第225話 読み書き算盤と言いますが、算盤便利です
箱から、湯たんぽを取り出して、お湯を入れる。70度程度で十分だ。端切れを巻き、レイに声をかける。
「今大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「腰に隙間が有れば、これを置いて」
そう言って、湯たんぽを手渡す。レイが器用に片手で手綱を握り、腰の後ろに湯たんぽを置く。
「おぉ、これは。このような使い方も出来るのですか……。寝る際にとお聞きしていたので知恵が回りませんでした。確かに温かですな。助かります。冬場は腰の奥から冷えますので、かなり楽になります」
「ぬるくなったら教えて欲しい」
そう言うと、レイが頷く。
幌の中に戻り、他の湯たんぽにもお湯を入れて端切れを巻いていく。皆に、身の回りに置いてもらう。
「うわ、何か、置くだけで超温かい。何これ?」
フィアが持ってちゃぽちゃぽしながら聞いてくる。
「湯たんぽだよ。最近鍛冶屋で開発した人気商品。馬車は幌が有っても寒いでしょ?なので、温めようかと」
皆の周囲に配置していく。女性陣はその上に寝転がり、お腹や腰を温めている。
「贅沢な馬車で御座るが、こんな物まで有れば、尚贅沢で御座るな」
リナが感心したように寝そべりながら、胸の下に収納している。それぞれが身の回りに置いて温かさを実感している。
置いてすぐに、幌の中の温度が徐々に上昇していく。
タロ用の湯たんぽもお湯を入れて、箱の下に置いてあげる。何かは知っているので、タロがいそいそと箱に戻りたがり、中に入れると、四肢を広げ温もりを受け止めている。
車の上下の揺れで車酔いを起こしていないので、一先ずは安心かな。
『まま、あたたか』
垂れた何かのように、ふにゃっとした顔で、箱の中の毛皮に包まれている。足がぴょこっと出ているので、かけ直してあげる。
暫くすると、馬車内の温度も2,3度程度上昇したのが分かる。明らかに寒さが和らぎ、皆も部屋の中のように寛ぎ始める。
馬車の中で暖を取るのは結構困難だ。火も焚けない。なので、湯たんぽを試してみたが、良かった。
落ち着いたのか皆が、それぞれ、玩具を取り出し、遊び始めた。リナは知らないので、巻き込まれている。
「カビア、そう言えば、予算表を確認していたけど、こっちの方の大きな計算ってどうやっているのかな?」
「筆算です。別用紙に書き写して、計算しています」
「効率悪くない?」
「もう、慣れましたので」
そう聞いて、土魔術で正体不明な材質の算盤を作ってみる。珠以外を作り、珠は均一の物を桁ぎりぎりに穴を合わせて、若干抵抗を持たせる。
「これ使ってみる?」
「何でしょうか、これ?」
「故郷の計算道具。上が5で下が1の珠。例えば、4はこれ、5はこれ、9はこれ。この一列が桁と考えたら、良いよ。128+243は?」
「えーと。少々お待ち下さい」
「これをこうやって、で、ここで位が上がって、371。ほら早い」
「これは……少々借りてもよろしいですか?」
「うん。どうぞ」
カビアがそう言うと、決算書の計算を合算していく。
「合いますね……」
「まぁ、そう言う物だから」
「ちょっと修行します」
「馬車酔いしないようにね」
リズは湯たんぽに寝そべり、毛布に包り、何かそう言う生き物みたいになっている。
「リバーシ持ってきた」
そう言うと、町に行った組が食いついてきた。
「それ、町で凄い流行ってはりました」
チャットが目を輝かせて言う。
「でも、公爵印が入っていないのね。偽物なのかしら?」
心外な。私がロスティーに渡したのに。
「元々考案者は私。公爵閣下に利権として献上したよ」
そう言うと、ティアナに唖然とした顔で見られた。どうも町で見て、大体の遊び方は分かっているらしいので、そのまま渡す。
「男爵様。よろしいですか?」
カビアが声をかけてくる。
「ん?どうしたの?」
「こちらの予算編成ですが、意図的なのか、かなり金額がおかしいです。確認頂けますか」
ざっと見たが、現在と未来が入り混じって不可解な書類だった。
「未来の予想収益を、来年度予算で組み込んで、そのまま継続させようとしているけど。これ元々がこけたら、何にもならないよね」
「はい」
「うーん。こんな微妙なのも混じるか……。どこの誰かは追っておいて。子爵様や公爵閣下絡みじゃない気がする」
「畏まりました」
そんなやり取りをティアナがうずうずしながら聞いている。
「興味有る?」
「そりゃ。元々父の姿を見てたから、何が行われているかは気になるわ」
ティアナが率直な意見を述べてくる。
「どちらにせよ、政務官の取り纏めは人材不足になるはずだから、ティアナも参加する?大きな話に紛れられるよ?」
「良いのかしら?」
「興味が有るならだけど」
「分かった。少し、手伝わせて欲しいわ」
そう言って、一緒に資料を眺め始める。未来の政務主任候補なのかな?少しだけくすっと笑いが零れた。