第238話 建築現場なのでやはり事故は起きます
そろそろ良い時間なので、昼ご飯にしようと言う話になった。そのまま飯場に向かう。そこそこ混み合っている中で皆に席を確保してもらう。プレートを持って、席に着き、温泉の話で盛り上がる。
がやがやと聞こえて見てみると、責任者の人達がまとめて入って来た。何かの会議だったのだろうか?ふと見知った責任者と目が合うと、彼が耳打ちして一際立派な服装の男性が向かってくる。
「初めまして。男爵様。私当現場の総責任者を務めておりますユレーアと申します。今後ともよろしくお願い致します。」
目礼の上、名乗ってくれた。おぉ、総責任者なのか。一番偉い人だ。
「初めまして。アキヒロ・マエカワです。どうぞ力を抜いて下さい。時間が有れば現場のお話など聞かせて下さい」
そう言いながら、席を移動する。簡易ランチミーティングみたいなのが始まった。お互い食事をしながら、進捗や考え方などを話し合っていく。
順調そうに見える現場だが、やはり怪我や失敗は結構な数が発生しているようだ。怪我も神術士で処理出来る内容で済んでいるが、一つ間違えば大事故につながりかねない。そこは安全策をこちらで考えられる範囲は伝えておく。簡易な着脱式の命綱の導入とかそう言う話だ。
「膨大な注釈を頂きましたので、イメージはかなり湧きましたが、やはり作って初めて理解する事も多く、試行錯誤ですね。特に温泉宿に関しては色々と工夫が盛り込まれておりましたので、唸るような事も多いです」
現代の温泉宿の動線をイメージして設計は起こしたので、色々この世界の常識とは違うとは思う。ただ、数百人規模の宴会でもスムーズに進行させるには現代知識の導入は必要だった。そうしないと冷え冷えの料理を提供する羽目になる。
「それに設計に関しても、必要なのかと半信半疑で組み込んだ柱が過重の分散に使われるなど、本当に驚きました。元々建築家だったのでしょうか?」
「いえ、建築関係は素人です。仕事の都合上、建物の設計等は数をこなしていますので、そう言う意味では設計に反映されているかも知れません」
そんな感じで話をしていく。半信半疑でもきちんと設計通りに作ってくれているようで安心した。こちらの常識に囚われて抜かれたら、過重に耐えられない可能性が出てくる。
試行錯誤の部分は今後のこの国と言うか、ロスティーとノーウェの関わる建築関係に大いに貢献してくれる筈だ。こう言う所でもちょっとずつ恩は売っておく。
「土台部は完成した建物が増えてきました。後は実際に上を建築していくわけですが、やはりここから事故は増えるでしょう」
若干沈痛そうな面持ちでユレーアが言う。実際の現場でも高所作業が増えれば、甚大な被害が発生する可能性は飛躍的に上がる。
「今までが急ぎ過ぎた部分も有ります。作業の一つ一つの確認を怠らず、注意を払って事故は未然に回避して下さい。少々の遅延は已むを得ません。建築現場の、後の利用者の人命が第一です」
そう言うと、ユレーアの顔も少し穏やかな顔になった。焦っても何も良い事は無い。工期は工期で有るが、予算で調整出来る範囲であれば延ばしてでも人命や建物の精度が優先だ。流石にこれでどこかから文句を言われるなら、表に出るしかない。
「その辺りの書状はこちらで用意します。都度、子爵様に申請をお願い出来ますか?」
カビアにこの件を了承する旨を文書にまとめさせる。これで工期の都合は総責任者側で調整可能になる。
「助かります。その分、事故無く、完璧な物をご提供出来るよう尽力致します」
そう言って深々と頭を下げられた。
「お気になさらず。人命は尊いですし、建物はこの先何十年、何百年と使われます。その礎を築いてもらっていますので。そこはきちんと後ろ盾します」
にこやかに告げると、やっと安心した顔になった。そこからはこちら側の建築技法や今回の建築にまつわる面白裏話などで盛り上がった。責任者の皆も張り詰めていたのが霧散して良かった。やはり重責なのだろう。
そんな時間を過ごしていると、食堂の人から声をかけられた。カビアに頼んだ鶏頭を煮た物が出来たらしい。ザルに乗った物の嘴を潰すと指で簡単に崩れる。この世界も圧力鍋は無いが調理時間短縮の為、ダッチオーブンのように蓋の重さを上げて圧力をかける工夫はしている。それなりの時間だったが、ここまで柔らかくなっているなら大丈夫かな。
「それは何にするの?」
リズが聞いてくる。ちょっと目が合ってグロイ感じの物体だが、タロには大切な物だ。まぁ、こっちの世界の人は鳥の頭なんて見慣れているか。
「最近、旅に出てからタロに骨をあげていなかったんだ。あれも成長に重要なのだけど、新鮮な物が手に入らなかったから。なので、今回ちょっと別の物を用意したんだよ」
触った時にまだ熱かったので、ボウル状の物を作り、冷水を生み、ザルを入れて冷ます。そのまま水を外に捨てて、ボウルに鶏頭をあける。
「タロ、待て」
タロの前にボウルを置く。
『とり?ちがう?たべるもの!!』
待てと言うと、食べ物が食べられると言う認識が学習されている。しっぽはゆるやかに振られている。
「タロ、良し」
そう言うと、鶏頭の水煮を食べ始める。シャクシャクと言う音をさせながら食べている。骨も薄いので、十分ぐずぐずになっているようだ。これなら喉に刺さる事も無いだろう
『ふぉぉ、しゃくしゃく!!きもちいい!!』
歯応えが気に入ったのか、次々と食べていく。まぁ、カルシウムもやり過ぎはやり過ぎで問題が発生する。程々が良い。
『とり、におい、おなじ、でも、しゃくしゃく、おいしい!!』
ぺろりと平らげた。旅の最中は鳥を狩ったら、都度煮込むようにしよう。
食堂の人にザルを返して礼を言う。対価は既にカビアが支払ったようだ。ボウルは廃棄の箱に入れておく。
責任者の皆も食事を終えたので、解散と言う事になった。
「取り敢えず、温泉の経路に沿ってどう流れているか見てみようか?」
そう提案すると、皆が頷く。中々こんな入り組んだ水路を見る機会も無いので興味は有るのだろう。
改めて、泉源方面から、暗渠の穴から湯気が上がっている経路に沿って進んで行く。各建物に関してはざくっと昨日説明したが、改めて内容を説明していく。遊技場とかは反応が良かったが、どれだけ遊びに飢えているんだ、この世界の住人は。そう言う意味ではリナも大分染まっている。
暗渠の蓋の色は分けているので、温泉か下水かはわかる。
最終的には町を抜けて緩やかな勾配につづら折れになった貯水設備に到着する。ここで冷やされて、川に排水される。
「壮大で御座るな……」
リナが呆れたように言う。
「上下水道は都市の基幹のインフラだし、初めに作っておかないと、後で作るのは本当に面倒なんだよ」
こちらも苦笑いで返す。もし貴族になったとしても、誰かの領地を引き継ぐのは苦痛だっただろう。一から設計できるが故に了承した部分も有る。柵無く仕事が出来る機会なんてそうそう無い。
「さて、他に知りたい事は何か有る?」
そう聞くと、歓楽街の簡易遊技場に置くゲームの説明などを延々させられた。実物見て、遊んでからの方が楽しいだろうに、説明だけで楽しそうな顔を見て、あぁ、平和な時間だなと思った。