第239話 子供は子供で分ける方が良いです、差別では無く区別です
再度、歓楽街に戻り、先程の遊戯施設と意図を踏まえて、土台を見ながら説明していく。色々と意図が有っての配置に皆納得してくれる。色事や酒場の近くには難易度の高めな大人な遊びを、逆に教会や公園等の周辺には若年層向けの遊びを。
教育はこれからではあるが、まぁ小さな頃から悪い遊びを覚えるのもあれなので、ある程度仕切りは設ける。子供はここまでしか入ったら駄目だよって感じかな。それでも入る子はいるだろうけど、まぁそれも社会経験だろう。
「少し、過保護じゃないかしら?」
ティアナが言う。実際ノーウェの町を見ても、雑多だ。ただ、歓楽街に関しては少し違う。
「んー。賭け事とかちょっと子供の責任だけだと危ない物が有るしね。成人してしまえば自分で責任が負えるけど、子供にそれを負わせるのは無理だから。そう言う意味では、この歓楽街はやっぱり特殊だよ」
「そう言う物かしら。綺麗な物も汚い物も見ないと分からないわよ?」
「うん。分かっている。綺麗事なのも重々承知している。それでもまぁ、保護される間くらいは綺麗な物、楽しい物をなるべく見て欲しいなと言うだけだよ」
そう言うと、ティアナが考え込みながら、渋々な感じで首を縦に振る。はは、厳しい。まぁ、現実なんて大人になったら嫌って言う程見なくちゃならないんだから、子供の時くらいは夢を見ても良いと思うけど。
「でも、僕たちは大丈夫だよね?遊べるよね」
フィアが明るい声で言う。
「もう成人しているから、お好きなように。あまり羽目は外さないようにね。故郷でもゲームや賭け事に依存して身を持ち崩す人なんて幾らでもいたから」
「僕は大丈夫だよ!ロットと添い遂げるって決めたからには、持ち崩す事なんて無いよーだ」
フィアが頬を膨らませて言う。
「うん。大切な人がいるなら大丈夫だよ。誰かを悲しませたくないって思うだけでもきちんと心に抑止が働くから。思う存分楽しんだら良いよ」
そう言いながら、歓楽街から離れる。空を見る限りは明日も晴れそうと言うのが皆の意見だ。ただ、冬場なので、雪になった場合はどかっと降るので注意が必要だ。南に行っている間は良いけどいざ戻ってきたら雪道でしたも有り得る。立往生は無いにしても、スピードは落ちるだろう。
『リザティア』側に戻り、飯場の在庫を売ってもらう交渉を始める。食料に関しては余裕を見ているが生鮮食料品に関しては若干補充をしたい。飯場側も仕入れは余剰に行っている為、交渉はまとまった。飯場の責任者と話が出来たので、少し町の周りに関して話を聞く。やはり飯場が一番長くこの町で根付いている。情報も集まる。
「東の森からの影響は無いですか?オークが出てきたりゴブリンが攻めてきたりそう言う状況も覚悟していたのですが」
「いえ、有りません。冬前に襲撃が有るかと兵隊さんは警戒していたようですが、何も無かったです」
責任者は答える。こちらの考え過ぎなのだろうか。実際にオークと戦ってみて、知恵が回る相手と認識した。目と鼻の先に町を作られるのは面倒と見て事を起こすかと思ったが、それも無しか……。『リザティア』として動き出したら、冒険者ギルドと一緒に斥候団を派遣して、調査すべきか……。
「オークが動くと見て御座るか?」
リナが聞いてくる。
「確証は無いよ。ただ、馬鹿じゃない相手と考えると、静観しているのがちょっと気になる程度かな。まぁ、魔物ですし、何考えているかは分からないですけどね」
そう言って笑って、責任者との話を切り上げる。
人のいない食堂に座り、皆とも話をしてみる。
