第286話 女性って、服装一つで印象ががらりと変わります
また、暫く日常は続く。ノーウェの教育は領主教育から、法衣子爵と見做しての教育に移行している。政務官としての心構えと実践が増え始めた。ノーウェも子爵の期間が長いのでその辺りはお手の物だ。
「結局、王国側の情報が多目に閲覧出来る事以外はほぼ違いは無いよ。出来る事が増えると言うより、知ったから出来るようになると見た方が良いかな。軍権も無いしね。ここは領地子爵になってからだ。でも、君、あれだけ引退兵を抱え込むんだ。育て直して兵や騎士に取り立てるつもりかい?」
執務室のソファーにかけながら、ノーウェが資料を広げ、聞いてくる。
「直接現職に戻す事は本人達も望まないでしょう。領地の治安維持に使いながら、経験を若い世代に継承していく流れですね。ここに関しては元々予算は厚めに取っています。頂ける騎士団も小隊だけですので、流石に回りません」
まだクロスボウの事は誰にも話してはいない。あれが実稼働を始めれば、老兵も立派な一線級に変わる。指示命令系統がしっかりしている分若いのより、使いやすい。
「んー。兵は兎に角、金食い虫だからね。負担になると思ってあの数にしたけど、海の村の資料は見た。今後、あそこは金の成る木だね。あそこを防衛出来るだけの環境となると、兵もそうだし斥候、諜報も厚めに置かないと駄目か……。予算は有るけど人選は難しいね。父上の方で余っている人材を融通してもらおう。北から南に出られるんだ。本人達は喜ぶだろう」
ノーウェが思案顔で呟く。
「はは。もう春も近いので、そこまで喜ぶかは謎ですね。もう少し早めに呼んでくれと言われそうですが。まぁ、海でのバカンスも有りますし、人魚の方々も迎えてくれます。独身の兵士にとってはモチベーションになるのではないでしょうか」
「んー。北の寒さを甘く見ているよ。5月辺りまでは寒いからね。ただ、そうだね。独身の若手で実力が有るのに燻っているのを中心に移動させよう。あぁ、燻っていると言っても、上が詰まっているが故だ。腐っている訳では無いので、安心して欲しい」
ノーウェが苦笑を浮かべる。
「いえ。その辺りの人余りの余波は深刻でしょう。きっと王都の人余りの対応の為、ロスティー様が人員を確保したけど、中々上に行けないと言う話だと考えます。うちならば即座に最古参です。モチベーションは上がりますし、将来的に東に広がれば広がる程ポストも空きますし」
「うん。そこはありがたい。有能な人間がひしめき合うと言うのはあまり健全な状況じゃないからね。どうしても腐るんだよ。人って集まると。なので、この辺りで引き抜いてもらえると助かる。その辺りは父上と調整はする。兵、斥候、諜報の教練及び訓練は済んでいる。実働としてすぐに使ってもらえる」
「分かりました。基本は警邏と訓練に勤しんでもらいましょう。まぁ、将来的に南の村は独身男性の憩いの任地になりそうですが」
「人魚の方々か。元々女性が多いしね。話を聞いている限りは、楽園じゃないか。こっちも南に進出したくなるよ」
ノーウェが苦笑を浮かべながら、肩を竦める。
「まぁ、湿度が高く、海の匂いに苛まれながらの世界で過ごすのは、また適性のいる話です。産物を輸入して売り捌く程度が良いかと考えます。報告は少しずつ上がっていますが、『リザティア』での建築を終えた人材を南に回して頂いているようですね」
「二度手間にはなるけどね。流石に『リザティア』ばかりに手もかけられない。南の村の稼働は、君にとっては悲願だろう?あそこは無から有を生む為の最も大きな生産拠点だ。そこを早めに完成させて一気に金の解決をしたいだろうし」
「そうですね。そちらが回り始めたら、テラクスタ伯爵への塩の提供が出来ます。一気に海産物が中央に流れ込みますので、ノーウェ様的には美味しいかと」
私もノーウェに笑いかける。
「海の産物は兎に角、高く売れるからね。塩漬けの魚が増えてくれれば助かる。しかも安価なんだろう?」
「塩の値段が下がりますからね。今までの岩塩ではとんでもない製造コストでしたから。また塩自体も回り始めますし」
「やっとあの馬鹿どもの鼻を明かせるか。人の生き死にを商売にしてきたんだ。誰も助けには入らんしね。思う存分やろう。手出ししてくるなら、こちらが潰す」
ノーウェがニヤニヤでは無く壮絶な笑みを浮かべる。余程腹に据えかねているんだろうか。
「あぁ、テラクスタ伯爵で思い出した。海の村から西に山沿いに抜ける道の建設計画が上がってきている。荷馬車が2台交差出来る程度だけど、まずはその程度で良いかな? お嬢からの計画だけど」
「予算上は問題無いですか? 何なら、こっちの予算で合算しますが?」
「インフラの話だからね。人を動かしたいと言うのも有るんだろう。このまま任せようと思う」
「分かりました。将来的には大きな収益を生む話なので。しかし、ベティアスタさんも有能ですね」
「お嬢は先を見る目が有るからね。正直、東の国にくれてやるのは惜しいけど、今後の交易、貿易を考えると、こちらの意思が向こうに入るのは利点なんだよね。痛し痒しだよ」
ノーウェが天井を見上げ、若干嘆く口調で言う。まぁ、兄弟みたいに育ってきた相手だ。思う事も有るのだろう。
「加工貿易の主軸は変わらず、こちらの貨幣価値は上がっていますので、原材料を安く仕入れて、そのまま東に出していく流れですね。『リザティア』もその為に大分余地を残した設計をしています。ノーウェ様も参入なさいますか?」
「んー。こっちは商家を介してかな。移送費が大分削れるからね。うちの町で処理していたら、従来の荷馬車で8日分だからね。結構な出費だね。そこを『リザティア』で処理してもらえるなら、製造に食い込まなくても商家の儲けで十分だ」
「分かりました。では、良い立地を押さえておきます」
「助かるよ」
そんな話をしていると、ノックが聞こえる。執事が入って来てノーウェに耳打ちをする。
「あぁ、今日は24日か。リズさんのドレスが出来たそうだ。服飾屋が来ている。父上も明日には帰る。綺麗な姿で迎えてもらえれば、父上も喜ぶだろう」
そう言って、ソファーから立ち上がる。私もそれに合わせて部屋を出る。
準備室の前には服飾屋の人間が揃って待機している。
「リズは用意中かな?」
前に見た若い女性に聞くと頷く。
「はい。お嬢様は現在お召替え中です。もう少々お待ち下さい」
そんな話をしていると、室内から嬌声が聞こえる。リズと職人かな?
