第252話 竹林が有る温泉宿って風情が有って好きです
瞳に感じる明るさに目を覚ます。テントの外は徐々に闇が払われていく。覗くと雲が無い青空が広がっている。2月1日は晴れだな。
昨日の聞き取り結果を鑑みて、タロの食事に内臓肉を追加する事にした。そろそろ体も急成長する時期だ。栄養素が足りていないのかも知れない。鶏頭水煮と鳥のモツと身の部分を皿に盛り、差し出す。モツは氷で冷やして保存して、今日のスープの具材にしようと思っていたから、少々なら問題無い。少し湯煎で温める。
『はぅ!?とり、うまー!!』
ハツやレバーをクンクンしてから噛んだ瞬間、タロが歓喜の思考を飛ばしてくる。あぁ、イヌ科って獲物を狩った時、内臓から食べるけど、好きだからなのか……。栄養満点なので、体が求めるのだろう。特にハツとか、噛み応えも有るし。砂肝っぽいのもゴリゴリ食べている。
『まま!!とり、うまー!!』
改めて、鳥の評価が上がったらしい。血抜きする前の肉をあげた方が良いのかな?血液からもミネラル分や必要栄養素を補っていた筈だ。ふぅむ。捌くより持ち帰りの段階でお願いしておくか。
夜番のフィアに手を振り、休ませる。焚火を大きくして、鳥の肉や内臓を香味野菜と一緒に炊く。朝はスープと携帯食で良いだろう。人数も多いし。携帯食はもうちょっと消費しないと消費期限が怖い。色々食材を現地調達するので、減らない。でも、もしもを考えると一定量は確保しておきたい。と言う訳で、遠征時は不良在庫になる。普通のパーティーなら足りない世界なんだけど、そうならないようにパーティー人員を選んだ結果な気もする。
鍋から鳥と香味野菜の炊ける匂いが広がり始めると、人魚の子供が起き始めた。ぴょこぴょこと近付いてくる。普通の人間より低温には比較的強いらしい。高温も海底温泉などで暖を取ると言う話なので、大丈夫そうだ。
「おじさん、料理?」
女の子達が、焚火に手を翳しながら聞いてくる。
「そうだよ。朝ご飯の用意だよ」
「朝ご飯も料理!! 嬉しい」
そう言うと、皆で輪になって遊び始めた。少年も輪に参加している。この人数で男性の確率が1割か……。生まれ難いと聞いていたが、現実に見ると、少し切ない。強く育って欲しいと願う。
匂いに釣られて、仲間達や人魚さん達も起きてくる。岩場で寝る事が多いので、砂浜で寝るのは楽らしい。そんな話をしながら、葉野菜類を入れてスープを仕上げていく。
簡易テーブルにカップを並べて、朝ご飯とする。人魚さん達も子供達と並んで一緒に食べる。
「では、もう、戻られるのですか?」
ベルヘミアが聞いてくる。
「はい。村の設計も大幅に変えないといけないので、材料調達を含めて調整します。なので、早めに戻って伝えないといけないですね」
周りはスープを食べるのと歓声で姦しい。子供達がかなり喜んでいる。
「分かりました。では、入り江の方はもう、使っても良いでしょうか?」
「はい。それは望むように使って下さい。身の安全を第一に考えてもらえれば結構です」
私達や他の人間がいない間、村を建設する間の細かい部分を調整していく。ここに村を建設するのは国側に報告はしている。手を出してくる所は無いと思うが、常駐の人間は用意しておいた方が良いか。人魚さんも火が使えないのは不便だろう。少し前倒しになるが、掘っ立て小屋でも先に建てて派遣するか。
そんな事を考えながら、受け答えをしていく。現状は王国の戸籍にも登録されていないと聞き、本気で管理の杜撰さにイラっとはした。人間として認めるが、国としてはノータッチなのか?本当に最初に対応した貴族が面倒臭い。中途半端に手を出すなら、きちっと整備しておいて欲しかった。何か将来の利権でも見ていたのか?もう、こっちで握るから、潰そう、そんな思惑。
