第222話 馬って夜目が利くんですね
話を詳しく聞くと、どうも子爵の伝令隊に混ざって昨晩戻って来たらしい。向こうの出発が遅れ、夜を押してスピードを落とし村まで駆けたらしい。
危ない事をする。幾ら馬が夜目が利くと言っても御者は見えない。ライトなんて無い。月明りと星明りだけが頼りだ。少しでも木々に接触したら大事故だ。
カビア自身は、疲労の所為でまだ眠っているらしい。向こうでも無理していたんだろうか。18、いや19か。感覚としては高校を卒業した程度だ。
子供を働かせて、大人が働かないのは格好がつかないな。まぁ、こき使っているのが自分なのだから、許されないのは自分か。迷惑をかけているなと感じる。
使用人とは一旦昼食の時間に屋敷に赴く旨で伝えてもらう事にした。その時点で起きていない場合は私の方が出直す。それで伝えてもらう事にした。使用人が恭しく目礼し、去っていく。
時間は有るので、洗濯を済ませる。タロを構う時間が無くなる可能性は高いので、今の内に散歩を済まそうと首輪を取り出す。見た瞬間きょとんとした顔をした後、喜びだす。あぁ、夕方辺りで散歩に連れて行くのが多いから、学習しちゃったか。
洗濯前に尿、便は済ませたのを確認しているので首輪を取り付けて、外に出る。昨日の風と言うか嵐のような状況とは打って変わって、穏やかな日差しだ。嬉しそうに駆けだすタロに引っ張られるように前に進む。
少し違う道をと思い、北の森の方に進む。ギルド前を通り抜け、そのまま何時もの道に出る。道々の草花に気を取られながら、ゆっくりと歩いていく。ある程度で方向転換し、戻り始める。
風が無いので、気温は低くても暖かく感じる。ただ、冬本番の時期には入っているようなので、また昨日のような寒さになるかは分からない。この時期から雪が降るとも言っていた。
野営の際に雪が降るのは勘弁して欲しいな。それに馬達をどうやって保護するのか考えなければならない。雪道を走る馬なんて創作の世界では珍しくないが、実際の馬は普通に転ぶし、凍死する。この辺りはレイに任せるしかないか。
そんな事を考えながら村まで戻ってくる。タロも満足したのか、道が分かってからは家に戻る方へ誘導するようになった。今日は疲れても抱きかかえろとは言わないらしい。流石、男の子。
家に戻り、端切れで足裏を拭き、部屋の箱に入れる。最後まで頑張って満足したのか、自分から毛皮の中にもぞもぞと潜り込み、ぴょこんと顔を出す。水の皿を置いて、リズを探す。
納屋で塩漬けキャベツの作り方をティーシアからレクチャーされているリズを発見する。丁度良いので2人に昼はいらないのと子爵の屋敷に向かう旨を伝える。
「あれ?子爵様に用事なんて有ったの?」
リズがきょとんと首を傾げて聞いてくる。
「いや、昨晩カビアが戻ったらしい。現状確認と今回の領地視察の打ち合わせかな」
そう答えると、納得顔になる。
「分かった。いってらっしゃい。無理はしないでね」
リズがにこやかに送り出してくれる。
「うん。頑張ってくる」
部屋に戻り、男爵領開発の設計図を再度眺めながら、カビアへの指示を思い出していく。基本的には上総掘りの設計支援とその後はなし崩しに領地への資材管理と各建築プロジェクトのまとめ役になっている筈だ。
正直、この世界の建築基準が分からないので施工期間の見積もりも出来ない。人海戦術の3,4日程度で小規模な村1つを作り出す世界だ。良く分からない。昔工務店の社長に建築機器と材料と人手が揃うなら、ガワは1日だって聞いたけど、左官の人死にそうな気がする。壁、乾かないよね、それ。
そんな感じで過去を追っていたら、お昼近くなったので家から出る。ノーウェの屋敷に向かう。
門衛に用件を伝えると話が通っていたようで、さくっと使用人に案内されていつもの応接室に誘導される。使用人のノックの後、開かれた扉から部屋に入る。
「お久しぶりです。男爵様」
カビアが立ったまま待っていた。凛々しい顔つきだったが、記憶より精悍さが増した気がする。この年代の男の子は少し会わない内に大きくなる。
