第229話 犬との引っ張り合いは結構重要な遊びです
1月22日は日の光で目が覚めた。疲れていたのか、思ったより寝入ったようだ。毛布から出てテントを開けると、後番のロットと目が有った。手を振り朝の挨拶をする。
まだ、皆は起きていない。食料からタロ用のイノシシ肉を取り出す。これで持ってきたイノシシは終わりだ。皿に置き、テントに戻る。テント前でいつもの儀式の後にタロがイノシシを頬張る。
皿に水を入れて、リズを起こす。毛布の中に潜り込んで寝ているさまは可愛い。
「朝だよ。起きよう、リズ」
「ん、あぁ、ヒロ。おはよう。昨日はすぐ寝ちゃった」
そんな事を言いながら、湯たんぽとタライを持って外に出る。顔でも洗うのだろう。
皆も、続々と起きだして、顔を洗い始めている。湯たんぽの残り湯で顔を洗う様を見ていると、昭和の感じがする。まぁ、私も母親から聞いた話だが。
そのまま朝食の準備をして、皆で食べる。カビアも昨日のお風呂で風邪をひかないか心配だったが特に兆候は見られない。お風呂と石鹸そのものにはかなりショックは受けていたが。
「昨日は様子見の為、速度を調整しておりましたが、本日よりはそれなりの速度で走ります。元々この馬車では4日の行程ですので、そのペースに戻します」
食休みにレイが報告してくる。特に異論は無いので、それでお願いする。しかし速度を出すと、レイの体調が心配だと言うと、微笑まれてご安心をと答えられた。私には過ぎた御者だ。ありがたい。
「しかし、お風呂で御座るか?あれは良いもので御座るな」
リナが話しかけてくる。虎の毛だからごわごわ気味なのかなと思っていたが、太陽の下で見て驚いた。迫力の有る美人だなとは思っていたが、そこに清楚が入るとインパクトが有る。ちょっとへたっていた髪の毛もボリュームを取り戻し、輝いている。
皆からも好評で、容姿が分からない本人はちょっと戸惑い気味だ。ただ、髪の触り心地は気に入ったらしく、頻りに髪の毛を触っている。
カビアは、美青年になった。何というか、青年から大人に登っていく途中の色気と言うべきか、ちょっとくすんだ感じが無くなり、白皙の美少年と言う雰囲気になった。見た感じモデルっぽい。執事喫茶とかでバイトしたら人気出るんだろうなと思ってしまった。
そんなカビアの変化を見て、お腹を見下ろし、そっと溜息を吐く。皆、美形ばかりで羨ましい。大肉中背の身としては遣る瀬無い。
ちなみにこの世界の美意識だが、男性は太り目の方が良い。労働以上に食事が食べられると言う事で富貴の象徴だ。逆に女性は気立ての良い痩せ気味の方が好まれる。働くけどそんなに食べませんと言うアピールになるらしい。ただ、結婚後は太っても問題無い。それだけ旦那の方が甲斐性が有ると言う事だからだ。
そんな事を考えていると、食休みも終わり、馬車に皆で乗り込む。馬車の横の荷物を引っ掛ける場所に雉が吊られている。タロの食事用だ。これで今日の分は間に合う。
走り出すと、いつもの様にざわざわと遊び始める。カビアも政務に一段落ついたのか、ティアナと官僚業務に関して意見を交わしている。ドルはロッサに習ってバックギャモンを覚え始めた。チャットはチェスから、リバーシに移行してフィアと遊んでいる。リズとロットがチェスを覚えたのか遊んでおり、それをリナが見ながら学んでいる。
平和な状況にくすりと笑いが浮かぶ。こんな日常も良い物だ。引き続き私は湯たんぽ代わりにタロを太ももに乗せて、書類を読み進める。
農業関係の書類で、ジャガイモらしき記述を見つけた。どうも北のロスティーの領地では小規模に栽培されているらしい。葉を食べない。収獲してすぐに消費すると言う約束事で救荒作物として栽培を認めているようだ。F1品種では無いので、そのまま芋を貰えば栽培は可能だろう。こっちで育てて加工品を逆に輸出するのも良い。澱粉だけ取り出して、生地の素として出す事も出来る。
