第196話 御座るっ娘で31歳で未亡人って需要あるのでしょうか?
「ティアナは熊の釣りはした事が有るかな?」
「ええ。有るわ。それがどうしたの?」
「いや、なら大丈夫。ロットの負担を少し考えていただけだから」
「そうね。少し彼に頼り切りの部分は有るわね」
ティアナが小首を傾げて、そう答える。
「ロッサはどうかな?」
「いえ。無いです。しかし、やってみたいとは考えます」
ロッサが真剣な顔で答えてくる。何時か何処かで通らないといけない道か。
「ロット、次の釣りの時、ロッサを一緒に連れて行く事は可能かな?出来れば、釣る技術も含めて、教えてあげて欲しいのだけど」
「可能です。技術に関しては、私も先輩から教わった事ですので。伝えます」
「じゃあ、良いんですか?」
ロッサの顔が輝く。
「怪我をしないように細心の注意を払って行動してね。じゃあ、探索をお願いね」
人数が増えてきたので、部隊を分けようと思う。今すぐでは無いにせよ、何処かのタイミングで分けないと効率が悪い。
川まで出て、ロッサが痕跡を探り始める。しばらくすると、ロッサに動きが有った。
「これが大きく重いです。これを追います」
そう言うと、森の奥に進み始めた。これも北東方向か……。オーク側で何かが有るのか?ダイアウルフの件と言い何か嫌な雰囲気だ。
昨日の熊とは若干ズレて進む。ロッサが随所で痕跡を見つけ、進んで行く。何時ものように痕跡を辿り、しばらくすると、ロットに反応が有った。
「範疇に入りました。ロッサと共に行きます。ティアナ、迎撃の準備お願いします」
「分かったわ」
丁度開けた場所がすぐに有ったので、陣地構築はしなくて済んだ。
何時もより長めかなと思いながら待っていると、ロッサの気配が、少し経ってロットの気配を感知した。
ティアナがドルを微調整する。
「20m後方、向かってきます」
ロッサが藪を抜けて、現れる。すかさずロットも出て来る。
「少し小さめです。3mぎりぎりか、無い程度です」
両者が後方に駆け抜ける。少し間を置いて、藪が爆発し、熊が突進して来る。
ドルが杭を打ち込んだ状態で、渾身の力で頭に盾をぶち当てる。綺麗に入ったのか、鳴き声もあげず、へたへたと蹲る。その隙を見逃さず、ドルがメイスで脳天をぶち叩く。
3発も入れれば、完全に沈黙する。あっけない終わりだった。大きさを見ると、体長で3m行くか行かないサイズだった。
「初めの突進に盾が上手く入った。楽だったな」
ドルが呟く。
このサイズの熊を一人で狩っているんだから、凄いわと本気で思った。
早速、血抜きの準備を進める。血抜き中、リズ達と相談したが、今から冷やすのであれば、川まで持って行って、内臓を抜いてから冷やす方が早く冷えるとの事なので、その方針を採択する。
血抜きが完了し、川まで引きずり、そこでリズとロッサが解体を始める。川で冷やせる物冷やせない物を分けて、内臓はズタ袋に詰めていく。そのままドボンと川に沈める。
川で流れる物は袋に詰めて藁で包み、氷で冷やす。
「このままだと、昼食後には冷えるよ」
発見から倒すまでにそこまで時間がかかっていないので、結構空いてしまった。
「スライムでも狩ろうか?」
そう言って、フィアとロッサ、私とティアナで周囲を探し始める。いつ見ても、ぽこぽこ湧いている。ワイバーンが食べに来たのに、相変わらずだ。
あの巨体でどれだけを食べるのだろうと気になりながら、狩り始める。ティアナの指示で最短ルートを選択し、核を取り出して行く。
「前に話をしていた、幸せの話、有ったわよね?」
ティアナが唐突に話し出す。
「あぁ。有ったね。何か有った?」
リズに頼んでそれと無くティアナの動向は確認してもらっている。ただ、町に行った時までは分からない。それ以降、リズから話は来ていない。そこで何か有ったのか?
