第297話 背負うと決めたら、誰にも邪魔させません
本文改稿に伴い、第294話から内容が変更されています。
ご迷惑おかけ致しますが、よろしくお願い致します。
ノーウェは政務の処理が有るらしい。ロスティーと2人で談話室に向かう。
談話室でロスティーと対面に座り、リバーシの盤を広げる。
「此度の件は済まなんだ」
ロスティーが頭を下げるのに面食らう。おいおい、公爵だぞ?個人に頭下げて良いのか?
「頭をお上げ下さい。そのようになされる謂れは有りません」
慌てて言いながら、肩に手をかけるか迷う。
顔を戻したロスティーが悲しそうな目でこちらを見る。
「儂の不手際故な。兄上を弑する形になったのは」
私の献策を聞いたからだって言う話だったよな?どう言う事だ?
「元々な……。そろそろ兄上は退陣を考えていた。年齢も、現陛下の今後の経験の事も有る。どこかでの線引きは、常に意識しておられた」
ロスティーがおぼつかない手つきで駒を並べる。
「お前の献策を出すか、迷ったと言うたな。あれは語弊が有る。厳密には隠し通すつもりだったが、見抜かれた。兄上は人の顔色を見るのは本当に上手くてな……。隠し通せなんだ……」
あー……。あれか……。私も経験が有るが、何で代表取締役とかってああもこっちが隠している事を気付くかなと。言う気の無い案まで言わされて、実施させられた話なんて幾らでも有る……。
「話を聞いた時点で、穏便に済ませ、引退してゆったりと余生をと考えておったが……。分かったのであろうな……。東を突き通す、策が有ると……。その後は先程話した通りだ。神明裁判が有る故、一言一句間違ってはおらぬ」
そんな事まで気にしないといけないのか……。テルフェメテシアちょっと許してあげてとは思う……。
「歴代の聡明な王は、通常ならばそれなりの年金で暮らし、残余として溜めた分を国庫に返す流れだが、その間の流動性が無い死に金になる。浪費では一部しか潤わぬ故な、その手に出る王は少ない。また、引責と言う形になるので、国葬も行わぬ。行えぬ……」
王の年金か……。普通に考えればかなりの額になるだろうし、それを返金してるの?何なの、この世界の人。きっちり生きている人間がきっちり生き過ぎだ……。それに国葬となれば金がかかるが、おいおい、弔いもさせてくれないのか……。
「兄上は言われた……。愚王に過分な見送りはいらぬとな。お前も関係した相手だ。何らかの形で弔いたいかと思うが、出来ぬ。出来ぬのだ……。それは……すまぬ……」
あぁ、賢王を殺した私が、弔いも出来ない。それを、その状況を作ったのがロスティーだから、すまない?ふざけんな!!
「ロスティー様!!あの献策は誤った状況を見て立てた私の責です。王を弑してしまったこの悲しみは、寂寥は、虚しさは、私の物です。誰にも奪わせない。一生、背負うと決めたのです。呑むと決めたのです。ロスティー様の所為では無い!!」
席を立ちあがり、叫ぶ。流石に我慢出来ない。兄が死んで悲しいのはこの人だ。今回の献策に関しては、要件定義をミスって設計をした私に全ての責任が有る。それを、その責任を他人に擦り付けられるか!!
「お前は……。そうか……この行い自体が、もうお前に対しての甘えか……。強くなったな……。いや、強くならねばならぬと急き立てたのは儂等か……。お前の身を守る為とは言え、過酷な物を背負わせたな……」
「お守り下さるのは嬉しくも、申し訳無く思います。ただ、あやされる時は過ぎました。前王陛下に託された思いを成就してこその弔いとなりましょう。私は、それを以って供養と致します」
ロスティーが叫びを聞き、瞑目する。
「うむ……。そうか。そうか。兄上も喜ばれるかな……。喜ばれるな……。喜ばれるな……。我が孫よ、一つ案が有る。いや、願いと言って良いだろう」
ロスティーが静かに囁く。
「なんでしょうか?」
「儂の孫になれ」
はぁ?何でそんな話になる?どこから来た、その話題……。
「先王であれば兄故、意思疎通は容易で有った。だがのう、今は兄の子。向こうの母親筋の影響も有ってな。お前を守り切るのが難しい。このままでは致命の一撃を食らいかねん。故に、正式な我が孫となり、儂の名の庇護に入って欲しい」
先程の話でも出ていた利権に関わる人間の欲の話か……。今までは良かったが、これから出る杭になって、かつ前王がいない状況で寄子の寄子を守るのは難しいか。はぁぁ、兄を失った時まで私の事を考えるか、この人……。今後、向こうに王位継承権を持った子供が生まれなければロスティーの経路に移行する。私にも王孫の権限が来る。それを見越してか……。
「分かりました。リズと共に、お世話になります」
「ならば……?」
「正式に、孫となりましょう、お爺様」
その答えに、ロスティーが目を大きく見開く……。
「おぉ……おぉ……我が孫よ……。そうか、儂に孫が出来るか……。いや、すまぬな……。また断られる事も想定しておった故、驚いた……」
はぁぁ、信用の無い事で。まぁ、一回断っているしな。
「子達が孫を作らぬ故、聞けぬと覚悟をしておったが。嬉しいものよのう……。孫娘も一緒に出来る、これ程に喜ばしい事は無いわ」
ロスティーが淡い笑みを浮かべ、嬉しそうにうんうんと頷く。
「暫し待て」
そう言うと、ロスティーが棚に向かい、ワインの瓶と杯を2つ持ってくる。
「ならば、改めてだな」
そう言いながら、緑のリバーシの盤の横に杯を置き、紫の液体を満たす。その1つを渡してくる。受け取り、胸の前で、ロスティーと合わせる。
「どうか、末永き時を共に有らん事を。血よりも尚濃き、この出会いに杯を捧げん」
ロスティーが謡うように囁く。
「遍く神にこの出会いを感謝致します。どうかこれよりの働きにより、その導きの正しさを証明致しましょう」
私も神への感謝を謡う。
お互いが杯を呷る。同時にタンと乾いた音をたてて、テーブルに杯を置く。
「我が孫よ、これよりよろしく頼む」
「私こそ、お爺様」
ここに契約は成った。私は前王の思いを受け継ぎ、ロスティー、ノーウェの庇護の元、リズを仲間を民を守り、豊かにする義務と権利を得た。ならば、それを行う事に何を躊躇うか。走る。前に進む。走り切ってやる。