第197話 肉球って何時までも触っていたい気分になります、何であんなに魅力的なのか?
ふと思い出し、リズに声をかける。
「まだ、時間が早いから、木工屋と鍛冶屋に寄って帰るよ」
「ん?何か有ったの?」
「子爵様への手土産がそろそろ出来ている筈だから」
「分かった、んじゃちょっと遅れて戻るってお母さんに伝えておくね」
そう言って、リズと道の途中で別れる。
木工屋に走り、主人に手を振る。物は完成しており、改修をお願いしていた部分も問題無い。駒の固定も上々でますます進化している、この人。
新たにパーティーメンバー用のリバーシを1セット注文すると、喜ばれた。この時期、新規の案件が無いので本当に助かるらしい。
鍛冶屋ではネスが店舗の片付けを始めていた。
「商売は如何ですか?」
「おぅ。良ぃ感じだ。で、今日はどうした?」
「また、作って欲しいものが有りまして」
そう言って、懐から設計図と仕様書を取り出す。
「あん?なんじゃこりゃ。水筒……じゃねぇな……。お湯を入れて蓋を閉める、か……。布で包むのか?」
「まぁ、これなら夜寝る時に、足元が温まるじゃないですか。これから寒くなってくるので、その用心ですね」
「はぁぁ、良くそんな細けえもん考える。材質は青銅だな。これならすぐ出来らぁ」
「奥さんも足冷えるでしょ。ついでに1個作っておけば喜びますよ」
「あー……あぁ。んじゃ、1個試作で作るか。代金は試作分で見とく。3日はかかんねえ。その辺で見といてくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
そう伝えると忙しそうだったので、そのまま辞去した。
そんな感じで、バックギャモンを片手に家に戻る。家に入るとティーシアが食事の準備を始めていた。アストはまだ帰っていないらしい。
部屋に戻ると、リズが何か感動した面持ちで床に寝そべっている。
「どうしたの?」
「タロが、タロが立った!!」
タロの方を見ると、ころんころんと転がっていた。リズの横に寝そべり、様子を見ていると、ふんっと言った感じで四肢に力を込める。
じりじりと上体が上がり、安定する。おぉ、立った。と思ったら、ころりんと転がる。まだちょっと筋力が足りないが、結構保持出来るようになっている。
『偉いね、タロ。立てたよ』
『馴致』で伝える。
『えらい、たてた、きもちいい』
自分で立った時の、足裏の感覚が気持ち良いらしい。
お腹辺りをひょいと掬い上げて、裏返して足裏の肉球を軽く押して撫でてあげる。程良く湿って、しっとりとしていて、ちょっともちもちしている。
『あふ、あふ』
何か、少し恍惚と言った表情でじっとしている。気持ち良いのか。全ての足裏を押して撫でてあげる。
『まま、きもちいい』
もう良いかなと思って、床にそっと置いてあげると、自分で転がり、足を突き出してくる。
『もっと』
あぁ、いけない快感だったのか……。リズが呆れた目でこちらを見ている。
「タロ、何か様子が変よ?」
「うーん、足裏触られるのが好きみたい」
そう言いながら、また掬い上げて足裏が地面に付くように支えてあげる。すると、楽しそうに歩く真似をし始める。
『まま、たのしい』
そう言いながら、脚を動かす。リズに渡して、同じように歩かせる。まぁ、歩くのが楽しく感じるなら、もうすぐ歩き始める。
確か、犬だと2週間程度で立って歩く筈なので、ペース的にはこんなものだろう。拾って来た日から逆算すると1月10日前後だ。
そのくらいに歩き始めるし、離乳食か。遠征と被るのでティーシアに丸投げになってしまう。申し訳無いな。
飽きて転がったタロの口を開けてみる。初めの牙も含めて、少しずつ頭を見せている。まだ先っぽだけだ。触ると、気持ち良さそうにする。
