第244話 これからの話~ロット、チャットの場合
狩り組が鳥とウサギを狩ってきてくれた。ウサギは偶々顔を出したらしい。
「ロッサが抜き打ちで狩ったの。凄く早くてびっくりしたよ」
「鳥は精度がいりますが、ウサギはすぐ逃げるので、急いでいました。恥ずかしいです……」
相変わらず褒められ慣れていないロッサがリズに褒められて照れている。
山羊の乳も買った分が有るので、それでミルクシチューでも作ろう。流石に寒くても傷みそうだ。『認識』先生が傷んだ山羊の乳とか言い出したらまずい。この腐敗と発酵の境も私の主観で分けているんだろうなとは考える。
鳥に関してはそのまま捌いてもらう。ウサギは1羽だけなのでタロに渡して、残りはシチューかな。当たればラッキーな感じで良いだろう。元々1羽ではこの人数分はまかなえない。
玉ねぎやニンジン、かぶ、バター等は飯場の食堂で分けてもらえた。バターを熱して、野菜を炒めていく。水分が出たくらいで鳥とウサギを投入し表面に色が着いたら、小麦粉を混ぜて馴染ませる。全体が均等に混ざったら、山羊乳を投入して蓋を閉める。後は灰汁を取りつつ待つだけだ。
『タロ、ウサギだよ』
皿に捌いたウサギを乗せて、タロの前に置く。初めての匂いにしっぽは猛烈に振られている。
『うさぎ?うさぎ!!』
匂いは伝わるのか、クンクンしながらも涎が若干垂れている。待たしても悪いので良しをすると飛びかかる。
『うさぎ!!うさぎうまっ!!うさぎ、すき!!』
懸命に食いちぎりながら、喜んでいる。骨も鳥程は脆くないし、大腿骨は齧る為に渡そうか。出汁を取るには人数に対してちょっと少ない。
こうやって色々な物を食べさせてあげられれば良いなと健やかな成長を望んだ。
そう思いながら、鍋の様子を見て、灰汁を掬う。山羊の乳の若干独特の甘い香りを漂わせた湯気が立ち上る。底が焦げ付きそうなので、弱火でしっかりと底から混ぜる。
カビアを除き、皆レイに馬のマッサージを習ったようで、マッサージ地獄の手伝いをしている。カビアは政務資料をまとめてくれている。
馬の樽の水を補給したり、鍋を見たりと行ったり来たりしながら、昼の準備を進める。暫くして、塩胡椒で味を調える。
匂いに釣られてか、皆が寄ってくる。まぁ、少し早いけど、そろそろ良いかとカップを集めて注いでいく。
「朝は忙しかった分、少し休憩は長めに取ります。では、食べましょう」
焚火に車座になった皆でシチューを食べる。うさぎの肉から甘みとコクが出て、乳とも相性が良い。鳥も柔らかく仕上がっている。噛んだ瞬間のじゅわっとした肉汁とスープが絡むと幸せだ。
こちらに来て、中々乳製品を摂取する機会は無かった。タロの小さな時に処分する湯煎した乳を飲んだ程度か。飲んだと言ってもコップに少し程度しか残らない。そう考えるとがっつりとしたミルクの味は久々だ。
この世界でも、風邪の時等はパンや大麦を乳で柔らかく炊いて食べたりするので、ミルクシチューには抵抗は無い。
「ん、お肉の味が違う! 甘い。ウサギかな、これ?」
フィアがウサギにヒットしたか。
「微かにウサギの香りがしますし、味もそうなんですが、なんでかお肉は違うんですよね……」
チャットは当たらなかったか。
「美味しければ良いじゃない。何だか懐かしいわね、こう言う形のシチューは。最近中々食べる機会が無かったわ」
ティアナが嬉しそうに呟く。
山羊も牛も基本的には乳目的では無く、食肉目的だ。ミルクシチューは機会が無いと食べられない物では有る。
皆おかわりしていき、鍋が空になった頃には温かい溜息を吐いていた。
食休みと言う事で、馬も飼い葉や飼料を食べて、のんびり寛いでいる。私は明るいうちにと、馬車に戻って資料の続きを確認する。
タロにウサギの骨を与えたら玩具はそっちのけになってしまった。代用品だからしょうがないけど少し寂しい。
暫く経つと自然と皆が集合してきたので、そのまま出発となった。レイも皆が手伝ったので少しはのんびり出来たようだ。緩やかにスピードを上げて、また先に進む。
久々の竹林に入り2度程の休憩を挟み、野営地に到着する。昼の分の鳥が残っているので、狩りと採取は無しとなった。竹林なので、ほとんど狩れる対象も採取する対象も無い。薪も期待出来ない。
まぁ、ついでにと細身の竹を数本切って馬車に積み込む。
「あれ? 何に使うの?」
リズが積み込む姿を見ていたのか聞いてくる。
「あぁ、ちょっと実験に使おうかと思って……」
そう言うとリズの目が輝く。
「いや。そんなに大したものじゃないよ?期待しないで。本当にちょっとした思い付きだから」
