第265話 法人の責任者の仕事を調べると、その権限より負う責任の方が重そうで嫌になります
カビアが戻って来て、報告してくれる。
「ノーウェ子爵様は現在面会中です。客室の用意をして頂けるとの事ですので、そちらで一時待機となります。現在の予定を調整の上、ベティアスタ様とのご面談を先に受け付けるとの事です」
妥当な判断だ。ベティアスタもこちらを見て、頷く。馬車はそのまま乗り入れて良いとの話なので、玄関前に回してもらう。先に降りて、ベティアスタをエスコートする。リズ、リナと降ろす。一緒に当座の荷物も降ろす。
「では、馬車は駐車場所に回します。馬も子爵様に預けますがよろしいですか?」
「今日は遠出の予定が無いから、問題無い。馬を預けた後は客室に入りゆっくりして欲しい。長い道のり、ご苦労様。ありがとう」
そう答えると、レイが目礼し、馬車を屋敷の裏側に回していった。
執事に誘導されて、ベティアスタ、私とリズ、リナ、レイとカビアに分かれて客室に入る。床は石張りになっており、暖炉には火が入っている。あぁ、タロを連れているから態々気を使ってもらったのか……。
リズにリナ達を呼んで来てもらい、今後の事に関して話す。
「予定通り、基本的には4日程度は見ている。ただ、ベティアスタ様の用件がどう絡むかが読めない為、もう少しかかる可能性は有る。リナはその場合、村との連絡役になってもらう可能性も有るので認識しておいて欲しい」
そう伝えると、リナとレイが頷く。
「えと、私の予定は?」
「リズは一旦客室で待機かな。今日の話次第では、自由行動になるかも知れない。そうなれば、町に買い物にでも出ようか?」
「んー。何か、気を使っていない?」
「いや。将来的に妻となったらこう言う話し合いに出てもらう可能性は高いけど、今はまだ大丈夫。内容は後で伝えるから、タロの面倒を見て欲しい」
「分かった。ごめんね。役に立たなくて」
「ううん。謝る事じゃ無いし、気にしなくても良いよ。今は私も訳が分からないような状況だから。まずは聞けるだけ聞き出して、そこから判断しないと。今は自分の事だけを考えて」
そう言うと、リズも頷く。
「んじゃ、どの程度面会まで時間があるか分からないから、リナとレイは客室でゆっくりしていて。カビアは報告書の内容確認と修正点が有れば教えて欲しい。基本的にこの部屋に待機しているから、何か有れば呼んで欲しい。じゃあ、解散」
その言葉に合わせて、皆が部屋を出て行く。廊下に部屋付きの侍女の姿が見えたので、学校関係の委員規約を持って来て欲しい旨を伝える。
書籍が届くまでとタロの様子を見るが、初めての部屋で緊張気味だ。町に入る前の休憩で糞と尿は済ませたので、今は大丈夫だと思うけど。
『タロ、大丈夫?』
『まま、におい、かぐ、いい?』
箱の中で、ちょこんとお座りしているのを抱え上げて、箱の外に出す。すると、クンクンと周囲の匂いを嗅ぎ始める。火には近付かないように旅の途中で躾けたので暖炉には近付かない。ただ、火の周辺が暖かいのも分かっているので、適正距離で丸まって暖かさを堪能したりはしている。
「本当に私に出来る事、無いかな?」
リズが少し心配顔で聞いてくる。
「あはは。正直、私も自分が何を出来るか分からない状況かな? ベティアスタさんがどう動くか、どんな話をするかによって、大分対応も変わると思う。下手したら、『リザティア』周辺で指揮個体戦みたいなのを人相手にやるかも知れない。ただ、それはかなり将来の話になるだろうけど」
「そっか……。領主だもんね……。そんな事も有るよね。大丈夫? ヒロは辛く無い?」