「ドルがね、少し様子が違っているのよ……」
ティアナが思案顔で、次のスライムを指示しながら呟く。
「ドルが?ごめん、そこまで詳しく見ている訳じゃ無いから分かっていないかもしれない」
核を抉り出し、次の目標に向かう。
「私も付き合いが長いから、気付いただけ。少しだけよ?何か考え込んでいる事が増えている。ただ、悪い事では無いと思うわ」
また、抉る。そして、次へ向かう。
「分かった。何か相談されるようであれば聞くし、様子は見るようにしておく」
「その程度で良いわ。ありがとう」
そう言いながら、核を抉る。後は雑談をしながら狩っていく。程々のタイミングで、薪を拾い、陣地に戻る。
残った薪と合わせて、焚火を大きくする。昼食に関してはロットが担当だ。
しばらくすると、フィア達も戻って来た。
「大漁、大漁」
フィアが嬉しそうに叫ぶ。本当にスライムの核好きだなぁ。まぁ、お金が転がっているのと同じだから分かるけど。
皆が集まり雑談をしていると、ロットから昼食が出来た旨を伝えられる。温かいスープを楽しみながら、冷えた体を癒す。
食事が終わった頃に、リズが熊を確認する。
「大丈夫、冷えているよ」
その回答に合わせて、皆で引きずり出す。リズとロッサが手早く、解体して行く。
内臓周りの処理は済んでいるので、皮剥ぎと肉の解体だけなので、面白い程のスピードで進んで行く。
結局30分もしない間に、積載まで済んだ。
「じゃあ、戻ろうか」
そう告げて、川沿いの村への道を最短ルートで突き進む。ロットの『警戒』範囲にも特に異常は無く、夕方にはまだ早い時間で馬車との合流地点に到着した。
レイを呼び、村に戻る。鑑定は仲間に任せて、帰還の報告をしていると、ハーティスが近付いてくる。また愚痴かと思って身構えたが、ちょっと様子が違う。
誘導されるままに、ギルド長室に入るとヴァタニスと一緒に席に着く。私も諦めて、席に座る。
「護衛の件ですが、子爵様より正式に抗議が入りました。また、その分として短期貸付も頂きましたので、お支払出来ます」
ハーティスが報告してくる。そりゃそうだ。ギルド側が支払うのは日当の1万ずつだけ。後はノーウェのボーナスなのに支払えないのがおかしい。
それも貸付でまかなわないといけない所が切なすぎる。一時的とは言え、子爵に2倍払わしているんだから、面の皮が厚い。まぁ、形振り構っていられないか。
「話はそれだけですか?」
ここでまた愚痴もどきが始まるのなら、席を立つ。流石に遠征で疲れている。聞き流す元気も無い。
「いえ、もう一点有ります。実は男爵様を紹介して欲しいと言う人材が村を訪れております」
また同じ過ちを繰り返す気か?目が座ったのが自覚出来た。
「いえいえ。これに関しては無理強いする気も有りません。ただ、話としては良い話です。話だけでもお聞き頂けませんか?」
そう言ってハーティスが資料を出してくる。テルシリナ、31歳、女性。7等級でもかなりの上位だ。これ、ベテランじゃん。何で、こんな人材が?今までの膨大な経歴を洗っていくがほぼ達成だ。
未達に関しても注釈が有り、どれも訳有りで納得のいく話ばかりだ。護衛相手が途中で夜逃げとか災難にも程が有る。しかも任務も討伐や護衛、遺跡探索、戦争従事まで有る……。逸材だ。
「何故この人がまた我々に接触を?」
「歌で聞いたのが切っ掛けだそうです。受付で経歴を確認し、男爵と言う事を加味した上で、参加を望むと言う事です。募集はしていないとは伝えましたが、話だけでもとの事です」
うーん……。ベテランの経験は大きい。お荷物を育てるのはちょっと今だときついが、この人6等級の仕事も平気でこなしている。将来を考えるなら知恵の塊だ。
ただ、冒険者の寿命は40歳程度だ。そこを超えると大概が引退する。小金も貯まっているので、農業か商売に移る。後9年か。長いようで短いな。話だけなら良いか……。
「分かりました。お付き合いです。話だけでも聞きます。仲間も一緒ですが、よろしいですね?」
そう聞くと、二人共頷く。
「では、鑑定と先程の護衛の件を処理してきます。どうせ宿で待っているとかの話ですよね?呼んで下さい」
そう言って、階下に向かう。鑑定は完了しており、皆喜んでいる。良い結果がでたようだ。私も護衛の処理を済ませる。
