇな」


 ドルが怖気を払うように呟く。うん。それが未来だ。私達が辿ってきた未来だ。でも、そこに紐付けさせる前に全てを打ち砕く。圧倒的に前に出てしまえば追随もされない。前に出ると決めたんだ。周回遅れにしてやる。牙持つ者として攻められない状況を作り上げる。


「まぁ、それは大分先だよ。んじゃ、明日はちょっと森に入るつもりだから、明後日以降かな。予定は大丈夫そう?」


 そう言うと、2人が頷く。ドルがロッサの手を握っているのが何だか嬉しい。


「じゃあ、今日は解散かな。時間ありがとう。お疲れ様」


 そう言って3人と別れる。


 夕暮れの始まりの中、家に戻るとリズが部屋でタロと遊んでいた。


「あ、おかえり」


「ただいま。お手伝いは大丈夫?」


「休憩貰えたよ。もう、疲れた。倒れるー」


 リズがぽてっと寄りかかってくる。それを支え抱きしめる。


「タロの散歩に行こうと思うけど、気分転換にどう?」


「嬉しいかも。行こう!」


 そう言ってリズが支度を始める。タロは遊んでもらっていた状態から散歩への移行と言う事で大ハッスルだ。箱の中で飛び跳ねている。


『まま!!さんぽ、いくの!!』


 首輪をはめていると、頻りに擦り寄ってくる。甘えん坊になったな。箱の影響がまだちょっと残っているのかな?


 そう思いながら、リズと一緒に村を歩く。何気ない雑談の一つ一つに心が躍る。あぁ、愛する人と一緒にいるだけで、こんなに幸せなんだな。ドルとロッサの姿を見て、改めて実感した。


 夕暮れも深くなり、夕闇に置き換わり始めた頃に、タロが疲れたのか甘えだした。


『まま!!だっこ、するの?』


 お願いか疑問か分からないが抱き上げると、喜ぶ。ちょっと疲れちゃったか。背中を撫でながら、家路を急ぐ。


 アストはまだのようで、リズは夕ご飯の手伝いに。タロに水をあげて、私は書類の精査を進める。


 夜の(とばり)が覆う前にアストが帰ってくる。ちょっと遅めだ。どうも獲物が遠方だった為、持ち帰りに遅くなったらしい。


 夕ご飯の準備は済んでおり、アストがテーブルに着くと夕ご飯が始まる。今日は休憩も有ってかリズも若干ご機嫌が良い。


 食後はいつも通り風呂タイムになる。次々と済ませて行き、最後に私の番。体を洗って、樽に浸かる。


 しかし、祈りが通じたのか今日は平和だった。お金の分配は揉めるかと思ったので正直助かった。後はロッサの件か。これからの部分が多いので、何とも言えないが、良いようになるよう努力しよう。

 後はティアナの件をリズに聞かないと駄目だな。敢えて話を逸らしていたけど、ちゃんと聞こう。


 樽から出て、後片付けを終わらせる。


 部屋に戻ると、ぬくぬくタロはもう眠っている。リズはベッドに腰かけて歴史書の続きを読んでいる。


「リズ、ティアナの件だけど……」


「うん。話はしたよ。ちょっと難しい状況かも」


 リズが若干表情に暗い物を浮かべる。


「本人は自覚していない。好意と恋の感覚の差に気付いていない。特別が何か分かっていない。そんな感じだった。でも、カビアの事が気になるのは気になっているようだよ」


「うーん。難しいね。そっとしとく方が良いのかな?」


「今は突く方が面倒かも。周囲が分かる程に変化した時に、明示する感じかな? そうでもしないと気付かないし気付けない」


「そっかぁ……。ありがとう。面倒かけたね」


「うぅん。私も気になったから。でも、そう言う感情を抱けたって素敵だよね。良いと思う」


 リズが少し赤い顔で呟く。それを優しく抱きしめる。


「リズさん、リズさん」


「何よ、ヒロ。改まって」


「お疲れかなと思って色々我慢していましたが、限界です。リズさん、可愛すぎます。ティアナの事を思うのも分かるけど、今は私の事を思って欲しいかな?」


「ふふ、甘えん坊の独占欲旺盛な旦那様だね」


「それで良いよ。リズだけの私だよ」


「うん、嬉しい」


 そのまま、ベッドに優しく倒れ込む。そろそろ春の始まる夜は少しだけ暖かで、蝋燭を消した頃には部屋は大分暑くなっていた。荒い息と共に、二人抱きしめ合って眠りに着く。明日も優しい穏やかな一日でありますように。そう何かに祈りながら、意識を失う。

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