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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第282話 為政者への小さな、小さな一歩

 執務室まで侍女に誘導されて進む。執務室に入ると大きな窓は開け放たれ、明るい。暖炉では赤々と盛んに火が焚かれている。暖と明かりの両方を求めるのも難しいな。新領地は窓ガラス入れてもらって良かった。


「お、来たね。んじゃ、前の話のざっと復習からだね」


 執務机で書類を読んでいたノーウェが左右に首を傾げ、コキコキと鳴らして、立ち上がる。暖炉前のソファーに誘導されたので、腰かける。


「為政者教育は親の義務だからね。そう言う意味では君が結構先々と進んじゃうから後回しになっちゃったけど、この辺りできちんと話をしよう。後は抱え込みと、甘さの部分か。彼女の依存の部分はもう良いだろう? あれは自覚すれば勝手に改善する筈だ。もう自分でも分かっているだろう?」


「そうですね。はい。リズとも話をしましたが、お恥ずかしい限りです」


「羞恥を感じると言う事は十分に効果が有ると言う事だから、そこは安心した。彼女はきっと稀有な存在なんだろうね。いや、君が羨ましい。私も偶には何も考えず溺れられたらなんて考える事は有るからね。でも良い歳しているんだから、そこにばかり頼り切らない事。この話はこの程度で良いさ。大事にするんだろう? きちっと筋は通しなよ。こっちから言いたいのはそのくらいだよ」


 下手したら親子並みの相手に依存しているんだから、そりゃ恥ずかしい。言われればもっと恥ずかしい。でも、言われないと分からないと言うのが業が深いと言うか。リズの懐の深さに助けられているだけだ。自立しよう。


「抱え込みの部分は、ちょっとね。オーク戦の時も思ったけど、為政者は殺すと決めたら、親でも眉すら動かさず切る。相手を思う事を優しさと思っていると、いつか寝首を掻かれるよ? そこが甘さなんだろうね。甘さって一瞬の見た目は良いんだ、頼れそうって思うから。でも、甘さは緩やかな毒だ。君を仲間を民を侵す毒だ。君は優しさと甘さと為政をきちんと分けないといけない。今までだって上司はいたでしょ? 上司に任せた仕事は上司の責任で成されるべきだ。君が後ろから手伝う事が有っても、実行とその責は上が持つ。そうしないと組織は回らない。君、ちょっと自分が出来るって、思い込んでいるよ」


 ノーウェが苦笑を浮かべながら、辛辣に言い切る。流石、歴戦の為政者だ。この辺りに揺らぎも妥協も無い。


「はい。私は小さな集団の長でしたから。その中では権力の回し方は分かりますが、その上の視点での行動は実感が湧いていないですね」


「ふむふむ。パーティーの経営も問題無く回しているしね。収支報告は冒険者ギルドからの報告を受けてるから分かる。優秀な経営者だよ、君は。そこは誇って良い。でも、為政はちょっと違う。百や千、万の相手ってそんな細部に入り込めない。と言うか、細部に入り込んじゃったら(しがらみ)で雁字搦めになるだけだよ。もう少し視点を上げよう。そんな(しがらみ)は部下に任せれば良いんだから。カビアも渡したし、政務官ももうそろそろ形になる。任せちゃって良い。それに君が背負えない責任はこっちや父上に背負わせれば良い。何の為にいるのか分からない時が有るしね。君、先に走り過ぎ。かと思うときちっと報告して指示を仰いで来たりと、ちぐはぐ。どっちが本当の君なんだろうって父上と首を傾げたりしているよ」


 ノーウェがはははと笑いながら、ソファーの上で肩を竦める。


「きっと、人間相手になった時に、君の判断は鈍る。んー、鈍るともちょっと違うかな。傷付ける、殺す事に忌避を感じていると言う感じかな? 恩義を与える部分や論功行賞(ろんこうこうしょう)の部分も矛盾無く、先を見据えている。卓越していると言って良い。でも、誰かを傷付け殺す事に対して、激しく忌避をする。前の盗賊の件も恩を売って来たと判断したけど、あれ、処理に困っただけでしょ?」


