第245話 これからの話~ティアナ、ドル、ロッサ、レイの場合
ほのかに明るさを感じて目を覚ます。テントから顔を出すと丁度太陽が昇り始めた辺りだった。1月29日は晴れ。このまま晴れのままでいてくれれば良いが……。
起きたのに気付いたのかタロも目を覚ます。一緒にテントを出て、昨日の残りの鳥をあげる。これで肉の在庫は尽きた。朝食は燻製肉を焼いたのとパンかな。
リズを起こし、一緒に朝ご飯の支度を進める。肉を焼く匂いに誘われてか、皆がテントから出てくる。食事を終え、馬車に乗る。
ここからは特に問題無く順調に進んだ。竹林も抜け、肉の在庫も手に入ったのでタロの食料の心配も無くなった。南に進むと、ある程度のラインで葉野菜も若干では有るが手に入るようになった。
上手くいけば収穫時期をずらしての栽培も出来そうかな。冬場の野菜不足対策には有効なので心のメモに残す。
海の村に関しては、取り敢えずはサトウキビ等輸出用作物だけを考えていたが、『リザティア』の運営を考えると、野菜作りと移送は考えるべきか。
前回よりもペースが早い為、林に入ったのは30日の昼前だった。昼ご飯は手前で済ませた。このまま行けば30日中の到着も期待出来る。本気で走れば4日か。問題発生時に急行する際はその程度で見積もっておこう。
前回は倒木等の撤去や確認に時間を取られたが、道作りや村作りの先遣隊がある程度の整備はしてくれたようで速度を落とす事無く進めたのも要因だろう。
ちなみに、例の未来の話をティアナ達残りのメンバーにも話をしたかったが、タイミングが掴めないままずるずると来てしまった。ちょっと本腰を入れよう。
夕焼けもかなり沈み始めたタイミングで、林を抜けて平地に出る。ここまで来ればもう少しだ。潮の香りも若干感じる。
「あ、海の匂い……。もうちょっとじゃん。流石に腰がちょっと痛くなってきた」
フィアが幌の窓から顔を出しながら叫ぶ。前回はちょくちょく止まる度に外に出ては休んだりしていたので、そう言う意味ではフィアが正しい。私も腰が痛い。
「あと少しだね。人魚さん達と良い関係が結べたら良いな」
遊戯関係から、町の運営をカビアから勉強するようになった仲間達も少し微笑みながら頷く。
しかし、前の昆布お化けの姿を思い出して少し笑ってしまう。
「どうしたのかしら?」
笑ったのが見つかったのか、ティアナが問い質してくる。
「いや。前の時、昆布まみれで人魚さんが現れたのを思い出したら、ちょっと笑えた」
「あぁ、あれね。ちょっと驚いたけど、良い子だったわね」
そう言えば個人としての情報とか全然聞いていなかった。まぁ、名前は聞いたので、頼めば呼んでもらえるだろう。
そんな話をしていると、レイが振り返り叫んでくる。
「そろそろ着きます。準備の方をお願い致します」
その声に合わせて、緩やかにスピードを落とし始める。
幌の前を開けると、村の跡地が見えてきた。資材の小山も見える。こちら側に一旦集積して飯場を建てる予定の筈だ。村の建設と並行して道の設営となる。『リザティア』側の供給が安定しない限りまだ人は送り込めない。塩の生産は当分先となる。
馬車を降り、空気を感じるがやはり暖かい。10度は下回っていないだろう。見覚えの有る星でも有れば何と無くでも緯度経度の予測も出来るのだが、そこが全くバラバラなので、把握のしようが無い。あぁ、北極星に該当する星は有るらしい。ただ、私は見つけられないのとコンパスが有るのであまり気にしていない。
今日は足の早い保存食で夕ご飯は作ってしまおうと言う事で満場一致した。カビアは村の様子を見に行っている。暗くなる前には帰ると言っていたので、護衛にティアナが付いている。
フィアがココナッツジュースとお化け蟹とうるさいので、ココナッツを幾つか落として、タライで冷やしている。お風呂上りに各人で飲むように伝えた。蟹は何と無く逃げるのを見て可哀想なので中々狩る気が起きない。美味しいけど、ちょっと罪悪感が有る。明日人魚さんに会えなかったら狩るかもだけど。
前回と同じ野営地でテントを張っていく。林から薪は補充出来た。倒木も有るので、割って中の乾燥具合を確かめながら馬車の在庫の補充も視野に入れる。
焚火を囲んだのは、日が暮れて暫く経ってからだった。燻製肉と葉野菜でスープを作り、皆で楽しむ。携帯食も古い物はちょっと消費期限的に怪しくなり始めている。なるべく食料を自給自足にしている為に、減らないと言うのも有るが。食べないと勿体無い。
お風呂に関しては、衝立はトイレ用のを使って、満天の星空の下のでお風呂となった。流石にそれなりに暖かいので、耐えられる。ちょっと体を洗う時には寒いが、家でお風呂に入るよりはましな気がする。
丁度ティアナがお風呂の順番待ちをしていたので、声をかける。話題は、フィア達と同じ今後の不安に関してだ。
「元々このパーティーに合流したのは、生活環境の為よ? そう言う意味では劇的に改善されたし、これからも改善される目途も立っているわ。その上で何を不安に思う事が有って?」
「んー。結構見慣れない設備とか、用途不明な物を『リザティア』で見たと思うけど、そう言う部分も気にしないのかな?」
