第200話 馬鹿を相手にするより馬鹿未満を相手にする方が面倒な事が有ります
案の定、フィアがまた動けない。
「リーダーのあれ、ずるい。幾つでも入る。なのに後から動けない。超ずるい」
知らんがな。すっかり空になった鍋を含めて後片付けをしていく。リナが端切れで洗い終わった物を拭いて戻して固定していってくれる。
「いやぁ、リーダーが食事の世話に後片付けとは。面白いパーティーで御座るな」
ははっと笑いながら、リナが手際良く処理を進めていく。
「まぁ、中衛なんて、この構成だとほとんどやる事ないからね。その分食事や後片付けくらいはやるよ」
鍋の底の焚火で焼かれた部分をたわしもどきで擦る。
「なんのなんの。あの熊を見れば手練れとは分かるで御座るよ。その上で、皆の底上げを図るのだから立派なリーダーで御座る」
カップ周りを拭きながら、それぞれに手渡して行く。
「まぁ、美味しくて、皆が幸せになれば、それで良いさ」
そう言いながら、鍋に風魔術で送風して、一気に乾かす。これで後片付けも終了だ。食休みもそろそろ終わりなので、ここで話をしておこう。
「さて、皆、聞いて欲しい。リナもざっとは聞いていると思うけど、11日からはオーク討伐で軍に従軍する形になる」
話が始まると皆、真剣な表情に変わる。
「戦力差は子爵様の軍390とオーク側想定200と見ている。ただ、この200も確証は無いし、集落の規模からの算出だ。実際の兵力は100前後程度と予想される」
その戦力差にほっとした空気が流れる。
「ただ、前回ダイアウルフを率いたオークと戦った時に分かったが、オークそのものの強さは予想以上だ。負けるとは思わない。ただ、思わぬ怪我を負う可能性は有る」
そう言うと、改めて真剣な表情に戻る。
「なので、数の差が有るからと言って、油断はしないで欲しい。また、子爵様直々の従軍依頼だ。皆の働きが子爵様の信用につながる。無理はするな。だが、全力で挑むように」
皆が力強く頷く。
「なーに、皆が何時もの実力を出せば、すぐに終わる話だよ。だからさっさと終わらせて、護衛任務でも受けて、新男爵領の見学に行こう。ロット、もう土地買えるよね?」
「はい。家程度の範囲であれば即金で可能です」
「今なら、一等地でも切り取り放題だし、今後栄えそうな場所も紹介するよ。だから、面倒事はちゃっちゃと済ませよう」
そう言うと、皆に笑いが広がった。
「11日の早朝ギルド前で集合。それまでは完全休養の予定だけど問題は有る?」
皆が頭を振る。
「じゃあ、今日のところは撤収しようか。皆、準備を進めてね」
そう言った瞬間、弾かれたように皆が撤収準備を始める。フィアも流石に消化したのか動き出した。
「そう言えば、チャット、1点聞きたい事が有るんだけど」
チャットが走りだそうとするのを引き止める。周りには誰もいない。
「なんですかぁ?」
チャットが不思議そうな顔でこちらを向く。
「遺跡発掘でアーティファクトって発見した事、有る?」
「1度だけ有ります」
「その時、説明書きってどうなっていた?」
「アーティファクト自体に刻まれていました」
「それって、大陸語だった?」
「いえ、大陸語では無いんですけど、誰でも読めるんで、不思議やなぁって話をしてて。それでアーティファクトちゃうかと言う話になりました」
「ありがとう、後お願い」
「はい」
そう言って、作業に戻って行く。
ですよねー。あの神様達が作った物だ。へまはしない。絶対に使えるように何かの細工をする。どうせ、説明書きにも翻訳か何かの機能を乗せていたのだろう。
はぁ、面倒くさい案件が1個増えた。まぁ、お仕事を先に片づけよう。
