第261話 いつの間にか頭越しに色々決まっている事は有りますが、甘受するしか無いです
馬車が休憩地に到着し、停車したと同時に、仲間達がぞろぞろと降り始める。いつもは遊んで気を紛らわせていたが、それも無い状態で緊張しっぱなしだ。十分に体を動かして欲しい。ストレッチは教えたので組になって体を伸ばしたりしている。タロはリズに散歩を頼んだ。あの空気の中でタロを構えない。ごめん、タロ。きつかったと思う。もうちょっと我慢して。
ポットにお湯を入れて温める。荷物から乾燥ハーブを取り出す。カップとソーサーを生み出し、お湯を移す。乾燥ハーブとお湯を投入し、蒸らす。カップとソーサーに関しては、品の良さそうな物をイメージして作った。ただ色は御影石のままだけど。まぁ、もう、これも味だ。
十分に出たのを香りで確認し、カップに注ぐ。ソーサーに乗せて、ベティアスタの前に置く。
「不用意で申し訳無いです。簡単な物で恐縮です」
「ふむ。茶か。領主手ずからとは、すまん。ありがたい。ほぉ、香りの高い……。我が国の物か? どこの産物だろうか……」
「私も飯場の購買で買ったので由来の詳細は存じません。ただ、東の国の産物とは聞いております。つまらない物ですが」
正直、今の稼ぎだとハーブティーなんて幾ら買っても高が知れている。貨幣価値が上がったのか、東の国の産物は安い。折角気に入ったので結構買ってしまった。まぁ、嗜好品に金をかける文化が無いので、中々出ないかな。賓客扱いになるのか。良かった買っておいて。
「いや、これは相当に良い物だと思うが……。うん、味も良い。故郷でも南の方で細々とチャノキは育てておるが、流通に乗せるなど無理な話だ。このような香りを楽しめるだけでも行幸だ」
荒んだ眼をしていたベティアスタの表情が若干だが緩む。
「飯場と言うと、『リザティア』だったか? 新男爵領か。出来れば寄りたかったが急ぎの為、素通りだ。この茶だけでも、寄る価値は有っただろうに。惜しい事をした」
「いえいえ。今来られましても、建築中です。まぁ、人が集まるので商人も集まる状況にはなっておりますが」
「ふむ。ノーウェ子爵領は遠いのでな。これからはアキヒロ殿が我が国の玄関を担うか。うちの領地もうかうかしてはおれんな……」
「テラクスタ伯爵はノーウェ子爵様の盟友。親の友となれば、相応となりましょう。そのようなご心配は無用かと」
「そのように考えてくれる者ばかりなら助かるのだが。中々現実はそうもいかん……。いや、愚痴だな。今後とも頼む。しかし、今後の文化の発展は貴領が担うか」
「そのような大袈裟な。ただ国の果てに有る小領です。細々と生活するだけで手一杯です」
ベティアスタが、はっと空気が抜けるような溜息とも笑いともつかない息を吐く。
「ノーウェ子爵は将来的にロスティー公爵閣下の領地も引き継ぐと見られておる。それだけの器量は有るお方だからな。故に父も盟友と言う形で誼を通じておる」
ノーウェの領地は国土で見た場合は大体中央だ。もしロスティーの領地を引き継いだ場合は北と中央がノーウェの管轄になる。まぁ、領地だけだと大公爵って規模だけど。
「父も政策的に近い物も有る故、ロスティー公爵閣下に必死に近付いておるよ。内約、と言っても公然の秘密と言うやつだが、将来的には北部と中央をノーウェ子爵が南を父が抑える。東半分は王家の埒外と言う訳だ。その東の要に見込まれたか……」
隣国関係を聞いても、国内情勢を聞いても、あの領地、貧乏くじな気がしてならない。兎に角、色々きな臭い。まぁ、引いてしまったものはしょうがないので、リズとの幸せな世界を築く為に邁進するしかない。
「それは買いかぶり過ぎかと。私など、ただの小物に過ぎません」
「謙遜は美徳かも知れぬが、あまり酷いと鼻につくぞ? 漏れ聞いている内容でも指揮個体戦か? あの時の勇猛と指揮能力、続いては冒険者ギルドの粛清劇か。男爵の働きでは収まらん話だ。留学先で何とか集められる資料は集めたが、全てがノーウェ子爵の手柄になっておる。正直、アキヒロ殿が怖いと言うのが本心だな」
「それぞれ、私が手を出したのはほんの端緒に過ぎません。全てはノーウェ子爵様の御威光です。あの方無く成し遂げた話など無いのですから」
それを聞いたベティアスタが溜息を吐く。若干イラついた顔をカップに口付け香りを楽しむ事によって紛らわせる。
「器量が有れば勝手に人材が寄ってくると聞くが、正にそれだな。父にもう少し器量が有れば南の覇権を握れるにも関わらず、この体たらくだ。まぁ、これも愚痴か。聞き流してくれ。今後は隣領だな。末長い付き合いを期待しておる」
「テラクスタ伯爵閣下には今後色々と学びたく思っておりました。今後とも良いお付き合いが出来るよう、誠心誠意尽くす所存です」
「目を見る限りは本心か……。ふむ。信用に関しては比類無きと聞いておったが、実際に会ってはその評価も頷ける。これよりは強い絆が必要となる場面も増えるであろう。連判状の件は私も聞いておる。ある種、共同体故な。これからも頼む」
そう言うと飲み終えたカップを馬車に置く。
「馳走になった。私も少し体を動かしてくる」
馬車の入り口から飛び降り、平地に向かう。
「カビア、どう見る?」
後ろで佇んでいたカビアに声をかける。
「今回の邂逅は全くの偶然でしょう。令嬢がお一人で飛び込む必要も無い話です。私共と致しましても、情報が有る程度でも手に入ったのは幸いです」
「だよなぁ。しかし、隣国か……。こりゃ、ノーウェ子爵様だけでは無理か。ロスティー公爵閣下も絡んで頂き、早急に対処を考えねばならんな」
あー、面倒臭い。この手の歴史ってどっかで見た覚えが有るんだが……。世界史はまだしも欧州史なんて記憶が薄い。まぁ、領地攻略戦の基本は兵糧攻めと孤立化、各個撃破だ。国同士できっちり話をつけてもらって、伯爵を孤立化させて挟み撃ちかな。
「何にせよ、目的地は同じですので、このままですね。人員は如何致しましょうか?」
「リズとリナかな。重装予定組が抜けるから、ドルに採寸を先にやってもらわないと駄目か……。向こうで何日滞在するか分からないな。屋敷の利用の方の根回しは頼めるかな?」
「畏まりました。ノーウェ子爵様側と調整致します。男爵様はご自身のお仕事を最優先でお願い致します」
さてと、折角良い話をお土産に持って帰れそうなのに、余計な荷物を抱えた。まぁ、日本の情報社会で生きていたら、情報の大切さは死ぬ程身に染みている。これもお土産か……。
「そろそろ出発の用意が整いました」
馬の水を生んでいたが、飲み終わったらしい。レイが声をかけてくる。さて、さっさと村に帰ってゆっくりしたい。と言うか、一回情報を整理させてくれ。