第311話 ぷにぷにお腹を突くと逃げます
家に戻り扉を叩くとアストが出迎えてくれる。キッチンの樽にお湯を満たして、アストから入ってもらう。
そのまま部屋まで戻るとタロが丸っとしながら寝ていた。
「可愛いね」
リズが燭台に明かりを移しながら、言う。
「寝ている限りは子供は可愛い物だよ」
ざっと置いた書類を整理しながら言う。
「冒険者ギルドは大丈夫?」
「義務は義務だけど、明日の朝には出るよ。流石に移動した後だし、ちょっと辛いかな」
「ふふ。お疲れ様。領主様達のお相手大変だったのにね」
「それはあまり気にしていないよ。リズもお疲れ様。疲れは無い?」
「んー。お風呂に入ってぐっすり眠りたいかな」
「はは。私もだよ」
もう良い歳なので、無理はしたくない。今日はゆっくりと眠りたい。
リズと一緒にベッドに座って、サイドテーブルに置いた燭台の明かりで書類を眺める。建物関係は大体終わったのか、初期人員の紹介状が主体になってきた。これもノーウェ、ロスティーの選別済みなので、めくら判でも問題無い。
ざっと流して読んでいく。移動元に初めて聞く地名が多いが、ロスティーの領地の名前なのかな。
集中し始めた頃に、ティーシアがお湯の補充のお願いに来たので、補充する。石鹸の生産状況をついでに聞いてみたが、獣脂蝋燭より利益が出るので石鹸にシフトしているのも有って、結構な数を作っていた。これなら、ベティアスタがある程度買って帰っても大丈夫かな。
部屋に戻るが、リズがうたた寝をしていた。風邪をひきそうなので、布団に移す。お風呂の順番まで寝ていれば良いかな?
紹介状の注意事項に関して気になる点は幾つかあったが、大きな問題は無い。カビアには住民の台帳と注意事項の紐付けまではお願いしておかないと駄目かな。将来に渡って必要な情報では無いと思いたいけど、移住当初はちょっと気にしないと駄目だと思う。
流石にカビアに頼り過ぎなので、早めに『リザティア』に移動して政務団に任せてしまいたい。でも、今移動しても邪魔なだけだしな。領主館でもさっさと出来て欲しいが。食事は飯場で済ませても良い。
そんな事を考えていると、ティーシアがお風呂を上がったので、リズの番らしい。
「リズ、お風呂だよ」
「うにゅ? あー、ヒロ。ん、寝てた?」
「疲れているんだよ。寝てたよ」
「ありがとう。お風呂?」
「うん。タロは私が入れちゃうね」
「じゃあ、上がったら呼びに行くから、その時に部屋に戻すね」
そう言いながら、下着と布を持ってキッチンに向かう。
引き続き書類の処理を進めていると、リズから声がかかる。タロを優しく抱き上げる。何と言うか、羽二重餅みたいな感触だ。くてんとしているし。可愛い。
「あは、可愛い。何だかぷにぷにだね」
支えて膨らんだお腹を突きながらリズが言う。タロが敏感な場所を突かれたのか緩慢に逃げる。
タライにお湯を生んで、タロの顔を縁に乗せて溺れないようにして、全身を洗う。
『ぬくぬく……』
寝ているが、夢の中でもお風呂に入っているのか、思考が漏れてくる。
全身を洗い、頭、顔も洗う。ここまでしても、起きない。やっぱり疲れていたか。布で拭ってブローして、リズに渡す。
「リズも冷えちゃうから、風邪ひかないようにね。先に寝てて良いよ」
「分かった。ヒロ、ありがとね」
頬に口付けを受けて、リズがしっかりタロを抱えて、部屋に戻る。何と言うか、見ているとわらび餅みたいになっている。でろりんと落ちそうだ。
樽をざっと洗い、湯を生む、体を清め、樽に浸かる。狭いけど、我が家の風呂だ。落ち着く。
しかし、移動だけとは言え、濃い一日だった。チェスではぼこられるし。ロスティーはずるい。
ベティアスタは石鹸と湯たんぽを買い占めないか、ちょっと不安だ。ドヤ顔でノーウェの馬車に詰め込んでいる姿が浮かんで怖い。
仲間の皆も元気そうで良かった。ロットに頼ったのは正しかったかな。きちんとパーティーをだれた状態にしないと言う目的は達してくれた。フィアは……良く分からん。
ロッサが一番驚いたかな……。もう、人形なんて言えない。立派な女の子、ドルが望めばすぐにでも奥様だな。ふふ。あのロッサがかぁ……。きちっと、クロスボウ、渡さないと。
ぼけーっと考えていると、茹ってきたので、樽から出て、後片付けをする。
部屋に戻ると、言ってた通り、リズは布団で眠っている。余程疲れたのか、いびきもかいている。
タロは箱の中でちんまり丸まっている。毛皮の中でぬくぬくしている。
私も少し書類を読もうかと思ったが、思った以上に気疲れしていたのか、欠伸が出る。
布団に潜り込み、足元の湯たんぽを少し蹴り出しておく。リズががっちりと足でホールドしている。低温火傷が心配だ。
蝋燭の火を消し、暗闇の中、明日の事を考える。出来れば簡易宿泊所の様子も見たいけど、一泊か。皆と相談かな。
そんな事を考えていると、徐々に意識が薄れて、いつの間にか寝入っていた。