第241話 色々なお節介もおっさんの特権です
馬車の移動に関しては特筆すべき点は無い。レイは湯たんぽと一緒にぬくぬくと御者をしてくれている。私は現場で貰った資料を積み上げながら読む羽目になっているが。
この世界、明確な建築法は無いが、実際の建築は領主が方針を出して商会がその方針を守る流れになる。
建築者側の言い分として、『リザティア』の裏路地がややこしいんじゃないか?と言うのが問題として挙がってきている。
これには訳が有るので是正は出来ない。日本でもそうだったが、裏路地は庶民の為の経路だ。住人は勝手にショートカットを編み出すと考える。
また、ややこしいと言うより、入り組んだ設計にしている。仮に何者かが大軍で攻めてきた場合も、朱雀大路は左右の堅牢な建物から狙い放題だし、路地に入り込んだ敵兵は斥候職とセットにした集団で各個撃破の的になる。しかし、将来王家が攻めてくるのを想定していますなんて冗談でも言えないので、どう言い包めようか迷う……。
魔物の集団が攻めてきた時の対策ですとでも公式発表してお茶を濁すしかないか……。
書類に回答を書き、署名する。封筒に入れ、封蝋に押印し、カビアに渡す。宛先は建築総責任者で良い。カビアにも簡単な説明はしているので、そのまま封筒をしまっている箱に分け入れていた。
しかし、開明派の書類はまともに読もうと思って分けてもらったが、融資するか融資して欲しいかどちらかの案件が多くて閉口だ。金の有る所はバブルの根っこに影響力を及ぼしたいし、金の無い所は無尽蔵とも言える予算を目当てに領地への融資を懇願してくる。どっちも無下に出来ないのが面倒臭い。
「カビア。融資関係の話に関して、公爵閣下から何か話は貰っているかな?」
「受けるにせよ、断るにせよ、間には入ると仰っていました。今回の件は言い方は悪いですが、撒き餌です。どこが無茶を行ってくるのか見定めるのが狙いでしょう」
あぁ、爺ちゃん、ちゃっかりしてんな……。まぁ、この世界にも鳥相手の撒き餌猟は有るからそう言う表現になるのか。
「読んでいる限り、ここからここまでが融資関係の書類になりそう。美味しい利権が有るならそれと交換も出来るけど、相手が分からないから手の出しようがない」
「その辺りは大丈夫です。貴族との付き合いは、実際に町が出来て政務が回り始めて、顔合わせをしてからが本番です。それまでは挨拶代わりですので、気にしたら負けです」
はぁぁ。こっちが状況を分からないのを前提に送って来ていると。ちょっと付き合いを考えるべき相手だな。
「分かった。この書面の貴族に関しては別途まとめておいて欲しい。どうせ領地を正式に開ける際に挨拶には来るんだろうからその時にきちっと話はするよ」
「畏まりました。対応致します」
まぁ、嘗めた対応をされた分の仕返しくらいは考えても良いだろう。手紙の束をカビアに渡すと何かのメモを付けて紐で括り、箱に仕舞う。閻魔帳的なメモじゃ無ければ良いけど。
書類を読むのに疲れた目頭を押さえていると、馬車が緩やかに速度を落とす。
「そろそろ休憩場所となります」
レイの言葉が馬車に響く。今回は飯場で乾燥ハーブティーが仕入れられた。それでも飲むかと、白磁っぽい表面材質でティーポットを作る。まぁ、色は相変わらず御影石だが。蓋は別で作り、嵌めてみるが若干採寸が緩い。まだまだ精度が低いなと苦笑が零れる。
荷物からお茶の木箱を取り出し、匙で葉を投入する。完全に止まったのを確認し、ポットにお湯を注ぐ。馬車を降り、馬用の水を生む。皆が体を動かしストレッチをしているのを見ながら、キリの良いところでカップを用意してもらう。
「ん?お昼には少し早く無い?」
フィアが疑問を投げかける。
「レイが寒空の下で御者をやっているんだから、温かい飲み物くらい用意するのは当然だよ。皆にはおすそ分け」
そう言いながら、レイの厚手のカップにお茶を注ぎ手渡す。レモングラスに似た爽やかな香りが印象的な葉だった。
「これは。いつも白湯を頂いておりましたのに、このような心配りまで頂けるとは。申し訳御座いません」
「いやいや。御者をお願いしているのはこっちなのだから、気にしないで。温まって欲しい」
「ありがとうございます」
レイが深々と頭を下げるのを止めて、皆のカップにも注いでいく。
「良い香りね……。こんな物が建築現場でも手に入るなんて、子爵様の所の余力って凄いわね……」
ティアナが変な所に感心している。まぁ、確かに雑貨屋で売っているお茶もそう種類は無い。『リザティア』絡みの人間が多いとは言え、良くこれだけ色々と取りそろえる。
「あぁ、そうか。隊商が置いて行っているのか……」
ふと気づく。あそこを通る隊商は誼を結びたがっている。だから色々在庫が充実しているのか……。謎が一つ解けた気分だ。
「お茶なんて久々です……。美味しいです」
ロッサが両手でカップを持って温まりながら、少しずつ啜る。
「この香りが気に入ったんだけど、飲める? 大丈夫?」
「はい。好きです」
ロッサが花が綻ぶように微笑む。それをドルがぼぉっと見ているのに気付く。リズにティーポットを任せて、自然にドルに近付く。
「ロッサはお茶が好きなようだ」
ドルの耳元にそっと呟く。ドルがびくっとする。
「飯場の購買に売っていた。ティーポットは用意する。後は分かるな? 焚火で湯を沸かすのは夜番なら当たり前だし、自然な行為だ」
そう言うとドルがこくこくと頷く。んー。この世界の住人は、苦労している同士なのかあまりこう、気遣いをし合うと言う習慣が無い。優しい素振りに滅法弱い。告白したなら、押していかないと。
馬の水が減った分を足していく。飼料を食べた馬達がわらわらと集まってくる。もう大分仲も良くなったようであまり気にせず近付いてくれる。撫でると気持ち良さそうに顔を近づけてくるが、舐められるのは避ける。
何度か補給を行い、全ての馬が満足したところで移動再開となる。
「温まりました。お気遣い頂き、ありがとうございます」
レイが再度感謝してくるが手を振って遮る。
「いや。本当に構わないよ。いつも世話になっているのは私達だから。些細な事だし、気にしないで」
そう言って肩を叩き、皆を馬車に誘導する。背後では深々と頭を下げるレイの気配を感じていた。律儀な事で……。まぁ、だからこそ信用している、大事な部下だ。