荷車に肉を積んで行くが、担ぐ量が増えても全然楽だ。これ、3匹いけそうな……。でも、もう時期が終わっちゃうんだよな……。もう少し早ければ……。
そんな事を考えながら、道無き道を進む。
川沿いを抜け、森の入り口、馬車に辿り着いたのはまだ大分日が残っている時間帯だ。遂に熊2匹でもこの時間に帰れちゃうか……。
笛でレイを呼ぶ。少し後、レイが馬に乗り颯爽と現れる。
「馬上で失礼致します。想定より幾分早いかと思われますが、何か問題でも?」
「いや。今日の目標が予想以上に早く済んだだけです。馬の方は?」
「問題御座いません。即時支度致します」
そう言うと、きびきびと馬の接続を始める。
私、リズ、ドル、リナで肉の運搬をしていく。いや、『剛力』怖い。何か、200kgくらい有りそうな肉塊達を持っても普通に持てる。何これ、怖い。
そのまま準備を済ませて、村へ走り出す。
冒険者ギルド前で降ろしてもらい、馬車は走り出す。
鑑定は皆にお願いし、受付嬢に今回の作業報告を行う。奥の方でハーティスがこちらに目礼をしてきた。今日は面倒事は無しか。
そのまま鑑定に向かうとまだ、鑑定の最中だった。ただ、もう皮が最高級品なのは確定したらしい。
結局、私達の方が100万ちょっと、ロット達の大物が110万ちょっとだ。高騰もここまでいくと怖いな……。
全員に21万ずつを分けて、パーティー資金に多目に入れておく。達成数2はティアナとドルに分けた。
ここで解散して、皆で訓練と言う話になった。
「えと、ちょっとリナと今後の事で話をしたいんだけど、良いかな?皆にも話したあれなんだけど」
そう言うと、リナ以外が納得した顔で頷く。
「あれ……で御座るか?」
「まぁ、未来をどうしようかって話をしたいなって。少し時間を貰っても良いかな?奢るよ?」
「奢りで御座るか。リーダーの命令なれば、断れんで御座るな」
苦笑いで頷かれる。リズも特に何も感じていないらしく、皆で訓練に向かう。リズには夕ご飯をいらない旨を伝えておいた。
私はリナと一緒に、ましな方の酒場に向かう。まだ時間が早い為、がらんとしている。
「おっちゃん、奥の個室使って良い?」
「二人でか?あんまり汚すなよ」
何を考えているんだか。私はリズ一筋だ。
「ましなワインと料理おすすめを夕ご飯分一揃い程度で、あ、リナ場所分かる?そう、その奥。先に座っておいて欲しいかな」
「分かり申した。先に座っておるで御座る」
店主と二人きりになる。聞こえるか聞こえないかの小声で話し合う。
「申し訳無いです。マスター、少し荒事になるかも知れません」
「はぁぁ。分かりました。程々でお願いします。料理はまとめて出します。それでよろしいですね?」
「はい。ワインは2本、もう先に出して下さい」
「聞かぬ、知らぬ存ぜぬですね、分かりました」
そっと1万ワール硬貨を3枚握らせる。
「食事代です。迷惑料は後で上乗せで」
「毎度、ありがとうございます」
そのまま、奥の個室に向かう。
「今日は美味しそうだった。折角の機会だから、良かったよ」
「昼食も美味い料理で御座った。このままでは太りそうで御座るな」
リナが苦笑気味に呟く。
「そんなにスタイル良いのに、他の女性陣に殴られるよ?」
「おぉ、怖いで御座るな」
そんなこんなで笑い合う。談笑をしていると、ワインが用意された。
「では、幸せな未来に」
「乾杯」
カップを打ち合い、飲み始める。包んだ分、ましなの出して来たな、美味い。
「これは……かなりの上物で御座るな……」
「ここ、良い酒を置いてくれるんだよ」
「村でここまでのを飲めるとは……やはり子爵様の御膝元で御座るな」
そんな雑談をしていると、どさどさとテーブル狭しと料理を置いてくれる。
「おぉ、おっちゃん、今日サービスじゃん」
「おぅ、じゃんじゃん食え」