「実際戦って、そんなに人間と変わらない考えを持っていた。ここに人間の拠点が出来れば、結構面倒な事になると分かりそうなんだけど、動きが無いんだよね……」
「斥候を定期的に出すと言う思想が無いのではないでしょうか。何と言いますか、戦場での戦術は見る物が有りますが、そこまでの準備の部分に弱いと言いますか」
ロットが考えをまとめながら言ってくる。ふむ……。戦略、兵站の部分か……。確かに北の森でも補給がまともに機能していた形跡は無かった。武器に関しても整備出来ない状況だった。戦略として大きな絵は描けない種族なのか?甘く見る訳では無いけど、少し頭の片隅に置いておこう。無闇に相手に高い評価を付けるとそれはそれで自縄自縛になる。
「某が相手をした際も、闇討ちで相手の首魁を殺しただけで御座る。後は散り散りになったので野垂れ死ぬと見て御座ったが……」
そう言う場合に、物資を持って集まって、どこかに戻っていっていそうな気がする。そうじゃ無いと、戦術を練る事は出来ない。
何というか、開拓団が各所に配備されているような感じがする……。んん?開拓団は有り得そうだな。人間に置き換えれば生存圏の拡大が目的だ。そう言う意味ではあの200あまりの集団は北の森への第一次派遣団と言う訳か。何と無く絵が見えてきた。
「きっと王都のように何処かに大規模な町や設備が有って、そこから人員を集めて居住区域を広げている感じなのかな?そう考えると、辻褄は合うかな」
「東の森のオークに関しては、要は居住はして生存範囲は広げるけど、勝手に戦いを仕掛ける権限が無いから攻めてこないって言うのかしら……。それって、人間の思考よ?」
ティアナが眉根に皺を寄せながら言ってくる。きっと言っている事は的を射てる。人類なのだから、考える事は一緒だ。
そう言う意味では、早めに東の森が居住に向かないと言うのを理解させないと、どんどん広がられそうだ。
「まぁ、相手を侮っても良い事は無いし。ここに住み始めたら、隣人だ。しかも狩るか狩られるかの隣人となる。色々備えは必要になるね」
そう言うと皆が頷く。まぁ、今現在での被害が無ければそれで良い。これからの話はこれからの話で考える。最悪ノーウェの力を借りての殲滅も視野に入れる。
まぁ、たらればの話だ。この程度にしよう。
「さて、補充も完了したし、今日は早めに準備をして、ゆっくりと寝よう。昨日は酷かったよ」
苦笑しながら言うと、皆が笑う。
「リーダーが煽るからじゃん」
フィアが突っ込んでくる。
「まぁ、中々楽しい時間と言うのも無いからね。偶にはと思ったけど、まぁ仕事中だから程々にすべきだと痛感したよ」
再度の笑いが起こる。
「それじゃ、用意に向かおう。明るい内に済ませて、明日は早めに出よう」
まだ日が暮れる時間には有るが、野営の準備を済ませていく。薪も多めに買ったので今晩分は十分に有る。周囲もまだ、馬車は有るが野営の準備までは行ってはいない。
食事は飯場で済ませる予定なので、順にお風呂を済ませていく。少し野営場所から離れ、衝立を用意し、順番に入っていく。
昨晩はバタバタして入れなかったので、皆嬉々として入っていく。
「ふぅぅ……。明るい中でお風呂言うんも初めてな気がします」
チャットがふわっと石鹸の香りを漂わせながら言う。
「ランタン頼りだからね。衝立って言っても隙間は有るから、光は入ってくるかな」
「はい。そこまで密閉されるもんではないんで、明かりは入ってきます。微かですけど。それが幻想的と言うか、綺麗です」
「そっかぁ。ちょっと楽しみになってきた」
「はい」
チャットが微笑む。
