第251話 ノリでやりましたが、この世界に騎士の拝命は無いです、役職ですから
「美味しい!! え、これ、あの白いのじゃないの!? でもこっちの方が美味しい!! ねぇ、ロット、ほら食べて。美味しいから」
フィアが叫びをあげる。いや、それ、鮑ですから。隠し包丁も入れたのに……。あ、あ、そんなに、いや、イカにして。イカはいっぱい有るから。ぎゃー。
「さっきの海老とはちゃうんですね……。でもこれもまた……。止まらないと言うか……。あかんと思っても、駄目ですね……。あぁ、手が伸びます……」
チャットは塩茹での海老を剥くマシーンと化している。味噌を啜るところまでやっているので、よっぽど海老が気に入ったか。
「これ、脂っぽいのに、酸味と合うのね。え? 生なの? へぇ故郷では生で魚を食べるのね。いや、気にはならないわよ。貴方も食べているんだから食べられるんでしょ? 気に入ったわ」
ティアナはしめ鯖が気に入ったらしい。本当に渋いの好きだな。サバっぽいのがいたので酢でしめた。刺身をそのまま食べても脂の染み出す感じが強く感じられた。時期的にはマサバの時期だけど、マサバって日本近海じゃなかったっけ?まぁ良いや。神様が何をしたか分からない。ただ、しめ鯖を昆布に包んだだけで、結構なうまみが移る。2時間程度でも全然違う。醤油が無くても寂しく無い。強がりじゃ……無い……筈。
「んー。すっぱい……。でも美味しい。これいつもスープに入れている奴じゃないの? 同じ緑だけど。海老と一緒に食べるのも美味しい歯ごたえも気持ち良い」
リズがワカメの酢の物にはまっている。タコが有れば良かったが無かったので、海老にしてみたが、これはこれで贅沢な感じで美味しい。
「これ、先程の貝とは違いますが、美味しいです!! 山羊の乳のほのかな香りがとても合っています。噛む度にじゅわっとします。周りのひだひだしたのも噛むとどんどん味が変わります。凄いです!! 美味しいです!!」
ロッサはホタテっぽいののバター焼きが気に入ったらしい。この子、貝好きだな……。口が開いたらバターを落としていったけど、もう、暴力的な香りだった。塩バターホタテとかもう、名前だけでずるい。絶対に美味しいと確信していたが、美味い。
「これは……またさくさくと。パンとも違う、何とも言えぬ歯応え……。何より熱を通した魚にも関わらず溢れ出る芳醇な水気が何とも言えぬ。美味う御座る」
リナはタラが有ったので、ムニエルっぽく焼いてみた。タラも分厚かった。時期的には今か。噛んだ瞬間にタラのあの水気がじゅわっと口に広がる。油が豊富に有ったらフリッターに出来るのにちょっと残念だ。
「これは、ワインで蒸すのですか……。何とも言えない苦みと香り……。しみじみと美味しいですね。ホロホロと崩れる食感も切ない感じが致します。贅沢ですな……」
レイはシラウオを白ワインで蒸したのを気に入ったようだ。本当はそのまま醤油でつるっと行きたいが無い物は無いので諦めた。ワインの香りとシラウオの苦みが何とも言えない調和になっている。ちなみにザルでざぱっと掬ったらしい。本当に豊かだな、この海。
人魚さん達は、子供も含めて、種類を増した海鮮炒めから出たエキスを存分に吸った鳥を炒めたのが兎に角お気に入りのようだ。3人は昼も食べていたのに、今回はもっと複雑な味になったのか、もう、必死にぱくついている。
「お母さん、もっと欲しい。ずるい。お母さんばっかり食べてる。取ってー!!」
人魚さんの子供もどんどん食べている。ただ、お母さん方もかなり食べているので、子供がじれている。皿をもらい、乗せていく。
「はい、どうぞ」
「おじさん、ありがとう!!」
おふ……。おじさん確定なのか……。いや、良いよ。同僚で10歳の子供がいる同い年もいるから。おじさんですよ。おじさんですよ……。
「おじさん……お願いしても良い?」
少し恥ずかしそうに、先程の少年が皿を差し出してくる。
「何が良いかな?」
「あのお肉といっぱい混じっているやつが良いな」
キラキラした笑顔でお願いしてくる。鳥炒めと海鮮炒めを盛って差し出すと、嬉しそうに受け取り食べ始める。
「おじさん凄い。美味しいよ」
あぁ、きっとショタコンが見たら、やられるんだろうなと言う儚く輝いた笑顔で囁いてくる。頭を撫でて、給仕に走る。
もう、何か、戦争状態が酷くなった。人魚さん達も中々火が通った物が食べられないので必死だ。子供達も初めての子も多いのかもう、てんやわんやだ。
結局、戦争状態が終わると、死屍累々だ。皿も綺麗に空だ。こんちくせう。鮑、一切れしか食べられなかった。フィア殴るべし、慈悲はない。取り敢えず、頭を小突いておいた。本人は意味が分からないのか、きょとんとしていたが。
今回もカビアとレイは途中できちんと切り抜けている。あぁ、カビアはしめ鯖に挑戦していたが、脂が多かったのが良かったのか普通に食べていた。結構、ティアナと好みが合っているのか?何かティアナに勧められていたが。
人魚さんに聞いたが、どうも子供と言ってももう水の外でも生活は可能らしい。要は生まれて来る時は鱗が無くて、徐々に生えてくる。それが生え揃った辺りで陸上生活は可能らしい。期間は1年を超えるか超えないか辺り、それまでは定期的に濡らしてあげないと炎症やかぶれになるとの事だ。粘液で守られているけど乾くと濃くなってかぶれる感じなのかな?
