第22話 昔、指でっぽうでバキューンとか遊びましたよね?
人の動く気配で目を覚ます。
横を見るとこちらを覗き込むリズの顔が見える。
「ふふ。ヒロの寝顔って可愛いね。何時もちょっと眉根に皺を寄せ気味なのに寝てる時はあどけないの」
大分恥ずかしい。
まだ日も上がっていない。
「早起きさんだね」
抱きしめ、唇を触れ合う。
「朝の支度をしなくちゃいけないの。じゃぁ、朝食の席で」
腕からすり抜け、リズがキッチンに向かう。
窓から外を見ると、曇天で小雨が舞っている。
この天気で採取は難しいか。これを機会に魔法の勉強をしたいので、何処かを紹介して貰おう。
採取した果物が入ったズタ袋を手に、キッチンに向かう。
「おはようございます」
声をかけるとティーシアが微笑みながら、振り向く。
「あら、おはよう。今日は早いのね」
「リズに起こされました。何か手伝う事は有りますか?」
「んー。手数だけど、水汲みをお願いしても良いかしら」
外套を借り、広口の素焼きの甕を預かり共同井戸まで向かう。
井戸の周りには、朝の支度をしている年配の女性が数人お喋りに興じながら水汲みをしている。
「おはようございます」
「おう、おはようさん。あれ、あんた……。アストさんとこの子だよね?」
恰幅の良い肝っ玉母さんな女性が声をかけてくる。
「はい。先日よりお世話になっています」
「父ちゃんが冒険者ギルドで働いてるんだけど、ヴァズ草をたんまり持ってくる新人がいるって聞いたけど、あんたかい?」
「そうですね。たまたまよい採取場が見つかったもので。お役に立てていれば幸いです」
「あははは。薬師ギルドの連中が大分かりかりしてたからね。治癒の神術士なんてこんな村には回ってこないから」
「自警団も、間引きの度にたんまり傷をこさえて来るしね。感謝、感謝さ。ありがとね」
「そうそうアストさんとこって言ったら、リザティアちゃんがいるじゃないの。そこの所はどうなの?」
20にも満たない若い女性が声をかけて来る。左手を見ると薬指に指輪がはまっている。その辺の文化は一緒なのか。
「昨日、婚約を交わしました」
「あら、見た目に合わず、手が早いわね。アストさん所に来たのって、数日前よね?」
「はい。ただ手は出していませんよ。婚約だけです」
「あらあら。ご馳走様。ご馳走様」
姦しく話し会いながら順番に汲んでいく。
私の番になったが有り難い事に、屋根がかけられた手回しハンドルの井戸だった。滑車の開発は未だなのかな。
ギリギリと音を鳴らしながらハンドルを回し、桶を引き上げる。
2杯程で甕を満たし、取っ手で落ち上げる。10リットル超の為、かなり腰に来る。ふーふー言いながら、家に戻る。
「戻りました」
「あら、ありがとう。大変だったでしょ」
「いえ、何時もお世話になっておりますので」
甕を持ち上げた時に気付いたが、筋肉痛さんが襲って来ていた。1日遅れか。まだ若いな。
家の中は温かな朝食の香りに満ちていた。
朝食はライ麦粥にベーコンとホウレン草の炒め物だった。ニンニクが利いている。
「今日は天気も悪い。猟は休み、鞣しと機材の整備に充てる。大物がかかったしな」
アストが呟く。
「じゃあ、ヒロはどうするの?」
リズが呟くと父母2人がおやっとした顔をする。
「魔法の勉強をしたいと思っています。どこか、教示頂ける場所は有りますか?」
「雑貨屋さんの2階が魔道具を取り扱っているわ。あそこの店主が確か魔術師もやっているはずよ」
ティーシアが答えてくれる。
「でも、ヒロね……?」
やっぱりニヤニヤされる。
リズと一緒に顔が赤くなるのが分かる。
「婚約したのだ、それくらい構わんだろ」
アストの助け舟で話は有耶無耶になった。
「勉強だと私が一緒にいてもしょうがないね。お父さんの手伝いをするわ」
リズが席を立ち、納屋へ向かう。
「どの程度時間がかかるか分かりません。今日のお昼ご飯は外で食べる事にします。いつもありがとうございます」
席を立ち、先程の外套を再度借り、雑貨屋へ向かう。
雨脚が徐々に強くなって来ている。外套も撥水加工がされている訳では無く、体が冷えていく。
メタボは冷え性なので、寒さに弱い。まぁ、暑さに強い訳でも無いが。
「いらっしゃいませ。昨日もお越しでしたね、本日のご用件は?」
白髪の店主が話しかけてくる。