最後にタロを連れて入る。衝立の中はほの暗いが、日の光が隙間から入り、見えなくはない。ランタンの蝋燭を消して入る事にする。タライにお湯を生み、タロを浸ける。
『へんなにおい、ない、でも、きもちいい!!』
温泉と少し違う感覚は有るのかな?もにゅもにゅと揉み洗ってあげる。毛も大分伸びてきてふさふさだ。
『あ、あ、きもちいい……』
筋肉も結構付いてきている。きちんと成長しているんだな……。
ふにゃっとした顔でタライの縁に顎を乗せて、だらっと四肢を伸ばす。顎だけでぷかぷか浮いている。器用になっちゃったな……。
引き上げて、端切れでしっかりと拭いていく。まだブルブルと体を振るう事はない。いつ覚えるんだっけ。飼い犬の時の事はうろ覚えだ。
湿っていないか確認し、衝立の外に出る。
「リズ、後は頼めるかな?」
「ん。大丈夫。受け取るね」
そう言ってタロを引き取って、テントに向かう。
私はそのまま衝立に入り、樽にお湯を生む。まぁ、この状況も風情が有る。そう思いながら体を洗い、樽に浸かる。しかし、温泉が湧いたのに、樽でお風呂に浸かっている状況に苦笑が零れる。
「あぁ、広いお風呂に入りたいな……」
久々に独り言が口から零れる。
樽を出て、後処理をした後、空を見上げると、大分太陽が沈み始めていた。まぁ、日頃だとそろそろ野営の準備か。
そう思いながら、朝と同じ班で分けて、食堂に向かってもらう。
待っている間に、焚火の調整を行う。煮炊きをする訳では無いので、夜番が最低限の暖が取れる規模に調整する。
「また、海だね」
リズが後ろから囁く。
「ん?美味しい物期待している?」
「そう言う訳じゃ無いけど。色々な所に行くなって」
この世界の住人は、自分の村の中だけで人生が完結する事も有る。そう言う意味では色々な所に行っているか。
「楽しくない?」
「楽しいよ。うん、それも幸せなんだね」
リズが目を閉じて、何かを思い浮かべる表情をする。
「そうだね。美味しい物や、新しい物、出会い、分かれ、色々体験出来るから、楽しいし、幸せだと思うよ」
そう答えると、リズが横に座り寄り添ってきた。
「幸せに……してくれる?」
「そう約束したから。それに幸せにしたいから、幸せにするよ」
そう言って軽く口付ける。そこからは『リザティア』や歓楽街に関する雑談になった。気を使ってくれたのかドル達も遠くにいたのに寄ってくる。
「男爵様、書類が出来ました」
カビアが朝の件を含めて何枚か書類を持ってきてくれる。上総堀りの作業者への褒賞はノーウェに任せちゃう内容か。まぁ悪いようにはしないだろう。日本だと石碑とか建てちゃいそうだけど。
内容を確認し、署名をして、封蝋に紋章を押す。夕ご飯の際に持って行けば良いか。
そう思っていると、先に出た組が帰ってくる。
入れ替わりに食堂に向かう。カビアに書類の処理を任せて、その代わりに食事の用意をこっちで引き取る。
食堂に入ると、今日の仕事が終わった作業員達が食事を楽しんでいる。隅の方で上総掘りの作業者達が楽しそうに酒を飲んでいる。良かった。言った通り動いてくれたか。
安心して席に座ると、カビアも丁度来たので食事とする。
『イノシシ、うまー!!』
タロの夕ご飯はイノシシだった。
私達もイノシシのソテーを楽しみ、野営場所に戻る。後番に当たるので、前番のフィアを残し、テントに潜り込む。湯たんぽへのお湯は提供済みだ。
「うー、贅沢って一回覚えちゃうと、我慢出来ないね」
そう言いながら、リズが湯たんぽを抱きしめる。
「はは。しょうがないよそれは。でも、火傷しないでね」
湯たんぽを抱いて温まったリズを抱きしめて暖を取る。真冬の夜、テントの中でも温かな一時を過ごせる事に少しだけ幸せを感じた。