第288話 風呂桶サイズの木材でも担げますよ『剛力』有りますから
リズと一緒に半分お眠のタロを撫でていると、空気の匂いが若干変わってきた。いかんいかん、時間忘れていた。時計を見ると15時を回ろうとしている。もふもふで楽しみ過ぎた。
「リズ、そろそろ結構良い時間になってきている。散歩と買い物に出た方が良い」
「え?あ、本当。タロと遊んでいると時間を忘れるね」
2人でそう言いながら、出る準備をする。首輪を取り出すとタロが眠気を一気に振り払い、覚醒する。
『さんぽ!!ままとまま!!さんぽ!!』
しっぽをこれでもかと振りながら喜びを表す。
リードを持ち、侍女に外出と、水を大量に扱える場所を聞く。
「水……でございますか?」
「湯浴みをしたいんです。土間で水を流しても良い場所が有れば良いですが」
「そうですね……。お部屋ですと、石床の下は土台ですので、向きませんね……。暖かいのが望ましいので有ればやはり厨房でしょうか。手配致します」
侍女が目礼し、去っていく。うーん、どこも事情は変わらないか。
「ベティアスタさんにも教えてあげれば?」
リズに聞いてみる。
「あ、興味持ちそうだね。子爵様には?」
「ノーウェ子爵様には『リザティア』の温泉を楽しんでもらう方が良いかな? いきなり最大級と言うのも面白いんじゃないかな」
「あは。確かにそうだね。ベティアスタ様、お暇かな。夕ご飯の時にでもお話ししてみようかな」
そんな事を言いながら、領主館を出て、町の外周をゆっくり歩く。
タロが耳を立てて姿勢を低くする。
「ん?」
「あ、ヒロ、あそこ」
『警戒』にも小さな気配を感じる。ウサギか……。おやつ感覚なのかな。
「狩り、試してみる?」
「この辺りの獲物は特に規制されている訳では無いし、良いと思う。でも、平地に追い出さないと穴とかに逃げ込まれて終わりだと思うよ?」
リズが頷きながら、そう言う。
『タロ、うさぎを狩る?』
『うさぎ、いいの?』
『良いよ』
リードを外してやると、姿勢を低くして、ゆっくりとウサギの背中側に回り込み、音も無く近付いていく。教えられなくてもあの辺りは本能なのかな。
10m前後を切った辺りで、ウサギが耳を立てて警戒を表す。きょろきょろと周囲を確認するが、タロは伏せてその姿を確認させない。
ウサギが油断して窪地から出た瞬間を狙って、タロが矢のように走り出す。その音を確認し、一瞬遅れウサギも駆けだす。
ウサギの瞬発力は高いが狼の持久力は尚高い。一瞬引き離されたように見えるが、徐々にその差は縮まる。後数mと言う所まで追い込む、が、そのまま小さな穴にウサギが逃げ込む。タロが穴を掻き出すがそれなりに深い穴なのか、ウサギは出て来ない。
『残念、逃げちゃったね』
『うさぎ、にげた……』
タロが寂しそうに体を擦り付けてくる。
「群れなら、逆側から追い込むけど、タロ1匹だとちょっと無理だね。せめてもう1匹いないと無理じゃないかな」
リズが様子を見ながら言う。
「お嫁さんが必要な感じかな?」
「あはは。そうだね。信頼出来るパートナーは必要だよ」
リズがタロの頭を撫でながら言う。
『うさぎ……うまー……』
こんな時でも食い意地なんだなと思ってしまった。
またリードを付けて外周を歩く。畑の周りを歩いていると、残雪の残る中、農家の人何人かが羊皮紙を片手に相談し合っている。
「麦踏の作業分担かな。2月も終わりだしね。農家の人は暦通り動くから」
あぁ、地球でもそうだったな。暦なんて農作業の為に生まれたようなものだし。
「『リザティア』でもそろそろ耕すのを始めないと、春蒔きに間に合わないかも知れないね。うーん、こんなに長引くと思っていなかったから、甘かった」
「若干のずれは農家の方で吸収するけど、大幅にずれると収獲そのものに影響が出るかも知れないね。収穫時期が雨の時期にかかっちゃったり。その辺りはまだフィアの方が詳しいかな」
まぁ、リズも猟師の娘だしな。
「出来れば1回村に戻りたかったけど、そんな機会も無かったしね。私もリズもお勉強ばっかりだったし」
「そうだね……。大変だったよ……。でも、ヒロと一緒に居る為だから、苦では無かったかな?」
そう言うとリズがにこりと微笑む。
「さぁ、散歩の続きをしようよ。タロ、拗ねちゃうよ」
リズがそう言うとタロがふにゅ?って感じで首を傾げる。その顔をもしゃもしゃと撫でる。ウサギが取れなくて拗ねるかと思ったが、そうでも無い。まぁ、狼の狩りの成功率は大きな群れでも無ければ高く無い。小さな群れなら下手したら10%程度だ。拗ねていられないか。
その後は外周を回りながら季節の移り変わりを感じながら歩く。冬から徐々に春の息吹を感じ始める。まだまだ寒いが木々の新芽は少しずつ伸び始めている。村でもそうだが、桜っぽい樹皮の木も何本かは見ている。もしかしたら、この世界でも桜が見られるかも知れない。
「春にピンク色の花が咲く木って有るかな?」
「んー。有るよ。6月か7月くらいに実が成るけど、甘くないし、苦くて食べられないかな。毒は無いみたいだけど」
あぁ……。桜の可能性は高いか。まぁ、桜に色々思いを感じるのは日本人くらいなのかな。この世界の人にしたら、春に咲くだけのただの花だろうし。
そんな事を考えながら歩いていると、タロが擦り寄ってくる。
『まま、あし、つかれた』
狩りの真似事をした所為か今日はちょっと早めにダウンかな。
「ん? タロどうしたの?」
「疲れたって。さて、木工屋に寄って樽とスノコを買いに行こうか。折角だから大きめのを探してみようか」
馬車にも乗せたままだが、あれだと若干小さい。今日風呂に入るだけなら良いが、領主館で運用するなら、ちょっと小さくてみすぼらしい。
タロをリズに任せて、木工屋に入る。店主に一番大きな樽を探してもらう。前に探して一番大きいのが今の樽なんだよなぁ……。
「こちらなど如何ですか?」
今使っているのより、二回り程大きな樽だった。上を見ると予想通り少し内側に落ち込んで蓋が見える。
「これも漬物用の樽なんですか?」
「はい。業者の方から量を浸けると言うお話を頂きまして、大きさを変えた物を揃えております」
おぉ……。素晴らしい。値段を聞いても、え!?良いの!?と聞きたくなるほど安いので、買ってしまう。スノコも出来合いの物が有ったので、一緒に買う。
「うわぁ……。大きいね。いつものやつよりかなり大きいよね、それ」
「何か、漬物用で大きいのが求められているらしいよ。個人的にはありがたいけど」
このサイズなら、私でも肩まで浸かれそうだ。もう、小さな風呂桶サイズだし。
「ふふ。最近お湯で清めるだけだったから、楽しみだな。ベティアスタ様、喜ぶかな?」
「どうだろうね。喜んでくれると良いね」
そんな事を言いながら、夕暮れにはまだちょっとだけ早い町をゆっくりと歩く。風呂桶サイズの樽を持っていて危ないと言うのも有るが、何よりも、リズとのこう言う時間が大切だと、そう思うから。