「ありがとー。さぁ、リナ食べよう」
「では、ありがたく頂くで御座る」
そうやって、食事が半分程度、ワインが1本空いたところだろうか。
「王家側は、どこまで狙っている?」
笑い顔はそのままで聞いてみる。
「何の話で御座るか?」
本気の困惑だ。これは白か。はぁぁ。爺ちゃん孫に内緒は勘弁してくれ。
「公爵閣下はよっぽど心配性なのかな?軍属でしょ?」
「……何の話で御座る?」
ビンゴか。表情は変わらないが目の奥が変わった。こっちも伊達に日本で営業相手に騙し合いはしていない。
「今なら、なぁなぁで済ます。話さない場合……」
シミュレータで、頭が吹き飛ぶイメージを思い浮かべる。
その瞬間、リナが青い顔になる。はぁぁ、分かりやす過ぎる。
「お待ち頂けますか……」
リナがメイスと盾を転がし、手を上げる。
「はい。私は公爵閣下の元諜報部隊員です」
ゆっくりと懐から、小さなドッグタグみたいな鉄片を取り出す。ノーウェに教えてもらったロスティーの諜報部隊の認識票だ。
「分かった。信用する。爺ちゃんの部下だしね。でもまたどうしてこんな真似を?」
「その前に、どうしてお疑いになりましたか?」
「だって、私が水魔術を使っても、疑問を出さなかった。ギルドで聞いても、私風魔術しか使えない事になっているよ?」
これは、リズとフィア以外、皆、驚いていた。そもそもギルドの仕事で風魔術以外使っていない。記録に残らない。炊事で当たり前に使っているのに、当たり前に流された。
攻性魔術として風魔術しか使わないから、詳細な報告書を出しても、風魔術士扱いだ。炊事の話やお風呂の話なんて、報告に上がらない。
「後、アーティファクトの話だけど、あれ嘘だよね?神様がそんなへまする訳無いし。説明書なんて話じゃ無いよ。知らないと思った?」
少なくとも、神様達は、使わせたい物は絶対に使わせる。
「最後に、リナ、かなり高位の神術士だよね?そんなのが民間で冒険者やる必要無いじゃん」
私が持っている当たり前のスキルだから言わなかったが『術式制御』1.01と『属性制御(神)』2.03を持っている。こんな神術士、公が手放すとは思えない。
「……はい。その通りです。ほぼ初めからお疑いでしたか。しかし、神術士は何故お分かりに?」
「そこは、私にも内緒な所が有るからかな?ちなみにどの辺りが嘘?子供がいないとか?」
「いえ。お話した内容は真実です。元々浸透型の諜報員ですので、冒険者ギルドでの経歴もそのままです。アーティファクトに関しても正式に使用しました」
「あの口調は?」
リナが俯き少し恥ずかしそうに呟く。
「元々覚えたのが、あの口調です。正しい言葉遣いは諜報部隊で教えられました。しかし、冒険者業には少し……」
あぁ、冒険者の中で女性一人も大変だしな。分からなくも無い。
「神術は何故使えるように?」
「あの人が亡くなって、子供が9歳の時でしたか……。偶々大怪我をしまして。その際に周囲に神術士がおらず、延々死にそうになるのを見守っている時に使えるようになりました。過剰帰還で5時間程嘔吐で転げまわりましたが」
神の一押しか……。大切な者が死にそうにならないと覚えないとか、重いスキルだな、これ……。
「諜報部隊には何時から?」
「あの人が亡くなってすぐです。冒険者をしながら、周辺調査を行うと言う任務でした。子供二人を養うとなると、冒険者だけでは一緒にいる事も出来ません」
そりゃ、冒険者なんて出ずっぱりだ。経歴を見ても護衛が極端に少なく、討伐が多いのもその所為か。従軍に関しても神術士として求められたのか……。
「ちなみに、公爵閣下の目的は?」
「王家側はまだ、貴方の存在の意味を理解しておりません。ただ、理解した場合は……」
