第300話 文化の違いを認識しているのに、つい忘れる事も有ります
明日には村に戻る旨を伝える。
「なんだか色々と長かったね。領主様の館に泊めて頂ける機会なんて考えなかったから新鮮だったけど」
「急な話だったからね。でも、そんな機会も増えるかもね。何か不便は有った?」
「不便が無いから、不便かな? いつも何もしないのに、ますます何もしなくなっちゃったから。戻ったらお母さん、怖いよ……」
急に、リズが俯き表情が抜ける。まぁ、帰ったらティーシアの家事引継ぎの続きかな。
「私の都合に巻き込んだけど、ごめん。でも、着いてきてくれて嬉しかったし、助かった。ありがとう。これからもよろしくね」
それを聞いたリズが、一瞬驚いた顔をする。ん?何か驚く所が有ったか?
「ヒロっていっつもごめんばっかりだったのに。ちょっとだけ変わったね。良い事だと思う。だから、もっと頼ってね」
微笑みながらリズが言う。本当に良い子だ……。私も少しずつリズに返していきたいな。この幸せな思いを。
「さて、ゆっくり出来るのも今日だけだし、散歩でも行こうか? タロも良いご飯ばかりだから、運動をさせないとね」
「ヒロも、運動不足にならないようにね」
リズがにやにやしながら言うと、外套を羽織る。私の分は背中に回り、羽織わせてくれる。
散歩と言う単語を聞いた所為か、外に行く準備を見た所為かは分からないが、タロが出番か?みたいな顔でむくりと立ち上がるのが面白く可愛い。しっぽも緩やかに振られており、首輪を見せると激しくなる。
『まま!!さんぽ!!いくの!!』
首輪を着けると、箱をカリカリと掻く。いち早く、兎に角、散歩に出発しなければ失われるとでも思わんばかりに散歩状態だ。抱き上げて箱から出すと、リードぎりぎりまで前進しお座りする。こちらに振り返り、まだ?みたいな顔をする。
「準備、良いかな?」
「うん、タロも待っているし行こう」
リズが頷き、左腕にそっと腕を絡ませる。接近した瞬間を狙って額に口付けて、部屋の扉を開ける。廊下で作業中の使用人に外出の旨を伝える。ロスティーとノーウェは会談中、ベティアスタは政務中との事。ロスティーは先程の件を説明しているのかな?
仄暗い廊下を抜け領主館を出ると、陽光に照らされやや暖かな空気を感じる。2月ももう終わり、春が近づいているのだろう。
「暖かくなったね」
「もう、雪も降らないかな?このまま春に向かうと思うよ」
春夏秋冬が有るのかは謎だが、秋と冬と春は通じる。夏も有るのか?でも、季節感が良く分からない。温暖湿潤気候に近いが、内陸に有る分なのか、日本のより空気は乾燥している感じはする。梅雨って有るのかな?でも感じとしては大陸性気候が近いんだよな……。地図を見ている限りは大きな陸地のど真ん中辺りだ。南に400kmは行かないと海まで辿り着かないし。
「暖かくなったら、のんびりと一緒に原っぱとかで食事でもしたいね」
「あはは。うん、良いね。でも、冒険とあまり変わらないかな?」
あぁ、この世界の人間にとっては、ピクニックなんて概念は無いか。狩りの最中に食事を取るのは当たり前だし、野掛けなんて感じで外で食事をする事も無いな。そこまで行くにはちょっと余裕が無いか、貴族辺りの遊戯か趣味なのかもしれない。
「リズとのんびり出来たら、それだけで良いよ」
茶色が目立っていた世界も、徐々に緑を取り戻し始めている。季節も移ろうか。そんな話をしていると、外周をある程度理解したのか、町中の方に向かってタロがクンクンと嗅ぎながら進む。
『まま、こっち』
タロが、先は任せておけ!!みたいな顔でクンクンと真剣に嗅ぎながら先を進む。その姿をリズと一緒に微笑ましく見守る。
町中に入ると、大分騒がしくなる。バブルの余波が一番出ているのはこの町だろう。商家の一団と思わしき集団が通ったと思えば、傭兵ギルドの厳つ目のお兄様方が通ったりもする。
『まま、ここ!!まつの!!』
タロがふとお座りで停止する。ん?と思って、目前の店を覗くと肉屋だった。この町でも行きつけの店を作るつもりなのか。少し、笑いが漏れた。
「どうしたの?」
「いや、タロがお肉をもらえると思って、ここで待てって。この町でも行きつけの店を作るつもりらしいよ」
「んー? あぁ、村のお肉屋さん! 確かに。あそこ、毎回通るとお肉くれるものね。でも、この町じゃ難しいかな」
「だね。あ、すみません。イノシシ肉、薄目に1枚切ってもらって良いですか? はい、生を。ハムじゃ無いです。はい。脂身が少ない場所をお願いします」
