第268話 プレゼントは重要です、何が無くてもプレゼントです
目を覚ますと、高い天井に一瞬戸惑ったが、あぁ、ノーウェの領主館かと思い出す。窓を開けると冷たい空気が入り込む。薄曇りだが、雨や雪の心配は無いだろう。2月9日はデート日和と言うには少し太陽が足りない感じだ。
熾火になっている暖炉に薪を入れて、火かき棒で火を移し、大きな炎にする。ヘッドボードの上に置かれた金属のベルを鳴らすと、暫くして控えめなノックの音が聞こえる。扉を開けると侍女が待機している。
「おはようございます。男爵様。快適にお休み頂けましたでしょうか?」
「はい。ありがとうございます。えと……」
「お連れの狼のお食事ですね。はい。お持ちしております。皆様のご朝食はもう少々かかります。大変恐縮ですが、用意が出来次第またお声がけ致します」
そう言うとワゴンに乗せていた皿on皿を渡してくる。受け取ると僅かな血の匂い。あぁ、また絞めたのか……。申し訳無いな。受け取ると侍女が頭を下げて、去っていく。
部屋に戻り、タロの皿に鳥を乗せる。匂いに気付いたのかタロが目を覚まし、一瞬場所が分からず固まったが、こちらに気付くとしっぽを振り始める。
「良し」
待ても問題無く出来たので、鳥を与える。もう、ばりばりと音をたてて噛み砕く。
『はぅぁ……、まま、とり、うまー!!』
普通に狩って来た鳥より反応が良いんだけど、何か違うのかな。別に料理用に飼っている鳥とかかな。そうなると値段が桁違いなんだが……。狼にあげるんだから安物で十分だし……。
タロが鳥に夢中な間に、リズを起こす事にする。耳元でそっと囁く。
「リズ、朝だよ、起きよう」
そう言った瞬間、飛び退る。うん、リズはこれが一番効果的か。
「あのね、ヒロ……。この起こし方、やっぱりやめて欲しいかな……。すっごく嫌だ」
「でも、一番早く起きるよ?」
「それでも嫌だ。もっと優しく起こして欲しいな」
「優しく起こすと起きないけど……。まぁ、気にしておくよ」
「ふぅぅ。それ、期待出来ない返事だ。でも、ゆっくり寝られたからかな? かなり体は軽くなったよ」
そう言うと、ベッドから降りて、装備を装着する。
「ん。これで良いかな。よし」
リズが立ち上がると、足元の調子を確認し、頷く。
「後で、お湯を貰って、体を清めようか。先に食事だね」
貸していた手をそのままリズの体に回し、抱きしめる。
「ん?朝から甘えるの?」
「少しだけ、リズが足りない感じかな? 昨日はすぐに寝ちゃったから」
「ん。良いよ。でも、体清めていないから、少し嫌かも」
スンスンと嗅いでみるが、甘い香りが漂う。
「あー。何か嗅いでる。やめて、いや!! ちょ、ヒロ!! それ、駄目!!」
ぴゅーっと部屋の端まで逃げられた。うん。悪かった。でも良い匂いだったよ?
そうやって遊んでいると、ノックの音が聞こえて侍女が現れる。食事だそうなので、食堂に向かう。
「おぉ、アキヒロ殿。おはよう」
「おはようございます。ベティアスタさん。昨日はゆっくり出来ましたか?」
「うむ。旅の分も有るので、部屋について、ベッドに横になると、寝ていたようだ。呼ばれると身構えていたが、拍子抜けだな」
そう言いながら、席に着く。
「やぁ、おはよう。昨日は夜遅くまで済まないね。さぁ、食事にしよう」
ノーウェが現れて食事が始まる。晩程では無いが十分に豪勢な食事が用意され、皆で食べていく。
リナはレイと一緒に買い出しに出てくれるらしい。カビアは政務資料の確認と学校関係の詰めを政務関係者と進めてくれるとの事だ。
「私は、今回の件を書面にまとめなくてはならないのでな」
ベティアスタが言う。と言う事は、私とリズは今日は空くのか。偶にはのんびりと2人で町を巡るのも良いのかな。
そう思いながら、食事を終える。部屋に戻ると、昨日体を清めていなかったのを知っているからか、お湯と乾いた布が数枚、部屋に置かれていた。
「良かったね、リズ」
「んー。色々用意してもらって、ちょっと申し訳無い気がする」
そう言いながら、2人で体を清める。タロは水を飲みながら大人しくしている。町は初めてなので、一緒に連れて行ってあげるか。色々興味も有るだろうし。
首輪とリードを取り出し、装着するとタロのしっぽがぶんぶんと振られる。
『まま!!さんぽ!!さんぽ!!』
きゃんきゃんと鳴きながら、大人しく先に進むのを待っている。可愛い。
「どこか決めている所は有るの?」
侍女には昼は必要無い旨は伝えている。
「んー。買い物をして、食事かな。まぁ、少し町を歩こうか」
そう言って取り敢えずは目的も決めず、領主館を出る。クンクンブルドーザーが発進し、興味のまま嗅いでいく。
「あは。タロ、何か可愛いね。町の中でも変わらないんだ」
まぁ、町の中だと、他の飼い犬とかのテリトリーも有るだろうし、余計に念入りになるのかな?
