第303話 ある程度統計を取る行為は普及しています、実際使われるかは領主次第ですが
樽を洗って、熱めのお湯を入れ直す。厨房を出て、出会った使用人にベティアスタへお風呂の使用が可能の旨を伝えてもらう。
そのまま部屋に戻ろうと思うと、丁度ノーウェに出会う。
「お、丁度良い所に」
ノーウェに手招きされて、そのまま応接室に入る。
「お風呂の件ですか? ロスティー様にお聞きになられればと思いますが」
「あぁ、違う違う。それは後で父上に確認するよ。聞きたいのは石鹸って言ってたっけ? あれの事」
ノーウェが手を振りながら、否定する。机から数枚の書類を持って来てテーブルに置く。見ると、何かの統計っぽい。んー。薬師ギルドの報告書か?ノーウェ管轄の村の罹患状況っぽいのかな?
「えぇと、この書類は? 各村の病気の罹患状況ですか?」
「そうそう。でさ、これ。トルカの先月分の統計が来たから見ていたんだけど明らかにさ、変なんだよ。ここ。あー、これ、去年の。ほら、冬場って風邪が増えてるよね? 去年と比較しても、今年、トルカだけ明らかに落ち込んでるよね」
書類を見ると1月度の去年との比較が分かる。んー。7割減くらいか。結構はっきり影響が出たな。奥様方も旦那や子供に普及しているようだし、全体的に衛生状況が上がったか。
「これ風邪なんだけど、下痢止めの薬剤消費も減っている。トルカって規模が大きいでしょ? 尖がって結果が反映されるんだよ。これ、石鹸の所為かな?」
「はい。病気の元を洗い流す効果が有ります。何もかもと言う訳では無いですが、軽微な症状に対しては大きな影響が有るかも知れません」
「そっかぁ……。いや、軽微って言っても、結構大きいよ? 薬師ギルド側も計画していた薬剤の消費量に達しなくて不思議がっている。まだ大きな騒ぎになっていないけど、原因だけは知りたかったんだ。分かった。影響が有るって言うのは確定だね?」
「はい。トルカに関しては、間違い無く石鹸の効果でしょう」
そう言うと、ノーウェが腕を組んで考え込む。
「これさぁ、聞いたけど、そんなに高く無いよね? で、影響が大きすぎ。んー。こっちで回収して良い? 猟師に任せたいって言ってたよね? それを要件にして各村で製造を奨励させちゃいたいかな。特許は……こっちで持って、上りを渡すよ」
ノーウェがこちらの目を覗き込んでくる。
「はい。猟師が忌み職として見られなくなるのは望みです。販売独占権の行使ですか?」
「難しい所かなぁ……。各村で製造した分を村内で消化したら終わり程度の製造量でしょ? これ薬師ギルドが絡んでくると面倒臭い。あー、もう、君は本当に面倒を呼ぶのが好きだよね」
ノーウェが苦笑を浮かべる。
「何故だ? を聞かれると面倒ですね。結果でしか証明出来ない話ですし。アルコールだって病気の元を殺すって分かって使っている訳では無いでしょうし」
「え? あれってそう言う物なの? いや、知らない。あれを塗ると病気にならないって言われたから、使っているかな。あぁ、あれって病気の元を殺すんだ……。と言うか、また嫌な事を聞いた気がする……。あれ絡みの開発とかもしているの?」
心外な。
「あれって、実は貯蔵すると、美味しい飲み物に変わりますけど。やります? 5年程度かかりますけど」
「5年かぁ……。ちょっとだけ試すのなら有りかな。はは、やっぱり活用法知っているんだ。今は手を出す暇が無い。君の件も有るし、『リザティア』のフォローでこっちも手一杯さ。いや非難じゃないよ。嬉しいけどさ、手は空かない。しょうがない。知らぬ存ぜぬを通すか。石鹸の特許はこっちで回収しておくね」
「はい。結構です。ちなみに、もっと高級な石鹸も開発出来ますけど、どうしましょう。温泉宿で売ろうかなとも考えていますが」
「ふぅぅ……」
ノーウェが額に手を当てて、俯く。
「こっちの考えの大分先を走るよね、君。あー、良いよ。同じ特許でこっちで売っている形にしよう。と言うか、そんなに変わるの?」
「元が獣の脂ですので、臭いが有ります。高級品は臭いがかなり無くなります。香油由来の香りだけに近くなりますね」
「むー。実際の使用感が分からないと何とも言えないか……。父上も使用感は分かるかな……。侍女の結果次第かなぁ……。今晩ちょっと聞いてみるよ。製造法は開示出来る?」
「はい。最低限の製造法は確立していますので、そちらをお渡しします」
「分かった。んじゃ、こっちで後ろ盾になるよ。一旦はこっちの領地で独占的に流して試験をしてみよう。『リザティア』の方はうちの略式紋章の使用権を正式に渡しておくよ。父上のを持っているからいまさらだろ?」
またかよ……。あれ、家のベッドの下でエロ本のように眠っているんだが。
「分かりました。じゃあ、お手数をおかけ致します。お願いします」
「何と言うか、こっちは病人が減るから助かるけどね。もう諦めた。後ろ盾は期待してくれて良いよ。まぁ、よろしく」
ノーウェが苦笑を浮かべながら、手をひらひらと振る。
気苦労をかける。でも、自重をしないと決めたからには、頑張ってもらおう。この国を栄えさせるには必要な物だ。
廊下に出ると、丁度厨房から、ほっこりしたベティアスタが歩いてくる。
「おぉ、アキヒロ殿。お風呂は良いな。うん、うん」
楽しそうに呟く。上機嫌だけど、ノーウェの屋敷を出たら無くなるんだけど。水魔術士は結構引く手数多だ。薪の値段も馬鹿にはならない。そんなに贅沢させてくれる実家なんだろうか?
「ご実家でも使えそうですか?」
「そこは交渉次第だな。まぁ、説得はするつもりだ」
何と無くドヤ顔っぽい表情で言うけど、どうやって説得するのやら。陛下の件はノーウェが面倒を見るだろうけど、風呂の面倒までは見れんぞ。
「そうですか。良い結果になるのを望みます」
何とも言えない脱力感と共に、部屋に向かい廊下を歩く。ベティアスタの後はリズ、で侍女2人、私の順番だ。リズにお風呂って伝えないと。