第275話 子供の頃、雪合戦でかまくらを作って要塞化しようとしたら物理で粉砕されました、蹴るなよぉ
4人での食事は結局終始和やかに進む。リズも2人に慣れたのか、少しずつでも会話に参加してくれる。と言うか、ロスティーが孫可愛がりと言うか……。
「我が孫よ。リズ嬢は大切にしておるか? お前は良いが、リズ嬢はしっかり面倒を見ねばならぬだろう。侍従ギルドの方は儂からも話をしておく。最高の人員を調整させようぞ」
とか言い出して、面倒臭い。もう、この時期なんだから、ノーウェの推薦者が引継ぎを始めている筈だ。引っ掻き回されては敵わないと、私もノーウェも愛想笑いで受け流す。
どこの世界でも、孫の嫁は可愛いのか?孫娘は可愛がっちゃうか。まぁ、その辺りはどうでも良いが。明日からちょっとずつ為政者研修と言う事で決まった。
食事を終え、部屋に戻る。タロの食事を受け取り与える。今日は珍しく鳥では無く、イノシシっぽい肉にモツをある程度刻んだ物だ。お昼の肉の余りかな?
『ふぉぉぉぉ!!イノシシ!!うまー!!こりこり?こりこり!!』
あー。タロがもう、モツに夢中だ……。家だと、油かすと油分の元に使われるので、与える事が無いから珍しいのだろう。クンクンと嗅いだ後はイノシシと分かったのか、もう無我夢中だ。タロまっしぐらな感じだ。脂の甘さがモツはより強いだろう。
「お二人共、気さくな方だったね。もう、同席ってドキドキしたよ」
リズが胸を撫で下ろしながら言う。
「もう、そこそこ付き合いが有るからそう構えないけど、緊張した?」
「緊張するわよ!! 国の重鎮と私達の領主様よ? 緊張しない訳無いじゃない!!」
リズの剣幕が変わる。いや、怒られても……。私が同席希望した訳じゃ無いし……。偶々いただけだし……。
「まぁ、気に入られたようで良かった。祝福してもらっているみたいだし。祖父的には孫娘は可愛いみたいだし」
「どうしよう。ドレスを作らせるとか言われて……。明日、服飾屋が来るとか言われたし……。はぁぁ……。私で良いのかな? ちょっと怖い」
「大丈夫。私なんて、常に怖いから。まぁ、気にせず作ってもらったら良いよ。どうせ公爵閣下のお財布だし。痛くも無いよ。それに着飾ったリズを見たいよ」
そうやって気楽に言うと、リズの機嫌も少しだけ直る。抱きしめながらぽんぽんと背中を叩き、安心させる。
「私、似合うかな……。大丈夫かな……。公爵閣下様、幻滅なさらないかな……」
「リズ……。自分が魅力的なのは自覚しようか? きっと、その言葉を聞いたら、刺されそうな気がする。大丈夫だから。ね?」
少しだけ上の目線のリズの瞳が潤み、少しだけ左右に振れて、瞑り、頷く。
「うん。ヒロを信じる。でも、少しだけ楽しみ……。ドレスなんて着る機会が来ると思っていなかったから……。猟師の娘なのに、おかしいね。あは」
ちょっとだけ苦みが入った微笑みを浮かべ、リズが頭を掻く。
「猟師とか関係無い。リズはリズだ。私が愛した、この世界でたった一人の相手だよ。だから自信を持って、アキヒロ男爵夫人。世界で一番の君が着飾った姿を見たいな」
「本当に……ヒロってずるいよね……。ん……。ありがとう。楽しみにする」
そう言うと、いつもの微笑みを浮かべる。ん。これで安心かな。
食事の後の休憩と言う事で、ゆっくりしていたが、窓に近付き開けてみる。朝から降り続けている雪は軽い雪に変わっているが、積もっている。このままだと、兵士の集合に時間が余計に割かれる可能性が有るな……。ちっ。面倒な。献策した内容も東の国の動き次第の部分が有る。虚を突かなければ、効果は減る。閾値を超えなければ恫喝にならない。迅速に実行し、一切を東の国の上層だけで押さえないと、この問題が下まで波及するとどこかで再燃する可能性が付き纏う。そうなれば犠牲が無駄になる。
「ヒロ? どうしたの顔、少し怖いよ……」
「ん? あぁ、ちょっと考え事をね。私が考えてもしょうがない事だった。さて、どうしようかな」
これが抱え込むか……。まぁ、自分でどうしようもない事を考えても仕方が無い。ロスティーとノーウェを信じるしかないか……。
「雪の時とか、子供の頃はどうしていたの?」
「んー?家でいたかな。寒いし。フィアは何か、走り回ってた……。あの子、寒く無かったのかな……」
考え込んだリズが、何か形容しがたい表情で考え込む。うーん、フィアの事を考え出すと、ドツボに嵌まると思う。彼女の価値観はきっとどこかズレている気がする。
「そっかぁ。私の故郷の遊びでもしようかな。まだ、着替え有ったよね?」
「大丈夫。荷物に入っている。でも、どうして?」
「レイを入れると勝負にならないかな……。まぁ、当て合いくらいなら良いか。よし。リナとレイも誘うか」
侍女を呼び、2人が暇かを確認してもらう。暫く待つと、時間が空いている旨の答えが返ってきた。服の予備も有るらしい。庭で遊ぶ事の許可を貰い、2人に庭に集合する旨を伝えてもらう。
「雪の時の遊びとか有るの? 薪が無駄だからなるべく暖かい場所で固まっていたけど」
あぁ……。そうなるわな。まぁ、折角暖炉も贅沢に焚いているんだ。久々に遊ぶか。
庭は一面銀世界だった。池の部分は流石に積もっても凍っても無い。
「リズ、雪をこうやって固めて」
一握り程度の雪を両手で固める。
「こう?」
リズも見よう見まねで固める。それを見ながら、距離を空ける。
「で、こうやって、相手に投げる!!」
そう言って、リズに向かって雪玉を投げる。軽い放物線を描き、胸の辺りで弾けて欠片が顔に触れて溶ける。
「あ、冷たい!!こら、ヒロ、やったな!!」
リズが叫ぶと、雪玉を投げて来るが、力が入っているのか頭上を超えて飛んでいく。
「あは。リズ、下手くそー。そんなんじゃ、当たらないよー」
そう言いながら新しい雪玉を作って、リズに向かって投げる。クリーンヒットして、また弾ける。
「あー!!もう、ヒロ、なんかずるい!!これ、当たらない!!」
リズが幾つか作ってぽいぽいと投げて来るが、力加減が分からないのか、距離が足りないか明後日の方向に飛ぶ。
「あはは。当たらないよー」
そう言っていると、鋭い勢いで雪玉が真っ直ぐ飛んで来て腹部にヒットする。え?何?
