第204話 子犬の離乳食の時期、便が固いときちんと排泄出来ない事が有ります
1月11日の朝はタロの悲痛な鳴き声で目を覚ます。見てみると、固い便が引っかかって上手く出せないようだ。
『まま、まま、おしり、おもい、いたい』
混乱して、兎に角、泣き叫んでいる。慌てて駆け寄り、お尻の穴を刺激して緩めて、摘まんで引き抜いてあげる。かなりコロンとした便だ。
ここまで来たら、もう普通に消化出来ている。そこには安心した。後、臭いはかなりきつくなっている。もう、普通の便だ。
『まま、だいじょうぶ、いたい、ない』
親狼なら、こう言う時、お尻の穴を舐めて刺激して括約筋を緩めさせるのだが、そこまではちょっと出来ない。これはティーシアに伝えて、主寝室で預かってもらおう。
時間的には予定より大分早い。日も全く昇っていない。目が覚めたので、タロの食事の準備を始める。方針は間違っていない。昨日と同じく若干繊維を残してイノシシの肉を磨り潰す。乳はもういいだろう。
部屋に戻ると、匂いで気付いたのか猛烈にしっぽを振り、はっはっとちょこんと座りながら待っているタロがいた。待てとかお座りを教えていないが、襲ってこないのは賢いな。もう少し大きくなったら襲い掛かってくるのだろうか。
掌に塊を置き、鼻先に近付ける。
「タロ、待て」
『タロ、待て』
『馴致』で伝えながら、言葉でも伝える。咥えようとすると、避ける。その内観念したのか、大人しく匂いを嗅ぐだけになる。牙の間から涎が垂れている。
「タロ、良し」
『タロ、良し』
そう言うと、違う言葉に反応したのか、猛烈な勢いで咥え、咀嚼し始める。
『まつ、いのしし、うまー』
喜びを思いと体中で表現しながら、食べていく。何度か待てと良しを繰り返し、指示を聞く事に慣らしていく。これもティーシアにやってもらわないといけない。
結構な量を食べ終わり、満足したのか掌をぺろぺろ舐めている。餌の匂いと私の匂いで安心するのか喜びの思いが伝わって来る。
少しスキンシップをして、綺麗にした箱に戻す。洗濯までやっている暇は無い。これはティーシアに任せよう。リズを起こして、準備を始める。ティーシアも気配に気づいたのか起き出して、朝食の準備を始めてくれる。
リズは昨日の帰りにドルから受け取ったのか、足回りの装備を新調している。靴擦れの心配は有るが、厚手の布を当てているので問題は無いらしい。
「足先含めて、きちんと動くし、保持も出来る。良いね、これ」
ベッドに座り、器用に足首を回している。靴底には鈍いスパイクが付いており、少々地面がぬかるんでも滑らないようになっている。ただ、濡れた石畳等では滑りそうなので、そこは留意してもらう。
アストもかなり早いが起きて、食事に混ざる。心配はしていない様子だが、娘の事だ。隠しているだけだろう。ティーシアにタロの世話の注意点を追加して説明しておく。
食事を終え、荷物も含めて最終点検を終えて、玄関に立つ。
「娘を頼む」
アストが言葉少なに、見送りに立ってくれる。力強く頷き返しておく。
「では、行って来ます」
そう言って、ギルド前に向かう。もう、皆は集合して談笑を始めている。そのまま合流して、村外れの軍との合流ポイントに向かう。
現場では、多数の兵士が整列して、息を殺し、指示を待っている。その威圧感を感じるだけで、精兵と分かる。咳一つ無く、休めの姿勢で立っている。
私達は、指揮官達の天幕に誘導される。その中で、ノーウェと何時もの指揮官が話し込んでいた。
「おはようございます、ノーウェ様。本日より、お世話になります」
「おぉ、おはよう。早いね。素晴らしい。良い事だよ。丁度作戦会議を始めようとしていたところだよ。参加して」
そう言って、席を勧められる。騎士団長、副騎士団長と、約100人ずつを率いる騎士長と副騎士長、ノーウェ直轄の諜報兼斥候部隊の長、輜重隊の長達が集まり、広い天幕の中を熱気で包んでいる。
基本的な動きとしては先行している斥候部隊と合流して、状況把握をした上で最終判断を騎士団長が決める。
現時点での大まかな作戦は、周囲を取り囲み、弓兵の一斉射撃で威嚇及び足止めをした上で、重装部隊が突入して殲滅がコンセプトだ。弓兵は逃走するオークを狙って撃つ。
我々は遊撃として、重装部隊の背後を回りながら、逃走したオークを討つのが役目だ。指揮に関しては騎士団長直轄になっている。男爵故に無碍にも出来ないのだろう。
騎士団長も顔は知っているし、言葉も交わした。相手も私の実力は知っているので心配はしていないようだ。ざっとした説明と質疑応答が終わり、皆で天幕から出る。
ちなみに、ノーウェはお留守番だ。流石にオーナーが出る現場じゃない。ギルド制圧の時は神明裁判の為に参加しただけだ。
ノーウェが壇上に立ち、兵達に激励の言葉を投げる。静かな兵達のボルテージが上がるのが、吐く白い息が濃くなる様を見て良く分かった。はぁぁ、やっぱり為政者だわ、この人。
「全軍、進軍を開始せよ!!我らが庭を汚す者を誅せよ!!これこそが我等の義務であり、君達の存在価値だ!!存分に成果を上げよ!!」
ノーウェがそう言った瞬間、重装部隊は胸を叩き、槍等の長柄の部隊はその石突を叩きつけ、その他の兵は歓声を上げて同意を表現する。凄い迫力だ。見ているこちらが圧倒される。
