第270話 最小の犠牲で最大の効果と言っても、身内の場合は考えます
「まずは、我が国側の問題から解決していきます。不敬ですが、継承第1位の王子ですが、評価としては如何ですか?」
ロスティーが腕を組み、眉根に皺を寄せる。
「出来たのが遅い子ではあるが、もう40近いからな。流石に分別は分かる。陛下程器量が無い訳では無い。ただ、対外経験の浅さは出る。経験不足が祟るかもは知れぬな」
「今、宰相は不在ですよね? ロスティー様、お就き下さい」
「儂がか!?」
「はい。北側が難治故、統治を司る神も諦めたのでしょう。ここは兼務で支えて頂ければと考えます」
「ふぅむ……。まぁ、国難の折か……。根回しは出来よう。して、そのような話を聞くと言う事は?」
「はい。現陛下には退いて頂きます。流石に主権者が国を売る行為は国民も納得致しません。此度の件、広まれば、下手したら各所で蜂起が発生する可能性も有ります。それを未然に防ぐ為にも退位は免れないかと。またそれに際し、一切の罪を被って退いて頂きます。ロスティー様が引責の必要は有りません。我が国の舵取りを誤った首を以って、ダブティア王国への意思表示とします」
「国の主権ぞ!? それが策か? それを策と言うか……。国難か……そのような事が赦されるか!? いや……やらねばならぬか……」
ロスティーが一瞬目を見開き、わなわなと口を震わし、額を押さえる。そのまま瞑目し、静かに呟く。
「兄を……兄を弑するか……。しかし、此度の件は止むを得まいか……。過去の話はもう再燃する事は金輪際無い、それを蒸し返した場合主権者でも容赦無く処断する、隣国がそのような事を言い始めた場合は同じく毅然と叩く、この辺りを明確にするか……」
「そうですね。この手の話で押すのも引くのも妙手では無いです。出来るのは、はっきりと覚悟を意思表示する事です。苛烈と言われようと、一切の妥協無く意思を鮮明に表さなければ、良いように利用されます」
「それを儂に面と向かって言いおるか……。流石我が孫よ……」
ロスティーが瞑目したまま、天井を向き、暫し動きを止める。
「うむ。覚悟は決めた。急ぎ動こう。統治を司る神との調整も有る。根回しは開明派を中心とする。その他派閥は烏合の衆故な。王家派はこれで解体か。どう動くかは知らんが、そこの処理はやや面倒を伴うかも知れんな。ただ、国民にはありのままを告げ、新王を奉じる」
苦渋に満ちた表情で、ロスティーが目を瞑る。うん、自分のお兄さんを殺して下さいなんて、どの口が言うんだろうね。本当に……本当に申し訳ない。でも、そこまでしないと、今後この問題は延々祟る。下手したら数10年レベルで祟る。日本でも私が生きてきた中でも度々発生した。もうこの手の問題には、相手をしないし、相手をするって言うなら相応の覚悟を持って相手をしに来いって明確にメッセージを投げない限り収まらない。なぁなぁが一番駄目だ。
「では、王家の新体制はその方針で。王国法では閣僚の決定は宰相権限で決められましたね? さっさと組閣して体制を盤石にしましょう。一切の混乱も起こすことは許されません。蟻の一穴で堤防が崩れる可能性が有ります」
「そこは重々身に染みておる。ノーウェ、お前も入れ。子爵ではあるが、今後国の中央部を担う大任が有る。兼務だが、その程度の裁量は有ろう?」
「分かりました、父上。はぁぁ、気楽な子爵生活もおさらばかなぁ。君、怖いよ……。あの晩から、これを考えていたのかな? はぁぁ、誘ったのはこっちだけど、勝手に流れる物なのかねぇ、青い血って……」
ノーウェがお手上げという表情で、両手を上げて、頭を下す。忙しい上に、忙しくして申し訳無い。でも、必要な事だ。
「王位継承権は新王の子がいないので、ロスティー様が第1位ですか……。出来れば今回の問題の不始末の詫びとして、ダブティアから娶って子を為す程度をしないといけないかも知れませんね」
「ふむぅ。あの子も結婚はしておるが、子には恵まれんでな。その方向も考えねばならぬか……。ダブティアにも年頃の姫はおる。その辺りと調整してもらうか」
「で、あれば大義名分も揃うでしょう。では、我が国の王及びダブティアの王家に対する謝罪はこの方針でまとめます。異存は無いでしょうか?」
そう聞くと、2人が瞑目し、暫しの時を置き、頷く。
「では、問題は国から切り離されました。その上で問題になるのは、外交官とユチェニカ伯爵、そしてその取り巻きの商家連中ですね」
「外交官も問題になるかい?国の裁定で無くなる話だけど」
ノーウェが聞いてくる。
「事の大小も分からない外交官など、罪悪です。言い方は悪いですが、我が国の主権者の首を切った張本人です。相応の罰が下らなければ同じ事をします。一緒に始末した方が後腐れが有りません」
「はは。君も苛烈だね。でも、それは同意出来る。うん、向こうに首は出させよう。これだけの混乱の張本人だ。向こうの蠢く貴族も冷や水を浴びせられるだろう」
ニヤニヤしながらノーウェが言う。そもそもこの外交官が胸に止めて置けばここまで問題は大きくならなかった。よしんば報告する相手は国王で良かった筈だ。それをべらべらと……。守秘義務も守れない人間など、信用も出来ない。ここで縊る。