「今は実感が湧かない感じかな? ただ、私やリズ、仲間達、それにこれから集まってくる民の皆を思えば、やらないといけない事だから。そこに躊躇はしない。もう覚悟はした」
そんな話をしながら、リズの気を紛らわせる。いきなりの領主館で少し緊張していたが、少しずつ解れてくる。その頃にはタロも周辺確認が終わったのか、ハースゲート前でくるりと丸まる。リズと私も暖炉周辺に設置されたソファに身を寄せ合って座る。久々にゆっくりと雑談を楽しんでいると、ノックの音が聞こえる。応答すると、先程の侍女が該当の書籍を持って来てくれたようだ。扉を開けると、重そうな書籍を抱えている。慌てて受け取って礼を言う。目礼して、下がっていく侍女を見送り、ソファーに戻る。
「うわ……。分厚い本だね。それも王国法の本なの?」
「いや。学校を領地に建てるつもりだけど、その約束事の本かな」
「学校? あぁ、教会で教えてもらうやつの大きな奴だね」
「そう。この町でも有るよね。そう言うのを建てるつもりなんだ。ざっと必要箇所を読んでしまうから、少しだけ時間を貰っても良い?」
「ん。タロと遊んでるね」
そう言うと、リズが昨日下した紐の玩具と木の骨の玩具を持って、タロに近付く。タロもそれに気づいたのか、しっぽを振ってリズの元に向かう。
そんな姿を見ながら書籍を開く。製本時に目次を付けてくれているので当たりを付けて開いていく。
んー。学校関係は結構領主の権限が強いか……。基本的には領民の教育をさせて、能力を底上げするのが目的だから正しいか。と言うか、領外に出られた時点で丸損なのが切ないな。
校長としての権限は学校の定款上の責任者及び管理者の位置付けか。代表責任自体は委員会側が持つのか。責任として発生する可能性で一番重いのは何だ?軍学校も魔術学校も預かっている人の死亡事故か?責任なんて負いきれない。ここは組織が有るなら任せてしまうか。
フォーマットの定款上も監査関連の要項が無いんだが、他の領主って教育にノータッチなのか?チャットも研究者なのに、好き勝手フィールドワークして、うちに来た事を考えると有り得るか。
んー。理事としてタッチするんじゃなくて、監査として入り込む方向で進めよう。なるべく責任は負いたくない。領民として望ましい教育がなされる環境である事を担保出来れば良いんだから、ここだけ飲んでもらおう。委員会側への対応方針はこれで良いかな。
本を静かに閉じる。必要事項はメモしたし、何か有れば村の屋敷に有る本で確認すれば良いだろう。
「読み終わったの?」
「いや。全部は読んでいないよ。運営に必要な所を確認しただけだから」
そう言いながら、リズの方を見ると、座ったリズにタロがよじよじと登っている最中だった。
「何をしているの?」
「んー。何か膝に登って来たけど、そのままにしていたら、どんどん登るの」
『まま!!のぼるの!!』
タロがリズの肩に前脚をかけてキリっとした顔でこちらを向く。んー。人間を序列に勘定しないと言っても何か影響が有りそうな行為ではあるかな……。
『ままに乗ったら駄目。膝まで』
『はい!!』
伝えると、すぐに下りてリズの体育座りの奥でだらーんとなる。靴がソールレットとハイグリーブなので、体育座りしか選択肢が無い。
「動くと落ちそうでちょっと怖かった。ありがとう、ヒロ」
「そのくらいの高さなら、もう大丈夫だよ。タロもこの環境に慣れないから、知っている人にぎゅっとしたいのかも」
「そっかぁ。タロ、大丈夫だよー」
リズがそう言いながら、太ももの上のタロをわしゃわしゃする。キャンキャン言いながら、喜んでいる。うん、大丈夫かな?
