第310話 破魔の矢はただ、幸せな明日への嚆矢となります
「あー。リーダーだ。おかえり、元気そう」
青空亭に入ると、食堂で奥側にロットと一緒に並んで座っていたフィアが目敏くこちらを見つける。手を振ると、他の皆もこちらに気付く。
「長々とごめん。大事無かった?」
そう聞くと、皆がそれぞれの表情で頷く。
「ちまちまとした稼ぎばっかりで飽きたー」
フィアが嘆くように言う。この子は本当に、ぶれない。知らず苦笑が浮かぶ。取り敢えず、女性陣への報告はリズに任せる。ロットの対面を空けてもらい、話を聞く。
「はい。お話をもらったので、森には入るようしていました。獲物は主にゴブリン、グリーンモンキーですね。徐々にグリーンモンキーも出てくるようになりました。簡易宿泊所までも何度か足を運びました」
にこやかにロットが言う。任せてしまったが、きちんと運営してくれていたようでなによりだ。
「ダイアウルフは今はちょっと無理ですね。何度か気配を拾う事は有りましたが、大集団です。ドルも製造に手一杯なので、手が出せません」
あぁ……。重装も盾もいない状況だと、相手にするのはきついか。正しい判断だ。
「何度か狩られた噂は聞いたけど?」
「あぁ、町まで行っていますか。はい。偵察なのか、群れからはぐれたのに当たったパーティーが狩りますが、肉塊ですね……。勿体無い話です。買取されたのはまだ聞いていないです」
ロットがやや沈鬱な表情で呟く。同じ生き物だ。折角なら、きちんと獲物として狩られて欲しい。毛皮も含めて流通されて欲しい。そう考えると酷い話だ。
「罠猟の熊狩りの連中も森に入っている。大体のダイアウルフの範疇が見えてきたので、臨時の斥候を雇って狩っているが芳しくはねぇな。罠にかかった熊を狙ってくるダイアウルフもいるらしい」
ドルがワインを傾けながら言う。
「今年はやや暖かで冬眠も浅いし、動き回っている熊はまだいる。まだまだ寒いんでな。肉はまぁ良いが毛皮は足りていない。どこも苦労している」
ワインを片手に、やや俯き気味に言う。
「そう言えば、重装の方は如何かな?そんなに時間経っていないから、無理っぽい?」
「いや。基礎は完成した。後は本人に合わせて微調整だ。リーダーの言う脱ぎやすさを主軸にすると、結構難しいぞ、これ」
ドルが若干諦めた顔で言う。まぁ、無理を言っているのは承知だ。でも、ちょっと嬉しそうなのは職人魂なのかな?
そんな話をしていると、店員さんが注文を取りに来る。夜の定食を2つ頼む。酒は無しだ。
「じゃあ、明日は、情報収集と重装の微調整かな。1日程度は休みたいし。皆はどうする?」
「昨日は簡易宿泊所泊まりです。今日帰ってきたばかりなので。明日は休もうかと言う話はしていました」
ロットが答える。ドルも渋そうな顔をして頷く。流石に疲れているか。そんな話をしていると、女性陣が合流してくる。
「公爵閣下の孫って本当の話なの?」
ティアナが流石に驚いたのか聞いてくる。
「ちょっと色々有ってね。そう言う流れになったよ」
「リーダーの後ろ盾が厚くなるのはありがたい話だけど、何だか凄い話ね。良かったと思う事にするわ」
ティアナがちょっと呆れたように言う。
「じゃあ、そろそろ『リザティア』側に活動拠点を移すんですか?」
チャットが聞いてくる。
「まだ、向こうの受け入れが整っていないから。もう少し先かな。領主館の建物だけでも完成したら可能だけど、どうして?」
「え? えぇと、お風呂が……」
チャットがえへへみたいな顔で言ってくる。女性陣が揃って頷く。大人気だ、お風呂。『リザティア』なら温泉も有るし、尚更か。
そろそろ遊戯室用のアイテムも日本に帰って持って来ないといけない。
「領主館にも浴場は有るし、温泉宿の方も使える筈かな。もう少しだけ待って欲しいかな」
「あ、あのぉ……」
ロッサが、小さな体で手を挙げる。
「どうしたの?」
「少しだけ、ご相談したい事が有ります。食後で結構なので、お時間を下さい」
どこか真剣な顔をしている。深刻な話っぽいか。
「分かった。本当に後で良い?」
こくりと頷く。ふむ、何だろう。ドルの件で進展が有ったのかな?
