第284話 結構法律もしっかりしています
「これ、良く起こるんだけど、借金に関しては貴族側が持つのは原則不可。書式は……あぁ、これ。基本、民と国での契約にしないと、すぐに財源干からびちゃうよ。家の時もそうだし、緊急備蓄の放出の時もそう」
ノーウェが書面を指さしながら説明を進める。
「貴族側で緊急融資と言う形は無いんですか?」
「それは余程の豪商の対応とかで土地なんかの担保が確実な時だけだね。民側も踏み倒す気が無くても、結果的に返済しきれない時も有るからね。そう言う場合、戸籍に合わせて子や孫に借金を引き継ぎさせるには国の力が必要かな。領主なんて、そう言う意味では無力な物だよ。取り立ても人員が必要になるしね。戸籍に記載されている物なら税から徴収も可能だから。まぁ、軽々しく手は出さない方が良いね。そこをあまり深く考えず潰れた貴族なんて幾らでもいるから」
ノーウェが苦笑を浮かべながら説明をする。
借金関係は難しい。その時は神様って顔をするが返済が始まれば鬼、悪魔扱いだ。そんなものに付き合いたくもないし。国側で税に合わせて徴収してもらった方が後腐れないかな。
そんな感じで王国法に記載の無い、領主のお仕事の細かい内容を聞いていく。聞けば聞くほど、貴族って会社の役職だ。権限がかなり制限されている。良い意味でも悪い意味でもだ。また、自由にしても良いけど、自己責任でって言う部分は変わりない。
「さて、そろそろ昼かな? 話し込み過ぎた。昼からは自由にしてもらって構わないよ。私も政務の処理が有る。リズさんも今頃詰め込まれて大変だろうから、2人でゆっくりしたら良いよ」
ノーウェがそう言いながら執事に指示を出す。執事が恭しく一礼し、部屋を出て行く。
「しかし、王国法は読んだかなと思っていたけど、結構理解、早いよね。教える身としては助かるけど。政務経験が無いと言うのは信じられないよ。民への対応の機微も良く分かっているし」
「その辺りは過去の経験でしょうか。私自身も民ですしね」
「ふぅむ……。まぁ、優秀な子は本当に助かる。東側はこれから躍進を迎えるからね。そう言う意味では君が要になってどんどん広げて欲しい。西にはもう、貴族がひしめき合っているから手が出せないしね」
「ノーウェ様も中央と言う形ですね。広げられないのですか?」
「西側に広げるメリットはあまりないかな。王都に近寄っても面倒事が多いだけだし。小雀の相手で1日が終わるなんて虫唾が走る。伯爵になったら財源確保はちょっと考えないといけないけど、正直『リザティア』との間に2つ程宿場町を建設するだけで、十分見込めるんじゃないかなとは見ている。あそこ君の領地扱いだけど租借でも良いかい?」
「元々、ノーウェ様の土地ですから返還手続きを致します。道自体もノーウェ様の領地扱いですし。ご自由にお使い頂くのが良いかと。私は東と友好関係が醸成され次第、東にインフラを伸ばします」
「はは、欲の無い事だ。しかし、ありがたいかな。南は任せているし、北は父上関係で埋まっているからね。このまま『リザティア』の発展の手助けをするのが一番財源的には美味しいのは間違いないしね」
「この好景気も来年度予算までの話ですし、その間に経済を拡大させて再投資を国に頼らず行えるところまで持って行かないと駄目ですが」
「んー。そこまで行くと、もう、男爵の思考じゃないよね。子爵以上だよ。男爵なんて税免除期間の間に出来る限りで領地を広げてピーピー言っているくらいが可愛いんだけど、君は突っ走っているからね。まぁ、どちらにせよさっさと子爵になってもらわないと私も東に目を向け続けないといけないのがきついしね」
「軍権の話ですか?」
