第210話 同じ長柄の武器でも用途が違うので使用感は変わります
家に戻ると、犬と戯れる美少女の図が有った。いや、骨を引っ張って遊んでいるリズだけど。
「面白い?」
「何か、ぐるぐる唸って引っ張ってくるから、止められない?」
タロ、骨には野生が目覚めるのか。と言う訳で、お散歩タイムとなった。
「首輪の穴は今はここ。成長したら穴を広げてあげて。特に今成長期だがら、指を差し込んで都度確認するくらいで丁度良いよ」
リズに首輪の着け方を教える。タロは首輪をつけた瞬間から、大はしゃぎだ。昨日の経験が有るので分かるのだろう。
スコップと端切れを縫った袋を持って、リズとタロで散歩に出かける。
もう、玄関を出た段階でタロはフィーバー状態だ。しっぽは止まる所を知らず振られっぱなし。あらゆる物に興味を示し、ふんふんと嗅いでは確認していく。
「凄いね。何か、興味津々って感じだね」
リズが初めて見るタロの姿に、興味深そうな目を向けている。
「全てが未知だから、気になるんだろうね」
そう言いながら、徐々に道を進む。リズと色々と出会ってからの事を談笑しながら、緩やかに歩くこの時間は何物にも代え難い。この世界に来てこんなにゆっくり時間を過ごすのは初めてではないだろうか。
タロはまだマーキングの概念が生まれていないのでそこらでシャーとはしない。トイレは済ませて出てきたが、もつかどうかはちょっと分からない。
「お昼は食堂かな?」
ノーウェと話し込んでいたら、結構な時間が経っていた。もうお昼時だ。
「うん。タロもまだ小さいから、外でつないで大丈夫だと思う」
まぁ、裏につながせてもらうか。人を噛まないように注意はしないといけない。怪我する程の力は無いが、それでも狼だ。
食堂に着いて事情を説明すると、裏庭につながせてもらえるようになった。柱にリード代わりの紐を結んでいると不安そうにするかと思ったが、案外普通で、逆に周囲を興味深そうに観察して嗅いでいる。余裕有るな、タロ。
そのまま食堂に入り、昼ご飯となった。本日は鳥のソテーだ。リズが幸せそうに頬張る姿を見ていると、平和な時間を実感する。あぁ、この時間を守れて本当に良かった。
食堂の主人に鳥をある程度刻んで貰えるか相談すると定食代で問題無いとの話なので、それでお願いする。食事を終えて、暫く休憩しているとウェイトレスが皿に盛った肉を差し出してきた。
代金を先に支払い、裏に回る。タロはそろそろお腹が空いてきたのか、座り込んできゅんきゅんと鳴いている。近付くと気付いたのか、目を輝かせて、しっぽを振る。
鳥を匙で掬い、掌に乗せて、待て良しをして食べさせる。潰していないが問題無く咀嚼している。胸肉で繊維質だし筋も有るので、今晩の便はチェックの必要が有るか。
『鳥だよ。イノシシじゃ無いよ』
『とり?いのしし、ちがう、とり、うまー!!』
イノシシでも鳥でも関係無く美味いらしい。まぁ、肉には違いないか。ただ、若干うまいのニュアンスが違う感じがしたので、イノシシと鳥の違いは分かっているようだ。
食べ終わり、掌を舐めつくして、終了らしい。いつもならもっととせがんでくるが、今は周囲が興味の坩堝だ。食欲よりも周囲の把握の方が優先順位が高い。
預かっていた皿を返して、またタロの散歩に戻る。リズもいつもの少し張り詰めた様子は無く、天真爛漫な年頃の笑顔を見せてくれる。惚れ直した。良かった、この時間が有って。
畑の周囲を歩いていると、タロが疲れたのか擦り寄ってくる。掬い上げて抱きかかえる。
「タロはそろそろお疲れみたい」
「まだ歩き始めたばっかりだもんね。もう少しだけ歩いて帰ろうよ」
リズが微笑みながらタロを撫でそう言う。リズもこの時間が惜しいと思ってくれているようだ。
そのまま芽が出て緑の絨毯になった畑の周りをゆっくりと歩く。秋蒔きの小麦は冬の寒さをこのまま耐えて、6月頃に一気に成長する筈だ。それまではこの姿のままだろう。
中々都会では味わえない、牧歌的な風景に心が洗われながら、リズと手をつなぎゆっくりと歩く。
「そろそろ戻ろうか?」
冬の寒さで体も冷えてきた。
「そうだね。うん、楽しかった。ありがとう」
リズが笑顔で答える。
帰りもゆっくりと惜しむように進んでいく。いつか領地経営が回り始めたら、こんな時間が取れれば良いなと心から思った。
