第202話 私の時代では湯たんぽでは無く、電気あんかでした
ノーウェの屋敷を出て、木工屋に向かう。そろそろリバーシが出来ている筈だ。
「あ、出来ております」
主人が顔を見た傍から、店の奥に取りに行く。受け取った物を見たが、精度が上がっていた。ケースもこう、しっとりと嵌る感じだ……。
「慣れました?」
「バックギャモン?でしたか。あれの時も精度を合わせて作っていたので、慣れましたね」
そんな平和な談笑をしながら、辞去した。うーん。村中の職人を新領地に引っ張って行ったら、流石にノーウェに怒られそうだ……。
後はネスの所か。鍛冶屋にてくてく向かう。
「ご機嫌如何ですか?」
「悪くは無ぇよ。あれか?湯たんぽか?」
「はい。試作品は如何でしたか?」
「おぅ。母ちゃん冷え性でな。冬場はきつそうで、寝る時も温まるまで寝れねぇって嘆いてたんだわ。それが、こいつ使ったら、あっさりグースカだ。凄ぇな、これ」
そう言って、青銅の枕サイズの物と、薄めの箱型を持って来てくれた。
「仕様書にお湯は縁まで注ぐと書きましたが、守ってもらっていますか?」
「おぅ。あれなんでだ?体清める時についでに沸かしたが」
「えーと、ちょっと専門的なのですが、お湯が沸くと湯気になります。この時、量が増えます」
「おぅ」
「で、その湯気が冷えると、また水に戻ります。その時、量も減ります」
「あぁ、それで隙間作ると内側に凹むっつぅ訳か?」
「はい。なので、物自体を長持ちさせるなら、なるべく縁まで注いで下さい。後、温かい物を当てっぱなしにしていると火傷になるので、程々で布団から蹴り出して下さい」
「あぁ、母ちゃんも何時の間にか蹴り出していたな。布巻いてたら、朝でもまだ温いから、そのまま顔洗ったり使えるしな」
おぉぅ。懐かしい使い方だ。母親の昔話で聞いた記憶が有る。
「はい。別にお湯が汚れる事も無いので、再利用して頂ければと思います」
そんな感じで談笑を続ける。奥ではドルが何かを作っているらしい。
「フルグリーブとソールレットを作っているっつってたな。あれだろ、お前さんの嫁さんのやつじゃ無えのか?」
「おぉ。ありがたいですね」
「俺も手が空いてるから手伝ってる。後はあれだ。あの元気な嬢ちゃんの鎧の強化だな。胸元や脇周りに補強してんぞ」
フィアの鎧の強化もか。戦争前だ。弓矢の可能性も考えれば助かる。
その後もクロスボウも含めて雑談をしていく。昼ご飯の時間と言う事で辞去した。奥さん、若いな……。初めて見た。優しい可愛い感じの女性だった。
一度家に戻り、荷物を置く。ティーシアは一人で食事は済ませたらしい。恐縮されたが、全く問題無いので何か謝り合戦みたいになった。
村の食堂で日替わりを食べてから、川縁でまた魔術の訓練だ。
11日以降の予定を立てたいが、オーク戦がどの程度で終わるのか見当もつかない為、そこは諦めた。終わったら町に出て、新男爵領までの護衛の仕事を探すのも良いかも知れない。
そんな事を考えながら、槍と魔術の訓練を交互に繰り返していく。
日が傾き、空が茜に染まる頃には、寒い中で汗だくになっていた。風邪をひいてはと、さっさと家に戻る。お湯を生み、ざっと体を拭い、洗濯済みの服と代える。
洗濯をしながら空を見上げるが今日中は雨の心配はいらないだろうと、干していく。
部屋に戻ると、タロが飽きずに立っては転びを繰り返していた。厳密には歩こうとして転びか。まだバランスが上手く取れないらしい。
少し自然では無いが、体を補助してあげて歩く感覚を掴んでもらう。徐々に補助の力を抜き、最終的に手を離す。おぉ、歩けた!!と、転んだ。でも楽しそうだ。
感覚を掴んだのか、よろよろと少しずつ歩き始める。
『歩けたね、タロ、偉いね』
『あるく、タロ?えらい?えらい!!』
褒められたのを感じたのか、しっぽを振り、お腹を出してくる。お腹を優しく撫でながら、肉球も触ってあげる。恍惚とした表情は変わらない。本当に好きだな、肉球。
逆に口周りと尻尾は少し嫌らしい。感覚が強く、触るとびくっとなる。ちょっと怖いと言う感情を感じる。そこは積極的に触らない。歯ブラシはどうしよう。
結局、歯ブラシは開発されていなかった。豚毛の髪用ブラシは開発されていたので、もう少しなのだが。通常は歯磨き用の木の枝をしがんで、ブラシ状にして磨いている。
硬いのかと思ったが、そこまで硬く無い。きちんと磨けているので、安心した。苦い木やスーッとする木など用途が分けられている。通常は苦いので磨く。南の森産らしい。
