第228話 成犬に玩具を渡すとすぐに噛み砕きます
皆に採取と狩りをお願いし、薪を拾い始める。ただ、前も思ったが道沿いの休憩地なので、薪なんてそうそう見つからない。林の中に入り込み、乾いた薪を探す。
タロはカビアに預かってもらっている。1人仕事も無いのはあれなので。タロも普通に懐いているので大丈夫かなと。カビア本人はもふもふを気に入ったようで、ずっと撫でていた。
何とか、昼の煮炊き分は確保出来たので、休憩所に戻る。採取班も葉野菜は随分と減っている。冬場はもうしょうがない。若干しなびかけでもスープに入れてしまえば大丈夫だろう。
焚火を作って、火だけは点けておく。葉野菜を適度な大きさに切りそろえて行く。やがて、リズとロッサが雉系の鳥を狩ってくる。鍋にするのに丁度良いか。水を生みながら、捌くのを手伝う。
モツも綺麗に洗浄し、ぶつ切りにして、可食部を鍋に投入する。後の味付けは当番のフィアに任せた。まぁ、失敗は無い、と思いたい。
カビアからタロを受け取り、食前の散歩とする。1日に何度も外に出られるのが嬉しいのか、ゆったりとした足取りで周囲を嗅ぎまわっている。狼関係は林では遭遇していないので、同種や天敵は存在しないのだろう。悠々と散歩を楽しんでいる。
皆が食事の用意をしている間に、先にタロの食事を済ませる。今日の晩の分まではティーシアから預かっている。先程の雉も1羽は丸のまま残しているので、明日はそれをやれば良い。
外で食べるのは初めてで若干戸惑っているが、皿と匂いで食事と判断したのか、しっぽが激しく振られはじめる。待てと良しの合図で食べ始める。もう、噛みちぎる事に慣れたのか、程々の大きさに噛みちぎってスムーズに咀嚼している。
『うまー、いのしし、うまー、かむ、きもちいい』
大分長い文章も思考出来るようになったなと思わず感慨に耽る。食べ終わった皿は熱湯で洗い、送風で乾かす。タロを抱き上げて、馬車の箱に戻す。深めに作ってはいるが、もうそろそろ飛び越えられそうな気もする。
皿の水を入れ替え、木工屋が作った玩具を取り出してみる。きちんと表面の加工も施され、するするした木地の感触が気持ち良い。タロに渡すときょとんとした顔になった。口元に近づけると、噛み始めて合点がいったようだ。そこからは夢中で噛んでいる。
まだ、子狼の顎の力だ。流石にすぐに木っ端みじんと言う事もないだろう。様子を見ようと引っ張ると、ぐるぐると可愛らしく唸り、離そうとしない。気に入ったのかな?ざっと歯跡を確認したが、表面が少し凹んだ程度だ。これならささくれの心配も無いだろう。
タロと遊んでいると馬車の外から、食事が出来た旨が告げられる。幌から顔を覗かせるとリズが立っていた。
「態々ありがとう」
「ん。一緒に行こうよ」
馬車のタラップを降り、リズと一緒に焚火まで向かう。美味しそうな匂いが漂っている。レイも馬の世話に一段落着いたのか、輪に入っている。
フィアの音頭で、食事が始まる。スープもほとんど臭みの無いシンプルな塩の味付けだ。フィアも失敗をしなくなったな。ロットもこれなら安心か。
そろそろ出汁の素を作るか……。昆布を粉末にするだけでも全然違う。石臼を独立させて、使わせてもらうか……。なんでも美味しくさせる魔法の粉とか言うとクレームが来そうだが。
食事が終わり、食休みの際に、馬の水の補充に向かう。馬も飼料を食べている。こちらに気付くと一斉に寄ってきて、すりすりしてくる。何、このサービス。幾ら払うの?ただ、流石に挟まれると潰れる。中身出る。
一頭一頭の毛並みを確認し、水の補充を終える。秋の頃より少し水を飲む量が減ったのは寒さで汗をかかない所為なのかな。
そんな感じで水やりも終わり、馬車に戻る。タロも食休みが終わり、玩具に夢中だ。隙を見て、すっと引っこ抜く。タロが一瞬きょとんと言う顔をして、こちらの玩具に向かって突進してくる。
それを躱して、ぽいっと馬車の隅に投げる。しっぽを振りながら、玩具に駆け寄る。取って来たよと言う顔でしっぽを振るので、再度虚を突き、引き抜き、投げる。どうもこちらの意図を理解したのか、投げられた玩具に向かい猛突進をして持ち帰り、足元に置く。
拾って再度投げる。もう完全に理解したのか、たーっと走って行って咥えて持ってくる。その度にわしゃわしゃしてあげる。飽きるかなと思っていたが、お気に入りらしく延々と前に持ってきては落とす。
『なげる!!つぎ!!』
催促が来る。まぁ、他の皆が集まるまでは良いかと、投げてあげる。その内フリスビーでも作れば喜んで取りに行きそうだ。フリスビー犬ならぬフリスビー狼か。鳥とかをジャンプで捕まえられるようになるかな。
