第262話 アニマルセラピー(子狼)
馬車が走り始め、リズとリナそしてドルにこの先の話をする。
「ふむ。では、戻り次第採寸までは済ますか」
ドルが頷きながら呟く。
「あれ? 私も一緒に行って良いの? 何も出来ないよ?」
「うん。まぁ、一緒にいてくれるだけで嬉しいよ」
リズに何か有ったら洒落にならない。守れる範囲に置いておきたい。
「某は護衛で御座るな。心得た」
リナも真意は把握してくれている。諜報部隊を動かしてもらう可能性は高い。その顔つなぎもお願いしたい。
「ベティアスタさんはノーウェ子爵様の屋敷で今晩は泊まって頂きます。家宰のカビアを付けますので、何か有ればお伝え下さい」
「急な話にも関わらず、ご対応感謝する。カビアもよろしく頼む」
ベティアスタがこちらに目礼をしてくる。
「畏まりました。ご不便をおかけ致しますが、よろしくお願い致します」
カビアが深々と頭を下げる。
私は取り敢えず、先程からの固まった空気に怯えているタロのお腹を優しく撫でてあげる。ベティアスタが乗ってからずっと腹を見せてすりすりしてくる。人見知りをあまりしない子だが、ちょっと空気が怖いのかな。
「ふむ、狼かな?」
ベティアスタが興味を惹かれたのか、聞いてくる。
「はい。冒険の途中で親とはぐれたのを拾いました。名はタロですね」
「ほぉ。おいで、タロ」
ベティアスタが言うと、タロがこちらとベティアスタをきょろきょろする。
「お行き、タロ」
そう言うと、渋々と言うか、恐々と言った感じで、ベティアスタの上にちょこんと乗る。
「ふむ。狼と言うと獰猛と言う印象が有ったが、このくらいの大きさなら可愛いな」
優しく頭を撫でながら、険しい顔を緩める。
「まだ、子供ですから。ただ、優しい良い子です」
「そうか。好かれて育つか。ふむ。男の子か。良い子に育てよ」
前脚を抱き上げて腹を見ると、下ろして少し撫でる。
「ふふ。子供の頃より忙しくてな。中々生き物と触れ合う事も無い。今日は良い経験をさせてもらった。礼を言う」
ベティアスタがそう言うと年相応の笑顔を見せた。
タロがてとてととこちらに来て、膝の上に乗りたがる。抱え上げて、膝の上に乗せると、丸くなりしっぽを緩やかに揺らす。
「ふむ。やはり親の方が良いか。残念だな」
少しだけ寂しそうにベティアスタが呟く。
「ベティアスタさんもその内何かを飼われては如何ですか? 生き物は情操教育にも良いと聞きますが」
「そうだな……。まぁ、その内、時間が出来たら、良いかも知れないな。そうだ、またこの子が子でも為したら貰えんか? その頃には少しは落ち着いておろう」
「まだまだ先ですよ? 1年以上は見て頂かないと」
「そのくらいで丁度良い。うむ。暗い話ばかりで滅入っておったが、少しは良い事も有る物だ。この子の子であれば、きっと利発に優しく育とう。楽しみにしておく」
ふむ。タロも恋をして、子供を作るのかな?今だと食欲だけだけど、お嫁さんと上手くやっていけるかな……。野生の雌狼かぁ。その内タロも森に連れて行こうかな。
その後は現在の世情に関して、世間話を続けた。東の国もそう良い状況では無い。魔物の被害は有るし、作物の出来も横ばいか低下傾向だ。連作障害を押しても作らなければならない場合も有る。そうなると、じり貧だ。
テラクスタ伯爵領に関しては、海産資源に活路を見出して、領内の食料事情は比較的安定している。北側では穀物を南側では時期をずらした野菜と海産物と領内で循環出来るように補っている。政務官の実力かと思ったがベティアスタが主導で農業改革を進めているらしい。ここ3年程度でかなり良くはなったらしい。20前後と見ると、政務官5年生くらいか。そろそろ結果が出る時期でも有る。その内、伯爵領のトップが変わっている可能性も有りそうだな。
そんな話をしていると、幌の外で雪化粧ながら見覚えのある地形が見え始めた。
「そろそろトルカ村です。一旦冒険者ギルド前で停車致します。その後、屋敷に回します」
レイがそう言うと、緩やかに馬車の速度を落とし始める。この世界の旅程で言ったらそうでも無いのかも知れないけど、やはり久々と言う気持ちが強い。
