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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第289話 為政者は今では無く先を見ます

「お……大きゅう御座いますね……」


 出迎えに出てくれたいつもの侍女が樽を見た瞬間、絶句する。


「あ、今日使って、その後邪魔でしたら持ち帰ります」


 人が乗っていない馬車なら、このサイズの樽でも十分積載可能だ。入り口の幌部分も開口可能だし。


「畏まりました。今後に関しては大変申し訳御座いませんが、上と相談致します」


 侍女が即答を避けて、厨房の土間に案内してくれる。領主館の厨房には初めて入ったが流石に広い。大きな晩餐会も開かれるのだから、余裕も有るか。


「本日はそちらをお使い下さい」


 侍女が厨房の端を示す。勾配も付いており、水が流れても外に排水する仕様になっている。うん、都合は良いな。


「子爵様は何か仰っていましたか?」


「いえ。男爵様の望むように手配せよとの事です。ですので、お気になさらずお使い下さい」


 そう言って侍女が目礼し、その場を去る。樽の件を相談に行ったのかな。まぁ、迷惑をかけるつもりも無いので、持ち帰るなら持ち帰る。家の樽と交換するのも悪くないし、仲間用に馬車に積載しても良いし。飼い葉用の積載棚をもう少し大きくすればこの樽も乗る。


 馬車から持ってきた衝立で目隠しを出来る状況にする。リズはベティアスタに話をしにいったらしい。まぁ、いきなり言われていきなり入ると言うのも困るだろう。


「ほぉ、これが風呂と言う物か。『リザティア』でもこれの大きな物を作っていると噂になっておったな」


 用意が出来た辺りで、ベティアスタが厨房に現れる。


「そうですね。規模は全く違いますが、湯に浸かると言う意味では同じですね」


「湯に浸かるか。贅沢な話だな。ふむ、楽しみだ。町の浴場はあまり好まぬでな。あの熱いのが苦手ですぐに出てしまう。一緒に行った者は勿体無いなどと言うが、あんな所で我慢出来るか」


 はははと笑いながらベティアスタが言う。熱いのが苦手なのかな?


「熱い湯は苦手ですか?」


「いや、そう言う訳では無い。ただ、あの熱い部屋に閉じこもると言うのがあまり好かぬだけだ。寒い夜は熱い湯で身を清めるぞ」


 事も無げにそう言う。ふむ。なら、大丈夫そうかな。


「風呂の作法に関しては、リズよりお伝え致します。私も湯の当番として近くにはおりますので、何か有ればお声がけ下さい」


「分かった。いやいや、楽しみだ。夕ご飯の後か。ふむ、待ち遠しいな」


 そんな事を言いながら、ふんふんと鼻歌を歌いながら、部屋に戻っていく。リズ、どんな事を言って誘ったんだろう……。


 部屋に戻ると、狩りの事は忘れたように、玩具をけしけしと後脚で蹴っているタロがいた。うん。獣だ。紛うことなく獣だ。そんなところも可愛い……。

 リズはソファーでまた別の本を読んでいる。


「リズ、ベティアスタさんに何て言ったの?」


「綺麗になる秘密ですよって言ったら、詳しくって」


 あぁ、そりゃ、楽しみにするか……。リズ、怖い子……。


「今回の物語は何なの?」


「あ、今回は物語じゃないよ。淑女教育の一環で、歴史の勉強もした方が良いって。王国史の本だって。結構面白いかも」


 それは私も読みたいかも……。自分の国の歴史も知らないと言うのは危険過ぎる。いつ何を踏み抜くか分からない。


「読み終わったら、次、借りても良い?」


「うん、そのまま村の屋敷に置いていたら回収するって先生が言っていたよ。でも、間に合うのかな。結構分厚いよ?」


 まぁ、300年と言っても、どれだけ詳細に書いているかによるか。


「写本とかないかな……。私も手元に置いておきたいかな」


「明日聞いてみるね」


「ごめんね。助かる。東の国から独立したって話は聞いたけど、詳細は不明だったから」


「まだ、読み始めたばかりだから。でも西の果てに辿り着いたダブティア王国の侯爵様が神様に認められて王になったのがこの国の始まりだって」


 うーん。聞いている限りはその通りなんだけど……。読んでみないと分からないか……。国家万歳の本でも、事実と認識出来る部分も有るだろう。その辺りはカビアに教えてもらおう。


 タロがとてとてと玩具を持って、遊んでと言う感じで目の前に落とすので、まぁ良いかと放り投げる。書類も承認待ちの書類ばかりで、ちょっときつくなってきた。地図と示し合わせながら過去の計画と合わせて承認していっているが、蝋燭の光で読みたい書類では無い。目がしょぼしょぼする。


 何度か遊んでいると、ノックの後、侍女が夕ご飯の声をかけてくる。それを聞くと、タロがすっと箱の方に行く。もう慣れたのか。かりかりと箱を掻くので、抱え上げて中に入れると、毛皮に潜り込み、ひょっこりと顔を出す。むふーと言う顔で前脚に顎を置いて、目を瞑る。