鑑定の結果を聞くと、大きい方の熊が100万弱、小さい方が60万ちょっと、狼の毛皮で62万ちょっと、スライムの核で4万と言う話だった。小さい方の熊が3m超えなかったのが痛い。超えていれば20万は上に乗っていた。
達成数の熊2、狼12、計14は均等分配する。
護衛に関しては、達成料がそれぞれ435万、達成数は8等級でそれぞれ87だ。
それぞれの口座に460万ずつ振り込み、パーティー資金に25万を振り込む。護衛の処理が終わった事で、皆も安堵している。ロッサは残高を見て固まっているが。フィア?何時もの調子だ。
7等級への昇格は見えてきた。皆、あと少しの所まで来ている。オークとの戦争従事で確実に昇格だ。
喜びに沸き立つ皆をエントランスに移動させて、先程の人材紹介の話をしてみる。正直にベテランの加入と、パーティーの再編を考えている旨を話す。
ここからは、1日2匹を目標に狩って行く。そうなると、今のままでは厳しい。なので、私、リズ、ロッサの3人で1パーティ、後の皆で1パーティーの計算だ。
熊は私が魔術で倒すが移動が困難なので、リズとペアだ。他の皆はロットの『警戒』頼りで広範囲を索敵しながら、熊を追う。
ロットにはサブリーダーとして1パーティーを率いてもらう。これはどんな人材が増えても取り敢えず方針として変えない。ロット向きの役回りだからだ。
「熊の痕跡を追うのがきつくなりますね」
ロットが問題点を上げる。
「ロッサが入るまでは、痕跡を追いながら進んでいたんだから、効率が若干落ちるだけだと考えるよ。その上で問題点は?」
「リーダーは牽制役に徹していたけど、リズが抜けると後の圧力が弱くなるかな。倒すのに時間がかかるから、ドルの負担が超増える」
フィアが問題を上げる。そこは懸念していた。ただ、リズがいないと倒した熊を移動させるのが難しい。
「うーん……。それも有るよね……。新しく入る人次第の部分も有るかな」
そんな感じで議論を続けていると、受付嬢が呼びに来た。一番広い会議室に向かう。
ドアを開けてもらうと、うら若い美人が立っていた。あれ?31歳だろ?どう見ても20代中盤か後半に入った感じだ。しかも、獣人だ!!初めて見た……。
髪の毛は橙と黒のメッシュで三つ編みにして、それをお団子を作ってそこに巻いている。その前方に猫っぽい、もこっとした耳が二つぴょこんと立っている。興味深そうにぴくぴく動いている。
本来耳の有る部分は、後に流した髪で隠れているが、耳は無さそうだ。そりゃ、耳が4つっておかしい。後、頬の辺りに少し白地に虎柄の毛が生えている。この人、虎の獣人か?後、胸元のボリュームが凄い。大迫力だ。
鎧は革鎧だけど、盾がごつい。ドルよりも厚みの有るライオットシールド並みの大きさの盾の真ん中に肉食獣の吠えている浮き彫りが施されている。これ自体が鈍器だ。
それに、腰に付けたメイスもごつい。短いが頭はドルと同じくらいの大きさだ。
「初めまして、アキヒロと申します。よろしくお願いします」
動揺は隠し、目礼して挨拶を切り出す。
「初めまして。某、テルシリナで御座る。親しい者はリナと呼ぶのでそうしてもらえるとありがたいで御座る」
え?武士の人?何これ、どんな意訳?うわー美人で御座るってチャット以上に違和感だ。くらくらする。
「はい。リナさんですね。どうぞおかけ下さい」
にこやかに笑顔を作りながら、席を勧める。リナが着席したのを合図に皆が座る。私の隣にはリズとロットに座ってもらった。
まず獣人がどう言うものか全然知らないので、そこから聞いてみる。どうも北の方に多く住んでいるらしい。北と言うとロスティー公爵領が有るが、あの辺りにもそこそこの数が住んでいる。
実際には、もっと北東の国に住んでいたのだが徐々に南下して来たらしい。種族的には寿命も含めて人間とほぼ変わらないが、表面化した獣の特性が現れるらしい。
犬系なら嗅覚が鋭敏に、猫系なら動きが速く柔らかになるらしい。偶にこう言う縞柄とか豹柄の猫系獣人が生まれるが、俊敏な上に腕力などがより高いらしい。虎そのものを知らないのか……。あぁ、鬣型の男性獣人もいるらしい。力が強いとの事だ。
子供への遺伝はバラバラで犬系獣人で結婚しても猫系が生まれたりするらしい。ただ、哺乳類で食肉目の獣相が現れるのがほぼらしい。それ以外は聞いた事が無いとの事だ。
