第211話 おいでませヴィレッジ・ダイアウルフ?
1月15日は晴れ。森に出る予定なので本当に助かる。小雪がぱらつく中の森の中を歩くのは避けたい。窓を少し開けてほっとしながら窓を閉じる。日はまだ上り始めたばかりだ。
タロはまだ眠っているが、便の状態は良好だ。昼食の鳥が大丈夫なら、次はイノシシで試せる。キッチンに向かい、タロの朝ご飯の準備をする。
準備と言っても、イノシシを喉に詰まらない程度の大きさに切り分けるだけだが。起きだしてきたティーシアに朝の挨拶をして、部屋に戻る。
タロはドアを開ける音で覚醒したのか匂いに気付き、はっはっと呼吸を荒げている。箱から取り出し、床で待たせる。今日は掌ではなく、皿で食べてもらう。
じっと真剣に皿を見つめるタロ。良しと言った瞬間、猛列に飛びつく。皿を引っ繰り返さんばかりの勢いだが、何とか無事そうなので安堵した。
ティーシアは皿であげていたようなので、試してみたが、問題は無さそうだ。塊をはぐはぐと夢中で頬張り咀嚼するのは可愛い。
その間に便と敷布の処理をする。遠征なのでティーシアにお願いするしかないか。申し訳無いなと思いながら、外に便を埋めに行き、ざっと敷布を水で流しておく。
戻ると食べ終えたタロが構ってと言う感じで座っているので、毎度の骨を取り出す。放り投げると鋭いダッシュで咥えにいく。結構脚力も付いてきた。
散歩必須だな……。でも、ハスキーだって確か1日20から30kmは散歩する筈だ。狼のテリトリーが大体100から220平方km程度だ。10kmから15km四方のテリトリーを巡回する。
成犬になったら散歩に付き合えば痩せるかな?でも、ホバーで楽するだろうと考えて、あぁこれが痩せない理由かと納得する。
取り敢えず、骨以外のおもちゃを開発するか……。噛むだけならしっかりした粘りの有る木材で骨型にすれば良いし、引っ張るなら太めの紐かな。遠征から戻ってきたら、頼みに行こう。
そんな事を考えながら、ベッドで寝ているリズを起こしにかかる。低血圧なのか寝起きはちょっと悪い。それでも可愛い奥様だ。キスした後に、耳元でおはようを囁く。
「んあ!!あ、おはよう、ヒロ。もうちょっとソフトな起こし方が良いかな?ちょっとくすぐったい」
「呼んでも、揺すっても起きないよ?また方法は考えておくよ」
そう言いながら、抱きしめて上体を起こし、そのまま布団から引き抜く。
「大分寒くなったね。タロもおはよう」
リズが声をかけると、タロがリズの足元に擦り寄り、また骨に戻る。人間が寝て起きると言う動作は理解したようだ。
「さて、お母さんの支度を手伝ってくるよ」
そう言って、部屋を出ていく背中を視線で追う。自覚が出てきたのか、立派になっている。誇らしいと思うが、これだと父親目線か。私の奥様は立派な奥様だよって叫びたい感じかな。
着替えを済ませて、朝ご飯の手伝いに向かう。ティーシアが既にほとんどを済ませており、やる事は皿運び程度だった。アストも起きてテーブル前に着席している。
朝ご飯を済ませ、アストを見送り、リズの装備を手伝う。タロの面倒はティーシアに任せて、冒険者ギルド前に向かう。
宿組は今日も先に待っている。こちらを見つけたフィアが手を振り始める。
「おはよう、皆。体調は大丈夫?無理は無しだよ」
「リーダーの方こそじゃん」
フィアが昔の事を思い出したのか悪戯っ子の顔で混ぜ返す。
「私は大丈夫。今回は設備の見学と実際の使い心地の確認だけだよ。積極的な狩りは無しで。ただ、油断も無しで」
「大丈夫よ。その辺りは注意するわ」
ティアナが自信有り気に宣言する。頼もしい限りだ。
「あれ?リーダー武器変えたんですか?」
チャットが不思議そうに指を指す。
「そうで御座るな。槍からグレイブで御座るか……。長柄でも随分と方向が変わったで御座るな」
リナも首を傾げながら聞いてくる。
「人型や熊相手なら、短槍の方が牽制しやすいけど、狼系は素早いから懐に入られた時点で噛みつかれるよ。同じ長柄なら、その前に薙いで牽制出来ればってね。装甲無いしね。近付かせない方向に変えようかと」
ホバー頼りの服だけだが、当たらなければどうということはない。
そう言うと皆、納得いったように微笑む。
それぞれの荷物の確認をしてもらっている間に、ギルドの受付に今回の遠征情報を伝える。ハーティスはいない。まぁ、混乱はまだ続いているようだから、会っても愚痴の可能性が高い。取り敢えずは意識から外しておく。
戻ると、用意も終わっているようなので、屋敷に向かい、馬車に乗り込む。レイの分の荷物、飼料も積載されているのを確認し、森に向かう。
「では、男爵様ご武運を。そうそう、子爵様より伝言です。カビアさんが近く戻られるそうです」
馬車から降りて森に向かおうとすると、レイから声をかけられる。あぁ、入れ違いが続いていたので忘れていた。領地視察なら、カビアも連れて行かないといけない。
と言うか、執事業させていないな……。うーん、雇用契約の条件だと実質家宰扱いだから良いのか。ノーウェとのパイプ役にばかり走ってもらっている。偶には一緒に行動するか。