「リズ様。力を加減なさって下さい。石などより軽く大きな物ですので、お考えより心持緩めに投げられるのが肝要です」
いつの間にかリズの背後に着いたレイが教えながら、鋭いコースで雪玉を投げて来る。くは。避けれるか、こんなもん。
「レイ、ずるい!!」
「ははは。男爵様、遊びとなれば淑女の味方を致しましょう。さぁ、リズ様、反撃です」
「うん、ヒロをやっつけよう!!」
味方は?と思って領主館の方を見ると、扉を出た所でリナが佇んでいる。こちらの視線に気づいたのか、手を交差させる。あー、寒いの苦手かぁ……。虎の獣人じゃん、毛有るじゃん。え、1対2なの?しかもレイ相手かよ!?
必死で避けながら、雪をかき集めて、木の後に隠れ雪玉を作る。と頭上から雪玉が降って来て頭に当たって弾ける。ぐは……。これレイの曲射かよ……。『警戒』使って位置把握してんな。大人気ねぇぞ!?
「レイ、ちょ、それ、ずるい!!」
「ははは。男爵様、遊びは真剣に遊ばねば、楽しく無いものです。さぁ、リズ様、あの木の後です」
「ふ、ふ、ふ。さっきのお返しよ!!ヒロ!!」
レイの牽制の間に雪玉を量産したのか結構な数を左手に抱えて、リズが勢いよく突っ込んでくる。接近して当てる気かよ!?ひえーって思いながら、逃げるが訓練の疲れが残っているのと足が取られて上手く走れない。いて!?
「当たった!!当たったよ、レイ!!」
リズが超良い笑顔で叫ぶ。レイもにこにことそれを眺めている。えー、私、悪役?ちっ!?そっちがその気なら……。ホバーを起動して、一気に距離を開ける!!
「あー、ヒロ、それずるい!!」
「レイの方がずるい!!無理、相手出来ない!!」
そう言いながら大回りに、リズに接近するが『警戒』の範囲からレイが消失したままだ……。これ『隠身』使っているな?くわー、お互い様だが、大人気無い!!
ままよ!!とリズに接近して、雪玉を投げるが、横合いから飛んできた雪玉で迎撃される。くっそ!?『投擲術』臭いぞ、あの挙動……。と言う事は、横に視線を送るとレイが微笑みながら、雪玉を構えている。あぁ、こん畜生。そう思った瞬間、リズの雪玉が顔にクリーンヒットした。
「降参、参った、無理」
ぺぺっと口に入った雪を吐き出し、負けを認める。
「へへ、勝ち!!」
リズが両手を振るって喜び、レイが目礼してくる。
「こんな感じだけど、どう楽しい?」
「楽しい!!雪凄い!!こんなに楽しいんだぁ」
「私も初めてですが、これは楽しいですね。中々寒い場所に出て行くと言う事は有りませんが、これならば体も温まります」
「私は、びっちょびちょだけどね。レイ、曲射はきつい。避けられない」
「はは。まぁ、直線だけを見てらしたようですので、あのような形となりました。お遊びと言う事でご容赦下さい」
「はいはい。今度はレイを相手に、私とリズで相手かな。リズ、何とか当てよう」
「うん!!頑張る!!」
「畏まりました。では全力でお相手致します」
いや、全力いらないよ?
そんな感じで、庭の中を縦横無尽に使って、雪合戦は続けられた。花壇とか重要な個所は柵が有るから入れないし、そこが思わぬ障害になったりで、中々スリリングな雪合戦が楽しめた。
レイ?悉く雪玉を迎撃される……。なんだよ、あの迎撃システム……。無理じゃん!!
そんな感じで、重苦しい思いを晴らしながら、雪の午後は穏やかに過ぎていった。