第254話 ハンガーっていつどこで開発されたのでしょうか?
カビアが交渉して、公用の馬車を借りられたので、さっさと野営場所まで送ってもらう。現場には既にテントが張られて、火が焚かれている。あぁ、流石皆。対応が早い。
ロットに声をかけて、皆を集めてもらう。総責任者の提案を話すと、女性陣がさーっとテント撤収に動き始めた。ロッサも混じっている。あぁ、女の子の方が素早いな……。
「我々もよろしいのですか?」
レイがカビアと共に聞いてくる。
「馬車の管理もお願い出来るそうだから。偶にはゆっくりと屋根の下で休もう。ここ何日も苦労をかけた」
そう答えると、2人共、頭を下げようとする。それを止めて、馬車の準備を進めてもらう。
「ちょっと薪が勿体無かったね。でもこの状況で消して馬車に積むのは危ないから、水で消すしかないね」
リズがテントの片付けが終わったのか、話しかけてくる。
「他の野営の人にあげちゃおうか。火は使うだろうし」
まだ早い時間だが、周囲に馬車を置き、野営の準備を始めている冒険者や商人は何人かは、いる。
「んー。それも良いかな。なら話してくるね」
そう言って、リズが商人の方に駆けていく。何か有れば私が出れば良いか。
皆の撤収の手伝いをしていると、どうも商人と話をつけたらしく、リズが帰ってくる。何か小銭を持っている。
「ん? まぁ、これも資産だからきちんと売買をしないと、後が面倒だよ? 向こうは薪の消費がちょっと減って良かったって話だし」
あぁ、あげちゃうのは駄目か。そうだよな。薪も買っている物だ。最近金額が大きな話ばかりだったので、どこかで小さな常識を失っていた気がする。駄目だ、駄目だ。
商人がこちらに目礼をしながら、火の方に向かう。同行者が我々が片付けた跡地にテントの設営を始める。
馬車に荷物の積み込みが完了し、温泉宿に向かって走り始める。歓楽街に入ったら徐行運転だ。そろそろ夕方と言う事で現場から解放された皆が飯場に戻り始めている。
作業員の顔は生き生きとしている。ここだけ見ると、人余りなんて信じられない。王都の状況は見た事が無いので何とも言えないが、バブルと言うなら、弾けないように膨らませ続けなければならない。その後の軟着陸は至難だが、それを含めて考えるしかない。国王が考えてくれれば良いが、無理だろうな。現状、無責任にバブルに燃料を注ぎ込む国だ。最終的に弾ける時には私の手で支えられる範囲だけを守ろう。
「そろそろ温泉宿ですが、皆様の降車後は馬車溜まりの方に回せばよろしいでしょうか?」
レイが前を向きながら、聞いてくる。
「宿の前のロータリーで皆を降ろしてもらって、左手側の貴族用の駐車場に馬車を止められる。馬に関しては宿の職員の方で管理してくれる手筈になっているから私の名前を出して欲しい」
「畏まりました」
レイがそう答えると、宿前のロータリーを大きく回り込み、宿の入り口前にぴたりと停車させる。
ぞろぞろと手荷物を持った皆が馬車から降りると、レイが確認し、馬車を再度発車させる。そのままロータリー沿いに走り、宿の正面左手に入り込んで行った。
先に皆を連れて、受付に話をする。靴の手入れだけをお願いして、部屋の鍵を預かる。私、リズ。フィア、ロット。チャット、ティアナ。ロッサ、リナ。ドル。レイ、カビアの部屋割りだ。ドルだけ一人だが、人数上しょうがない。
鍵の受け渡しをしているとレイが来たので、カビアと一緒に鍵を預ける。
「食事は飯場に行かなくても、厨房で対応してくれるようなので、お風呂に浸かって一休みしたら声をかけるよ」
従業員部屋の前で皆に伝えて、扉を開ける。中は結構広く感じる。将来的に住み込みで4人部屋になるので、ベッド2つだとがらんとした感じだ。
「広いね」
リズが荷物をクローゼットに仕舞いながら言う。
「4人部屋だからね。二段ベッドと机や椅子、テーブルを置いちゃうと結構狭くなるよ」
そう答えながら、扉を開けてトイレの場所を確認する。流石に細かい設計図の内容までは覚えていない。廊下の端に配置した筈……あぁ、あれか。
「さて、どうする?疲れているなら一休みしてからの方が良いと思うけど。お風呂に行く?」
「あの広いお風呂だよね?んー。楽しみだから、行っちゃおうかな」
うきうきした顔で、リズが答える。連れだって、扉を開けて外に出ると、皆、丁度顔を出したところだった。まぁ、考える事は一緒か。
そのまま皆でぞろぞろと大浴場まで向かう。あー。浴衣どうしよう。ざっと型紙書いたけど、模様の指定とかお任せしちゃった。
大浴場の受付に着くと、色々と説明をしてくれる。あー。もうサービスの研修を始めたのか。最終的に部屋の鍵を渡すと、材質不明な象牙質な鍵と番号札のセットと交換してくれる。腐食しない物でって指定したけど、何の牙なんだこれ?
後は手拭いっぽい物と、厚手の生成り無垢の浴衣を渡される。うわー、白装束か。やばい、これは染めてもらおう。折角色々デザイン出来るのに、無地とか……。どの程度を作ったか聞いてみたが試験で50着程度らしい。まだ取り返せるな。
と言う訳で、奥に向かうと男女で分かれている。
「じゃあ、先に上がったら、部屋で待っているね」
リズが言うと、フィアも頷く。
「ん、じゃあ、また後で」
そう答えて、引き戸を開けると説明係が待機していた。指示の通り、靴を脱ぎ靴箱に入れる。
中には縦長のロッカーが大量に並んでいる。自分の番号のロッカーに鍵を差し入れ回すと鍵が外れる。ふむ、材質的には結構丈夫か。扉を開けると、ハンガーが3本かかっている。冬場は増やした方が良いのかな?そう思いながらハンガーに服をかけていく。この世界にハンガーの概念が無いのはちょっと驚きだった。古着屋でも畳んで積まれていた。設計書を渡した時は何に使うのかと聞かれ説明に窮した。何故服をかけるのか、から説明する必要が有るからだ。
「ここで全て脱ぐのか?」
ドルが聞いてくる。
「鍵とタオルだけ持って、中に入れば良いよ」
そう答えると、説明係の人間が頷く。
「この三角の物にかけるのですか。便利ですね。脱ぐ度に畳むのは面倒ですので、助かります」
ロットがハンガーの使い方を説明係に聞いて感心している。
こんな事でもカルチャーショックになるんだなとは思う。ちなみに、クローゼットの概念も無い。箪笥は有るが、畳んで服を入れる。じゃあ、ちょっと濡れて乾かす時は、と言うと棒に通して、紐でかける。確かにそれで足りるけど、物凄い不便だった。バランスが悪いといつの間にか偏って落ちていた。中心に溝でも付けてくれと何度思ったか。
ロッカーの段階で、説明が必要になるか……。うーん、やっぱり説明係は必要だな。ちなみに、ロッカーに服を畳んで入れても問題は無い。ただハンガーが便利だと言うだけの話だ。
フローリングを進むと途中から石畳に変わる。そのまま進み、引き戸の前に立つ。説明係が簡単な入浴の説明をしてくれる。ロットとドルがうんうん頷きながら聞いている。私は考えた方なので説明係のチェックの方をしている。
やっと説明が終わり、引き戸が開かれる。あぁ、やっと温泉。広いお風呂だ……。