 このくらいの時間に侍女が呼びに来ると、我々がいなくなって、その後にご飯が来ると学習したのかな……。賢いけど……家に戻ると豪華な食事じゃ無くなっちゃうけど良いかな。ティーシアにちょっとモツも分けてもらえるように交渉しよう。


「リズ、行こうか」


 手を差し出す。


「うん」


 リズがそれを掴みソファーから立ち上がる。扉を開けるといつもの侍女が待ってくれている。


「お願いします」


 侍女がその声に目礼し、誘導を始める。


 食堂には、ノーウェとベティアスタを除き、皆が待機している。


「リナ、訓練の方は進んでいる? 前に見た時は見違えるような動きになっていたけど」


「そうで御座るか? (それがし)自身では分かり(にく)う御座るが、そう言って頂けるのであれば、効果は御座ろうな」


「そうですね。動きは無駄が無くなってきました。(けん)も良くなってきました。やはり基礎の有る若人(わこうど)の成長は早いものです」


 レイが控えめながらも微笑み、意見を言う。斥候としても諜報としても大先輩の台詞なので、リナも少し照れている。


「はは。レイのお墨付きなら間違い無いか。こんな形だけど、時間が取れて良かった。あぁ、カビア申し訳無いけど、承認の書類はもう少しかかりそう。ちょっとあの細かいのを蝋燭で読むのは辛いかな」


「大丈夫です。元々は最終的な承認ですので、建物が目的通りに使われるかを領主側が確認するのが目的です。もし瑕疵が発生した場合での責任は下位の承認者側からの責任となりますので」


「男爵セットの部分も有るから、整合を確認するのが若干分かり辛いかな。私がこれって決めてしまって良いのかが分からない部分も有るけど」


「その辺りは商工会側が見ておりますので、ご安心下さい。不便な場合は陳情が先に来ます。実際に一部は情報の齟齬で陳情が来ておりますので、対応済みです」


「情報の齟齬?」


「将来的に建築予定の商店が無いが故に、客の動線が自店舗に来ないのではないか等ですね。どうしても飲食関係に関しては、市場等の人通りの多い場所に隣接しての配置を求めます。ただ、男爵様の計画ですと、小規模な総合市場と言うべき物を多量に建てる計画です。これが出来れば周辺住民の動線は生まれます。また、現状無い部分も歓楽街側の動線を見込んでの設営なので、特に気にする話でも無いかと考えます」


 あぁ、スーパー的な建物か。規模が大きくなると、中央市場だけでは全く足りなくなる。それに遠くて不便だ。その為、複合商業施設を何店舗か別には建てるつもりだ。フェンもそこは有効性を理解してくれた筈だが……。


「全ての人間が男爵様やフェンさんの考え方を理解している訳では無いです。その辺りは実際に町が動き始めてから調整すべきですね。文句を言っている場所が実は一等地でしたと理解した時の顔が見物(みもの)ですが」


 あぁ……。ストレスの所為か、ちょっとカビアが黒い……。歓楽街側への動線は正直一等地だ。あの辺りは信頼のおけそうな商会を優先して置いて欲しいとお願いしていたが、そこからも文句が出ているのかな?一回きちんと話をした方が良いのかな……。


「まぁ、あまりお気になさらない事です。大きな声は目立ちますが、ただそれだけです。町全体で静かに満足して生きる民達の生活を第一にお考え下さい」


 ノイジー・マイノリティとサイレント・マジョリティか。そんな概念、この世界にも有るのか。まぁ、人間が生きている限りは発生するか……。おかしい人間はどこにでもいる。


 そんな話をしていると、ノーウェがベティアスタをエスコートして、食堂に現れる。


「少し政務回りでごたごたしちゃったよ。お待たせしたね」


「東の国との交易回りは、やはりごちゃごちゃしていてな。まぁ、待たせて申し訳無い」


 2人がそれぞれ謝罪の言葉を口にしながら、席に着く。


「君が出してくれた、道路の特許、あれだけど、東の国に持って行きたいらしい」


 食事が始まると、ノーウェがこちらに向かって言う。ローマ街道か?でも、国内でも実績が無いぞ?


「研究所が、ざっとした耐久試験を完了させた。どう考えたかは敢えて聞かないけど、あれ、どの程度の耐久を見ているの?」


「石の強度によりますが、許容範囲で推移させるなら、メンテナンスが問題無ければ千年程度は使えるでしょう」


「はは、千年か……。見ている桁が違うね。うん、まぁ、研究所側も百年、二百年はメンテナンスのみで運用可能と見ている。石の規格も有っているしね。どこでも調達可能だ……。正直、通常の街道のメンテナンスと比べ物にならない程に安価だ。雨が降ったら(わだち)が出来て、ちょっと外れたら脱輪しかねない、今の道に比べればね」


 実際に、現在でもローマ街道は存在する。ただ、メンテナンスされていないが故にあんな凸凹な道だが、実際に運用されている頃は滑らかな道だった。そうで無ければ、超巨大国家のインフラを担う事なんて出来ない。


「道路行政は利権の温床でね。正直、一回建設ギルドからひっぺしがしたい。あんな粗悪な道の維持に金を払い続けるのは、金を捨てているのと変わらないしね。下手したら、維持すらもおざなりだ。と言う訳で、実績は今回の村と『リザティア』との開通で生まれる。運用試験が完了次第、東の国との交易路に巡らしたい」


 結構な距離があるのにか?そんな物に金を払っていたら、うちの領地が回らんぞ?


