第260話 人間なんて思いたいようにしか物事を見ません
人間1人増えても、3時間程度の旅程に変更は無い。仲間達には遊戯系のアイテムは隠してもらった。
「ただの伯爵の娘だ。楽にしてもらって良いぞ」
ベティアスタが言うが、楽になんて出来ない。特に男爵領関係で他領の人間に見られたくない資料もごまんと有る。
しょうがないので皆には固まってもらい、スペースを確保し、鎮座してもらっている。本人は慣れない環境を楽しんでいるようだが、気が気でならない。あー、貴族の子弟とか厄介だな。ノーウェに扱いを確認しておこう。後、カビアに周辺の貴族だけでも良いから子弟関係の洗い出しと関係の把握をお願いしよう。
「ベティアスタ様は、ご留学と伺いましたが、どちらに滞在されていたのですか?」
「敬称はいらんぞ? 現状はただの政務官だ。留学先は東の国のユチェニカ伯爵領だな。父としては将来的に誼を結びたいと考えていたようだが」
カビアに視線を向けると、近付いて来て耳元で答えてくれる。
「ユチェニカ・ハーバテスタイ伯爵です。領地の地理的にはワラニカ王国に一番近い西の端に位置します。地理上、軍関係に強いです。強硬派として有名です」
この世界でタカ派とか有るの?明日生きるのも大変なのに。馬鹿じゃないか?つか、隣にそんなのがいたかぁ。ノーウェの防人って、そう言う意味か……。あー、国内に目を向け過ぎた。国対国は国の責任でやってもらうつもりだったから、気にもしていなかった。
「今日明日攻めてくる馬鹿なのか?」
「いえ。そこまで短絡的では無いです。ただ長くなりますので、簡潔に。過去からの色々が有りまして、ワラニカ王国は全て東の国の物と言う思想に染まっています。ただ、ここまでの思想の方は極々稀です。向こうでも該当の伯爵程度でしょう」
意味が分からない。どれだけの版図を持っているのかは知らないが、国一つ治めるのに、どれだけの労力がいると考えているんだ?私なんて男爵領の町1つ、村1つでピーピー言いそうなのに。過去のドイツやベトナムを思い出すが、間違い無く泥沼の戦争か暗闘が蝕み続ける。正気と思えない。
「それ、ディアニーヌ様が許すのか?」
「王権は神授されますが、貴族までは把握されていないかと。それに国内でも相当煙たがられているので、国の端に追いやられていると聞きます。故にワラニカ王国側に討って出たいのかと」
あー。真正の馬鹿の類か。経営陣の意向に背いているのにも気付かず、愚行を繰り返して持て余される典型的な幹部かぁ……。さっさと権限を剥奪してくれないかな。危なっかしい。
ベティアスタの方に向き直る。
「結構危ない方の領地かと思いますが、また何故そんな所に留学を?」
「はぁぁ。包まんでも良いぞ。留学は建前だ。戦争馬鹿が戦争を吹っかけて来ないように、政略結婚を考えて当地に赴いた。うちの父とノーウェ子爵は盟友なのでな。本当なら子爵がやらねばならぬが、あそこには子がおらぬ。それに息子の方はまともなので、話は分かる。その辺りが有ったので、さっさと話をまとめようとしたが……」
「したが、何か有りましたか?」
「あー。ここまでは良いか……。冒険者ギルドの是正を我が国が行った。その利権も我が国に来たと見たい人間はそう見る。ただの貧乏くじなのにな。それに是正に伴い副産物が発生する。いや、現実にもう発生し始めている」
あ?あぁ……そう言う事か。
「信用が回復してワラニカ王国の貨幣価値が上がりますね」
「うむ。ユチェニカ伯爵領は我が国の産物を捌いて財を成している。今までの我が国の方針は貨幣価値の低下を逆手にとって、加工技術を高めて、安い製品で他国のワラニカへの依存度を上げる方策だった。将来的に貨幣価値が上がった際には緩やかに商業から掌握していく算段だった」
昔の日本と一緒か。貿易摩擦が発生しそうだが、開発そのものがきついこの世界だと、依存度だけが上がりそうだな……。うわぁ、この先が読める。聞きたくない。
「近い将来とは聞いていたが、こうも迅速に我が国が動くとは読んでいなかったのは私の不徳だが……。まぁ、商人側は冒険者ギルドを我が国が掌握したと読んで、貨幣価値を勝手に上げ始めている。いや、勝手に上がってしまっていると言う状況か……」
商売なんて水物だ。市場なんて予測でしか動かない。好材料と見たら勝手に価値が上がる。
「結果、我が国の産物に依存しているユチェニカ伯爵領は大きく損害を出している。生活必需になった物の価値が一方的に上がるのだからな。これを我が国の陰謀、攻める為の第一歩と曲解しておるのが問題だな。まぁ、この辺りまでか。話せるのは」
しれっとした顔で、ベティアスタが言っているが、全部言っているじゃないか。しかも、巻き込まれた……。現状だと、間違い無くうちの領地が最前線だ。後半年先ならどうとでもなるが、今はまずいな……。何とか先延ばしにしないと……。
「そろそろ休憩地に入ります。馬に少し無理をさせておりますので、ここでの休憩はご了承下さい」
レイが幌の中に叫ぶ。
緩やかに速度を落とし、馬車が休憩場所に向かう。はぁぁ、少し頭を冷やすか……。