家に戻ると、タロが箱の中へ入れるようせがんでくる。少し便を我慢していたようだ。終了すると、ほっとした顔で足を舐め始める。
自傷行為ではなくグルーミングの前兆行為っぽいのでそのままにしておく。箱の敷布は取り替えて、便の処理と洗濯はしてしまう。
リズもパタパタと行動しているのを優しい目で見守ってくれている。
「ヒロ、働き過ぎじゃない?」
ニコニコとしながらリズが声をかけてくる。
「リズ、怠け過ぎじゃない?ティーシアさんに怒られるよ」
そう言い返すと、またぽかぽかと殴ってこられる。
「ごめんごめん。折角の休みだからゆっくりしたら良いよ」
両手を抱きしめて、そう言うとリズの機嫌が直る。ただ、怠け者と言う言葉には思う事が有ったのか、ティーシアの手伝いにぴゃーっと向かう。
私は『薙刀術』の件が有るので、槍を持ち、ネスの元に向かう。
「こんにちは。ご機嫌如何ですか?」
「良いよ。はぁ、もう良い。慣れた」
ネスが若干疲れた顔でこちらを向く。
「どした、今日は?」
「グレイブ、有りましたよね。在庫有ります?」
「あぁ。有るが、短いのでも長いぞ?短槍に慣れているなら、使用感は大分変わる」
そう言いながら、奥の在庫からグレイブを取り出してくる。全長で2mは有る。先の刃の部分も40cmくらいか。
「槍は突くが、グレイブは薙ぐのが基本でな。遠心力で切るのが前提だから短いのは無いんだわ。振ってみるか?」
折角なので、裏庭で振ってみる。グレイブもどきは使っていたが、本物は全然違う。ただ、薙刀部の子が振っていた素振りを試すと刃を立てた状態でもスムーズに振れる。
『薙刀術』『軽業』『剛力』の影響か、長いが重い感じはせずに、ブンブンと振り回せる。ちょっと楽しい。しかし、これ、個人が持つには邪魔だな。
槍なら点で牽制が出来る。グレイブも切っ先が有るので突けるんだが、線での牽制だ。重装相手に急所を狙ったりは難しい。勢いよく薙いで牽制するスタイルか……。複数相手ならそれも有りかな。
でも、槍のサブウェポンがグレイブってどうなんだろう。ダイアウルフを考えると接近させないのが主眼なので、グレイブの方が便利か……。両方担ぐのは重くは無いが邪魔だな。
「これ、幾らですか?」
「8だな。鞘は付ける」
んー。試す程度なら良いかな。これで槍2本とグレイブ1本か。置き場所を考えないと、転がしっぱなしだ。よし、次の遠征はグレイブで参加だ。
「じゃあ、貰います」
支払いを済ませて、いつもの訓練場所で槍と比較しながら使用感を確かめていく。武器の1.00も結構大きい。無理な姿勢からフェイント混じりの攻撃を出しても『軽業』の効果で気持ち悪い挙動の有効打に変わる。
1時間と少し振り回していたが、流石に疲れてへたり込む。慣れていないのと、重さは感じないが、体を動かすと体力が減るのは変わらない。結局今のスタミナではこの辺りが限界なのだろう。
ここからは、魔術の訓練に移行し、過剰帰還の度にカイロの件を考える状況を続ける。体力が戻ればグレイブを振る。
空が赤く染まる頃に大体の感覚が掴めたので、家に戻る事にする。流石に使い方も分からない物を持って、いきなり実戦は無理だ。
家に戻り、食事の準備をしているティーシアにタロの食事の件を報告する。今晩の便の状態を確認して問題無ければ、離乳食卒業で話はついた。そのまま調理の手伝いをしているとアストが帰宅する。
夕ご飯を食べ、お風呂まで済ませる。今日は珍しくリズがタロの面倒を全部見てくれた。
「私、ママなんだから。きちんと面倒みるわよ」
そう言いながら世話をしている姿を眺めていると、何処か優しい気持ちになれた。
「こんなにゆっくりした日は久々ね」
リズがほかほかの状態でベッドに潜り込み、湯たんぽを抱きながらそう言う。
「そうなんだ。いつも狩りとかで忙しいもんね。今日はゆっくり一緒にいれて幸せだったよ」
頭をゆっくり撫でながらそう答える。
「私も、村をゆっくり歩くなんて中々無いから新鮮だったよ。ありがとう、ヒロ」
「こちらこそ、一緒に遊んでくれてありがとう、リズ」
二人で笑い合いながら、目を閉じる。久々の休みは良い休みになった。心の中の重しも少しだけ軽くなった気がする。そう思いながら、意識を手放した。