「座って欲しい。ご苦労様。その顔だと、大変だったみたいだね」
そう言いながら、ソファーに腰を下ろす。
「いえ。しかし、現場も見れずに対応となりましたので、齟齬は発生している可能性が高いです」
カビアも座り、話が始まる。
「それを見極める為、一旦現場を見ようと言う話を進めている。出発の予定は急で悪いけど、2日後辺りを予定している。可能かな?」
「はい。前回は参加出来ず申し訳御座いませんでした。今回は事務の調整、引継ぎも終えておりますので、可能です」
カビアが目礼しながら答える。んー。最近目上の相手とばかり話をしていた所為か落ち着かない。
「分かった。じゃあ、状況確認とするかな」
そう言って、現状の確認をカビアと行う。上総掘りの機材は私達が村に戻る前には出発している。帰り道のどこかですれ違ったのだろう。到着日から逆算しても20日近くは経っている。仕様通りのスペックなら、現地到着頃には泉脈まで到達する筈だ。
資材に関しては膨大な量が記載されている。紙の質が悪い為、嵩高いのかと思っていたが、元の枚数も多い。カビアがまとめてくれた資料から目を通していく。
領主館に関しては、当初想定通りの工期で進んでいるようだ。領地の顔になるのでしょうがない。
「既に基礎工事も完了しております。着いた時点での大幅な設計変更は難しい物とお考え下さい」
だよね。領主館に関しては諦める。町で言えば、各種ギルドの誘致には成功している。今後、東側の王国への玄関口になる町だ。どこも必死で食いついてくる。土地の売却益も既に結構な金額になっている。まぁ、一等地なので諦めてもらおう。
各種店舗等に関しても、王都やロスティーの領地からの推薦で大きめの信用出来る商会が入ってくれるらしい。現在はフェンがまとめ役になって、各店舗の調整を進めている。フェンにも長く会っていない。久々に会えるかな。
温泉宿及び歓楽街に関しては、少し工期がずれている。改修案が大きかった為、如実に影響が出ている。ただ、迎賓館としての温泉宿は優先して建築中との事だ。良かった。
「家名をお決め下さい。正式書類への署名が滞り始めています」
あぁ、貴族は家の名前を決められるのを忘れていた。今後、正式書類への署名はフルネームで記載しないと駄目なのか。略式紋章で処理出来る書類は今まで通りらしい。匙加減も確認していかないと駄目だな。
「マエカワでお願い出来るかな。アキヒロ・マエカワで進めて欲しい」
「綴りは……はい。分かりました。これで進めます。後は……」
その後は細かい決裁系の処理だった。ただ、金額は桁が2桁程多い物ばかりだったけど。ロスティーとノーウェがやり過ぎている気がする。特許の独占販売権に関する決裁もここで一旦進める。両名絡みの商会が製造販売に噛んでくれる。私は純利益の一部だけ貰う形だ。
「はい。滞っていた部分で処理しなければならないのはここまでですね」
カビアがそう言った時には昼は大分過ぎていた。使用人に確認すると、軽食は用意してくれているらしい。部屋を移動して、ランチミーティングとする。
「荷物ですか?ほとんど政務絡みの書類です。野営の準備は無いですね。下着と服程度です」
パンと簡単な料理を食べながら、カビアと遠征に関して話をする。やはり官僚系なので、その辺りは用意していないか。長期間の野営はちょっときついかもしれないが、そこは我慢してもらおう。
食事を終えて食休みを取りながら話をしていたが、どうも反応が鈍くなってきた。疲労が出て眠気が襲っているのだろう。
「大分疲れているようだから、残りは明日にしよう」
そう言うと、粘らずあっさりと承諾する。本人も自覚していたのだろう。そのまま部屋に戻るらしい。
ノーウェに挨拶だけでもと思って使用人に声をかけてみたが、生憎来客対応中らしい。まぁ、明日も有るので問題無いかと、辞去する。
家に戻る道で決裁内容を反芻していく。今回の町の部分だけで無く、農地や水回り系も動き始めている。東側への調査も含まれていた。色々問題も解決しないといけない事も山積みだなと苦笑が漏れた。