「分かった。態々ありがとう。じゃあ、明日には戻る予定だから。もし明日中に戻らなければ、冒険者ギルドに報告して欲しい」
「はい。移動経路も頂いておりますので、捜索隊は手配致します。私も同行致しますので大きな問題は無いかと。では、いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げるレイを後に、森に侵入する。軍と同行した際には静かな森だったが若干活気は戻っている。だが、まだ集落を破壊している部隊が残っている為か、少し雰囲気が違う。まぁ、冬籠りが始まっているのかも知れないが。
道は切り開いた道を使い最短経路を進む。ただ、藪も徐々には再生するので切り開き直す必要が結構有る。ティアナやロッサ、リナが積極的に切り開いてくれる。
ロットが周辺を『警戒』で探索しているが、1度動かない熊の気配は感じたと報告を受けた。朝晩は0度を下回る日が出始めているのだろう。冬眠し始めた熊もいるのか。ポイントを地図に記載しておく。帰りは川沿いになるので、経路が違うが、この冬の間に森に入るならこいつの様子を見てみよう。
もう、歩み慣れた道だ、最短距離を痕跡を辿りながら、さくさく進んで行く。そろそろかと言う地点で、ばっと視界が開ける。うわぁ、柵が結構高い。2m近くのしっかりした柵が目の前に建っていた。
「これ、本気ですやん……」
チャットが柵を見て呆然と呟く。
「子爵様にどのように伝えたんですか?」
ロットがちょっと眉根に皺を寄せて聞いてくる。心外な。悪い事はしていない。
「いや。ダイアウルフ狩りに便利だから、セーフゾーン作りましょうって言っただけなんだけどね……」
うん、私も驚いた。
「えーと、見る限り小規模な村みたいね。中に入りましょう」
ティアナが柵を押して確認しながら提案してくる。
皆で柵に沿って歩いていくが、周りの森も周囲10m程がきちんと伐採されて、根っこも掘り起こされて整地されている。獣もこうなると近付きたがらないだろう……。
半周もすると閂がかかった状況の扉が発見出来た。獣相手なら、これで十分か。開けて観音開きを引く。あぁ、外から攻められた場合扉で止めるのか。最悪開けた拍子に攻撃を叩き込むと。
内側にも閂が付いている。あぁ、先に入ったパーティー優先にするのか。まぁ、そう頻繁に奥に来るパーティーもいない。ギルドできちんと説明したら喧嘩にもならないし、最悪中を呼ぶのも可能か。応えるかは、中のパーティー次第だけど。
中に入ると、ちょっとした庭と言うか広場サイズの空間に4軒のしっかりした建物が建っていた。
「これ、簡易宿泊所レベルじゃ無いです……。きちんと家屋ですよ?」
ロッサも流石に呆然と呟く。
「うん、驚いた。子爵様と言うか、軍の皆さん頑張ったね……」
そう言いながら、家屋の扉を開ける。家屋は内側の閂だけだ。中に入ると土間できちんとしたサイズの竈が2基、設置されていた。家事用のテーブルと食事用のテーブルも有る。
「これ、きちんとしたキッチンよね……」
リズも流石に驚いたのか、囁いてくる。
奥にも扉が有り、開けると暗い。かすかに照らされる太陽光を頼りに窓の閂を抜いて、開く。背後には24畳程度の空間と棚が設置されている。何も無いからだだっ広いな。
ここの扉にも閂が設置されている。うわぁ、きちんと作られている。どこまでも防衛を考えている。
「これと同じ設計で4軒か……。どれだけの額がかかっている?」
ドルが流石に思案顔で聞いてくる。
「柵も合わせると5千万超えるんじゃ無いかな?ダイアウルフ10匹分?」
私も唖然としながら答える。
「止めて。その単位を聞くと、金銭感覚が狂うわ……」
ティアナが嫌そうに答える。
そう、このレベルの集落を作っても、ダイアウルフ10匹で元が取れる。怖い。
皆で手分けして、他の3軒も調べてもらう。10分程で皆が再度終結する。微妙な顔をしながら頷き合う。どうも同じ設計で作られているようだ。
広場の部分を見ていると、掘り起こした跡が残っている。これ、井戸を掘ろうとして水脈に当たらなかったのか……。井戸の維持も結構大変だ。これは無い方が正解だろう。あまりに厚遇過ぎる。と言うか、軍の工兵の力を嘗めていた。こんなに立派な建物と柵をあの短期間で作るか……。人海戦術と言っても凄い……。
「子爵様を本気にさせると、怖いね」
そう言うと、皆がうんうんと激しく頷く。はぁぁ。ノーウェ凄い。潤ってるって言ってたけど、桁が違うな……。億程度の単位じゃない。何十とか何百億の世界なんだろう……。
まぁ、目的は達成した。予想を遥かに超える厚遇だけど。
ちなみに、使い方は青銅のパネルに浮き彫りにされて各家屋の扉の横に釘付けされていた。綺麗に使え。壊したらギルドに報告しろ。故意の場合は弁償しろ。逃げた場合はギルドが責任を持って追う。等だ。
改めて柵を内側から見ると、きちんと支えが付いている。これ鈍器で殴る程度では破れない。小規模な砦と言っても良い。軍事施設じゃん、これ。
「はぁぁ。まぁ、折角だし今日はここで泊まろう。まずはお昼だね。周囲で薪集めと採取、狩りをしていこう。じゃあ、始め」
そう言うと、呆然としていた皆も徐々に正気を取り戻し、散らばって行った。