第224話 乗り物に初めて犬を乗せた時はパニックでした
1月21日、どきどきしながら窓を開けるが、晴れていた。おぉ、流石レイ。木陰にうっすら積もった雪も徐々に溶けそうな晴天だ。良かった。本当に良かった。
キッチンに向かい、イノシシ肉を皿に乗せて、部屋に戻る。昨日の快感を覚えているのか、タロがやや野生に戻った感じでしっぽをふりふり待ち構えている。
『まま!!まま!!イノシシ?かむの?』
待っているが、待っていない。焦りにも似た思考を感じる。前脚が今にも飛びかかろうとしているのが分かる。
「タロ、待てだよ?」
『まつ!!』
何故か座り直すが、まぁ良いか。
「良し」
そう言った瞬間、飛びかかるように皿に突入する。うにーんと引っ張りぶるぶるしてから噛みちぎる。もう大興奮だ。
『はう、うまー!!』
ちぎって、ちぎって咥えて咀嚼している。うん。野生感は有る。でも、可愛い感じなのはご愛嬌か。
夢中に食べている間に、皿の水を入れ替えておく。敷布も……交換か。予備は荷物に詰めてしまったので、今日は1枚か2枚で勘弁して欲しい。
箱側の清掃をしている間に食べ終わったらしい。振り向くと大満足と言う顔で、丸くなっている。今日これから遠出するのに呑気だ。まぁ、分かっていないか。ストレスにならないと良いけど。
箱の中に戻すと、もぞもぞと毛皮に潜り込む。食休みでおねむなのか欠伸をして顔を体の方に丸める。
リズはすやすやと優しい顔で眠っている。頬をぷにぷにとつついてみるが、起きない。何か可愛い。額にキスをして、耳元で囁く。
「リズ、朝だよ。起きて」
その瞬間ばっと起きて、飛び退る。
「あ、あ、あ……ヒロ……。もう、驚くよ……。耳はちょっとやだ」
無事覚醒したらしい。
「さぁ、少しの間留守にするんだから、ティーシアさんを手伝っておいで」
布団ごと後方に逃げたリズを抱きかかえて、床に下ろす。
「むぅ……。はぁぁ、良いよ……。うん。お母さん手伝ってくるね」
「はい。いってらっしゃい」
部屋を出て行くリズを見送り、布団を干しに外に出る。物干しに布団をかける。風も無いので飛ぶ事は無いだろう。シーツも汚れ物を入れている籠に入れておく。
タロの敷布をお湯で流し、石鹸で洗う。強く絞り、後は部屋に戻り、送風で乾かす。朝食の声がかかる頃にはほとんど乾燥した。
いつも通り、出る準備を終えたアストとにこにこのティーシア、若干朝から疲れているリズと朝ご飯を食べる。
「体には気をつけろ」
アストがリズだけじゃ無く、私を含めて話しかける。少し嬉しくて笑みが零れた。ティーシアは何かと用意に関してリズに確認している。リズが若干面倒くさそうに答える。まぁ、昨日も確認していたからしょうがないか。
朝食を終えて、リズの準備を待つ。タロの箱に首輪を入れると、散歩と誤解して毛皮から出てくる。箱ごと持ち上げると状況が分からずきょとんとする。
『まま?』
『遠くに行くよ』
『とおく?』
タロが疑問を投げかけてくるので安心させるように答えていく。良く分からないが納得したと言う感じだが、馬車の揺れとかは若干心配だ。1日走って様子をみて駄目なら戻ろう。その程度は誤差の範疇だ。
トランクもどきとズタ袋を提げて、リズを待つ。太ももまでが重装で隠れるようになったが、焼いた黒っぽい鉄製なので、どこか色っぽい。惚れ直す。
「ん。大丈夫。準備出来たよ」
そう言うと、自分の分のトランクもどきを担ぐ。家を出る時にアストとティーシアが見送ってくれた。その姿が見えなくなるまで手を振る。
タロは初めての体験でちょっと興奮しているのか、箱の中でしっぽだけがふりふりしている。
ギルド前に着くと、皆が集合している。
「荷物、忘れ物は無い?大丈夫?」
そう聞くと、皆が大丈夫そうに頷く。まぁ、この時点で気付かないから忘れ物だが。皆がタロに構っている間に、馬車が向かってくる。
「おはようございます。男爵様、皆様。高くから失礼致します」
レイが御者台から挨拶を投げてくる。
「おはよう。積んだ食料等の荷物の最終チェックはレイとロットで手分けして行って。皆も個人用の荷物の最終チェックをしてね」
そう言った途端、皆が手分けして、荷物のチェックを始める。ドルは修繕機材等も有るのでちょっと荷物が多くてチェックが大変だ。私も自分の荷物とリズの荷物のチェックを行う。今回もリズの荷物がこちらに入っているので、重複が無いか確かめてもらう。