蝋燭と暖炉の明かりに照らされて少々分からなかったが、窓を開けると外は完全に闇に覆われ始めていた。着いたのが夕方遅めだったのでしょうがないか。
「このままだと食事の方が先になるかな? 子爵様もお腹が空くだろうし、私は明日になるのかも知れないね」
「そうかも。そうなると、子爵様と一緒にご飯になるのかな?」
「ベティアスタさん次第かな? まだ長引くようなら、ベティアスタさんと食べるだろうし……」
そんな話をしていると、扉からノックの音が聞こえる。応答すると先程の侍女っぽい。扉を開けると一歩下がった場所から侍女が目礼をする。
「お待たせしております。ベティアスタ様との話し合いがまだ続いておりますので、男爵様方は先にお食事を済ませて欲しいとの主人からの希望です」
「お心遣い感謝致しますとお伝え願えますか? では、皆の案内をお願いします。後、連れてきております狼の食事を別で頂ければ幸いですが」
「はい。伺っております。後程お届け致します」
「分かりました。少々待ってもらえますか」
箱を暖炉の傍に移動させて、タロを中に入れると大人しく丸くなる。テーブルの上に置いた本を持ち、リズをエスコートする。
「お持ち致しますが」
侍女が書籍に目を向けて言うが、首を振る。
「食堂までは持ちます。重いですから」
そう言うと目礼し、食堂に案内してくれる。別室の皆も先に案内されたようだ。そのまま上座に誘導されて席を引かれる。リズを先に座らせて、私も座る。
いつもの執事が横に立ち、深々と頭を下げる。
「主人より、非礼を詫びるとの事です。折角のお越しにも関わらず、このような不手際申し訳御座いません」
「気にはしておりません。私より、国の大事の方が重要です。お手数ですが、食事を進めてもらえますか?」
「畏まりました。ごゆるりとお楽しみ頂ければ幸いです」
再度執事が頭を下げて、食堂から出て行く。それに合わせたように、食事が運ばれてくる。
「うわぁ……。凄いね……」
リズが耳元に顔を寄せて囁く。ノーウェも気を使って……。はぁぁ。逆に申し訳無いな。ただの報告だったのに。
時期から外れている筈の葉野菜のサラダや野菜がふんだんに使われたスープ、魚を蒸した物、イノシシか豚のステーキが小麦の真っ白なパンと一緒に出てくる。
「じゃあ、折角の歓迎と言う事でありがたく頂こうか」
そう言うと、皆が食事を始める。
話を聞いてみると、リナは装備の整備を、レイは休憩を、カビアは報告書の見直しが完了したとの事だった。報告書に関しては何点か補足が入ったので、その内容も確認しておく。問題は無さそうなので、執事に渡してもらうようカビアに頼む。
「んー。このスープ美味しい。冬なのに、野菜が沢山食べられるなんて」
温かなスープを口にしてほっとしたのか、リズが囁く。
「本当に子爵様には気を使わせちゃったね。その分良い報告が出来るように頑張るよ」
リズに囁き返し、食事を進める。カビアと学校の件を話し、監査での対応が可能か確認してもらうようお願いした。
皆が食事を終え、席を立ち、食堂を出ようとすると丁度ベティアスタが食堂の方に向かってきた。
「アキヒロ殿か。すまんな。時間が押して。私からの話は済んだ。後程、声がかかると思う。これよりノーウェ子爵と食事だ。暫し待ってくれぬか」
「分かりました。そのお顔なら、無事済みましたか?」
「無事かは分からんがな。まぁ、ロスティー公爵閣下次第の部分も多々と有る。少なくとも陛下ではこの難事を……いや、すまん。忘れてくれ。ノーウェ子爵と話すといつもこうだ……。ではな。もしかすると話の際に同席するかもは知れん。覚悟はしておいてくれ」
まぁ、ノーウェもナチュラル不敬だから、しょうがない。小物相手に敬意なんて保てない。しかし、同席すると言う事はこっちの領地に波及する可能性の有る話か。面倒な。
「そうですか。私如きがお伺い出来る内容で有れば良いですが。その際はよろしくお願いします」
「ふむ。では」
そう言うとベティアスタが食堂に入る。皆を連れてそれぞれ部屋に戻る。
部屋に入ろうとすると、侍女が皿で隠した皿を持ってくる。あぁ、タロの食事か。受け取ると目礼をして去っていく。中には新鮮な鳥を絞めて毟った物が入っていた。これ、態々絞めたんだろうな……。はぁぁ。気を使うのも程々にすれば良いのに。
中に入ると、箱の中でタロが首を上げてこちらを見て、しっぽを振る。不安だったかな?
食事用の皿に鳥を置き、良しを告げると、嬉しそうに食べ始める。その様子を隣に座ったリズと一緒に眺める。暖炉の火に照らされ、徐々に暖かさが体を包み込む。
「んー。ちょっと眠いかも……。ふぁぁぁ」
リズが欠伸をしながら体を伸ばす。女の子の体力だし、昨日の件も有る。
「どうせ話だけだから、先に寝る方が良いよ。また明日伝えるよ」
「体清めていないけど、良いかなぁ」
「毎日、お風呂に入っているんだから、そこまで気にしなくても大丈夫だよ。さぁ、お休み」
リズを立ち上がらせて、ベッドに誘導する。布団を上げて座らせる。装備を外し、そのまま潜り込ませる。頭を撫でながら、手を握る。暫くすると、寝息を立て始めた。
タロの皿に水を生み、飲ませていると、ノックの音が聞こえる。さて、本番の時間かな?