「うん。それも有るしね。うちはそもそも玄関口を想定されて設計された訳じゃ無いから、玄関口にされるのが面倒でね。国の真ん中まで来て玄関ですって言うのもおかしいだろう? そう言う意味では君の出してきた設計を見る限りその辺りもきちんと酌んでくれている。正直、助かる」
そんな話をしていると、執事が現れて誘導される。食堂には皆が揃っている。
「さて、食べようか」
ノーウェが席に着き、食事を促す。
皆、和気藹々と食事を進める。ロスティーとレイは減ったけど、それぞれは仲良くなったようだ。リズとリナとベティアスタがわいわいと何か話をしている。
「結婚か……。まだ先になるとは思うが、呼ぶ事にはなろうな。その際はよろしく頼む」
「いえいえ。私も結婚の際にはベティアスタ様に来て頂きたいです」
「ふふ。それは楽しみにしている。『リザティア』での結婚か。どのようになるのだろうな」
「ふふふ。それはお楽しみにです。そう言えば、リナは再婚とか考えていないの?」
リズがリナに話を振る。
「某で御座るか? うーん、良き相手がおれば考え申すが、中々これが……。難しいもので御座るよ」
「もう、年頃の相手って子供みたいな物だからかな?」
「それは……。まぁ、そう言う気持ちが無い訳では無いで御座るが……。男女の機微も難しゅう御座る」
うん。姦しいな。まぁ、仲良くやってくれるなら良いか。
そんな感じで、食事を終えて、部屋に戻る。リズも一緒だ。部屋の前で侍女にタロの食事を渡される。中を覗くと豪華セットだった。タロ、美食家にならないかな……。家に戻ったら食べないとか嫌だな。
部屋の扉を開けると、玩具をけしけしと蹴っていたタロが顔を上げてこちらを確認し、突進してくる。
『まま!!まま!!まま!!』
周囲をくるくる回る歓迎ぶりだ。食事の分も入っているんだろうな。朝はリズがあげてくれたみたいだし。いつもの皿に移し、待て良しをして食べさせる。
『ふぉぉ、とり!!しゃくしゃく!!イノシシ!?こりこり!!うまー!!』
豪華ラインナップだ、もう、タロの思考が至福で埋め尽くされている。食べ終わり、皿に水を生むとペロペロと舐め始める。箱の中は、きちんと綺麗にされている。侍女の人が清掃も合わせてやってくれているのか……。頭が下がる。
タロはてくてくとハースゲート辺りまで行ってくるりと丸くなり、毛繕いをしながら、むふーっとした顔をしている。余は満足じゃって感じだ。
「リズはどうだった? 大変じゃ無かった?」
「うん、先生も優しい先生だった。色々どういう意味で、どう言う動作をするのか教えてくれるから、覚えるのも楽だし」
ふむ。詰め込み式じゃなくて、咀嚼させるタイプの教師か。リズは頭が良い。と言うより、自分で認識把握した事を咀嚼して応用する力に長けている。そう言う意味では良い人選なんだろう。
「ほらほら、見て見て」
リズが、テーブルの間に立ち、見事にカーテシーもどきを披露する。
「うん。立派な淑女だ。どこに出してもおかしくない。魅力的だよ」
「えへへ。ヒロ、ずるい。そう言われると、嬉しくなっちゃうよ」
そう言いながら、ソファーに腰かけて、抱き着いてくる。
「でも、勿体無いかな」
「ん? 何が?」
「そんな魅力的なリズを独占出来ないのは、勿体無いし、寂しいかな。私だけのリズ」
そう言って目を見つめると、やや頬を染めて、目が潤む。
「ふふ。甘えん坊で独占欲の強いヒロだね。でも、嬉しい。ありがとう」
そう言いながら、顔を近づけてくるので、迎え撃つように唇を奪う。
「午後の予定は?」
「授業は午前だけらしいから、空いちゃうかな。ヒロは?」
「私もノーウェ子爵様が政務で潰れるから。なら午後はデートと散歩って感じかな?」
そう言うと、リズが満面の笑顔を浮かべる。うん、この笑顔を守る為、私は覚悟を決めたんだ。それを実行出来るだけの全てを吸収する。それが、それだけが、先に進む為に必要な物だ……。