「しゃぶりつくすか、抹殺するか?」
「はい」
「暗君なの?」
「公爵閣下曰く俗物との事です。今回の冒険者ギルドの粛清に関しても、遡行して王家の命令と全命令書を書き換えました。実質はノーウェ様の功績ですが、記録上は王家の命令です」
「メリット、無いでしょ?実質は子爵様のお手柄だ。王家は部下の手柄を称賛していれば体面は保てる筈だし」
「が、故の俗物です。歴史上に自分の名前が残らない事が許せないのでしょう。また、今後冒険者ギルド周りのイニシアティブを取る際にも、公式文書は王家に権利が有ります」
がぁぁ。面倒くせぇ。これ、疑心暗鬼の小物だ。これが上司になると、とことんうざい。下手したら、仕事にならない。ディアニーヌも流石にこの程度じゃ切れないか……。
「どこまで公爵閣下で抑えられる?」
「直接的な影響は全て抑えます。ただ、斥候団等を独自に動かされた場合は難しい部分は有ります」
暗殺の可能性は有るか……。
「周りを巻き込むタイプ?」
「いえ、その辺りは報復を恐れ、対象者のみです。それ以外は社会的に力を削いで、報復をさせません」
リズや家族、仲間は大丈夫か。まぁ、大丈夫と言わないかも知れないが。
「公爵閣下は、私が弑すると決めた場合はどう動く?」
「全面協力です。王都の一切の欠片も無く、容赦無く塵に変える。これは文書で既に発行され、開明派の連判済みです」
あの人は、本当に……。命を助けようが、血縁関係を結ぼうが、裏切られた話なんて、歴史上ごまんと有る。それでも利害関係が一致する。ただそれだけで命を張ってくれるんだ。くそ、涙が出そうだ……。
「要は、私名義の動きが活発化した時の身辺警護が目的?」
「はい。斥候団相手で有れば、諜報活動をカウンター出来ます。それを超える干渉となると軍事行動になります」
「その場合は、先程の文書の効力が勝手に発動すると。私、餌じゃ無いんだけどな」
そう言いながら苦笑すると、リナも苦笑する。
「暗君未満故に対処に困る……が近い表現でしょう。ディアニーヌ様の裏をかく事だけに邁進していた節も有ります」
あの幼女、よっぽど毛嫌いされたな。はぁぁ、最悪潰すしか無いか。それまでは餌と思ってしゃぶりつくすしかないな。
10年間の税免除期間を超えるまでは相手は本格的には手が出せない。後はギルドを介して、間接的に手出ししてきた場合だが、それは冒険者ギルドと一緒だな。芋蔓でそのタイミングで殲滅するか。
「分かった。これからはこのままで良いの?」
「はい。子供達も軍で順調に成長しております。たった数日ですが、貴方達との生活は望ましい物と感じました。出来れば皆とこのまま過ごしたく思います」
諜報員に言われても信用するのは難しいが、仲間を信じると決めたからには信じるしか無いか。
「分かった。爺ちゃんの頼みだ。聞いてやって。私からは一つだけ。リナ、自分の心を裏切るな。このパーティーに居る限り、それだけは許さない。今までは関係無い。未来だけを見ろ」
「では……よろしいのですか?」
「はぁぁ。悪いも無いだろうに。もう一蓮托生だよ。これからは無理矢理でも幸せになってもらう。覚悟しろよ?」
「……はい、ありがとうございます」
うつむいた瞬間に涙が一粒落ちて行くのが見えた。これが何の涙か知る由は無い。それでも幸せな涙なら嬉しいが。
「さぁ、食べよう。冷めちゃう」
そう言って、二人で残った食事を食べ、ワインを飲み干した。
はぁぁ。流石に私を相手にすると言う寝言を聞いて動かない訳にはいかない。元々王家とも戦うつもりで都市を設計したが、打って出る必要も有りそうだな。
酒場を出て、家路を戻りながらそんな事を考えた。夕日はもう、その残滓を微かに残すだけだった。