「魔法の勉強がしたい。魔術師の方がいらっしゃるはずだが」
「はい。それでは奥の階段を登り下さい」
雑貨屋の奥を抜け、急な階段を登る。
すると眼前にカウンターが有り、40代くらいの男性がきつめの目つきでこちらを見て来る。
「ようこそ。ご用件は?」
「魔法の学習がしたいのですが、こちらでお教え頂けると聞きましたので伺いました」
「なるほど。生徒志望か。俺の名前はパーディス。お前は?」
「アキヒロと申します」
目を眇めつつこちらの様子を眺め、口を開く。
「一丁前に『術式制御』は発露してんのか。魔素と魔力が循環してやがる。どこで習った?」
「習った訳では有りません。事情が有りまして、いつの間にか発露していました」
「あぁ、めんどくさい。その喋り方やめろ。適当で良い。いつの間にか発現ってのが珍しいな。魔素の濃い場所で長く生活をするとそんな感じになるのは聞いた事が有るがその口か?」
「いや、そう言う訳でも無い。あー。神の気まぐれだ」
「術式を司る神か。事情は分からんが面白いな。『術式制御』の基礎訓練は要らないと」
「基礎訓練?」
「魔素の濃い目の場所に行って延々魔素の感覚を覚える。後はそれを魔力に変換するイメージを鍛えるだけだ。もう、発現しているなら、後は行使し続ければ習熟する」
カウンターの跳ね上げ板を上げ、奥の部屋に向かう。
2部屋をぶち抜きにして、机や黒板が有る。奥側には的が見える。
「魔法と魔術の概念が有るが違いは分かるか?」
「いや、分からない」
「魔法はそのまま法だ。それぞれの術式の有り方、認識、発動に関わる遍く仕様は法によって定められている。魔法を司る神がちょこちょこレギュレーションを変えやがる。まぁ、何十年ってスパンだがな。魔術は法により、定められた術式を用いイメージと合致させる事により、事象を具現化させる」
プログラムの仕様と、構文の関係みたいなものなのかな?
「属性制御は何か有るか?」
「風だ」
「風か。あまり得意ではないが……。実際にやって見せる。良く見とけ」
的に向かい、パーディスが右腕を差し出し立つ。
「属性風。圧力定義。形状は直径5cmの球状。右手上部20cmに固定。前方に向かい射出、速度は時速80km。実行」
パーディスが詠唱を唱えた瞬間に右手の上にゴルフボール大の風が渦巻きながら出現し、的に向かい飛び出して行く。
的に当たった途端、ズバンっと重い音が鳴ったと同時に風が散る。
「どうだ?これでも当たれば仰け反るぞ?」
「凄い。初めて見た」
「術式の説明をざっと行う」
黒板に向かう。
・使用する属性を決める。
・その属性をどの様な形で運用するかイメージする。
・運用する対象をどの様な形状で具現化するのかをイメージする。
・それをどこに現出させるかをイメージする。
・現出した対象の挙動をイメージする。
・上記イメージに破綻が無ければ、実行を指示した瞬間、処理が発動される。
「言葉にするのは自分自身でイメージを固め易くする為だ。頭の中だけでイメージが完璧に出来る人間なら詠唱なんて必要は無い」
「試しにやってみるか?」
「はい」
的の前で指でっぽうのポーズを取る。
「属性風。圧力定義」
直径30cmの球体の風の塊を5mmくらいまで圧縮するイメージを浮かべる。
「形状は頭の2mmが平らな半径5mm高さ7mmの円錐」
銃の弾頭をイメージする。
「右手人差し指前方10cmに固定。前方に向かい射出、速度は時速250㎞」
指先がぶれないように的の中心を狙う。
「実行」
反動は無かった。実行の掛け声と同時にバンッと言う音と共に、的の真ん中から表面の半径5cm程度から、円錐状に抉れている。裏を見ると薄く貫通している。
「おい、おいおい。初めてだろ、しかも風だぞ?何をどうすればこうなるんだ。風なんざぶち当てる程度の代物だろ。的が貫通しているしよ」
こっちは、凄く頭が怠いし痛い。しかもかなり気持ちが悪い。
「あー。圧力定義の時に大分圧縮しただろ。魔力を術式に変換する際にかなり体力を持って行かれる。この辺りは慣れと兼ね合いだ。しっかし、一発目から偉いもん見せてもらったな。これも術式を司る神の思し召しか?」
カラカラと笑いながら、私をソファーに連れて行きお茶を用意してくれる。
「ちょっと休んでろ。初心者はそんなもんさ」
お言葉に甘えて少し休ませてもらう。