第280話 孫娘のプレゼント
部屋に戻ると、音か匂いか気配を感じたのかタロが目を覚ます。
『まま、あそぶ?』
箱の中でちょこんとお座りをして、しっぽを振る。何と言うか、欲望に忠実で和む。良いなぁ、ペット人生って。ストレートに生きている。そう思いながら、箱から抱きかかえて外に出す。
『これを投げるから、持って来て』
『馴致』で玩具を示して、部屋の端に放物線を描くように軽く投げる。タロが目を輝かせて飛んでいく木の骨の玩具を追い、空中に飛び上がり、咥える。
そのままタタっと駆けて私の目の前にぺっと置く。
『まま、もっと!』
今度は少し、低めに投げるが、地面に転がる直前に咥えて首を上げる。そのまま誇らしげに目前に戻り、玩具を置く。
『まま、たのしい!!』
はっはっと息をしながらせがむので、何度か繰り返す。その内フライングディスクみたいなのを作っても良いかな。ブーメランだと危ないかな。
タロの興奮が限界を突破したのか頻りに体を擦り付けて来る。わしゃわしゃと毛の間から肌を指先で撫でてあげると、お腹を出すので、掌でわしゃわしゃーと弄り回す。
意味の通らない、歓喜の感情が『馴致』越しに伝わってくる。丁度足を向けているので、肉球辺りをマッサージのように押していく。一通り押し終わったので終わりかなと思ったが、そのまま足を高く上げたままだ。
『まま、もっと……』
気持ち良いのか、しっぽを振りながら器用に足を上げている。しょうがないなと苦笑し、引き続きもにゅもにゅと押す。ある程度押し続けると、満足したのか、胡坐の膝にお尻を押し付けて伏せる。偶に飼っていた犬もお尻押し付けてきたけど、これどんな意味が有るんだろう。
伏せたまま細めた目でこちらを見上げてしっぽを振る。中々仕事とかで相手をしてあげる機会も取りにくい。視察の際も散歩なんかは頑張ったがリズ任せの部分も多かった。寂しかったのかな?頭を撫でると、前脚に顎を乗せて、ふにゃっとなる。
そんな時間を過ごしていると、タロがふと頭を上げて扉の方を見る。ん?服飾屋か?そう思った瞬間、扉がノックされる。応答すると侍女が服飾屋を伴ってきたらしい。扉を開けると、先程の若い女の子と男性2人が布と綿を詰めた包みを持って待っていた。あぁ、綿を包んでいる布もきちんとした一枚布か……。んー。手間賃と合すとトントンくらいになっちゃったな。あのお婆ちゃんやり手だな。
「お待たせ致しました。男爵様」
若干早口かつ噛みかけながら女の子が言う。そんな畏まる相手じゃ無いんだが、しょうがないか。
「いえ。思った以上に早かったです。大変でしたでしょう。ありがとう」
にこやかに返すと、若干顔を赤らめて、荷物を部屋の中のテーブルまで運び込んでくれる。包みを開けると、想定していた量より多めの綿が入っている。足りないより多目でサービスか。
「少し多いようですが、よろしいのですか?」
「はい。頂いた金額では多すぎます。多いようであれば処分頂いて結構です」
綿は高いのに、また豪儀な事を言う。まぁ、リップサービスか。今度社交界用の服を作るのに頼むとするか。はは、お客様の出来上がりか。お婆ちゃん、良い性格しているな。
感謝の言葉を述べると、女の子達は目礼の後、侍女に連れられてリズの元に戻る。
タロを見ると、大人しく伏せてこちらを見上げている。ふむ。クッション作りはリズが帰って来てからで良いか。
『散歩、行く?』
『さんぽ!!すき!!』
タロが伏せたまま、激しくしっぽを振る。首輪を取りに行って戻ると、その場でぐるぐる回っている。これも偶に家の犬もやっていたが。何なんだろう。喜びを表現しているのだろうか。
首輪を嵌め、リードを結ぶ。侍女を呼び、外出の旨を伝え、領主館を出る。『警戒』で確認すると、数人の侍女や使用人が部屋に入ったので掃除含めて対応してくれるのかな。本当にサービスが良くて申し訳無い。
雑貨屋の場所は聞いている。少し遠回りになるが外周部分を進み、タロの散歩を優先する。しかし、食事、睡眠、遊び、散歩、エンジョイしているなタロ……。
珍しい物が有ればすかさず近付き、クンクンと嗅ぐ。納得すると、次の目標を探す。私はぼけーっと引っ張られるに任せて、献策の件を考える。今は現実では無いので、こんなチクリなんて甘いもので済んでいるが、実行された後はグサリに変わるんだろうな……。抱え込むなと言われても、自分の指示で人が死ぬのだ。はぁぁ。割り切れないが、一生忘れず供養すると言う事で罪悪感を噛み殺す。それ以外に手段を思いつかない……。