暫く待つと、部屋の中から了承の旨の声がかけられる。
扉を開けると、テクァンテシアに付き添われた、絶世の美女がそこに立っていた。
「リズ……驚いた……。綺麗だ……言葉に出来ない」
あくまでも私の感覚ではクラシックなドレスではある。胸もかなり上の方まで布で覆われている。背中も隠れている。肩口が丸く膨らみ、腰までを若干絞めた後、腰から下を詰め物で広げた感じのドレスだ。リズのアッシュブロンドと金糸に青のドレスが映えている。
「ヒロ、ちょっと恥ずかしいかな? でも、そう言ってもらえると、嬉しい」
リズがはにかんでそう言う。
「元々の体形が理想でした。私共と致しましても会心の出来と思っております」
テクァンテシアもにこにこと答える。
「リズ、軽く回ってみて。こけないように。裾には気を付けて」
そう言うと、リズがおずおずとドレスの裾を軽くはためかせて、その場で回る。
「うん、綺麗だ。素晴らしい」
私の口から、勝手に賛辞が零れ出る。
「かなり斬新だね。王都でもこの形は見た事が無いかな? 最近の流行なのかな?」
ノーウェがテクァンテシアに問う。
「ワラニカ王国では無いですね。東の国と言うより、もう少し東側から入って来た技法です。まだまだ習熟の最中ですが、お嬢様にはお似合いと思い、敢えて今回取り入れました」
テクァンテシアが気負いも無く言う。
「ふーむ……。良いんじゃないかな。斬新だが、元の部分は外していないしね。これならば父上もお喜びになるだろう」
ノーウェの太鼓判も押された。
「着付けには何人必要ですか? その他宝飾は?」
私はテクァンテシアに聞く。
「3人ですね。通常のドレスと基礎は同じですので、侍従ギルドのメイドで有れば可能でしょう。宝飾に関してはあまり石を全面に出した物は逆効果でしょう。主張しない物か、無い方がよろしいかと」
うーん……。これなら人魚さんから貰った真珠でネックレスを作るのが吉かな……。宣伝にもなるし、何より映える。
「宝石の加工は可能かな?」
「硬い石は宝飾ギルドですね。穴開けと紐通し程度で有ればうちでも可能ですが」
「暫し待ってもらえるかな」
騒いでいる周囲を抜けて、部屋に戻り荷物を漁る。真珠が入った巾着を持って、戻る。タロは慌てているこちらを見て相手にしてもらえないと分かっているのか、頭を上げてそのまま伏せた。
「これなんだが、硬さは貝程度なんだが」
「あら……。これはまた美しい……。見た事も無い石ですね。光の具合での輝きも何とも優しいですし……。貝程度の硬さですか……。ネックレス……お急ぎですね。今日中には仕上げます」
テクァンテシアが頭を下げる。その手に10万ワールを握らせる。
「あら、加工賃にしては多すぎますが」
「お忙しい中、急がせるんです。その程度はお受け取り下さい」
「ふふ。お心遣い感謝致します。それでは急いで対応致します」
そう言うと、リズのお披露目も堪能したのか三々五々散っていく。
最後には着付けの侍女だけが残る。
「リズ綺麗だ。その姿が見れて本当に嬉しい」
「ヒロ……。ありがとう……。そんなに素直に言われると、ちょっと恥ずかしい」
リズが頬を染めてはにかむ。
「ロスティー公爵閣下も喜ばれるだろうね」
「お爺様が喜んでくださるなら、幸せね」
そんな話をしていると、侍女からやんわりと、部屋からの退出を促される。
あぁ、リズがあんな魅力をまだ隠し持っていたとは。驚いた。うん、私の奥様は世界一だ。そんな事を思いながら、ノーウェとの話は一段落着いたので部屋に戻ってリズを待つ事にした。