ゆったりとした速度で住民に気をつけながら村の道を進む。雪に関しては除いてくれており、滑る心配はない。そのままギルド前に到着する。
「ベティアスタさん、明日はよろしくお願い致します。では、カビア、後は頼む」
そう言うと、ベティアスタは鷹揚に、カビアは深々と頷く。
荷物を降ろし、共有機材を積み直す。細かい補給はレイがやってくれる。本当に頭が下がる。
見ている間に、馬車が屋敷に向かう。荷物と一緒に皆がやれやれと言った顔で佇んでいる。
「さて、ギルドに顔を出して、報告だけしてくる。皆は先に宿に戻るかな?」
「うん、ちょっと疲れた。今日は休むー」
フィアが手をひらひらさせながら代表して答える。
「分かった。リズも先に家に戻っておいて。私も報告が終わって所要が済んだら戻るよ」
「ん。じゃあ、荷物は私が持って帰るね」
そう言うと、各自荷物を抱える。じゃあと言う挨拶で皆が別れる。
ギルドに入り、受付に帰還と明日以降の旅程の報告を行う。オークションの件を確認したが、まだ自由になる金が用意出来ないらしい……。うーん、金の無い冒険者なら切れそうだな。後、ダイアウルフに関して討伐者が出たらしい。7等級の大集団が数頭を狩ったらしいがズタボロで買い取り不可と言う扱いだったとの事だ。切ない話だ……。
まぁ、金が用意出来ない冒険者ギルドに用は無いので、さっさと木工屋に向かう。団扇の骨や牛鍬、マネキンを開発してもらう必要が有る。
「はい。こちらの設計ですか?確認します。少々お待ち下さい」
店主がいつも通り、設計書を見ながら木材を触って、使う木材を決めていく。
「んー。この団扇ですか? これに関してはかなり細かいので、折れる可能性が高いですがよろしいですか?」
「そこまでの耐久は求めません。その分枚数を用意したいです」
「なるほど。服飾屋との絡みも有りますし、こちらの鍬ですか? これに関しては鍛冶屋とも相談ですね……。この木組みは鎧かけですよね?こちらは既製品の調整ですね。4日から5日は欲しいです。鍬の方は鍛冶屋次第では伸びそうです」
「分かりました。支払いも先に済まします」
支払いをして、鍛冶屋に向かう。
「ご機嫌如何ですか?」
「久々なのにな……。良いよ……、もう」
「ふーむ。あまりご機嫌よろしく無い感じですか?」
「良かったんだが、何かいきなり疲れた」
ちょっとぐったり気味のネスだ。風邪でも引いたか?寒いし。
「湯たんぽの方はどうですか?」
「あぁ、好調だ。町の方からも注文が入っている。ギルドの方にも話は通した。今後は量産されそうだな。それまでは作らなきゃならねぇが」
「それは良かったです。温石のサンプルは如何ですか?」
「そっちも火傷をしないように注意して使ってもらっている。そっちは取り敢えず村の中で試験中って感じだな」
そう言って鉄の塊を差し出してくる。結構ずっしりしているし、表面はすべすべに磨かれている。ふむ。結構拘るな……。採算割れしそうだが。
「問題は無さそうですか? と言うか、これ採算割れしていないですか?」
「注意しているから、特には聞か無えな。採算割れは……まぁ、考えるな。どうせ数軒の話だ」
はぁぁ、これだからネスは、と苦笑が零れる。
「木工屋から注文が来ると考えていますが、これが新しい農機具の設計書と利用説明書です」
「んぁ、どれどれ。んー……。あぁ、牛馬に引かせるっつってたやつか。ここの鍬部分を作るんだな。寸法有るからこっちで先に作っておくか。最終幾つ必要だ?」
「んー。30は見ています」
「多いな……。あぁ、領地分か。あー。試験で何本か作っから、それの具合で調整、量産で行くか? どうせ数作るもんだ。鋳型組むわ」
「そうですね。将来的には売りに出す可能性も有りますので、先に鋳型を作った方が良いかも知れません」
「他には何か有るか?」
その後は領地での話を中心に雑談となった。幾つかその際に話した内容で設計無しでサンプル開発をお願いした物も有る。ちょっとした物なので、ネスのインスピレーションに任せても良いだろう。
「ふむ。水車は有るか。水量豊富な川傍はありがたいな」
「まぁ、その辺りは気を使いました」
そんな話をして、客が来たタイミングで辞去した。
さて、久々の家だ。うきうきしながら家路を歩く。