第298話 関税自主権の概念は有りますが重要性が分かるのは苦さが分かった後です
本文改稿に伴い、第294話から内容が変更されています。
ご迷惑おかけ致しますが、よろしくお願い致します。
「して、東との協議だが、何を狙っておった?」
ロスティーが駒を置き、こちらの駒を黒に返す。
「ワラニカ王国に対する、関税自主権の撤廃でしょうか。50年更新で双方同意での破棄辺りで結べれば良いと考えます」
ロスティーの手に合わせて、こちらも打ち返す。
「ふむぅ……。兄上の首では安くないか?」
ロスティーの顔が若干曇る。現状のダブティア王国側への輸出量は有る程度把握しているだろうから、そこから換算しているのだろう。でも、甘い。これからは違う。男爵領に携わった系統の基礎研究は大きく前に進んでいる。規格化された建材によるパッケージ型の住居建築等、水準そのものが飛躍的に上がっている。これを適正価格で各国に売り出す。ダブティア王国には土管になってもらう。
「基礎研究はかなり進みました。今後輸出出来る品目は飛躍的に増えています。そこに税をかけられると面白く無いです」
ロスティーが角狙いの手を打ってくるが、ミエミエだ。間に白を挟む形で打ち返す。
「確かに特許の内容は見た。魅力は増した。だが、元々向こうのかけている税も大きな物では無い。影響は軽微と見るが?」
このままバブルが進めば、国内市場の規模を超える。買い手が足らなくなる日が来る。でも、外側に同じかそれ以上の規模の市場が有れば?そこに関税障壁が無ければ?
「このまま好景気が続いても、市場の規模で頭打ちになります。その際に無税で、国内と同じ形で扱える市場が外に有ればどうなるでしょう?」
その言葉を聞いたロスティーがふと考え込み、納得の色を浮かべる。
「お前は、東を完全に食い物にするつもりか?市場を席巻し、各国への輸出の道としか扱わぬ。そう言う事か?」
あは。流石に国家運営歴が長い。経済的植民地化かな。これからはこちらの基礎研究が進めば進む程、技術格差が広がる。関税をかけられなければ、安くて良い品に依存する世界が生まれる。徹底的にリードを広げて、永遠に後進国にしてやる。
「はい。産物には生存に必須の塩も含まれます。まぁ実物を早くお出ししなければ納得頂けないと思いますが。安い塩の輸出に関税がかけられなければ、塩ギルドは相手にならないでしょう。関税をかけられない東に文句が行くだけですし、我々は困りません。現在の技術分だけでも十分以上の益は出せますが、相手の心臓を握るのもまた一興かと思います」
「東を搾り取って、それを我が国で再生産に使い、更に搾り取るか……。搾れるものが無くなれば、そのまま他国に投げるしか無くなるのか……。」
「生かさず、殺さず、上手く他国との道として動いてくれる程度に調整して頂ければと考えます」
ロスティーが改めて、今後の展開を想定し始めたのか、瞑目したまま微動だにしない。
私自身は少なくとも隣国との動き程度しか見ていないが、まだまだ発展の余地は残されている。ダブティア王国に関しては、今後のワラニカ王国の繁栄の礎になってもらえば良いだろう。前王に任されたワラニカ王国以外にまで目は向けていられない。
日本は幕末の混乱も有って、50年は血涙を流す程に苦しんだ。ダブティア王国にも同じ思いを味わってもらう。私に覚悟をさせた張本人だ。その程度は甘んじてもらう。
「兄の首で、国一つを呑むか……。元々考えておったのか?」
「はい。貨幣価値が均衡した現在なら、逆に攻勢に出る機会ですので。経済的属国として、永遠に苦しんでもらいます」
「故にあの献策か……。我が孫ながら怖いな。いや、儂が先を見切れていないか。今ならば、東も意図が理解出来ぬ。安い買い物と思って蓋を開ければ……」
「まぁ、良くて瀕死でしょう。国としては終わります。向こう側の望みを吸い上げて、基礎研究側に回せば、永遠に相手の先に進めます。富を収奪し続ければ、こちらに向ける軍事力も維持出来ません。その辺りの警護を我が国で買って出て恩を売る事も出来るでしょう。そこまで行けばもう国の体面を保つのも難しいでしょうが」
経済支配の上に軍事支配まで行けば完全な属国だ。苦も無く、人類生存圏の中で維持出来ている広大な領土が手に入る。元々ワラニカ王国の主なんだから、この国より小さい訳も無いだろう。まぁ、その辺りは今度地図でも見せてもらおう。まずは、きっちり落とし前をつけてもらう。
最後の駒を隅に置き、パタパタと裏返す。7割が白かな?私の勝ちだ。
「良い。分かった。その策で進める。ノーウェには儂から説明しておく。今日は休み、明日から東に赴く。お前はどうする?」
「流石に長逗留です。ノーウェ様にもご迷惑をおかけしておりますので、トルカに戻ります。仲間もおりますので」
「そうか。では、共にトルカに向かうか」
「はい。御伴致します」
そう言って、ケースに駒を入れて扉前で待機していた執事に渡す。
開いた扉から出て、部屋に向かう。
さて、ダブティア王国の民は喜ぶだろうな。ワラニカ王国の品が今まで以上に安く手に入るんだから。どんどんと依存してもらおう。それが甘い毒だと分かった時には、もう遅い。