第233話 折角出るお湯なので、色々と利用したいです
歓楽街を進むと、ロットが何かに気付く。
「この溝は何でしょうか?全体的に張り巡らされているのですが」
「あぁ、これは温泉のお湯が流れる溝と川からの水が流れる下水だよ。洗濯や洗い物、体を清める際にお湯を使いたい時はそこから汲めるし、排水は川側に捨てる形になるよ」
「なるほど。態々お湯を沸かさなくても良いんですね」
「折角お湯が出ているんだから、薪が勿体無いよ」
湧出したお湯はどちらにせよ捨てなければいけない。それならば、自由に使ってもらった方が良い。ただ、夏場はちょっと暑いかもしれない。普段は蓋で暗渠にはするけど、熱気は上がるだろう。
「あの建物には建物内に湯を引くんだな」
ドルが土台しかない建物を指さす。うわぁ、言い辛い建物を指さす……。
「うーん。あれ、娼館だね。サービスの前に体を洗ってもらってからすると言うイメージかな。汚い体で触られるのも嫌かなって」
そう言うと女性陣も複雑な顔をしながら納得する顔になった。ドルは微妙な事を聞いたと言う顔をしているが、答える方の身になってくれ。
他にも数軒存在する。グレードに合わせて建てないといけないし、ちょっと勘弁して欲しいけど、宿への派遣も有るかも知れない。
これに関しては、まずはご法度にしておこう。宿に派遣しちゃうと嬢の身の安全が守りきれない。
「所々、溝が独立してますけど、あれはなんなんですか?底も浅いですし」
チャットが聞いてくる。
「あぁ、あれは足を入れるだけのお風呂だよ。疲れている時って、足がむくんだり痛んだりするよね?そう言う時に足を温めるだけでも随分楽になるんだよ。長旅をした庶民がそうやって休んでから宿に入る感じかな」
なるほどと言う顔をして、チャットが下がる。
「あの大きな敷地は何かしら」
一際大きな敷地をティアナが指さす。
「あぁ、あれは劇場の予定地だよ。ほら、地下を掘ってるでしょ。あそこが奈落になって舞台にせり上がったりするよ。王都でも有ったんじゃないの?」
「奈落?初めて聞いたわ。そんな物見た事も無いわよ?劇は好きで良く見たわよ?王都にも足を運んだわ。でもそんな装置無かったわよ」
ありゃ?こっちの世界にせり上がりの舞台って無いのか?廻り舞台や迫り出し装置の設計も出したんだが……。特許取っとくか。
「カビア、この都市の設計の特許ってどうなっているの?」
「はい。全て一旦ロスティー公爵閣下名義で止められております。もし、この都市の設計に関わる技術を流出した場合は、閣下よりの厳罰が下ります」
うわぁ、そんな事になっていたか……。預かった書類はまだ見きれていないけど、どこかに混じっているのか?それとも黙ってやってくれているのか……。
「改めて閣下の官僚団側で新技術と判断された場合は、男爵様名義で提出されます」
えー。貸しかぁ。やだなぁ……。
「ちなみに、閣下よりは使えそうなものが有れば使わせてくれとの事です」
それを聞いて吹きだした。あぁ、あの人ならそう言うか。爺ちゃんの願いだ。その程度で済むなら安い。
「分かった。後で文書が欲しい。署名するよ」
「畏まりました」
カビアからティアナに向き直る。
「えっと、奈落と言うのは、ここが劇場で、あの辺りから舞台になる。例えば、その場にいない役者や舞台装置が突然出てきたりしたら、驚くよね?」
「それは……驚くでしょうね」
「うん。要は地下から、一気に押し上げる訳だね。そうしたら舞台に突然現れる。ほら驚くでしょ?」
「あ、あぁーあ、なるほど……。そう言う事ね……。たかが劇場にそんな機能を付けるのね……」
「他にも、ほら舞台の予定地の形を見て、半円に広がっているよね。舞台が出来ると真ん中が回る仕掛けになっている。例えば、劇の最中に幕が下りて、上がったら背景が一変していた。どう、驚く?」
「はぁぁ、驚くわよ……。もう、何を考えているのかしら……。でも、面白そうね」
そう言うと、ティアナが微笑む。
他にもまぁ、民家兼屋台みたいな建物等も存在する。
それに歓楽街は夜型なので、ここで住む人間も存在する。その為に集合住宅を多めに作る。昼明るいと辛いので、逆に壁際等の安い土地が使えるのでありがたい。
また、飲食街としての機能も有るので、酒場も多い。護衛や隊商達にも休息が必要だ。飲む、打つ、買うだ。
あぁ、打つで思い出した。
「泉源の方を見に行こう」
そう言って、北に向かう。まだ壁が無いから素通りで歩いて行ける。コンクリートもどきで固められた暗渠沿いに歩いていく。
しばらく歩くと、突然壁が見えてくる。
「何で御座る?あれは……」
おぉ、客席は出来始めているか。石造りの壁を見て感心する。
「ん。中見てみようか?」
周辺で作業をしている人に話をすると、中に案内してもらえることになった。
受付ゾーンと購買ゾーンを抜けて入り口の開口部に向かう。明るくなった瞬間、目の前には広々とした馬場が見えてくる。見える範囲が問題なので、1周で約1kmここを2周で約2kmだ。競馬は全然知らないが10ハロンになるのかな?