そんな事を思っていると、私とリズの分が運ばれてくる。今日は鳥のソテーがメインか。最近白パンが主体だったので、久々の黒パンだ。この歯応えと酸っぱさも慣れれば美味しい。キャベツの塩漬けにも合う。
リズと一緒に頬張りながら、皆の話を聞いていく。ゴブリンの影響は完全収束したらしい。大きな影響はもう無い。来年まではこの調子だろう。もし来年何か有っても私達が手伝う事も出来るかな?
熊狩りの罠猟の冒険者も、簡易宿泊所を使いながらぼちぼちと成果は上げているようだ。簡易宿泊所もそこまでマナーも悪く無く綺麗に使われているらしい。基本的にギルドに申告してからの使用になるので、無茶は出来ない。
「酔っぱらって設備壊して大目玉食らった集団は有るわよ? それからはあそこ、お酒は自粛になったわよ」
あー、なんとも世知辛い。まぁ、しょうがないか。幾ら柵が有ると行っても森の中だ。良くそんな場所で飲もうと思えたな。それが凄い。
そこからは、居ない間の状況説明に花が咲いた。皆も色々溜め込んでいたようだ。あぁ、申し訳無いなと思いつつ、話を聞いていく。
食事を食べ終えて、ロッサと一緒に部屋に向かう。ちょっと皆の前では話辛そうだった。
「ここなら大丈夫かな。どうしたの?」
「あのこちらを」
ロッサがそう言いながら、布に丁寧に包まれた物を渡してくる。開けると婚約の腕輪だ。
「ドルから?」
「はい」
ふむ。有言実行か。しかし、いない間に行動するところがちょっとせこい。堂々とすれば良いのに。恥ずかしがり屋さんめ。
「ロッサとしては、どうするの?」
「はい。結論としては受け取りたいと思います。まずはリーダーにお伝えしようと思いました」
また健気な。自分の事なんだから、自分で決めれば良いのに。
「リーダーは幸せな未来を見せてくれると仰ってくれました。今でも幸せです。こんなに皆さんにも良くして頂いて。でも、もっと幸せになっても、ドルと一緒に将来を見ても良いのかなって、そう思えるようになりました」
「前の話だと、その辺りが自分ではまだ決めかねるって言っていたね。そこは咀嚼出来たんだ?」
「はい。こんな私ですが、一緒に居て欲しいと言ってくれる人がいる。そう思えるだけで、胸のどこかが温かいです。ドルと一緒に居られるなら、きっとこの温かさも続くんじゃないか? そう思えたので受け取りました」
うん。私に人を見る目は無いし、人間の機微も正直良く分からない。それでも人が人を思っているんだ。祝福をしないといけない。
「良いと思うよ。お似合いだ。幸せになってね」
私は微笑み、頷きながら言う。その言葉にロッサの顔が綻ぶ。あぁ、本当に魅力的になったよ、この子。立派な大人だ。頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。
この子の未来を。守るべきものを守る為に。あらゆる艱難辛苦から愛する者を守る為。もう、渡しても問題無いかな。破魔の矢はきっと彼女は傷付けず、ただ未来への障害を刺し貫くだろう。よし、決めた。
ネスとは明日相談しよう。止めていた話を動かそう。もう、持ち主は決まった。後は先に進むだけだ。
部屋を出て、食堂に戻ると、まだ雑談大会は開催中だった。
「じゃあ、明日は完全休養で。明後日は北の森に入って状況を見たい。それに付き合って欲しい」
そう言うと皆が頷く。
「リズ、戻るよ」
尚も話し込もうとするリズを引きずる。宿屋の主人には明日話をしよう。
夜の闇の中、ランタンのか細い明かりで家に向かう。
「皆、変わらないな。相変わらずだ」
「そんなに短い時間で変わっても困るよ。でも、無事で良かった」
リズが安心したように言う。うん、良かった。そう思いながらてくてくと家に戻る。