第213話 鴨のソテーも焼き方で柔らかくジューシーに仕上がります
衝撃の告白を聞いたが、お仕事はお仕事なので、薪拾いに戻る。広場には少しずつズタ袋が積まれている。昼、夕、朝の三食分だ。結構な量になる。
薪もまだまだ足りない。周囲を『警戒』しながら、ぽいぽいと手頃な薪を拾い集める。ある程度溜まればロープで縛り、結束分を積んでいく。小山を作りながら担ぎ上げて持ち帰る。
流石にもう十分だろう。もし残ったら、置いておけば後の冒険者が使うだろう。こう言う小さな親切が根付くと良いんだが。
そう思っていると、鳥を狩ってリズとロッサが帰ってきた。結構な数だが、まぁ人数と三食と考えるとこんなものか。どうも、近くに湧き水ベースの池が有って、水鳥も住み着いているらしい。鴨かぁ。羽毛布団が欲しい季節だ。
30羽程度は狩っているので、1羽からダウンが10gと計算しても300gか。集め始めるのも手かな?
「リズ、鴨の胸元のこの毛だけ分けて集めるのは可能かな?後、この小さな羽も分けて欲しいんだけど」
「ん?分かったよ。可能だけど、ちょっと面倒かな。何かに使うの?」
「んー。防寒具?」
「また何か考えたんだ。ロッサ、大丈夫そう?」
リズが聞くとロッサがにこにこと頷く。大丈夫そうだ。
確か量販店のダウンジャケットのダウンが170g程度だった筈。その2倍のダウンに、スモールフェザーを合わせれば、薄手の掛布団には出来るか。
匂いがあれだから一回きちんと洗浄しないと駄目かな。毟ってくれている羽を嗅いでみるが、少しだけ臭い。アルカリ性には弱いので、石鹸は無理か……。水洗いしかないかな。
リズとロッサの手で、次々と毟っては袋に詰められていく。きちんと向きを考えて毟っているので、折れたり血が付いたりはしない。
寒空の下の作業は辛いので、現在1軒の簡易宿泊所の中での作業だ。竈では火を焚いている。徐々に部屋の温度は上がってきた。しかし、煙突まで管路を作るんだから、よくやるなとは思う。
毟って捌いた鳥を貰い、作業台の上で、切り分ける。お昼はソテーで良いかな。汁物はモツを煮込んで作れば良いか。後は骨を炊いて、夕ご飯は鴨鍋だな。
そんな事を考えていると、続々と皆が帰ってくる。野草類もまだまだ葉物が残っている。ハーブ系も有るので煮込みに投入しよう。かなり乾燥した唐辛子も有ったのでこれは別で保管しておこう。今後色々使えそうだ。
外から帰ってきた皆が椅子を寄せて、竈の周辺に集まる。流石に寒かったらしい。
「椅子、焦がさないでね」
皆に声をかけると笑い声が返る。
「ギルドから苦情が来るからしないわよ」
ティアナが苦笑気味に答える。
ハーブを細かく刻み、ある程度の大きさに切った下味を付けた鴨に塗していく。
この時点で使わない物は紐で縛って吊るして置くらしい。まぁ、今晩だけだから腐敗も気にならないか。空いている1軒を借りよう。
鴨の脂だけを別にしていたのを弱火でじっくり溶かしていく。溶けたら強火で鍋を一気に温める。煙が上がる手前の十分に熱せられたところで肉を投入する。横では葉野菜を茹でている。
肉を転がし、全面の色が変わったところで蓋をして、火から遠ざける。鍋の距離調整も出来るようになっているので、この竈便利だな。茹でた葉野菜は冷水にさらす。発色したところで絞って皿に置いておく。
汁物はハーブを揉み込み、香りで臭みを消したモツのぶつ切りを投入していく。腸も裏返して丁寧にしごいて洗浄した。ぐつぐつと煮ていると、色が変わっていく。腸から脂が溶けだしてくるが、丁寧に掬って捨てる。
内臓の脂が臭みの元にもなる。煮込みの時は極力捨てた方が良い。ネギ系の香草の香りがキッチンに充満してくる。塩味を調整し、こっちは完成だ。
ソテーの方は良い感じの音が聞こえてくる。焼き過ぎると固くなるので余熱で中まで火が通る計算をしながら音で判断をする。この辺かな。そう思って瞬間蓋を開けると、ハーブと鴨の焼けた香ばしい香りが一気に広がる。
後ろで生唾を飲み込む音が聞こえた。フィアか?厚手の大皿を生成し、火で温めて、そこに肉を置いていく。鍋に残った脂と肉汁に赤ワインをかけて、こそいでいく。調整程度の塩を振り、フランベをしてアルコールを飛ばす。
若干とろみが付いた時点で、皿に回しかける。
「昼ご飯出来たよ」
そう言うと、皆が席をテーブルに移動させる。横に6人が座れる大テーブルだ。皆が余裕で座れる。スープも深いスープ皿を生成して、そこに注いでいく。主食は携帯食で良い。
「んじゃ、初めての簡易宿泊所の視察と言う事でお疲れ様でした。かなりの物なので驚きましたが、実際の使い心地はきちんとレポートしてギルドに提出しますので忌憚の無い意見を教えて下さい。では、食べましょう」
そう告げて、スープに口をつける。モツの臭みは若干感じるが、ハーブで相殺されて食べられない程では無い。モツ独特のくにゅくにゅした触感やこりこりした触感が口を楽しませる。
ソテーは赤ワインベースのソースの香りが鼻に香る。口に含んだ瞬間、鴨独特の香りが広がる。噛むと肉汁と脂がじゅわっと染み出し、口内で洪水を起こす。甘みとうまみが混然一体となる。
柔らかな肉は噛む度にスポンジのようにうまみを吐き出す。あぁ、至福だ。
「これは……。この簡易な設備で宿の食事より美味いとは……。驚いたで御座る」
リナがソテーを咀嚼して、目を見張っている。他の皆も、それぞれ感想を言いながら、ぱくぱくと食べ進める。10羽分の肉なんだが、もう殆ど無い。ドルはモツスープににこにこだ。本当に内臓系好きだな。
スープと一緒に携帯食を頬張りながら、皆に周辺の様子を確認する。水場も近いので生活は苦にならないだろう。長期滞在も可能なので、等級が高い冒険者がここを拠点にするのは間違い無いと言うのが大方の判断だ。
そういう意味では作った甲斐が有ったと言う物だ。提案した身としても嬉しい。
皆が食休みをしていると、そっとドルがロッサを連れて、外に出る。有言実行、行動が早いな。夜の星空の下でとかロマンチックは無いのか?その辺のムードは後回しなのか?
今日のこれからの予定を確認してみたが、少し周辺を探ってダイアウルフがいるなら狩ろうと言う話になった。まぁ、大規模な群れで無ければ良いか。前回の教訓を生かし、無理はしない。
竈の熱で温かな部屋の中、ゆったりとした時間を過ごす。あぁ、こんな時間も偶には悪くない。そう思った。