第232話 観光地では無く、外交の場を提供しようと思います
「下水周りはどうなっていますか?」
「はい。それも設計通りです」
そう言うと、浴場から出て、近くの一室に入る。中には階段が有り、地下に続いている。
「浴場下に下水を張り巡らしています。保守用に掘っていますので、メンテナンスは容易です」
地下に降り、ランタンの灯りを頼りに歩いていくと、各排水溝が集合し、最終的に太い水路に流れ込む仕組みになっている。
排水溝の部分も取り外し、清掃交換が可能だ。水路に関しても清掃しやすい。
「元々勾配も有りますので、そこまで大掛かりな仕組みは必要なかったです」
そう言って今後のメンテナンスの流れを説明してくれる。注釈に記載した事を理解し作ってくれている事に安心した。
階段を上がりメンテナンスルームを後にする。
「こちら5部屋が家族風呂、ですか?設計図にそう書いていましたが、すみません。態々小分けにするのが良く分からないのです」
「ご家族だけで入りたい場合や、小さなお子さんがいらっしゃる場合は周りを気にせず入れますので。このように別に用意しています」
そう言うと、現場責任者が納得したように頷く。町で浴場の話を聞いても大浴場形式だけだ。日本だと子供がいる場合、家族風呂の方が気楽な場合も多い。
それにリズと一緒にお風呂に入りたい。ゆっくり二人で入りたい。偶にはそんな些細な贅沢をしても良いと思う……。
浴場横の大きなスペースに入る。ここも最終的には男女で分ける。
「こちらがマッサージルームですね。男性側は布で小分けに、女性側は個室に分ける形になります。まだ、内装の話ですので現在は同じ空間ですが」
「将来的には女性には美容系もやっていきたいですね」
「美容系って何?」
リズが食いついてくる。他の女性陣も食いつき気味だ。リナもか……。
「えと、人間って血が流れているよね?」
「うん」
リズが頷く。
「お風呂に入ると、血行、血の巡りが良くなる。この状態で血の巡りが悪い所を刺激すると、凝りが解れたり、疲れが取れたりする」
「うん」
「女性だと、例えば香油を使ってのマッサージや、顔の汚れの元を取ったり、髪に良い成分の物を塗り込んだりして、もっと綺麗になってもらおうかなと」
そう言うと、女性陣が何を想像しているのか夢見る乙女の顔になる。
「いや、そこまで劇的には変わらないよ?ちょっとだけ。ちょっとだけ」
慌てて言い直しておく。少なくともまともな化粧品までは進んでいないこの世界で、化粧なんて出来ない。有機物でのトリートメントやパックくらいだろう。
「例えば、前に食事の時に使った昆布とオリーブ油を塗っておくだけでも、顔がすべすべつるつるになるよ?」
そう言った瞬間、女性陣の目の色が変わる。
「いや。そういうサービスをね、提供しようかと……怖い、怖いから迫らないで……」
徐々に包囲網が狭まっていく。
「サービスが開始したらね。その時に試そうよ、ね?ね?」
そう言って、やっと引き下がってくれる。いかん、早めに昆布漁が出来る状況を作らないと。人魚さんと交渉しよう。
そのまま中庭に出る。まだ植物は植えていない為、だだっ広い空間と池だが、何カ所かに壁の無い建物が建っている。
「あれはなんですか?」
チャットが指さす。
「あれは、お風呂上りに涼んでもらおうかと思って建てたよ。冬場は良いけど、夏場は暑いから。あの中で座って、ゆっくり涼んでもらおうかなって」
まぁ、東屋だ。イメージとしては沖縄の古民家のようなイメージだ。通常は木戸で塞いでいるがサービス中は取り払い、四面を開放する。獣脂蝋燭用のイグサは有るのでゴザは出来る。
板に綿でも挟んでゴザを固定したら畳もどきにはなるだろう。それを敷いて涼んでもらう。
他にも色々と細かいサービスは用意している。一つ一つを説明しながら、進んで行く。現場責任者の方も具体的な使い方がイメージ出来たのか、納得してくれる。
最後に、小屋に案内する。中は家族風呂のように独立した風呂場になっている。
「何故ここだけ独立しているんですか?」
ロッサが中を覗き不思議な顔をしている。
「んー。ペットと一緒に浸かったり、ペットを洗ったりするお風呂なんだけど。タロと一緒に入ったりするのも楽しそうじゃない?」
そう聞くと、ロッサが納得して頷く。日本でも偶に有ったりする。まぁ、人間側も動物と一緒に入るのは抵抗が有るだろうから。
ロビーから上がる広い階段を上るが2階はまだ、天井と部屋の仕切りが有る程度だ。まだ見ても面白い物ではない。
現状では内装は分からないが、大体のイメージは想像出来たようだ。現場責任者に礼を言って、温泉宿を出る。
「迎賓館として考えているけど如何かな?」
「十分過ぎるわ。男爵の規模では無いわね。国賓級でも迎えられる規模ね……。ってリーダー。貴方、ここを王国の玄関にするつもりなの?」
ティアナが思案顔から、驚きと確信に満ちた顔で聞いてくる。
「おぉ。鋭い。子爵様の領地までは若干距離が有るからね。将来的に貿易をするにせよ、取り敢えず玄関の機能はもらおうかなって」
「取り敢えずって……。それがどれだけの利権を生むか……。外交官も常駐するでしょうし、王国側の役人も……。あぁ、そう言う事。それも固定客なのね……」
「そう言う事。やっぱりお客様はきっちり囲い込んで行かないとね。向こうの外交官には精々国に戻って宣伝してもらわないと」
ティアナが納得顔に変わる。
「父じゃないけど、やはり青い血って有るのね。私には理解出来なかったわ。たかが建物一つで利権を掠め取るつもりなのね」
「掠め取るって人聞きの悪い。便利だからって自動的にここが外交の場になるだけだよ」
温泉宿に向かって、両手を広げる。
「王国の地図を見る限り、王都の西は海だからね。今後の外交は私の領地が全て握る。まぁ、他の領主がもっと東に領地を作った時には分からないけど、それでもここを選んでもらうようには動くよ?」
そう言って朗らかに微笑んでみる。
先行者特権で一気に走り抜け、取れる限りの利権は取る。後進が向かってこようが、その頃には信用と信頼でがちがちに関係が固まっている。サービスとはそう言うものだ。ブラッシュアップ?日本人のDNAに刻み込まれた改善で何とでもするさ。
「比喩じゃ無い。ここから歴史を始める。私の民が幸せに暮らせる地を私が築く。その為に、ここに立っているんだから」
皆にそう宣言し、歓楽街の方へと歩き始める。大言壮語?日本では幾つかの観光会社のシステム構築もサイト構築もSEO対策もブランディングだってした。勝ち目の無い勝負では無い。国を相手にしても取れる物は取る。リズを家族を仲間を民を幸せにするって決めたんだから。
曇り空は完全に晴れて冬の最中と言うのに、暖かな日の光が降り注ぐ。産声をあげようとしているこの地を祝福するかのような明るい温かい日差しだった。