カビアとも調整し、取り急ぎ戸籍登録と男爵領民の証明が出来る準備を行う事で合意出来た。後、実際の生活に関しては、ちょっと先の話だ。『リザティア』をある程度形にしないと、海の村が守れない。
「生活としては、今までと変わりありません。なのでご心配無く。近い将来の発展を祈りながら、生き抜きます」
ベルヘミアが合意後にそう告げてくる。
「なるべく急ぎますが、優先順位と言うか、こちらの村の開発をする為の資金を生む環境を先に作る必要が有ります。なので、少し後回しになります。了承願えれば、幸いです」
「いえ。お気になさらず。約束が有るだけでも、生きる思いが変わります。なので、安心してお戻り下さい」
握手を交わし、人魚さん達は海に帰って行く。皆でそれに手を振り、見送る。
「良い人達だったわね。頑張って幸せに出来るようにしないといけないわね」
ティアナが聞こえるか聞こえないかの声で、そっと呟く。
「まぁ、政治はこっちの担当だから。任せてくれれば良いよ。さぁ、撤収の準備を進めて。さっさと『リザティア』に戻ろう」
そう叫ぶと、皆がキビキビと動き出す。テントや野営機材を片付け、馬車に積み込んでいく。馬の世話も問題無いので、用意が出来次第、皆が馬車に乗り込み始める。
「では、出発致します」
レイの声と共に、緩やかに馬車が動き出す。馬車の積み荷に大量の昆布が増えた為か、若干磯の香りがするのはご愛嬌だ。
移動に関しては大きなトラブルは無い。獲物や採取が難しいポイントも把握出来ているので先んじて調整していく。1日、2日、と無事に馬車が進む。タロもモツをやるようになって、体の成長が加速したような気がする。時期的に急成長する時期だが、必要な栄養が足りていなかったのかも知れない。鳥が好物になったのは、狩りがしやすいので助かった。
3日の朝方には竹林に差し掛かる。大きめの鉢を作り、若竹を何種類か地下茎ごと掘り起こして、植え替える。地下茎を乾かすと枯れるので、水をかけながらの作業となる。これ水魔術士がいないと難しいな。
「何に使うの?」
リズがそれを見て聞いてくる。
「温泉宿の庭に埋めようかなって。中々見慣れない木でしょ? 観賞用にどうかなって。上手く増えれば前に食べた筍も収獲出来るし」
「へー。あの庭だよね。最終的にどうなるんだろう。他の部屋も廊下に出れば上から見えるし、楽しみだね」
リズがにこやかに話す。上手く植え替えが出来れば、領主館の方にも植えよう。新しい食材は、ティーシアが喜びそうだ。
そんな一幕を挟みながら、馬車は北に向かう。北に向かうにつれ、気温は下がっていく。3日の夕方の段階で積雪がちらちら見え始めた。先の方は結構積もっていそうだ。海に向かう時に降っていたのが続いて積もったのかな?
「レイ、馬車は大丈夫そうかな?」
「はい。見た印象では凍っている訳でも有りませんので、このまま抜けます。往来が激しい場所は踏み固められて滑る可能性が有ります。その場合は迂回をします」
着込んでもキリっとした印象を失わないレイが叫びながら、手綱を操る。
2月4日の昼過ぎ辺りには、荷馬車の往来が多い道に出れた。大きく平地を迂回しながら、先に進む。暫く進むと徐々に『リザティア』の姿が見えてきた。新型の馬車で丸々4日か。結構速度は出していたから400km程度なのかな?
そう思いながら、少し懐かしい道を抜けて『リザティア』の敷地に入る。雪は退けられ、道の端に積まれている。建物も増え、人の往来も尚、盛んになっている。
さて、色々進捗も確認しないといけない。飯場へ向かうようレイにお願いし、この旅の間に処理した書類を改めて小分けにしてまとめた。