第272話 どうして女性って、あんなに顔色とか表情とか読めるんでしょうか?
ロスティーが潰れて寝息を立て始めたところでお開きとなった。
私は、元々そこまで酔いが体に出るタイプではないが、流石に若干足元がふらつく。侍女に先導されながら、なんとか部屋に辿り着き、ベッドに横たわる。
目を閉じて、今晩の事を思い出す。現王の首を以って、今回の国と国の親子関係の話は白紙にする。それによって発生するかもしれない両国間の溝は王家間の婚姻政策で潰す。
向こうの外交官、ユチェニカ伯爵、商家連合はダブティア王国側で潰してもらう。
今後ユチェニカ伯爵領と険悪になるのは得策ではないので、その息子とベティアスタで結婚してもらう。
あぁ……。何というか、現代日本では不可能な話だな。本当に戦国時代みたいな対応だ……。それでも、国家間の信用を失墜させる事は出来ない。苛烈なまでに事実を突きつけなければ、今後に祟る。
きっと良い死に方は出来ないんだろうなと、苦笑が浮かぶ。それでも、リズがいる、今の居場所のこの国を守る為だ。出来る事をするしか無い……。
そんな事を考えていると、アルコールの所為か意識が飛ぶ。記憶のどこかで暖炉の薪が爆ぜる音を聞いたような気がする。
目を覚ますと、辺りは薄暗い。飲んでた割に早起きかと思い時計を確認するが、いつもより若干遅い時間だ。天気が悪いのかと窓を開けると曇天にぼてっとした雪がしんしんと降っている。どうりで静かだと思った。2月11日は雪だ。
暖炉の火に手入れをして、水差しに冷たい水を生み、飲み干す。流石にちょっと飲み過ぎた。殆どつまみも無かったので、胃がキリキリするしワインの香りが戻ってくる。
ベルを鳴らし、侍女を呼ぶ。タロの食事と朝ご飯の確認をする。いつも通り出来たら改めて呼んでくれると言う話なので、タロの食事を与える。食べ終わった皿に水を生み、リズを起こす。
少しだけ涎を垂らして、口を半開きにした寝顔が可愛くて、頬っぺたをつんつんと突いてみる。流石にこの程度では起きないか。鼻を摘み、口付ける。静かな寝顔が少し苦悶に変わり、手足が虚空を掻く。
「ぷはぁ……はぁはぁ……。ちょ、ヒロ!? 朝なの? 朝から何をするのよ!!」
そう言いながら、リズが首を絞めてくる。まぁ、そこまで力が入っていないので、本気では無い。ぐらぐらと頭を揺さぶられるのは二日酔い気味にはきついが。
「いやぁ、可愛い顔だったから。ちょっと悪戯をしたいなって」
「悪戯って!! 苦しかった気がする!! やって良い事と悪い事が有るよ!? 分かってる? ヒロ!!」
「悪かったよ、リズ。もうしないから。揺らすのは止めてー。流石にちょっと苦しい」
「ヒロぉ!! 私も苦しかったよ!! もう」
リズがそう言いながら、手を放し、そっと顔を近づけてくる。
「酷い顔色だよ? それに凄く悲しそう……。やっぱり何か有ったの?」
「顔色が悪いのは、昨日公爵閣下と飲んだお酒が残っているんだと思うよ。悲しそうなのは……きっと閣下の悲しさに引っ張られているのかもね。でも、大丈夫。飲み込むから」
そう答えると、リズがゆっくりと首を振る。
「お酒はしょうがないよ……。でも、悲しみは……。ヒロが背負わなきゃいけない事じゃ無いよ……。私が言っても駄目なのかな? ヒロはどうしたら分かってくれるの? 私はどうしたら、支えられるのかな……」
「んー。こればっかりは私が言い出した事の結末だから。私が飲み込まないといけない。それにリズは十分支えてくれている。きっとリズがいなければ、私はもう、この世界にいないと思うよ?」
「ヒロ……。ふぅぅ……。良いよ。泣きたいなら泣いても。辛かったら、辛いって言っても。だから、そんな悲しい顔をして、笑うのは止めて……。胸が痛いよ……」
リズが溜息ともつかないものを吐きながら、呆れと悲しみの中間の表情で呟く。
「そっかぁ……。ごめんね、朝から。ご飯でも食べたら、気分も紛れるから。少しだけ、胸、貸してね」
そう言って、リズの胸元に顔を寄せて、もたれかかる。やや抱き寄せる形で、抱きしめる。