「お察しですか……」


「結果的に美味しい思いをしたから、借りのままで良いけど。人を殺せないと言う人間はごまんといる。すぐに冷徹になれなんて言う気も無い。でもそれを抱え込んでも良い事は何も無い。いつか重さに負けて、潰れるだけだ。仕事と思って、処理しよう。為政者なんて人の生き死にも仕事の範疇だ。千の民の為に、十の民を殺す選択なんて、幾らでも出てくる。君はこのままだと、その十にどこか仄暗い世界に引きずり込まれる。間違い無くね」


 実感は湧かないが、歴史を追えばその手の話は幾らでも有る……。飲み込むしか無いか……。


「ほら、その顔だよ。また抱え込もうとしているよ。君あれだよね。何か物凄い知識持っているよね? 先を知っているって感じもする。でもね、そんな知識、生きている人間がどうこう出来る物じゃない。知識はあくまで補助だ。君が成し、その責を抱えられる限りで抱える。その程度で十分だ。抱えられない物を抱える為に、こっちがいるんだから。君、王でも何でも無いよ? 国の行く末を気にするなんて烏滸(おこ)がましい。私でもそんな不遜、口が裂けても言えないね」


 ノーウェが笑いながら言う。言っている口調は軽いが、内容は重い。


「しかし、自分の為した事の責は自分で負わなければとも考えます」


「うん。その実直な所は個人としては美徳だとは思うよ。でも為政者としては駄目だ。そんなもの負っていたら、前に進めない。民を道連れにずっぽりと底無し沼に埋まっていく。そんな人間には任せられない。甘えるのはそろそろ卒業しよう。君はもう青い血が流れているんだ。片鱗は見せたんだよ。今のままなら奥さんも一緒に沈めちゃう。一皮剥けちゃおう」


「……はい」


「まずは、その心構えをする事。為政者は知識だけで回る程甘く無い。優しさは時には必要だ。でも、甘さは間違い無く毒にしかならない。それを心の中に置きなよ。まだ、父上の件、気にしてるでしょ?」


 そう言われた瞬間、どんな表情をしたのか分からない。


「はは。朝、見送る姿を見ていたら分かるよ。でもね、父上はもう陛下を、伯父上を弑する事に躊躇(ためら)いは無い。君が見せた未来は亡国回避の道筋への光明だ。たった一つの首で何十万の民が生きる道を見せたんだ。だから、もう、躊躇わない。逆に躊躇う事は陛下に対する、この国に対する害悪だ。その覚悟を君は踏みにじるのかい?」


「いえ……それは……」


「きっとこれは優しさだろうね。甘さでは無いのだろうね。父上が兄を弑する事が悲しいのだろう? でも、政治上はしょうがない。それが現実だ。割り切りなよ。君には関係の無い話だ。ここで優しさを見せるのは人間としては正しいけど、為政者としては父上を侮辱している。その認識が無ければ、この先は任せられないかな……。どうする? ここがきっと君の分水嶺(ぶんすいれい)だろう」


 その言葉に瞑目する。ロスティーと一緒に酒を飲み、試し、その上で結果を呑むと、王を供養すると決めた。ならば、ロスティーの行動を信じ、全面的に支持するしか出来ない。人一人を殺すのは私じゃない。ロスティーがロスティーの責の元に殺すのだ。そこに私のセンチメンタリズムを押し付けて良い訳が無い。


「ふふ。うん。それが覚悟だよ。やっと為政者の顔になったね。おめでとう、そして、ようこそ、為政者の世界に。心より、君の参入を歓迎する」


 自分がどんな顔をしているのか分からない。青ざめて、ガチガチと震えているのかも知れない。それでも、信じると決めた物を信じる。その覚悟だけは胸に落ちた。

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