私のチェック作業が一段落した頃に、馬車からカビアが降りてくる。
「おはようございます。男爵様。昨日の書類がこちらになります。署名頂き次第、屋敷に戻ります」
「ん?子爵様が待っているのなら、挨拶の為、私も向かうけど?」
「ご多忙にて、本日お会いするのは難しいかと。オークの集落ですか?そちらを対応しておりました軍が戻り始めましたので、その対応に追われてらっしゃいます」
あぁ、集落の対処か……。輜重隊の薪の大半がオークの火葬用とは分からなかった。確かに食料に対して薪が大量とは考えていた。
死骸を放置する事による疫病発生は経験則で分かっているようだ。その対応の為、集落の柵と薪で完全に焼き尽くしたようだ。今行っても、もう何も残っていないのだろう。痕跡すら残さない徹底ぶりの筈だ。
「分かった。確認する」
計画書及び予算配分を確認する。頭がくらっとしそうな桁が並んでいる。ロスティー、リバーシでどれだけ稼いだんだ?計画に関してもローマ街道の敷設では無く、あくまで海までの道の拡張工事に終始している。街道敷設の際にどちらにせよやらないといけない工事だ。先にやるか後にやるかだ。
内容を確認し、問題無いとして署名を入れる。封筒に入れて、封蝋を火魔術で柔らかくして、封筒の耳に押し付ける。その上から私の紋章を押し付ける。これで正式書類となった。ノーウェが開封した段階で私の仕事が完了する。
「はい。承認。すまないが、くれぐれも子爵様によろしくと伝えて欲しい。出立の挨拶が出来なかった非礼も添えて」
「畏まりました。では、少々お待ち下さい」
そう言うと、カビアが屋敷に向かって走り出す。
人数が増えた分、確認作業に時間がかかっている。なので、特に気にする事はないのだが。まぁ、性分か。
「飼い葉、飼料、食料及び共用品に関しては過不足有りません」
ロットが報告してくれる。
「分かった。建設現場でも補充は可能と考えるけど、なるべくなら自分達で完結したいところだしね。作業ありがとう。引き続き、自分の荷物の確認をお願い」
そう言うと、ロットは頷き、荷物に向かう。フィアと一緒に仲良く荷物の確認をしている。フィアの分がロットの荷物にも紛れているのだろう。どこも女性の荷物が多いのは同じだ。今回もチャットとティアナは仲良く共有しているようだ。
しかし、2人増えるだけで荷物の量も増えるなと思う。定員にはまだ余るが、3か月分の食料も合わせて積むと一気に積載場所を圧迫している。うーん、馬車のおかわりを頼むべきか……。まぁ、十分贅沢な旅だしなぁ。
そんな事を考えていると、カビアが帰ってきた。いつもの執事に委細対応を任せたらしい。あの人ならなんとでもしてくれるだろう。
カビアも含めて、荷物の再点検が完了した。積載し直し、皆が馬車に乗り込む。
「では、出立致します」
レイが声をかけてくれて、緩やかに馬車が動き出す。
慣れない挙動にタロがきゃんきゃんと驚いたように鳴きだす。箱から出して胡坐の中に置き、撫でていると落ち着きを取り戻す。
『うま、はしる?』
『そう、馬が走っているよ』
昨日接触した馬の匂いが分かるのか、くんくんと嗅いでいる。嗅いだ事の有る匂いに安心したのか、とことこと床の布の上を歩き、皆の方に向かう。馬車の揺れにおっかなびっくりだが、徐々に慣れてはきている。
皆が抱き上げては構う。その度に匂いを嗅いで確認している。皆に慣れたのか、こちらに向かってくるので抱き上げる。荷物の隙間から前に出て幌を少し開ける。寒風が入り込むが、タロに外の景色を見せる。
『はやい……こわい……』
自分が出せないスピードで疾走している状況に恐怖を感じているのかこちらに縋りついてくる。頭を撫でて、慣れるまでじっと外を眺めさせる。やがて、危険な状況ではないと判断したのか体のこわばりが解ける。
『はやい!!』
きゃんきゃんと鳴きながら、馬車の中をくるくる走り始める。その姿を皆が微笑みながら見つめる。上下に揺れる度にぴょんと小さくジャンプしたり、楽しむようになっている。これなら大丈夫かな?
まずは最初の休憩ポイントまで様子を見て、一旦判断しよう。そう思いながら、私の荷物を漁る。あれを皆に紹介しないといけない。