『んー、まま、はいっちゃ、だめって』
木の柵を嗅いでいたタロがこちらに戻ってくると、足元に擦り寄ってくる。んー、まだ中型犬の初めくらいの大きさだし、他の犬のテリトリーには入りにくいのかな?そう言う所は抱き上げて進む。
『まま!!まま、ちがう!!』
タロが何かを見つけたのか、キャンキャンと鳴く。先の方を見ると、リードを付けず、横に中型犬を連れた女性が歩いてくる。まぁ、リードを付けているのなんて私くらいだしな。
「あら? 狼かしら。こんにちは」
向こうの犬も躾はされているのか、吠え立てたりはしない。ただ、興味は有るのか、しっぽは振られている。
「初めまして。はい、狼です」
「珍しいわね。ほら、フェス、おいで」
20代中盤くらいだろうか?その女性が声をかけると毛足の長い犬が近付いてくる。タロを近づけると、お互いに匂いを嗅ぎ合う。
「中々犬や狼を町で飼う事は無いのよ。ふふ。珍しいわね」
「そうですね。私も犬を飼われている方にお会いしたのは初めてです」
「ふふ。光栄ね。さぁ、フェス、行くわよ」
そう言うと、フェスと呼ばれた犬が女性に近付き、そのまま去る。
『まま、まま、ちがう』
『あれは、犬だよ』
『んー、いぬ……いぬ!!』
納得したのか、また色々嗅ぎながら、先に進む。まぁ、同じような四足動物が存在すると言う事が理解出来ればまずは良いか。
リードとタロの動向に気を付けながら、リズと雑談を楽しむ。
目的の店に着いたので、タロを裏につながせてもらう。糞と尿は領主館で済ませてある。敷いている布は洗うと言ったが聞き入れてもらえず、回収されていった。
「え、ここって……」
宝飾店だ。
「いつも、戦闘中は髪の毛、まとめているでしょ? ロッサじゃないけど、髪留めの可愛いのが有ればプレゼントしたいなって」
「んー。誕生日とかじゃないよ? 良いの?」
「はは。誕生日にはお祝いしかしていないね。うん。その分もじゃ無いけど、良いのを探そう」
そう言うと、店に入る。店員に説明し、髪留めを出してもらう。結構石が嵌まった良いのを出してくれる。プレゼントと分かってくれているらしい。
リズが顔を輝かせながら、錫の鏡に映しながらとっかえひっかえ確かめている。陽光が入るのも計算されているのか、鏡の映りは良い。
延々弄っていたが、中々決まらないので、タロの相手に外に出て待つ。わしゃわしゃと遊んでいると、結構な時間が経っていた。んー。もう昼の時間だな。
店に戻ると、リズが2個を前にうんうん唸っている。
「どちらかまでは絞れたの?」
「あ、ヒロ。うん、どっちが良いかな」
デザイン的には似通った形だ。若干石の色が違う程度かな。
「こっちの方がリズの瞳の色と同じだし、合うんじゃないかな?」
「ん。本当だ。じゃぁ、こっちにする」
リズがそう言うと、店員が包もうとするので、この場で結って着けてもらえないか頼むと微笑みながら、了解してくれた。
店員がリズを座らせて髪を集めて緩やかに結っていく。その後、髪留めを着ける。
「如何でしょうか?」
鏡の方に誘導し、合わせ鏡で後ろを確認させる。
「うわぁ……。綺麗……。良いの、ヒロ?」
「リズの為なら幾らでも。さぁ、タロにも見せておいで」
そう言って店の外に誘導する。その間に支払いを済ませる。あはは。結構な値段だった。まぁ、プレゼントは重要だ。女性との円滑な生活を送る為の潤滑油だ。花でも贈りたいが花屋なんて村には無いしな。
店員に送られ、店の外に出る。
「ありがとう、ヒロ」
リードを持ったリズが、微笑みながら、告げてくる。
「いや。中々贈る事も出来ないから良かった。気に入ってくれれば嬉しいな」
「うん、気に入ったよ。嬉しい!!」
そう言いながら抱き着いてくるので、抱きしめ返す。
「さぁ、お昼にでも行こうか」
そう言って、適当な綺麗めの食堂に入り、食事を取る。その後はタロが満足するまで町を歩いていく。正直、必要な場所しか回った事が無いから、こんな店が有ったのかと驚く事だらけだった。
夕方近くまで歩き、そろそろタロもちょっとしんどそうなので、抱きかかえて領主館に戻る事にした。
部屋に戻ると、タロがいそいそと箱に戻る。タロもお昼を食べているので、ちょっと我慢していたのかな?その辺りの意思疎通をきちんとしないと変な病気になりそうだ。
ソファーに座りリズと話しながら、タロの相手をしていると、侍女より夕ご飯の旨が伝えられたので、タロを箱に戻し、食堂に向かう。朝の面々と同じく食事を楽しむ。
部屋に戻ると、入り口でタロの食事を渡された。部屋に入るとお湯の用意をしてくれていたので、タロに食事をあげて、体を清める。
「んー。折角なのに解くの勿体無い気がする」
リズが微妙な事を言い出したので、また色々な髪型にアレンジすると約束して、解かせる。
「でも、とても似合っているよ。素材が良いからかな?」
そんな言葉でも、顔を真っ赤にする。可愛いな本当に。
体を清め、タロに水を上げて、ベッドに潜り込む。
蝋燭を消すと、部屋は暖炉の明かりに揺らされて、海底のようにゆらゆらとする。
「綺麗だね……」
リズが囁く。
「んー。リズの方が綺麗かな」
そんな事を言いながら口付けて、手を握り、頭を撫でる。
リズが寝入るのを確認し、目を瞑る。本番は明日だ。今日はゆっくりと寝て、英気を養うか……。
考えている間に少しずつ意識を失い、いつか寝入っていた。