他にもゴマの栽培に成功している領地を見つけて、本気で喜んだ。綿実油も良い油だが、量を搾るのが辛い。綿10㎏で2,300mlを絞れたら御の字だ。ゴマは300gで100mlは搾れる。圧搾機はワイン製造用の分を調整すれば何とかなる。これで植物油の生産も町側で行える。ココナッツオイルの大量生産にはヤシの木が少なすぎる。歩ける範囲しか見ていないが、そこまで多くを求めるのも酷だろう。路線を何パターンか決めておくことにすれば良い。
流石に揺れる中、書類を見続けるのもしんどい。ふと見下ろすとタロと目が合った。構ってな目だ。玩具代わりになるかなとロープを縒った物を眼前で揺らす。タロが目を輝かせて咥えようとする。
くいっくいっと上手く避けていると、前脚で押さえて噛みつく。そのまま引っ張ると、引っ張り合いになった。よし、かかった。うーと唸りながら引っ張るのをちょいちょいと刺激する。
本当に犬って引っ張り合いが好きだな。まぁ、兄弟姉妹がいれば獲物の取り合いが発生する。その時に勝たないといけないのだから、もう、本能なのだろう。歯が折れない程度で調整しながら、押したり引いたりをして遊んであげる。
最終的にくいっと引っ張り、こちらに寄って来たのを捕らえて、私の勝ち。獲物の取り合いなので、勝たないと序列の問題になる。
『まま!!もっと!!』
楽しかったらしく、紐を見てはしっぽを振る。まぁ、躾の部分が有るので、これでおしまい。木の骨型の玩具を渡すと、また嬉しそうに噛んで遊び始めた。
その後、休憩を挟み、先を急ぐ。
気分転換にはなったので、また書類に戻る。
やはり穀物の生産方法に関しては、三圃制が主体だ。休耕地では家畜を放牧するが、そこに具体的に何かを植える話では無いようだ。生えてきた草を家畜が食べる程度の話で、足りない分は飼料等で補っている。
小麦に関しては追肥で生産量が2倍程度は膨らむと見ている。もう、秋小麦の時期は終わったので、早くても春の大麦辺りからの開始になるか。開墾作業も急がせないと駄目か……。牛鍬の開発を先に進めてしまうか。この世界の馬なら2倍はスタミナが有る。
皆から隠れるようにスマホを覗き、牛鍬の構造を確認する。馬への負担を軽くするなら、体に密着させて、首と肩で引っ張る形か……。迷い迷い設計図を書いていく。こればかりはプロトタイプが無いと分からないな。ネスと木工屋に頼んで作ってもらうか……。
昼食の休憩、その後の休憩が終わり、本日の野営予定地に着く頃にやっと設計図が納得いく物になった。実物は帰ってからの宿題だな。
野営の準備を進め、お風呂も済ませる。
タロはイノシシから雉と変わったが、そこまで抵抗も無く食べていた。元々離乳食も鳥から始まったし、そこまで違いは無いのだろう。満足気に箱で丸まっている。
ついでなので、このタイミングで敷布等の洗濯は済ませた。明日の朝には乾いているだろう。夜空は抜けるような満点の星空だ。
全ての作業が終わり、テントに潜り込み、湯たんぽの温かさにほっとする。
「お仕事の方は順調なの?」
少し心配した声でリズが問うてくる。
「大丈夫。読む量は多いけど、公爵閣下と子爵様がかなり手を回してくれている。私がやる事は確認して、決裁するだけだよ」
安心させるように言って、頭を撫でる。
「タロの世話も任せているし、ちょっと申し訳無い気がする」
少し沈んだ声になる。
「リズも食事の世話もやってくれているし、仲間の方を見てもらっているから、助かっているよ。あまり自分を卑下してもしょうがないよ。皆出来る事をやっていけば良いんだから」
そう言って慰める。口付けて、抱きしめていると、ふっと体の力が抜ける。
「ありがとう」
そう零れるように呟くと、意識を手放したようだ。
まぁ、ティーシアの愛の鞭も有るし、リズにも男爵の妻として考える事も有るのだろう。でも、まだそこまで行っていないので考えても仕方が無い。
もう少しの間は気楽に過ごしてもらえれば嬉しいなと思い、意識を手放した。今日はリズが中番、私が後番だ。