ろ過装置と竹馬でも作ろうかと思ったが、どうにも食いつきが良く困った。竹馬くらいならこの世界でも有りそうなのだが、無いのが不思議だ。
取り敢えず、訓練用具と伝えると興味を失ったので良かった。
夕飯は鳥のスープと携帯食となった。食後にお風呂の準備を進める。順に入りながら、後片付けを進める。今日の担当はロットだったので、フィアと同じように今後について確認する。
「ロット、出来始めている男爵領を見た訳だけど、何か心境の変化とかって有るかな?」
「具体的に何を意味しているかは不明ですが、特に何かの変化は有りません。強いて言えば、想像を超える状況になったなと言う思いですね」
「想像?」
そう聞くと、片付けの手を止めて、こちらに向き直る。
「元々指揮個体戦での指揮能力や発想に興味を持ったのが始まりです。しかし、その後のパーティーの運用や子爵様との調整など追えば追う程に私の想像を超える状況になっていきました。そう言う意味で非常に今後を楽しみにしています」
「んー。不安になったりはしないのかな?」
「不安ですか?そうですね……。この稼業は未知への不安に関して常に付き纏うものです。現状はそれ以上に興味の方が大きいです。そう言う意味では、特に不安は感じませんし、何かが有ったとしても自分の責任と考えます」
「まぁ、責任は責任者である私が負うものだから別に気にしなくて良いよ。そっか。分かった。ありがとう」
ロットも特に現状に不安は無しか……。元々こちらに興味を持って近付いてきたのも有るし、そう言う意味では、その目的を常時達成している訳か。ふむ。特にフォローの必要は無さそうだ。
そこからは海に着いてからどうしようなど、当たり障りの無い会話に終始した。
後片付けが終わり、ロットも風呂へ向かう。
お風呂待ちのチャットを見かけたので、ついでに同じく聞いてみる。
「そうですねぇ。元々研究職としての未来を考えてこのパーティーには参加したんですけど、今はそれ以上にリーダーの行動が面白いとは感じています」
「あれ?そっかぁ。でも良く分からない事をしているって言う不安とかは無いのかな?」
「不安ですか?まぁ町なんかでも、見た瞬間は良く分からない事も有りますけど、聞けば教えてくれるので特には有りません。良くそこまで考えはるわ、とは思いますけど」
チャットがそう言って、若干苦笑いを浮かべる。
「そっか。分かった。ありがとう」
丁度そのタイミングでロットが衝立から出てきて、チャットが呼ばれる。そのまま見送り少し考える。ロットとチャットは現状に満足か……。結構常識外れな事をしている自覚は有るけど、皆すんなり呑み込むなぁ。まぁ、過酷な世界だから、そもそもの部分を気にしていたら生き辛くなるか。そう言う意味では、皆、素直な生き方をしている。
お風呂も順当に進み、リズがタロを連れてほかほか状態で出てくる。タロは旅に出てから久々にお風呂中に寝てしまったようだ。
「あれ、タロ寝ちゃったの?」
「うん。やっと旅に慣れてきたのかも。あ、お風呂、ヒロの番だよ」
「ありがとう。冷える前にテントに入ってね」
そう言うと、リズが頷きながらそっとタロを抱えてテントに向かう。
樽に浸かりながら、ロットとチャットの事を考える。二人とも元々私が目的でパーティーに参加したメンバーだ。ティアナとドルはちょっとだけズレるのかな。生活の為の部分が大きかったし。ふむ。あの二人は少し違う意見を持っているのかも。ちょっと楽しみだな。
茹る前に上がり、後片付けをしてテントに戻る。
タロは箱の中で丸くなって毛皮の中に埋まっている。リズも毛布の中でうつらうつらしていた。抱きしめている湯たんぽを抜き取り、足元に移動させる。
「あ、ヒロ。あぁ、寝ちゃってたかな?」
足元をいじった際に、起きてしまった。
「少しうつらうつらしていたよ。旅の途中だから疲れていると思うよ。待たなくても良いから先に寝れば良いのに」
「んー。中々二人きりになれる時間も無いから、出来れば一緒にいる時間を大事にしたいな」
リズが上目遣いでそう呟く。
「ごめん、旅や遠征中はリズを蔑ろにしちゃってる。そこは反省する」
「ううん。頑張っているのは分かっているから大丈夫。皆を先導しないといけないし。でも、あまり無理しないでね。それは心配」
そう言って、頭を撫でる。優しい感触に心の中が温かい思いで満たされる。
「ありがとう。負担はかけちゃうけど、信頼している。好きだよ、リズ」
「私も。さぁ、寝ようよ。明日も早いでしょ?」
リズが毛布を開けてくれたので、冷えないよう急いで潜り込む。抱きしめ合い、お互いの熱を感じながら、徐々に意識を失っていく。明日は晴れると良いな……。