丁度出てきた店主にお願いし、料金を払い、タロにあげる。ハクっと一口で噛み、ハグハグと咀嚼すると、しっぽを振る。
『いいの!!いくの!!』
目的が果たされたからか、またクンクンと先に進む。欲望に忠実なところが本当に可愛い。
道を進んでいると、ふと香るものを感じる。先の方を見ると、目的の店を発見した。
「タロ、少しだけ頼んで良い?」
リズに聞くと、頷きが返る。タロは周囲の探索に夢中で、気付いてもいない。足早に先に進み、目的の店に入る。この世界でも有ったか。村に無いから、文化そのものが無いかと思ったが、大衆でも花を愛でる文化が有って良かった。屋敷の一部には飾っていたが、金持ちの道楽かと諦めていた。花屋の中は冬の最中だが、徐々に咲き始めているのか、部屋の中で育てているのか、色とりどりの花が並ぶ。
「花束をお願い出来ますか? 白色を周囲に散らばせて、中心に色物を。黄色でお願いしたいんですが。大きさは……このくらいの大きさでお願い出来ますか?」
店員の人を探して、お願いする。店員の方も慣れた感じで要望通り、白のボリュームの有る花を周囲に後はクロッカスやスイセンに似た黄色の花をアレンジしていく。この辺りの感性は近いのか、日本の花屋のアレンジに近い物が出来上がる。花の詳細を『認識』先生に聞いたが、生態を言われても意味が無いなと改めて実感した。毒は無いが、食べないし。最後に根本に濡れた端切れを巻き、粗い紐で縛る。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。素敵ですね」
値段は結構した。比較して物価は地球よりこの世界の方が大分安いが、花に関しては日本の花屋より高い。量産も出来ないし、世話も大変な分高いのは分かる。きっとある程度の資産家や行事の際にしか買わないんだろうな。
店から出ると、リズ達がじりじりとこちらに向かっている途中だった。
「ありがとう、リズ。後、これ。いつもお世話になっているから。プレゼント」
「え? この花を? 私に?」
リードをもらい、花を手渡すと、リズが真っ赤になる。何故?
「えっと……。ヒロ、耳貸して」
リズが私の耳を引っ張り、口を寄せる。
「あのね、花って色によって意味有るの。知らないの? んー。国によっても変わるかなぁ? はぁぁ……。一般的には白色なら婚約とか結婚してだし、黄色なら愛してるって意味になるよ。これ、持って帰るの?」
あー……。うん。まぁ良いか。特に悪い意味じゃないし。白、婚約か結婚かぁ。使いやすい色なのに使いにくいな。花言葉なんてあまり気にした事も無かったな。
「飾られてしまえば意味は消えるけど。贈る時だけかな。ただ、その色の花を誰が誰に贈ったと言うのもちょっと話題になったりするから。気を付けた方が良いよ」
リズが耳元から離れる。
「結婚も愛しているも本当だから、リズに贈りたいな。貰ってくれる?」
「うん、嬉しい。ありがとう」
そう言いながらリズが花束を見つめる。その嬉しそうな表情に心が和む。
まぁ、あんまり喧伝しながら歩くのもと言う事で、方向転換して、領主館に戻る道を進む。タロも好奇心を満たしたのか満足そうにてくてくと進む。
領主館に着き、タロの足を拭くと先導して部屋に戻る。扉を開けると、たっと箱に向かって走り、前で座る。
『まま!!』
キャンと鳴きながらしっぽを振る。抱き上げて、箱に入れ皿に水を生む。タロが嬉しそうにペロペロと舐める。
花は途中で会った侍女に預けた。まぁ、贈っても村に持って帰るのは面倒なので、このまま領主館で飾ってもらう。
ノックの音が聞こえ、侍女が花を持ってきた旨を伝えてくる。アレンジはそのままで、花瓶の中で咲き誇る。
「ふふ。綺麗……。一緒に帰られないのは寂しいけど、このままの方が花には幸せかな」
リズがぼうっとテーブルに飾られた花を眺めながら呟く。このまま置いて帰る事は伝えたし、本人も納得している。
「その姿も綺麗だ。花よりずっと」
「あは。ありがとう。でも、良いね。こうやって思い出が増えるのって。うん、この綺麗な姿のまま、持って帰るよ」
リズが微笑みながら、花を眺める。こうやって、少しずつ思い出を作れたら幸せだな。そう思いながら一緒に花を眺める。
暖炉の中のパチリと爆ぜる音と共に、窓からの明かりが赤くなるまで、2人雑談をしながら咲き誇る花を眺めていた。