第293話 流石に日本のお酢だと弱くて真珠は溶けません
本文改稿に伴い、第294話から内容が変更されています。
ご迷惑おかけ致しますが、よろしくお願い致します。
朝ご飯の後、通常であればノーウェのお勉強タイムだが、どうも急な面会が入ったらしく、キャンセルとなった。リズに関しては、引き続き淑女教育らしい。
時間が空いてしまったが、タロの散歩へ行こうにもロスティーがいつ戻るか分からないので、領主館を空けられない。
しょうがないので、政務でもするかと、部屋に戻る。侍女からタロの食事を預かり、待て良しであげる。毎回大喜びだけど、飽きる事は無いのかな。
食事が終わり、水を飲みまったりモードになったところで、タロを膝の上に乗せて、歯磨きタイムだ。結構歯並びもしっかりしてきた。あぁ、狼なんだなと思いながら、濡れた布で一本一本磨く。歯間も布できゅっきゅと磨く。タロが陶酔した顔でほわーんとしている。
『まま、もっと』
磨き終わっても、おねだりしてくる。最近ちょっと甘えん坊だ。放っておく機会が多かったとは言え、ちょっと過剰な気もする。取り敢えず全身をわしゃわしゃして、腰砕けにしておく。
『はー……はー……まま、すき』
胡坐の膝の間で腹を見せて、ふにゅっと丸まっている。肉球をふにふにと押すと、心地良さそうな顔をする。ちょっと楽しくなってきて、色々と押してみる。結論としては少し強めに押しても気持ち良いらしい。
まぁ、あまり構ってばかりもいられないので、暖炉の前に下すと心得ているのか温いポジションを的確に探し出し、丸くなって欠伸をする。うーん……欲望に忠実に生きている。
窓際の執務机に座り、『リザティア』の建物の承認作業に没頭する。スーパーの配置に関しては、町の規模に合わせて増やしていくので、現在は中央市場に遠い、住宅街に近い場所に1軒、試験的に営業を行う。基本的に朱雀大路の南北の店舗が優先して開かれる。東側は比較的工業系の建物が多く、西側は農家系の建物が多い。その間を縫うように飲食店街をまとめて配置する。
工業町に居酒屋とか一杯飲み屋も建てた方が良いのかな……。仕事終わりの一杯とかこの世界の人間はどう思っているんだろう。まぁ、カビアと相談して追々でも良いか。まだまだ土地に余りは有るし。
住宅関係の承認を優先し、店舗関係は、一回カビアと相談する事にする。ざくっとした説明に対して現地で商工会が考えて建てていっているので、意図が不明な部分が多すぎる。
そんな感じで、書類を確認し、承認していると、扉がノックされる。応答すると、リズだった。
「あれ? もうそんなに時間が経った?」
「いや。今日は公爵様がお戻りになるからって、準備に入るって。あ、歴史の本、写本が有るから貰えたよ。私もこれを読みなさいって」
リズが両手で書籍を抱えている。ふむ、助かった。流石に一回読んで覚えるとか死ぬ。
「じゃあ、今日はもうお休みなのかな?」
「お出迎えにドレスを着ようかって話になっているから、その準備に入るかな……。汚さないようにしないといけないので、ちょっと大変かも」
「そっかぁ。そろそろ服飾屋もネックレスを持ってくるから、合わせもしないと駄目だね」
「うん。と言う訳で、一休みしたら、また着替えだよ。ちょっと憂鬱かも」
ソファーにくてんと倒れ込むリズの頭を優しく撫でる。
「お疲れ様。あまり無理はしないようにね。体調崩しちゃうよ」
「あは。ヒロに言われると何だか不思議。いつもヒロの方が無理しているのにね」
そう言いながら、笑う。扉がノックされ応答すると、侍女がお茶と小箱を持って来てくれる。
お茶の用意をしてくれている横で箱を開くと、見事に加工された真珠のネックレスが入っていた。
「うわぁ……。綺麗……。何、これ……。虹みたい……」
陽光に照らされた真珠が淡い白と虹色に輝く。大珠を中心に、徐々に小さな珠を周囲に配置するオーソドックスなデザインだ。穴開けの加工もためらいの無い綺麗な物で加工技術の高さを感じる。きちんと柔らかい布で磨いてくれたのか、輝きそのものも変わっていた。