「あのね、貴族なんて隠し玉なんて幾らでも持っているわ。あのお父様でも自領だけの何かは持っていた。リーダー、貴方はその引き出しが多いと言うだけよ? それは喜ばしい事で有っても、不安に思う事は無いわ。貴方が言ったのでしょう? これから私達の未来を、幸せな未来を考えるって。それを信じるなら不安に考える事がそもそも信用していないと言う話になるんではなくって?」
少し呆れ顔で言いきられる。
「そっか。いや。あんまり見慣れない物の山で不安になってないかなときになっただけだから。そう言う意味で気にしていないなら大丈夫」
「ふぅぅ……。確かに何も知らない間柄ならば不安に感じる事も有るかも知れないわね。でも、貴方はきちんと信用を信頼関係を結んできた。それは自負しているでしょう? 私は少なくとも貴方が積極的に私に不利な環境を作らないと信じている。これで答えになって?」
「分かった。ごめん、変な事を聞いて」
「いいえ。私達の事を思って聞いてくれているのだろうとは分かるわ。でも気にし過ぎよ。そんな生き方だと、疲れるわよ。もう少し肩の力を抜いて、私達を信じなさい。貴方が私達を信じるように私達も貴方を信じているのだから」
そう言って微笑みながら、私の肩を叩き、ティアナが風呂の方に向かう。いつも通り男前な事で。信頼かぁ。重たいね。まぁ、背負うと決めたからには背負うけど。しかし容赦無いなと、苦笑は浮かぶ。
ドルはテントにいるようなので、声をかけて中に入る。質問も同じだ。
「俺も技術者だ。技術には無限の先が有る。それは理解しているつもりだ。今理解出来ない事でも、将来は当たり前になる。そんな世界はごまんと見てきた。それを考えれば何を不安に思う?」
ドルが何を当たり前の事を聞くのかと言う顔で聞いてくる。
「だよねぇ。まぁ今回はそれでも数が多かったから何か思う事は無いかなって」
「リーダーが俺の知らない事を知っているなんて初めから分かっていた話だ。それを呑んで今ここにいる。もう呑んだ話だ。気にする必要も感じん。そっちも気にするな。話はそれだけか?」
「うん。そうだね」
「では、寝る」
ドルはそう言うと、手を振って毛布に潜り込む。ドルも問題無しか……。まぁ元々技術者だし、技術に関しては割り切っているか。
ロッサを探すと、風呂上がりで涼んでいるのか、テントの前で佇んでいた。また同じように聞いてみる。
「不安……ですか? 良く分かりません。私は何が実際に凄いのかすら分かっていません。ただ、凄いなと思っているだけです。元々リーダーが凄いと言うのは分かっていましたので、それに関して驚きも不安も無いです」
「そうなのか」
「それにリーダーは将来の幸せを一緒に考えてくれると言ってくれました。実際に今、あたしは幸せです。幸せと感じています。これからがどうなるのかは分かりません。でも、リーダーは私達が幸せになるように動いてくれています。その上で幸せになるかならないかはあたしの、あたし達の問題だと思います」
あぁ、この子もきちんと自分を持てたか。自分の意思で幸せになろうとしてくれている。それだけは救いだ。本当に良かった。
「分かった、変な事を聞いてごめん」
「いえ。答えになっていたら良かったです」
そう言うと、テントに潜り込んでいく。ロッサも不安は無しか……。
リナはそもそもこちらの価値が分かっているので聞くだけ無駄か。結論としては、男爵業をやるに当たって、仲間達は私が突飛な事をしようが関係無く一緒にいると。はぁぁ、見込まれたもんだ。頑張るしかないか。責任重大だな。
風呂が空いたようなので、入ろうと思ったが、レイが出てきたので同じ質問を投げてみる。カビアは計画の段階から知っているので聞く必要も無い。
「なるほど。老骨の話と思い、聞き流して下さい。その不安は恐らく男爵様ご自身のご不安でしょう。信じてもらえないかも。離れて行ってしまうのかも。そう言う思いの発露も一部含まれているかと思います。どうぞ泰然自若と構えて下さい。貴方は為政者です。道を指し示す者として、自信を持ち先導し、正道をお進み下さい」
「あー。そうか。私の問題かぁ。ありがとう。助かった」
「いいえ。老骨の戯言とお思い下さい。では」
そう言うと、レイは去っていく。
順番の最後なので、風呂に浸かる。ぼーっと結果を考える。あぁ、そうだよな。レイの言う通り、結局は私の不安を皆にぶつけただけか。ふーむ。反省しよう。リーダー失格だな。為政者は前を走る事しか出来ない。フォローはするけど、何処まで行っても皆に不安は付き纏う。でもその不安は私が解消しないといけない話だ。それぞれの不安を咀嚼して、解決するのがリーダーの役目だ。あぁ、間違っていた。
風呂を出て、リズのテントに入る。タロと一緒に寝るリズがそこにいた。もうタロもそこそこ大きくなって潰されたりはしない。でも怖いのでそっと抱えて、箱に戻す。
色々反省頻りだけど、飲み込んで前に進むしかないか。リズとの幸せな未来の為にもそうするしか無いし。もう答えは出ているのに、それを改めて探していただけだ。うん。もう、迷わない。
毛布に潜り込み、色々と皆との話を反芻しながら、ゆっくりと眠りに落ちて行く。どうすれば、もっと皆が幸せになれるか、それを考えながら、意識を失った。