そんな事を考えていると、タロも散歩に満足してきたらしい。気付くと結構な時間が経っている。うぉ、考え過ぎた。足早に雑貨屋に向かう。タロを店の裏につなぎ、店に入る。店主が迎えてくれたので湯たんぽの件を聞くと、在庫を扱っているらしい。値段を聞くとネスの卸しより結構高くなっている。うーん……鍛冶ギルドと店の売り上げと間に入るのは分かるが、ぼり過ぎだろ……。ネスの心情を考えると微妙にもやっとしながら荷物を抱えて裏手に回り、タロの紐を解く。
『まま、はやく、かえる』
タロがちょっと疲れたのか、領主館に向かって真っすぐ歩き出す。はは、自分が散歩したい時は延々歩くのに、可愛いな。まぁ、クッションを作らないといけないので素直に付いて行く。
領主館に到着し、タロの足を拭う。てとてとと侍女を待たず、部屋まで引っ張っていく。途中で会った使用人に帰還の旨を伝えてもらう。部屋に入ると、箱をかりかりと引っ掻く。抱き上げて箱に戻し、皿に水を生むと、勢い良く飲みだす。何度か補充し、満足すると毛皮の中にもぞもぞと潜り込む。顔だけ出して、前脚に乗っける。そのまま目を細めて、くわっと欠伸をする。
『まま、まだ……ね……ない……あ……そ……』
あ、寝た。疲れて帰って来てもまだ遊ぶ気だったか。元気だな。そう思って穏やかな気分で頭を撫でていると、ノックの音の後、リズが部屋に戻ってくる。
「おかえり。ちょっとお疲れな感じ?」
「疲れたー。うん、やっぱり、疲れた……。兎に角、気を遣うのが辛いよ」
若干憔悴したリズがソファーにバタンと腰かける。
「そんな状況で悪いけど」
そう言って、テーブルの上の包みを指さす。
「あ、公爵閣下様の分だよね。それは作るよ。ドレス作って頂いたし、良くして下さっている方だもの。お礼したいよ」
ぱぁっと華やかな笑顔に戻ったリズが荷物から裁縫道具を取り出してくる。ふふ。祖父と孫の関係は良好か。良かった。
「食事まではまだ時間が有りそうだから、ちょっとずつでも進めようか」
そう言うと、リズが大きく頷く。もう、この作業もお互い結構慣れてきた。チクチクと黙って集中する。あぁ、そう言えば抱え込むで思い出した。
「私、色々と抱え込んでいるって言われるんだけど、それでリズに迷惑をかけているかな?」
一番気になるのは、リズの精神状態だ。私が凹むのは自由だが、それがリズの精神状態に影響を与えるのであれば、問題だ。
「んー。迷惑……はかかっていないかな? 私はヒロが幸せになって欲しいし、元気に過ごして欲しいけど、どうしても嫌な事や辛い事は有るよ。そんな時に支えるけど、それが迷惑って思った事は無いかな?」
「辛いとか思っていない? 私は自分が辛いのは我慢できるけど、リズが辛いのなら、もっと早く改善しないといけないかなって」
「ヒロの考え方の話だよね、それって。考え方なんてそうそう変わらないよ。そんな事を気にした方が不健全な気がする。私の為とか言っていないで、ヒロが辛くならないようにしたら良いと思うよ」
そりゃそうか……。ふむ……。
「誰かに何か言われたの?」
「いや、ノーウェ子爵様に依存しているって言われたから。自覚は有るからね。それがリズの負担になって無いかなとは気になるよ」
「あぁ、そう言う事かぁ。私は特に迷惑って思っていないし、支えるって決めたのは私だから。そもそもヒロが何か考える必要も無いよ。そんな事気にしていたの?」
「むぅ。そんな事って……。結構気にしていたけど」
「ふふ。そんな事を気にするなら、抱え込むのをもう少し減らして欲しいかな。そうしたら心配するのも減るかも知れないよ?」
悪戯っぽい笑顔でリズが言う。あぁ、私の奥様は男前だ……。
そんな感じでポツリポツリと話しながら、クッションを仕上げて行く。綿の多い分は多目に詰めて行く。破裂は大丈夫だろう。ちょっとパンパン過ぎて若干座りにくそうだけど、一回座ったらこっちの方がフィットするかな。
侍女が呼びに来るまでに、何とか8つを仕上げる。買って来た湯たんぽに普段よりかなり熱めのお湯を入れて今日貰った包んでいた厚手の布で包む。
「喜んで下さるかな?」
「孫娘の手縫いだから、喜ぶんじゃないかな?」