と言う訳で、今晩は浜辺で皆、雑魚寝になる。危険な外敵もいないし、テントを移動させて私達が夜番をする。
「すみません、何から何まで領主様にお任せしてしまって」
ベルヘミアがぽんぽこりんで、はぁはぁ言いながら、頭を下げてくる。
「いえいえ。中々機会も無いでしょうし。喜んでもらえて嬉しいですよ」
迫害とは言わないが、辛い人生だったのだ。出来れば幸せな機会は多い方が良い。子供達もお腹いっぱい美味しい物を食べて、幸せそうに母親の傍で寝ている。
「ありがとうございます……。今日を胸に、これからを共に生きていきます。出来れば、貴方の未来への道へ、一筋の光となれるよう、努力致します」
ベルヘミアがそう言うと、最敬礼の姿勢を取る。
「頭を上げて下さい。私は神では無いのですから。どうか共に歩む者として、一緒に前に進みましょう」
「ふふ。ご存知では無いのですか?男爵様のお言葉の初めの部分、国王陛下との謁見のお言葉のくだりですよ」
どうも、王との謁見のお約束として最敬礼から、「頭を上げよ。我は神に非ず」までの流れが有るらしい。はぁぁ、人魚さんでも知っている常識を私は……。
「はい。貴方は、神でも、王でも無い。それでも神でも王でも救えなかった私達を救って下さいました。故に私は、私達は捧げます。その救って頂いた思いを以って」
何を?なんて聞けない。重いな……。私は信用を裏切らず、契約を遵守する事しか出来ない。
これからもきっと、この何かを背負い続けるし、増えていくのだろう。その何かに押し潰されないように強くならないとな……。
「ありがたく預かります。私はこの権限と剣と民の思いを以って、領地を治めます。貴方は民として幸せに生きていく権利を有します。故に私は、それを侵す者に剣を振るいます」
劇のようだなと思いながら、カビアが予備として置いていった剣を抜き、腹を額に当て神々に民の息災を祈り、頭を下げたベルヘミアの肩に剣の腹を当てる。
「御身の思い、しかと受け取りました。これより、我らは御身の剣となります。どうぞ、ご存分にお振るい下さい」
ベルヘミアがそう告げた刹那、剣の先に紫色の光がほのかに灯った気がした。
ここからは、何とか消化したメンバーから、風呂に誘導していった。その間に後片付けはレイとカビアにお願いした。熱湯は用意したので、足りなくなったら言ってもらうように伝えている。
私は取り敢えず、確認しないといけない事が有るので、リズがお風呂に入れてくれたタロを箱に寝かしつけながら聞く。
『タロ、人魚さんは食べ物?』
『にんぎょ、まま!!』
ふむ、人魚さんは人間扱いか……。塩壺から、ほんの欠片の塩を指先に乗せ、タロに舐めさせる。
『美味しい?』
『からい……』
あの犬独特の、嫌な時の顔だ。あれ?塩分を求めていたんじゃないのか?
『人魚さん、美味しい?』
『にんぎょ、うまー』
ん?つながらない。
『人魚さんの何が美味しいの?』
『にんぎょ、ち?うまー』
あ。あぁ。分かった……。海水だ。ミネラル分が血液と海水だと、かなり似通っている。それを血液を舐める感覚で舐めていたのか。多様なミネラル分を摂取したがっていたのか。確かに、昔飼っていた犬も海に連れて行った時に海水を舐めていた。
良かった。人魚さん達を獲物として認識している訳では無い。と言うか、きちんと人間として認識している。ただ、人魚さんが海水を纏っているのを舐め取っていただけか……。安心した。
まぁ、塩化ナトリウムは摂取し過ぎだ。水は多めに飲ませたので、さっきから頻繁に尿をしている。これで尿と一緒に過剰な塩分が体外に排出すれば良いけど。
問題は無いと判断し、そのまま撫でて寝かしつける。
「あれ?タロ寝ちゃった?」
リズがテントに戻ってくる。
「うん。レイとカビアは大丈夫そうだった?」
「お湯は足りそう。でも、片付けはもう少しかかりそう」
「そっか。持ち回りだから頼んだけど、今日は流石にちょっと悪かったかな?」
「あは、皆、沢山食べたもんね」
リズが微笑む。
「リズもだよ。あんまりぽっちゃりすると、抱き上げる時大変だよ?」
「あー。言ってはいけない事を言ったー。大丈夫だよ、ほら」
そう言いながら、服を捲り、お腹を見せてくる。
「はいはい。大丈夫。太ったりしていないよ。リズは可愛いよ」
そう言いながら、お風呂が最後の旨を告げられたので、お風呂に向かう。レイとカビア、あれだけ熱湯で洗い物をしたら、また汗をかきそうだけど良いのかな?まぁ、気にしてもしょうがないか。
体を洗って、お風呂に浸かりながら、今日の嵐のような料理ばかりの一日を思い出す。それとベルヘミアとの誓いか。これから、人魚達を戦場に送る時はきっと来るだろう。どんなに幸せを共存を望んでも、相手の有る話だ。それでも、尚、剣となると言い切った。ならば私はきっと振るわなくてはいけない。それが信用だし、信頼なのだろう。なるべく戦略レベルで潰した上で、傷つかない戦場を作るしかない……か。うん、そのくらい難易度が高くないと張り合いも無い。
勝手に浮かぶ苦笑に少し呆れながら、樽から出る。
ささっと片付けてテントに戻ると、リズはお腹が満ちたのも有るのか、ぐっすりだ。
その幸せそうな顔を覗き、こちらも幸せな気分になる。新しい友との輝かしい未来を思い、目を閉じて、意識を手放す。今日は、少しだけ疲れた。