「では、次にユチェニカ伯爵ですが、ダブティア王国で処断して頂きます。これは、我が国への宣戦布告を個人の裁量で行おうとした国家反逆が理由です。また、その理由は守秘義務を守らない外交官の話を真に受けて喧伝しての事。これは両国における騒乱罪です。情状酌量の余地も有りません」
「我が国の主権者を弑する程の大罪を、ダブティア王国の伯爵が行ったと擦り付けるか……。まぁ、見た目上は痛み分けには見えるか……。うむ。根回しは始める」
ロスティーが虚空を睨み、そして力強く頷く。
「問題はこの裁定が甘く下り、ユチェニカ伯爵が生き残った場合ですが、その場合はワラニカ王国側からダブティア王国に宣戦を布告して下さい。名目は我が国の王を結果的に殺した大罪人に誅を与えると。これで十分に大義名分になります」
「なるほど……。ここで陛下を弑する事に大きな意味が出る訳か……。うん、その線は有効だね……。しかし、よくそこまで1人の死を利用するねぇ。流石だよ」
「お爺様の兄上です。私にとっても身内です。その犠牲を爪の一欠片も無駄には出来ません。ロスティー様には伏してお詫び申し上げます」
私は瞑目し、ロスティーに哀悼の意を表す。
「構わん。いつかは為さねば為らぬ事が今になっただけだ。その言葉だけで、十分だ。我が孫よ。詫びる必要は無い。ダブティア側には当初より、その旨は厳格かつ明確に提示する。一切の手加減無く、ユチェニカ伯爵は潰してもらう」
「分かりました。後はご子息が後を継がれますが、ここでベティアスタさんに嫁いでもらい、両国の友好関係の象徴となってもらいます。不幸な行き違いは有ったが、絆は途絶えず、仲は良好だと内外に喧伝しましょう」
「水面下で何とかしようと画策していたけど、それも表に出すかい? しかも両国の架け橋扱いね……。はは、良く練ったね。だが、そうだね。それでお嬢が万障無く幸せに嫁げるなら言う事は無い……」
ノーウェがベティアスタを思い出しているのか、瞼を閉じて、ほのかに微笑みを浮かべる。盟友の娘だ。幸せになって欲しいだろう。
「残りは商家連中か……。あれは曲者だぞ? 潰しても潰しても湧く」
ロスティーが憤慨したように、呟く。
「商家に関しては、今回ユチェニカ伯爵に組した者全てを国家反逆扱いにします。現在ユチェニカ伯爵は根回しも碌に出来ない愚物です。それがこんな迅速に動いていると言う事は商家が手を出しています。なので、各所に接触が有った商家を洗い出してもらい、根こそぎ殲滅してもらいます。もしそれが残るようであれば、ユチェニカ伯爵の時と同じく、宣戦布告です。王を弑した云々ですね」
「ふぅむぅ……。筋書としては正しいな……。実効性も有る。実行も可能だろう……。現王もここまでか……。兄ながら不憫だが、これも仕方無い話か……」
ロスティーが下を向き、必死に何かに耐えている。暗君、無能と呼ばれようが、兄は兄だ。思う所は有るだろう。
「よし。ノーウェ、政務は揃えておるな? 少し貸せ。ダブティア側の根回しを終わらせ、そのまま王都に引き返す。その間に軍は王都に直接入るようにする。開明派全体に声はかける。ここからは走るぞ?」
「はは。分かりました、父上。存分にお振るい下さい。それと例の件を……」
真剣な表情でノーウェが目礼し答える。例の件って?
「おぉ、そうであった。我が孫よ、話がある」
そうロスティーが言うと、ノーウェと並び厳粛な顔になる。
「先程話をしたが、このまま男爵にしておくのは国の損失と判断した。税免除及びその他新規男爵特権の権利はそのままで、『リザティア』完成の暁に、子爵に任ずる」
「は……え?……いや。私、男爵の仕事もこなしておりませんが?」
「ふむ。領主としての手腕はこれより見るとしてだ。子爵と言っても政務、国家運営側での力添えが欲しい。一旦は仮の法衣子爵としての任となる。男爵の実績を出した時点で領地子爵へ陞爵だな。このままでは国の損、故な」
「は……はぁ……。過分なご対応、ありがとうございます……。今後も誠心誠意お国の為に働くよう致します……」
正直、衝撃過ぎて、何を言っているかも分からない。あるぇ、男爵業やってたら安泰じゃ無かったの?え、仕事もしていないのに、昇進なの?意味が分からないよ……。
「はは。私も最近の『リザティア』絡みで税収が上がっているでしょ?伯爵の内定が出ちゃったんだよね。なので、子も一緒に上げちゃえって話だね。流石に話せない事が多いのはちょっと辛いしね」
ノーウェが笑いながら言う。ぐわぁぁぁ、これ絶対に仕組まれてた……。
「まぁ、此度の対応を見ても、国家運営に関わる資質は十分と見る。『リザティア』は優先としても、国も少し見て欲しいと言うのが本音だ。これより色々と望む望まないに関わらず、国はゴタゴタする。人手が足らんのだよ」
ロスティーもにこやかに言う。まぁ、もう、しょうがないか……。この2人が求めるんだ……。頑張ってやるしかないか。
「畏まりました。尽力致します」
そう言うと、ロスティーが肩を強く叩いてくる。
「我が孫よ。不甲斐ない祖父を恨んでくれて構わん。ただ、この国難の時に有能な者を遊ばす訳にはいかんのだ……。頼む」
「分かりました、お爺様。微力なれど、お力添えが出来れば幸いです。今後ともよろしくお願い致します」
そう言って3人で笑い合う。今、ここから凄惨な粛清の嵐が吹き荒れる。国のトップが弑され、隣国では多くの人間が罪に問われ、殺される。それでも今だけは、笑いたかった。笑って心を紛らわしたかった。