そう言いながら、湯たんぽとクッションを抱えて、食堂に向かう。
「ん? 大荷物だね。どうしたの? それ?」
食堂にはノーウェとロスティーが先に座っていた。
「ロスティー様が長時間移動されるとお聞きしましたので。リズからの献上品です」
そう言い、ロスティーに立ち上がってもらい、クッションを敷く。食堂の椅子は木なので丁度良い。
「おぉ……。これは、楽だな。ふむ、馬車の旅は座り続けるのが苦痛故な……」
「こちらは背もたれにお使い下さい。揺れの軽減にもなります」
そう言いながら、背もたれにもクッションを置く。
「ふむ。なるほど。これは確かに、疲労が変わるか……。このような物も開発しておるのか?」
「そうですね。視察等で馬車の移動が多かったですから。後はこちらは、お湯を入れて使うものです。ロスティー様の使用人に使い方は説明致します。馬車など用の暖房器具と考えて頂ければ。本日、ベッドの中に入れて使ってみて頂ければ」
「おぅ。これはまた温かな。この時期の馬車は兎に角冷えるからな。箱馬車と言っても、結局隙間風は入る故な。ふむ、火も焚けない状況でこの温もりはありがたいな。良く思いつく」
ロスティーが湯たんぽを抱きしめながら、にこにこと表情を崩す。
「元々は寝る時に足が冷えるのを防ぐ為に開発させましたが。ノーウェ様の町にもそろそろ流行り始めていますね。鍛冶ギルドに利権は譲りましたので、北にも広がるかと考えます」
「ほぉ。北の夜は酷くてな。暖炉が有っても深々と底から冷える。これをベッドに入れるか……。良く考えおるわ……。鍛冶ギルドの方には早めに北に流すよう言おう。この冬の間からでも使わせたい」
「はは。それはご自身でお試しの上、お考え下さい。クッションはリズが作りました。お爺様のご厚情に少しでも応えたいと。一針一針ご健康を祈りながら、縫いましたよ」
そう言うと、ロスティーが瞳をうるうるさせながら、感極まった顔をする。
「そうか!! そうか!! おぉ、我が孫娘、リズよ……。このような心尽くし……。ほんに、感謝する。ありがたい……ありがたい事よのう……。孫娘の思い、無駄にはせぬ。万全で事を成す。ここで神に誓おうぞ!!」
ロスティーが決心を新たに、叫ぶ。引継ぎやら言っていたのに、この変わり様か……。ふふ。リズのお蔭だな。
「あの……。そのような粗末な物で恐縮です。お爺様が健康に王都まで行って帰って下されば幸いです」
リズがドギマギとしながら、呟く。
「おぅ。リズよ。その思い、受け取った。うむ。漲るのう。やるぞ、ノーウェよ。此度の件、何が有ろうと儂の手で事を成す」
「はいはい。父上。明日も早いのですから、ご興奮なさらず。君達もありがとうね。父上、こう見えても結構弱気でね。結構、色々考えて」
「こら、ノーウェ。それ以上言えば、また蒸し返すぞ?」
良く分からん親子喧嘩が始まりそうなので、仲裁しておいた。まぁ、士気が上がったんなら、良い事だ。
そこからは和気藹々と食事が進んだ。リズもかなり硬かった表情が解けてきた。
食事を終え、ロスティーの使用人を捕まえて湯たんぽの使い方を説明をする。
部屋に戻り、タロに食事をあげ、用意されたタライで身を清めようかと思うと、こつんとリズに頭を叩かれた。
「ヒロぉ……。あんなの聞いてなかった。困ったじゃない。先に言ってよ。もう、何て答えて良いか分からなかったわよ」
「はは。ああ言えば公爵閣下も喜ぶかなとおもったけど。まぁ、思った以上に効果が出たけど」
「むぅ……。でも喜んで頂けて良かった」
「そうだね」
優しい顔で呟くリズを抱きしめる。
「リズのお蔭で、きっと上手くいく。そう確信出来た。ありがとう」
「ふふ……。ずるいんだ……。でも、良いよ。私が何か出来るなら、何でもする。それがヒロの為になるのなら」
「嬉しいけど、無理は無しでね」
そう言いながらお互い体を清める。ベッドに入り、蝋燭を消す。
「明日出ちゃうんだね……。お爺様って私、生きている間にお会いした事無いの。だから、初めてのお爺様なの……。だから、無事で帰って来て頂きたいな……」
「うん。リズがそう祈ったら、きっと届くよ。私達は私達が出来る事をしよう」
リズの手を握り、頭を撫でながら、眠りに誘導する。寝入ったところで、目を瞑り、私も意識を手放す。どうか、何も有りませんように。そう何でもない何かに願う……。