「温かいね……。それにトクントクンって言ってる……。ふふ。幸せかな」
「もう……。ヒロ……」
リズが頭に腕を回し、そのまま抱きしめてくれる。密着した肌から温もりが伝わってくる。冷えた心が少しだけ溶ける気がした。あぁ……やはり無理はしていたのかな。人の生き死にを対価にするなんて仕事じゃ無いな。はは、為政者か。青い血が流れているんだろう。しっかりしろよな。
「ありがとう、リズ。もう大丈夫」
離れた私の顔を、リズが覗き込む。
「ん。少しだけ良くなった。無理したら、駄目だよ?」
リズが、少しだけ苦みが入った微笑みで言ってくれる。はぁぁ、こんな顔させたい訳じゃ無いのにな。もっと強くならないといけないかな……。
丁度扉がノックされる。
「さぁ、朝ご飯に行こう」
リズの手を取り、ベッドから立ち上がらせる。タロは食事を終えてまったりモードなので、そのまま箱で丸まらせておく。
食堂には仲間の皆が先に待っている。少し経つとベティアスタが入って来て、隣に座る。
「おはよう、アキヒロ殿。話は聞いた。私が発端とは言え、手数をかけた。ありがとう」
「いえ。私は何もしていないです。案を出しただけですので。実際にそれを実行出来る形にまとめ、実行されるのはノーウェ子爵様やロスティー公爵閣下です。手数など、とても」
「ふぅぅ。感謝くらい素直に受け取らんか。今後を考えれば、あの案は最良だろう。犠牲は有れど、必要な犠牲だ。気に病む事は無い。それはアキヒロ殿が気に病む事では無いしな」
ベティアスタからも言われたか。そこまで酷い顔色なのか?自分自身では分からないしな。
「分かりました。ベティアスタさんも結婚と言う話となりますが、問題無いですか?」
「まぁ、元々そのつもりの話であったしな。そこに問題は無い。それに向こうの息子とはよく会っておったしな。今更だ」
そう言うと、ベティアスタがにこやかに微笑む。そうか、本人が納得しているなら、何も言う必要は無いな。
「良かったです。少し早いですが、お幸せに」
「うむ。これよりは国は違えようとも、隣領故な。これからもよろしく頼む」
国境は挟むけど隣領か。地図上は分かっていたけど、言われないと中々飲み込めない。今後はお互い国の貿易の窓口だ。長い付き合いになりそうだな。
そんな話をしていると、ノーウェとロスティーが食堂に入ってくる。あれだけ飲んだのに、ロスティーはけろっとしている。あぁ、役者が違うわ……。
2人が席に着き、食事が運ばれる。
食事をしながら、ノーウェから、今日以降の予定が告げられる。基本的にはダブティア王国側の根回しに奔走して、並行して王都周辺の開明派の兵を集める。
私は直接作戦には参加しないが献策した者として、オブザーバーとして助言をする必要は有るかも知れない。ざっと1週間強は拘束されそうだ。しかも雪の所為でもう少し動きが鈍る可能性も有る。
「まぁ、少しの間はゆっくりしてもらうかな。基本的に自由にしてもらって問題無いよ」
私とベティアスタに向かって言ってくる。んー。雪が止んだらリナに滞在延長を伝えてもらうかな。その間は特許周りの手伝いと、開発案件の処理か。あぁ、牛鍬のサンプルかぁ……。どっかで一回帰った方が良いかな。これは相談しよう。
食べ終えると、リナとレイは練兵室で訓練らしい。流石に鈍りそうなので、体を動かすとの事。私も魔術は並行して訓練しているが槍とグレイブは鈍りそうだ。リズと一緒に体を動かすのも悪く無いかな。
そう思いながら、部屋に戻る。
「リズ、暇?」
「ん。何もやる事無いよ? どうして?」
「槍とグレイブの訓練でもしようかなって。一緒にどう?」
「ヒロが? 珍しいね。いつも一人でやっていなかった?」
「んー。折角リズも手が空いているし。偶にはと思って」
そう言うと、リズが頷くので、一緒に練兵室に向かう。私は木の棒だけで良いし、リズは木槌と盾を借りれば良いだろう。
と言うか、『殺人』の挙動が全く分からないので、ここで分かれば良いなと言う淡い期待を胸に、てくてくと歩く。