箱の中を見ても、便の調子は順調だ。下痢も無い。アストがまだ帰っていないので、新しい端切れに入れ替えて、洗濯する。
洗濯物を干す頃にアストが戻って来たので、一緒に家に入る。
夕ご飯の準備は完了しており、そのまま食事となった。今日は罠の整備だけで獲物は無いが、本人は特に気にしていない。
やはり寒くなり、獲物の動きも鈍化しており、ここからが猟師の腕の見せ所だと笑っていた。そうやって、笑う姿を見る事が何よりの喜びだ。余裕が人格も変えるんだな。
夕ご飯の後はいつも通り、お風呂の準備だ。それぞれ順番に入ってもらう。
私はその間に、土魔術の訓練を続ける。庭にオブジェが増えるので、こっそり空き地に持って行っては砕いている。
まだ、1.00までも遠い。それでもサイズは結構大きな物が出来るようにはなって来た。
呼ばれる度に、お湯を生みに行く。
「ふぅぅ。寒くなって来ると、より気持ち良いね」
リズがほっこりした顔で部屋に戻って来る。ほのかに香る植物の香りとリズの香りに腰の奥が疼く。はぁ、中学生じゃあるまいし、何を反応しているんだか。
「リズ、良い香り。魅力的だよ」
そう言うと、少し頬を染めて睨んでくる。
「何か、匂い嗅がれるの少し嫌かも。でも、ありがとう」
タライにお湯を生み、タロをお風呂に浸けてもらう。もう慣れたもので、リズがお風呂に入ると尻尾を振りながら大人しく待つようになった。
今もリズに全身を揉まれながら、弛緩している。ぷーかぷーかと体を浮かしながら、リラックスしている。
最近は寝てしまうとこの快感が終わってしまうのが分かったのか、懸命に起きていようとしている。
『まま、まま、きもち……い……い……』
それでも、今日も撃沈したらしい。
「リズ、タロ寝たっぽい」
「体温は、うん、温まっているね。タロー拭いちゃおうねー」
そう言いながら、優しく端切れで拭っていく。
「そう言う所はママって感じだね」
そう言うと、顔を紅潮させて照れながら呟く。
「私は……ヒロの……欲しいよ?」
「分かってる。もうちょっとだけ待たせる。ごめんね。我儘で」
「そんな事無いよ。もう、意地悪にも真面目に返すから。私、ずるい子みたいじゃない」
「リズはずるくないよ。本当に良い子だよ」
そう言いながら頭を撫でる。
リズがタロを部屋に連れて帰ってくれたので、私も樽に浸かる。
しかし、リナか。まだ未知数だけど、あの人プロだ。経歴も受け答えも仕事に対するスタンスも、日本で良くいたその道のプロフェッショナルの匂いがした。
普通に考えれば7等級をさっさとクリアして、6等級を走れる実力だ。ありがたい話だけど、申し訳無くも有る。その辺りは報酬で返して行く事にしよう。
そんな事を考えながら、タライと樽を洗い、干して置く。
部屋に戻ると、相変わらずリズがタロを眺めている。
「飽きないね」
「毎日見れる訳じゃないから。その分、あぁここが大きくなっているとか変化が分かるのが嬉しいかな」
「ふふ。でも今朝はありがとう。本当に助かった。あのままだと何時か潰れていたかも知れない」
「ヒロはね。真面目過ぎ。でも、それを支えるのが私の役目なの。だから、甘えないといけない時は、甘えて良いんだよ」
床に仰向けに転がり、潤んだ瞳で貫いてくる。腰の奥の疼きが再度起こる。あぁ、一度解禁すると節操無いな。
「じゃあ、十分に甘えようか」
そう言って、腕を差し込み、お姫様だっこでベッドにそっと下ろす。
「この抱き方、顔近い。恥ずかしいよ」
赤い顔でリズが呟く。
「大丈夫、これからもっと恥ずかしい事をするから」
「手加減、お願いします。本当に、息が出来なくなるんだよ?」
「善処するよ」
「あー、何かずるい。ずるい言い回しだ、それ」
そんな騒がしい夜も風魔術で蝋燭を吹き消すと静かになった。甘い睦言と静かな吐息に部屋が満たされて行く。そうやって1月6日は静かに過ぎて行った。