第301話 渡せる情報と渡せない情報は有ります
残陽がまだ輝く。赤と紅の間の世界で少し早い感じだが、夕食の旨が侍女から伝えられる。ロスティーの疲労を考えて、さっさと食事を済ますつもりかな。
リズと共に侍女に連れられ食堂に入る。リナはちょっとお疲れ、レイはいつも通り。訓練は順調なのかな?カビアは若干憔悴している。決裁書類を順次渡しているからその処理かな。んー。今晩は忙しくなりそうだから、帰りにでも聞こうか。
少し待っていると、ロスティー達が食堂に入ってくる。これから先の話をした所為か憔悴の色も険も抜けている。大分穏やかになっているのを見て、ほっとする。
「待たせたな。昼が遅かったのにもう夕餉と言うのはきつかろうが。我儘だ、許せ」
ロスティーが椅子に座り、苦笑いを浮かべながら言う。
「父上もお疲れなので、ちょっと早めの夕ご飯と言う事で。さぁ、食べよう」
ノーウェが声をかけ、食事が並べられる。ロスティーの前にもメインの肉料理が小さいが出されている。食欲も戻ったか。そう言う意味では一安心だな。
「アキヒロ殿、話が読めん。今回の顛末に関して途中から2人とも口を開かん。内容に関して知っている事が有れば教えてくれぬか?」
ベティアスタが若干困った顔でこちらに話しかけてくる。ノーウェの方を向くと、薄い笑みとウィンクが返ってくる。ウィンクってこの世界でも有るのか……。と言うか、意味を知らないんだが、黙っとけで良いんだよな?喋っていないと言う事はそう言う事だろうし。
「申し訳無いです。私も男爵の身。詳細は伺っておりません。ロスティー様にお聞きになるのが一番かと」
「あぁぁぁ……。アキヒロ殿もか……。なんだ、これは。全く分からん。陛下が崩御されたと言うのは伺ったが、詳細が伝わらん……。助けてくれ。このまま戻れんぞ?」
ベティアスタがテーブルに突っ伏す。まぁ、もうダブティア王国に嫁に行く人間扱いか。流石に詳細情報は現時点では渡せない。話せても条約締結後かな。それもダブティア王国側の内通者としてだろうなぁ。伯爵の息子が親ワラニカ王国と言っても何もかも話せる訳が無い。
「私もそうです。一度テラクスタ伯爵領、お父上の町には戻られるのでしょう? その際にはノーウェ様から情報も行くでしょう。そちらでご確認されてはと思います」
そう答えると、ノーウェの笑みが深くなる。ふむ、正解か。ある程度情報を取捨選択した上で、ばら撒くだろうな。このままだとロスティーが逆臣扱いされかねない。現王とも調整はしているだろうから、ここで迂闊な事は言えない。
「その前に知りたいのだがな。事情を知っている筈の人間がいるのに情報が手に入らないのだぞ? このもどかしさ、あぁ、苛々する」
そう言いながら、ちょっと拗ねた顔で食事を食べる。まぁ、その辺りは政務官だし、しょうがない。貴族ならまだしも、臣下に話せる内容では無いし、そもそも何の情報を渡して良いかも謎だ。私は知らぬ存ぜぬで口を噤んでおくしかない。
「そう言えば、ノーウェ様。風呂に関して、侍女で試せとのお話でしたが、ロスティー様に入って頂くのは如何でしょう? 疲労回復も狙えますし、ご実感頂くには最適かと思います」
「疲労回復も有るの? 良く分からないよ。浴場でも確かに若干は気持ち良くはなるけど、どちらかと言うと暑さで疲れるけどね?」
ノーウェが良く分からないと言った顔で首を傾げる。乾式サウナとは根本的に違う。確かに実際に入らないと分からない。
「確かに温まるお蔭か、寝つきは良かった。次の日も体が軽くは感じたな。今日も用意してもらえるのか?」
ベティアスタが拗ねながら答える。入りたいのか?入りたいか。あれだけ髪の毛弄っていたし。
「ふむ。体が温まるのか? それは良いな。幾ら湯たんぽが有ったとはいえ、あの寒中を馬車で移動して来た。体の節々は痛む故な。お嬢が良いと言うのなら良いのだろう。我が孫よ、頼めるか?」
ロスティーが穏やかな表情で聞いてくる。
「畏まりました。若干作法も御座いますので、御指南致します」
作法と言った瞬間、ロスティーとノーウェが首を傾げる。
「体や髪の清め方か……。浴場で油を使って清める方法が有るが、あれに近いのか?」
ベティアスタがこちらに聞いてくる。
「そうですね。同じようなものとお考え下さい。使う物が少し違います。これに関しては私が開発した物です。実際にリズを始め、皆使っていますので、安全に関しては問題無いです」
そう言うと、お風呂経験者は皆、頷く。
「そちらに関しては、お任せ下さい。そう難しい物でも無いですので」
再度、お風呂経験者は皆、頷く。ちょっと面白い。
「ふぅむ……。何やら分からぬが、経験した者は望ましいようだな。良し、任せる。頼んだ。何か入用な物は有るか?」
ロスティーも興味の方が優ったのか、お風呂に入りたそうだ。しかし、柔軟な思考の爺さんだよな。普通知らない事象に対して老人って構える物だが。まぁ、説得するのも面倒臭い。素直なら良いや。
「浴場と同じく、新しい下着と部屋着程度で結構です。では一番風呂はロスティー様と言う事で」
そう言うと、ベティアスタが若干残念そうな顔をする。流石に最上位者を後には回せんぞ。女性の美に対する執着は怖いが、それに合わせて今までの交流も有って気安いと言うのも有るだろうがどちらにせよ怖いわ。
「ふむ。では、良しなに計らえ」
ロスティーが執事に向かって告げると、深々と頭を下げ、早速食堂から出て行く。
「あぁ、温泉掘削と顛末の件は父上に報告は上げておいたよ」
ノーウェが言う。と言う事は、あの研究者達も国として正式に対応されるか。良かった。
「おぉ、あの件か。確認した。予定通りで何よりだ。しかし、あの掘削機器だが、影響が大きい。今回の現場の研究者を数名回してもらったが、試験掘削でも早い。今まで半月かひと月はかかっておった井戸が3日もかからん。しかも自噴する井戸も有る。手押しポンプだったか? あれと組合せば、より水の確保が容易になる。よう出来た組み合わせだ、あれは」
ロスティーが言うと、ベティアスタが首を傾げる。上総掘りに関しては、まだ国内でも試験段階の話だ。隣国までは話は行っていないか。ポンプくらいは輸出しているかも知れないが、上位陣が効果を把握するまでは時間がかかるだろう。
「むぅ……。また話が見えん」
ベティアスタがまた拗ねる。ノーウェの年齢を考えると、そこそこ良い年齢なんだが。まぁ、ここまで締め出されるときついか。
「また、テラクスタ伯爵には話を回す。気にするな」
ロスティーが苦笑しながら言う。
そんな感じで、夕ご飯は終わり、私はお風呂の準備に厨房に向かう。後からロスティーが来る段取りだ。お湯を生みながら、爺ちゃんの背中を流すなんて何年振りだと考えてしまった。