「これは?」
「馬をここで走らせて、早い馬を当てるゲームをする為の場所だよ」
「馬で御座るか?たったそれだけの為に、この広い場所を……」
リナが絶句する。競馬なんて見てみないと分からないとは思う。
どちらかと言うと、将来の騎士団の為の練習の場として考えている。歓声の中でも集中して走ってくれるだけの胆力の有る馬が育ってくれれば嬉しい。
オッズに関しては練習状況を見て判断するしかない。儲けはまぁ、調整次第かな。確か日本の競馬で20~25%程度だった筈だ。ただ、負けても損は無い。馬群が走ってくる迫力は賭けじゃなくても見ものだ。
「まぁ、実物を見ないと迫力が分からないから。それにそれ以外は馬の運動場としても使うから、勿体無くは無いかな」
「いや、そう言う問題で御座るか?」
「安全に走る事が出来る場所って結構重要だよ?平地でも結構獣が穴を開けていて、はまって骨折なんて有り得るし。整備された所を走って体力を付けるのも重要かなって」
そう言うとリナが渋々納得した。こればっかりは見ないと何とも言えない。
「色々考えている事も有るから、大きな損は無いよ。上手くいけば整備込みでも儲けが出るかな?」
あくまでも、客寄せが目的だから競馬で儲ける必要は無い。住民には定期的に金券を渡して、金券で返す形にしよう。ガス抜き目的なので、身上を潰されても困る。領地内だけで使える金だし罪には問われない。転売防止はシリアル管理かな……。
そう言って、客席から立ち上がる。
「さぁ、目的地に向かおうか」
皆を連れて再度歩き始める。前回訪れた際には何も無かったが、大きな貯水設備が掘られている。暗渠にして、経路を伸ばして温度を下げる形だ。出るお湯の温度次第だが……。
上総掘りの機材の周りは既にコンクリートもどきで固められている。しかし、このコンクリートもどきの正体を聞きたいんだが、誰に聞けばいいんだろう。現場責任者の人で良いのだろうか……。後で聞いてみよう。
下流には水門が設営されている。ここを閉めて清掃作業を行う。泉質次第だが、湯の花が溜まる可能性は高い。定期的な清掃をしないと経路が詰まる。
と言うか、上総掘りの様子を見ていると、何と無くハムスターを思い出すのは私だけだろうか。現場の責任者に声をかけて状況を聞いてみる。
「掘った深さは先程の段階で約100mです。掘る速度としては1日で3m強ですね。上がってくる土もかなり湿った物に変わっています」
ディアニーヌは100mちょっとと言っていた。『探知』で探るが、ほぼ穴が水脈に触れようとしている。
「分かりました。そろそろお湯が出る筈ですので、注意をお願いします。配管の準備は終わっていますか?」
「はい。青銅での配管を120m分は準備しております。十分に足りると考えます」
用意は良いか。明日辺りにはお湯が出そうだ。タイミングとしてはぎりぎりだった。後はこの配管にスケールが詰まって閉塞した場合だが。鉄のブラシみたいな物を作って定期的に掻き出すしか無いか……。
「引き続き作業の方、お願いします。くれぐれも火傷には注意をして下さい。怪我をした場合は言って下さい。治します」
そう言うと、現場の作業員達が真剣な顔で頷く。目礼の上、辞去する。
「あんなもので100mも掘れるんですか……。本当なら年単位の深さですね」
ロットが感心したように呟く。商家絡みで井戸の整備とかも有ったのかな?
「故郷では昔あれを使って深井戸を掘っていたよ。最近は様変わりしたけど。丁度良いから使ってもらっているよ」
そう答えると、ロットが頷く。
「水不足の場所でも使えると良いんですが……」
「水脈の質にもよるかな。基本的に自噴する構造だけど、地面の重さと言う圧力が必要だから。無ければ、残念だけど無理かな」
そう言うと少し残念そうな顔をする。ロットも直接鍛冶仕事などを見ているのでふいごの原理で風圧は理解しているので話が通じる。
「まぁ、なるべく水の有る所で生活するのが良いと言う事で。明日には湧きそうだね。下流は工事中だから、一旦は水門で止めるけど周囲に流れ出すかな。後で影響が出ないと良いけど」
「溝周りの工事は先行して完了しております。このまま流しても川までの排水は可能ですし、それぞれの水門も有りますので問題が有る箇所は止めます。明日には湧くと各所には伝えます」
現場の責任者がそう言う。その辺りはプロに甘えるか。
「では、その辺りの連絡を済ませて最後の仕上げといきましょう」
そう伝えて、泉源を後にする。日は大分傾いてきた。流石に飯場を借りるのは申し訳無いので、少し離れた場所で野営を考えている。貴族だからで貸してはくれるだろうが、使う必要の無い強権は使わない。
「ご飯は皆で飯場の夕ご飯で済ませよう。馬車に戻って野営の準備をしようか?」
そう言うと、カビアも含めて皆頷いた。
町の方を見るとやや赤く染まり始めた光に照らされて、建築途中の建物達が浮き上がるように見えていた。