第276話 犬って、雪が有ると、何故かハグハグ食べますね
お互いびちょびちょになった状態で部屋に戻る。流石に寒い。レイは一人、濡れもせず、ぴしっとしたまま部屋に戻って行ったが、役者が違う。
「寒く無い?」
「まだ、動いていたからかな? 大丈夫だよ」
タライだけ借りて、お湯は自分で生む。何度も頼むのは流石に気が引ける。お互い下着まで脱いで、体をお湯で拭って温めながら、体を清め、新しい乾いた下着、上着に変える。
「ふわぁ、生き返った。さっぱりした。でも、楽しかったよ」
リズが、ぱたんとソファーに座り込む。
「故郷だと、あんな感じで皆が遊んでいたね。雪の中でも楽しいでしょ?」
「濡れるのはちょっと辛いけど。あんなのは初めてかな。うん。良いと思う。皆、冬は暗い部屋の中で固まっているだけだから、ああ言う時間が有っても良いと思う」
リズがにこやかにそう言う。
「まぁ、万民向けでは無いけど、子供が冬も明るい顔で遊んでくれたら良いよね。教会とかできちんと暖炉で暖まった部屋を用意して、子供に遊んでもらうなら、冬場の運動にはなるかな。風邪だけは気を付けないと駄目だけど」
「そう言うのも良いね。『リザティア』ではそうしようか……。でも、この町の名前、なんだか、やっぱり恥ずかしいよ……」
リズが少し、俯いて頬を染める。自分の名前だしな。
「私は良いと思うけど。嫌かな?」
「嬉しいけど、くすぐったい感じ。中々この名前で呼ばれる事も無いから他人みたいな感じはするけど、やっぱり、ちょっとね……」
へへへ、みたいな顔で笑う。
「ん。まぁ、追々慣れて行けば良いんじゃないかな。さて、体は乾いたけど、芯は冷えているし、少し温かい物を貰おうかな」
そう言って侍女を呼び、温かいお茶をお願いする。暫く雑談を楽しんでいると、ノックの音が聞こえる。応答すると、扉が開かれ、お茶と軽い軽食がワゴンで運ばれてくる。うぉ、軽食までか。まぁ、動いたし良いか。
てきぱきとテーブルの上に並べられ、目礼した後はワゴンと一緒に部屋を出て行く。
「うわぁ……。綺麗だけど、良いのかな……。食事、もう食べたのに」
「んー。用意してもらったし、食べちゃおうか。運動もしたしね」
そう言いながら、温かいお茶を口に含む。やはり、着替えて温まっていても、体の内側はまだ冷えていたのか、お茶の温かさが胃の奥からぽかぽかと体を温める。小さなパンを切った物の上にハムのようなものと野菜を乗せた簡単なおつまみと一緒に楽しむ。
「うわ……。簡単なのに、美味しいね……。んー、贅沢……」
リズが咀嚼してから、頬を押さえて、目を瞑って嬉しそうに呟く。
「あは。子爵様も気を使ってくれるね。あぁ、雪も止んだみたいだ。んー。タロの散歩に出ようか。今なら濡れないで行けそうだ」
そう言いながら首輪を取り出す。それを見たタロがしっぽを振り出す。
『さんぽ!!いく!!』
箱から出すと大人しく首を差し出す。首輪を嵌めて、リードを持ってリズと一緒に領主館を出る。降り積もった雪は初めてなので、タロが興味深そうにクンクンとしながら、前脚でぺちぺち雪を叩いている。危険は無いと判断したのか前に進み、積もった雪をハグハグと食べ始める。
『うー……つめたいの……』
体をぶるっとさせて、後はクンクンと嗅ぎながら、先に進む。
「リズは何か買いたい物とか有る?」
「んー。思いつかないかな。髪飾り貰ったから、欲しい物も特に無いし」
そう言いながらくるりとその場で回転する。髪飾りがほのかな陽光を受けて、キラキラと輝く。
「そっか。なら、外周をくるりと回ろうか」
タロの興味の有る方に、2人で雑談をしながらゆっくり歩む。タロはクンクンブルドーザーで雪をかき分けながら、進んで行く。これ、帰ったら、お湯に浸けてあげるか。
町の外周を半ばも超えた頃に、満足したのかタロが足元に擦り寄ってくる。抱きかかえると濡れるので、進路を領主館に向け、進んで行く。タロも戻るのが分かったのか、大人しく歩き始める。
「タロもかなり歩けるようになったね」
「もう、そこそこ大きくなってきたしね。今後は散歩が大変だよ」
「んー。私はヒロと一緒にいられるから、好きだよ、散歩」
リズが少しだけ頬を染めて、そう言う。
「そう言ってもらえると、嬉しい。ごめんね、中々一緒にいられなくて」
「ううん、色々気を使ってもらっているのは分かるから。お仕事も有るし。こうやって一緒にいられるだけで嬉しいよ」
そんな話をしながら、領主館に到着した。部屋に戻ると箱の敷布は新しい物と交換されていた。部屋に置いていてもらったタライにお湯を生み、タロを浸ける。
『はぅぅ……ぬくいの……ぬくいの、すき……』
寒い中、雪に触れながら歩いていたので、体が冷えたのか、お湯の中で弛緩している。ざっと体を洗ってあげると、散歩の疲れも出たのか、うとうとし始める。体を拭い、風魔術でブローして完全に乾かしたら、箱に戻す。
もぞもぞと毛皮に潜り込み丸くなって、欠伸をして、眠り始める。
「ふふ、大きくなっても変わらないね」
「そうだね、小さな頃のままだね」
そんな日常が続けられる事に、小さな幸せを感じた。