私達は馬車で殿に付き、移動する。先頭部隊から緩やかに滑らかに進軍を開始するのを見ながら、馬車に乗り込む。前方には騎士団長達の馬車が停まっている。
「男爵様、ご武運を」
レイが何時ものように挨拶と共に、積載の手伝いをしてくれる中、そっと激励の言葉を投げてくれる。目礼で返し、馬車に乗り込む。発車までは暫く余裕が有る。
「いや、昨日は頂きました湯たんぽですか?試してみましたが、これが良い物で。この歳になりますと、やはりベッドは寒うございます。あまりの違いに驚きましたよ、ははは」
レイが戦争前の緊張を和ませるつもりか、何時もの口調で明るい話題を振ってくれる。老兵の強さは現場経験の濃さに有る。やはりこの人は一味も二味も違う。
まぁ、湯たんぽって何?が仲間の中で話題になり、対処が面倒と言うのも有ったが。リズに任せて、前方の動きを観察する。
流石に純粋兵力だけで400の兵団だ。そうそう素早くは動けない。それでも定められた手順に合わせて、素早くきびきびと行軍を開始している。
400ぽっちと思うかも知れないが、30人学級のクラスを13クラス同時に動かすのと同じだ。小さな小学校なら全学年の合同集会の規模だ。
伝達を伝令に頼る世界では、この規模はかなり大きな規模に分類される。三国志等では10万の兵力とか言っているが、純粋兵力はその何分の一だ。輜重や伝令、斥候その他も含まれる。
それに集団ごとに指揮官が権限を持って行動しているから、あの規模を運用出来る。そうで無ければ、移動させるだけで日が暮れる。
子爵の子飼いの兵力でこれは異常だ。その上でまだ兵を集結出来るんだから、ノーウェの軍才も大したものだ。
そうこうしていると、馬車が緩やかに発車する。がくんと言う感じもさせず、滑るように進める。レイも十分傑物だ。
森の入り口までは、そのまま進む。森の入り口で改めて隊を分けて、進軍を開始していく。私達もレイが組み立てた荷車に食料等を乗せて、後を追う。
森の中は、人間達の大群に驚いたのか、物音がしない。何時もなら、何かしらの音や声が聞こえるのに、静かにじっと息を潜めている。
そのまま、皆の後に付きながら、お昼ご飯のポイントまで一気に進む。前方では偶々、遭遇したゴブリンが狩られたりしているが、被害は皆無だ。
昼食ポイントでは、配給が行われていたので、それに混ぜてもらえた。どうも我々も食料計算の数の内らしい。念の為に7日分の食料は積んでいるが、それは予備だ。
配られた食事を取るが、これが中々美味しい。食べた瞬間、皆驚いていた。軍の食事なんて不味い物と決めつけていたが、きちんとした料理だ。ノーウェのそう言う神経質なまでの心配りに感嘆する。
そのまま食休みと並行し、輜重隊は後片付けに追われている。戦闘に参加しないからと言って暇な訳が無い。皆それぞれが役割を持ち働く。その当たり前の姿を見て、感動してしまった。大河ドラマ等では見えない裏の姿だ。
後、異常に薪の積載量が有る。暖を取ると言っても異常だ。その辺りを輜重兵に聞いてみると、殲滅後の死体を火葬する為らしい。この世界でも死体が大量に腐ると悪い病が発生する事を経験で理解している。戦後処理を考えた場合、速やかに焼いて仕舞う為に薪を用意しているらしい。用意周到で驚いた。そこまで先をきちんと見ているんだから、流石ノーウェだ。
そのまま大きな戦闘も無く、本日の野営ポイントまで辿り着く。軍中央の少し広めの空間が割り当てられて、本当に賓客扱いだと驚いた。テントを張り、薪を輜重隊から分けてもらい、焚火を点ける。
至れり尽くせりな対応で堕落しそうだ。皆もしきりに恐縮している。
「いやぁ、従軍経験は御座るが、ここまで楽な経験は御座らん。流石リーダーで御座るな」
リナが笑いながらそう言うと、皆が頷く。こちらの様子を見に来ていた騎士団長、副騎士団長も笑いながら話し出す。
「我等の足りぬところを男爵様が補って下さるのです。こちらも相応の接待をせねば名折れとなりましょうぞ。ささ、遠慮無さらず。ゆるりとお過ごし下さい」
そう言いながら不足は無いかと尋ねながら、各部隊に顔出しに向かって行った。フランクで怖い……。
「フィア、鎧の調子はどう?」
見ると、金具が増えて少し重たくなった雰囲気を感じる。
「んー。見た目よりは軽い感じかな?脇も鎖で覆われているし、確かに重くはなったけど、重くなった分は動きが滑らかになったから逆に感じないかも。超使いやすい」
フィアはのほほんと答える。
「リズのグリーブと並行だったからな。ネスさんが居なければ、間に合わなかっただろう」
ドルが苦笑を浮かべて、呟く。
そんな中で配給の食事を取りながら、夜番の順番を決める。正直、軍が守ってくれるが、まぁ、緊張感を保つ意味でも何時も通りに動く方が良い。
前番のロッサが焚火の番をするのを確認し、ドルと一緒にテントに潜り込む。前の町への買い物の際に、テントも予備を2つ程買って来てくれた。本当に気が回る皆で助かる。
テントの内部の温度が上がるにつれて、うとうととし始める。そんな感じでゆったりと戦争の1日目、1月11日は終わっていった。