歯ブラシは持ち込み品扱いなので交換出来るが、まぁ郷に入ればと言う事で、木で磨いている。何だか歯肉が強くなった気がする。昔は歯槽膿漏では無いけど、歯磨きだけで血が出ていたりした。
しかし、犬用の歯ブラシか……。乳歯の間は良いけど。端切れでこまめに磨いてあげるか。濡らした端切れで出ている歯を磨いてあげると、うっとりした表情で口を開けている。しっぽは振っている。これでも最低限の汚れは落ちるか。
そんな事をしていると、玄関が騒がしくなる。どうも二人が帰って来たようだ。迎えに出ると、リズがちょっと泥だらけだ。
「罠にかかったイノシシを避けようとしたら、大げさに転んで。こんな有り様になったよ」
とほほと言う顔で、リズが教えてくれる。怪我が無くて良かった。頭を撫でる。
「無事に帰ってくれて嬉しいよ」
そう言って抱き締める。本気で、イノシシの突進は危ない。
ティーシアが夕ご飯を告げてきたので、解放する。
皆で夕ご飯を囲む。今日の狩りは若干荒れたらしい。リズがイノシシとの丁々発止を報告して来る。まぁ、罠猟だからそこまで危険ではないが、危険が無い訳では無い。
少しだけ溜息を吐きながら、食事を終え、お風呂の準備をする。
部屋に戻ると、リズが驚愕の顔でこちらを見上げる。
「どうしたの?」
「え?タロ歩いているよ?」
「うん。お昼辺りから、手伝ったら歩けるようになったよ」
「えー。見たかった。ずるいー。ヒロだけ、見たの?」
リズが凄く残念そうな顔になる。
「うん」
「酷い……。あぁ、私がこんなに頑張っているのに……ヒロはタロと遊んでいたのね」
よよよと泣き真似を始める。
「酷い言われようだけど、きちんと今日中の仕事はこなしたし、訓練もしていたよ」
「んー。ヒロだったらそうか。でも、もう歩けるようになったね」
リズがてくてくと箱の中をふんふん嗅ぎながら歩いているタロを抱き上げる。嫌がらず、大人しく抱きかかえられて、頭を撫でられている。
「そう言う時期だからね。これからはもう、一気に大人になって行くよ」
「少しだけ寂しいね」
タロを胸の中で抱き締めながら、リズが呟く。
「可愛い時期はあっと言う間だよ。でも、一緒に遊んだり出来るようになるよ?」
「遊ぶ?」
あぁ、この世界ではペットと遊ぶ事も無いか。
「時期が来たら、教えるよ」
そう言って、タロを受け取る。どうも尿を我慢している。箱に戻してあげるとふんふんと箱の壁を嗅ぎ、座って尿をする。まだ、足を上げる程の脚力もバランスも無い。
新しい端切れを用意していると、リズが後から声をかけてくる。
「その時は一緒に遊べるかな?」
「うん、遊べるよ」
振り向かなくても、にっこり笑っているリズの顔が思い浮かんだ。
そのままお風呂が進み、リズの番になったので、新しく開発した湯たんぽに70度程度のお湯を生み蓋を閉める。ちょっと厚手のシーツを巻いて、触れて温かい程度に調整する。
それを布団の中に入れておく。これだけでも、布団に入った瞬間の寒さが違う。
タロの分は少し温度を下げて、箱の下に敷いて試してみる。少し待って敷布に触れるとほのかに温かい。タロも四肢を弛緩させて毛皮の中で腹這いになっている。
温かい物にはすぐに反応するか。寝る時は除けて、毛皮をかけてあげれば大丈夫かな。このまま置いておくと低温火傷になりそうだ。
リズがお風呂を上がって来たので、でろんとしているタロを手渡す。片手で持つには少し大きくなってきた。2週間も経たないのに、本当に子狼の成長は早い。
そのまま王国法を流しながら読んでいると、タロを連れたリズが戻って来た。珍しく寝入っていない。床に下ろすとふんふん嗅ぎまわりながら、部屋を歩き始める。
私が入浴して戻ると、リズが目を輝かせて、こちらに詰め寄って来る。
「ヒロ、何これ?温かいよ?布団が冷たくない。びっくりした!!」
湯たんぽが見つかったらしい。
「故郷で布団に入れる温熱器具かな。どう?寒くない?」
「うん。お風呂上り、何時もは布団が冷たかったから、凄く嬉しい。凄いね、これ」
大はしゃぎで湯たんぽを抱きしめる。ふむ、好評か。ティーシア用にもう一個作ってもらうか。
そう思いながら、タロを箱に戻す。湯たんぽのお蔭か、毛皮に潜り込むとすぐに眠ってしまう。湯たんぽは除けておいた。
温かい布団に入り、リズと今日の様子やオークとの戦いの事などを話していると、徐々にうとうとしてきた。
蝋燭を魔術で吹き消し、そのまま寝入る事にした。1月9日はそうやって温かく穏やかに過ぎて行った。