そんな感じで食休みを済ませた皆が続々と馬車に戻ってくるので遊びは終了だ。玩具を箱の中に入れてあげると、毛皮に包りがじがじと噛んで楽しんでいる。木の匂いはあまり気になら無いようだ。
その後、野営地まで一度の休憩を挟み、前の川沿いの空き地に停車する。
「では、本日の移動はここまでです。お疲れ様でした皆さま」
レイが伝え、馬の世話に向かう。馬用の水を生み、いつものように薪拾いだ。採取組は水場が近い為、そこそこ瑞々しい葉物野菜をゲットしてきている。狩猟組は雉だ。うーん。
ロットが料理担当だが、交代してもらう。鳥を一口大に切り、昆布を細めにハサミで刻み塩胡椒と一緒に和えてから葉野菜で包む。鍋には鳥の脂を多めに入れてひたひたな感じにする。
そこに包んだ肉を入れて、火から遠ざける。焼くと言うより、蒸し焼きに近いかな。
徐々に鳥と葉野菜の水分を吸ったのか、昆布の良い香りが辺りに漂い始める。
「あれ?海の香りがする」
フィアがくんくんと嗅ぎながら言う。蓋を開けて、引っ繰り返していると、それが顕著になった。皆が興味津々で鍋を眺める。
リズにタロの食事を任せて、私は鍋に専念する。十分に火が通ったところで野菜と肉汁の混じったスープを味見するが、十分な塩気は出ている。
深めの大皿を作り出し、鍋の包み焼を置き、スープを注ぐ。
「では、一日目と言う事で、特に問題も起きず進めました。本当に良かったです。でも油断せずに頑張りましょう。では、食べましょう」
そう言って、野菜包みの鳥肉を噛む。通常そのまま焼くとパサパサ感が出るが、包み焼のお蔭で、ジューシーだ。雉独特の歯応えも残り、昆布のうまみと相まって何とも言えず美味い。
スープも脂っぽいかなと思ったが、元々の鳥の脂なのでマッチして、アクセントになっている。折角唐辛子が有るんだから入れれば良かったと思ったのは食べてからだ。
「これ、雉よね。パサパサしないし、しっかりと噛めば肉汁が出る。それに海の香り。複雑だけど雑じゃない。美味しいわ」
ティアナがにこにこと食べる。
「雉は良く狩って食べるで御座るが、ここまで美味いのは初めてで御座るな。海には行った事は御座らんが、これが海の香りで御座るか。芳醇で堪りませんな」
リナも、頬張りながら、喜んでいる。
食事時間も和やかに済むと、皆と言うか女性陣が期待の目で見てくる。どうもお風呂に入ると、湯で体を清めるのは物足りないらしい。湯シャンだけでは髪の艶やかさも違うそうだ。
皆が食休みの間に、トランクから折りたたんだ大きめの衝立を用意する。畳くらいのサイズだが、なんとかトランクに収まった。
これを地面を均し、垂直に設置する。コンサート会場とかに有る簡易トイレより大きなサイズの箱が完成した。屋根もアタッチで取り付け可能だ。そこに樽とスノコを置けば、簡易浴場の完成だ。
扉も内側から簡単だが閂で閉められるようにした。
完成して外に出ると、女性陣はサイコロで順番を決めているようだ。サイコロ4つで数字の大きい者順らしい。あぁ、リナは使い方が分からないので、ティアナが付き添うらしい。
こう言う時に運の良い、フィアがトップだった。
「お湯は張っているから。風邪をひかないようにね」
浴場セットを持参し、喜び勇んで衝立に突入していく。扉を開けた瞬間湯気が出て行ったので、それなりに密閉も出来ているんだろう。風が吹かなければ暖かいと思う。
そこからは順番に浸かっていく。久々のお風呂を堪能したのか、女性陣は大満足だ。男性陣が入り、最後に私となった。
中に入ると、狭いながらもランタンが吊られ風情の有る空間になっている。風も入らずそこそこ暖かい。星を見ながらのお風呂は当分お預けかなと思いながら、体を洗い、湯に浸かる。タロはタライでぷかぷか浮いている。野生の欠片も無い。可愛いけど。
家で、キッチンに入る時よりも空間が狭いので、寒さはかなりましだ。よく体を拭き、着替えて、外に出る。樽は運び出し、中を洗浄し、引っ繰り返しておく。スノコも同じくだ。衝立は少し移動させて、扉を開けた状態で固定して、内部を乾燥させる。
テントは、私とリズ、ロットとフィア、ドル、チャットとティアナ、ロッサとリナの5組となった。それぞれの湯たんぽも湯を入れ替えて、渡していく。
馬車の2人にもそれぞれ渡す。カビアが風邪をひかないようにだけ注意しておかないと。一番心配だ。
テントの薄暗い中で、リズが待っていた。
「ヒロちょと働き過ぎ?」
「毎度こんなものじゃない?」
「んー。出来る人に仕事が集まるのは納得いかないかも」
そんな話をしていた。まぁ、日本でも会社で出来る人間に仕事が集中する事はままある。あまり気にしてもしょうがない。
旅の疲れか、双方ともそんなに話をするまでも無く意識を失った。2人共夜番は無いので朝まで寝られるだろう。それは少しありがたいな。そんな事を考えていた。