「あぁ、誤解しないで欲しいね。君の領地として実施するんじゃない。国と国としての話を今後しようと言う話だ。利益が君に有る為、お伺いを立てている訳だ」


 上司がお伺いとか言うか……。これ、決定事項かよ……。


「いや、元々は私がこちらに向かう際に道を見てな。この規格で東まで通してくれるのであれば、今後の交易も楽になると踏んだ」


 ベティアスタが言う。今の道路で村から『リザティア』まで積載約70%で約3日強だ。これが積載100%で3日以内になるのは大きい。移動時間の減少と積載量の増加はそのまま交易の利益に直結する。しかし、この微妙な時期にそんな事を言ってくるか……。


「東の国と折半で新規の公共事業を立ち上げて、景気浮揚につなげると言う話ですか? ワラニカ王国側は今の好景気が続くので納得しますが、東の国側の意見がまとまりますか?」


 バブルを膨らまし続けたい腹は分かるが、これは相手が有る話だ。しかも、道が良くなると言う事は軍の侵攻もその分早まる。道を整備する事は視野に入れていたが、それはせめて相互不可侵を確定してからと見ていたが……。


「その為に私が嫁に行くのだがな。アキヒロ殿の献策は聞いた。あれが成った今、ダブティア側は逆に立場が弱くなる。その対処として伯爵領を防壁として基本方針はワラニカに対して永世中立を宣言させる。そうでもせんと、議論がもし再燃した際に伯爵領が矢面に立つ羽目になるのでな」


 えー……。まとまるか、そんな話……。


「元々人類生存圏の拡大は各国の悲願だ。そう言う意味で今回の件は悲しい行き違いだ。そんな事が二度と起こらないようにダブティア側が腕を縛ると言う形だな。元々、向こうの息子とも温めていた話だ。本国との根回しも進めてはいた。それが早まるだけだ」


 ベティアスタが何でもないように言う。あの献策がこんな方面に波及するとは見ていなかった……。


「まぁ、現伯爵はそこまでお荷物扱いされていた訳だよ。私もそこまで東側の事情に詳しい訳じゃ無いから見えていなかったけどね。契約の取り交わしが先だけど、将来的、それもかなり早い段階で実施されると思って欲しい」


 ノーウェが引き継いで言う。


「私としてはありがたいですが……。ワラニカ側でも道は存在しますが、それはどうされますか?」


「それも並行して置き換えて行くね。少なくとも、保守対応時に置き換えさせる」


「それ、建築ギルドに私が睨まれませんか?」


「大丈夫。この特許、規模が大きくなりそうだから一旦、父上の名義で登録はしているよ。上りは全部、君に行く」


 がー。初めからそのつもりかよ。道理でローマ街道の特許の書類を見ない訳だ。後回しになったから、後で来ると思っていたが……。と言う事は残りの特許もか……。


「何点か、特許が通りそうな大規模装置や機器、概念の部分でこちらに書類が回っていない物が有りますが?」


「規模が大きくなりそうなのは一旦こっちで引き受けているよ。君、このままだと身を亡ぼすよ? 一覧は改めて出すけど、これ個人で持ったら、間違い無くどこかの国から狙われるよ? 国内からかもね……。まぁ、君、やりすぎ」


 役者が違うか……。まぁ、助かった……。技術は武器だ。覚悟はしていたが躊躇はしていた。それを被ってくれるんだ、ありがたい話と思っておこう。


「分かりました。何にせよ、公爵閣下が戻られて首尾を確認してからですね。基本方針に関しては合意します。私の特許では無いですし」


「うわ、根に持つね?」


「何の事でしょう。ノーウェ子爵様が仰った事ですし」


「はは。まぁ、君の言う通りだ。まずは父上が戻ってからだね」


 まぁ、寝首を掻かれかねない話を潰してもらったんだから、素直に感謝しておこう。特許権の移譲は出来る。将来的には、ロスティーからノーウェ、ノーウェから私になるんだろう。その時までに自分を守れる力を付けなければな……。


 その後は、和やかに食事が進んだ。私はちょっと食事の味が分からなかったが。自分のやった事がこう色々と波及すると胃に悪い。日本の時も自分の仕事が変に広がる事は有ったが、毎回胃が痛かったな……。はぁぁ……。

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