「リナさんは、その縞があるタイプなんですね」
「如何にも。お蔭で冒険者としては、働きやすく、助かって御座る」
こそっとリズに確認したら、この人、古風な喋りで男性口調らしい。それで武士か。『認識』先生、洒落が効き過ぎています。
「今までの経歴は資料で確認させて頂きました。少々失礼ですが、今まで生活面では如何でしたか?」
どうもこの人、結婚していたようだ。相手は人間で子供が8つの時に亡くなったとの事だ。元々冒険者で、旦那も冒険者。14の頃から延々冒険者人生らしい。子供は双子で2人。
どちらも成人して独立したので、改めて王都近辺で冒険者業に本腰を入れていたら、私の話を聞きつけたらしい。子持ちの未亡人か……。属性多いな。
実家はロスティー公爵領内に有るらしい。
「まぁ、某も良い年齢ですからな、そろそろ落ち着いても良いかと。丁度歌を聞き、面白い御仁がおるなと思い、話だけでもと参った次第で御座る」
「年齢に関して31歳とお聞きしていましたが、かなり若いかと思いました。それは獣人の特性なのですか?」
「いやいや。昔の仕事で遺跡探索の際にアーティファクトを見つけたので御座るが。説明書きが無うて難儀致した。その際に弄っていたら、この有り様で御座る。どうも5歳程若返っておるようで」
31歳で5歳若返ったら26歳か……。ロットと同じくらいなのか。うわー、アーティファクト凄い。初めて実際に使った人見た。マジで若返っている。
「実際に冒険者としての役割分担はどのような感じでしょうか?」
基本は盾とメイスの前衛だ。ただ、獲物の痕跡探しや釣り行為、その他ありとあらゆる事をやってきたらしい。6等級以上の相手も経験豊富で、実力的にはオーガとも普通に殴り合っていたとの事だ。この人、ノウハウの宝庫だ。
「何でも出来ねば、中々中途でパーティーへの参加は難しいので御座るよ。そう言う意味でも、ここで末永く参加させて頂ければ望外で御座る」
『認識』先生に聞くと、『剛力』が2近く、『警戒』『隠身』も生えている。『棍棒(メイス)』『盾(大型)』もかなり高い。特別は無いが本当に逸材だ。
「これから、パーティーを分けての行動を考えています。言ってみれば私も仲間も格下です。その指示に従う事に不満は無いですか?」
「新参の身で御座る。それに某、人を率いるのにはとんと向いて御座らん。指示は絶対。命じて頂ければ、果たす所存で御座る」
「少し仲間と相談しても良いですか?」
リナが頷くので、室外に出て相談してみる。
仲間達の感触はかなり良好だ。経験の有る前衛で長く付き合える。人間的に見ても経歴的に見ても真っ当だ。話していても喋り方はあれだが、普通だ。
パーティーを分けるに際して、懸念だった探索と圧力の問題も片付く。お試しで様子を見て本採用で良いのではと言う事でまとまった。
部屋に戻り席に着く。
「仲間とも話しましたが、前向きに検討したく思います。何度か一緒に狩りに参加して頂き、その上で今後を考えると言う形で如何でしょうか?」
「それはありがたい。某に異存は御座らん。よろしく頼み申す」
深々と礼をしてくる。決まりだ。仲間達をそれぞれ紹介していく。その中で敬称の件も触れてみたが、忌避感は無く納得してくれた。逆に仲間の中に入れると言うので喜んでいた。
明日から試用期間と言う事で、朝一ギルド前集合で話はついた。
部屋からリナが去ると、ほっと溜息が出た。何だか、濃い面子になってきたな、このパーティー……。
「何か、失礼な事考えていないかしら?」
ティアナが表情を読んだのか、聞いてくる。
「いや、凄い人だったなと。あんな人が入って来るとは思わなかったから」
そう言うと、皆頷く。だよねぇ。7等級と言うよりほぼ6等級だ。明日が楽しみだ。ギルドの紹介で当たりっぽいのが来たのは嬉しい。
その後は皆で今後のフォーメーションや班分けの件で打ち合わせを行った。納得がいった所で解散となった。
ギルドの建物を出ると、茜色に空が染まっていた。
「ヒロの人望って、凄いね。どんどん引き寄せているね」
リズがニヤニヤと言う。
「あの歌どうにかならないかな。本当に困る」
そんな感じで答えながら、夕焼けに染まる家路を急いだ。