「良い仕事をしてくれたね。リズの髪色とも合うし、ドレスの色とも合うかな。うん、良いんじゃないかな」
「これ、本当に私が着けても良いのかな……?」
「リズの為に作ったんだから、リズが着けないと」
苦笑いをしながら、リズの頭を撫でる。気持ち良さそうな顔をしながら、真珠のネックレスを眺めては子供のように顔が綻ぶ。
「人魚さんが集めていたやつだよね。珠だと綺麗な石って感じだったけど、こうやって連なると凄いね」
「人魚さんも遊びで集めている感じだったしね。大きな珠は指輪とかにしても良いかもね。銀か何かで、こう覆う感じの細工を施したりとか」
そんな話をしながら盛り上がる。態々応接の前室まで行って姿見も確認する。
「うわぁ……。胸元がキラキラするね……。これとドレスなのかぁ……。私負けちゃわないかな……」
「大丈夫だよ。リズも美人だから、良く似合っている。食べちゃいたいくらい」
「ヒロが言うと、本気っぽいから怖いよ? 汚れるから駄目だからね?」
リズが眉根に皺を寄せて、上目遣いに言う。それが可愛いのだが本人は気付いていないのだろうな。額に口付け、侍女の方に押す。
「さぁ、用意しておいで。公爵閣下を喜ばしてあげなよ。爺ちゃん、喜んで、またドレス作るとか言いだしそうだけど」
「もう、これ以上は本当に怖いよ……。うん、用意してくるね」
リズが手を振り、侍女と一緒に着付けに移動する。まぁ、先触れがまだ来ないので、ロスティーの帰りは夕方くらいになりそうかな?
部屋に戻り、改めて書類の処理に没頭する。タロはどうも侍女から骨をもらったのか大喜びで舐めたり噛んだり、蹴ったり大忙しだ。まぁ、膝の上で居座られても困るので助かるが。
ある程度書類を読み進めていると、ノックの音が聞こえる。応答すると、執事だった。あれ?侍女じゃないの?と思ったが、どうも周囲が騒がしい。話を聞くとロスティーの先触れが到着したらしい。
昼過ぎには本隊が到着するとの話なので、昼食を若干ずらす旨を伝える為に、執事が態々来たらしい。執事がその旨を告げると、恭しく頭を下げた後に足早に去っていく。慌てているあの執事さん初めて見た。
暫くすると、ドレスアップしたリズが戻ってくる。胸元の真珠のネックレスが華やかな印象を加えて、より美しい調和となっている。
「あぁ……。綺麗だ、リズ……。どんな花より、どんな空よりも美しいよ。きっと優美を司る神様もリズを見たら、恥じらうよ」
「ヒロ……。嬉しいけど、ちょっと大袈裟……。凄く、恥ずかしい」
リズが顔を真っ赤にして俯きながら、呟く。ん?やり過ぎたか?
ドレスが皺にならないように、注意しながらソファーに座らせる。タロが接近しないように、箱に戻す。骨と一緒ならご機嫌だ。箱の中で骨と接近戦を繰り広げている。最近箱も狭くなっているのでかなりの近接戦だ。
「あ、ちなみに、真珠だけど、汗とかには気を付けてね。くすんじゃうから。使い終わったら柔らかい布で拭った方が良いよ」
「え? そうなの? 宝石なのに?」
「うん。元々生き物の中に有った物だから。そこまで強くないよ。お酢とかに浸けたら溶けるよ」
ちなみに、日本で売っている酢ではほとんど溶けない。酢酸濃度が低すぎる。海外のワイン酢やバルサミコ酢で酢酸濃度が高い物なら、溶ける。
「宝石なのに不思議……。でもそんな儚いのも、何か綺麗な理由の気もするね」
儚い物の美か……。日本人が好きそうな言葉だな。
「そうだね。生きているから輝くと言う意味では正しいよ。なので、手入れはきちんとしようね」
「うん」
ネックレスの輝きを見ながら、リズが微笑み、頷く。書類の確認をしながら、リズの雑談の相手をする。
そんなゆったりした時間を過ごしていると、扉の外が騒がしくなる。廊下で急ぐ侍女に話を聞くと、ロスティーの馬車が町に入ったらしい。良かった。無事到着したか。大変な事が有ったけど、少しでもリズの姿で癒されてくれると良いな。