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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第192話 例え鼾をかこうが涎を垂らそうが、愛する人は愛する人です

 1月3日は夜明けと言うにはまだ早いかなと言う所で目が覚める。日本だと正月で、まだ朝まで酒を飲んで寝始めたくらいだな。

 そう思いながら、横のリズの方を向く。半開きにした口から涎が可愛く垂れている。端切れで拭きとり、布団をかけ直した。


 部屋の中でも朝晩は、吐く息が少し白くなり始めた。タロは風邪をひいていないかなと箱の方に向かう。

 眠っていたが、近づく足音で目を覚ましたのか、はっはと口を開けて興奮している。かけている毛皮に指を差し込むが体温に変化は無い。

 もう少し寒くなれば、体温調節用に何か考えなければならない。ペットヒーターなんて便利な物は存在しない。湯たんぽ程度だが、漏らす子に使うには布が勿体無い。

 うーん。少しくらい散財しても良いのだが、厚手の布は兎に角高い。下に敷く布に毛皮を敷いて、そこに湯たんぽを挟み込むか……。


『まま、おなか、すいた』


 ひゃんひゃんと鳴く。まだ暗がりの中、キッチンの(かめ)から少し小分けにして部屋に戻る。この羊乳もティーシアが交渉してフィアの所から買っている。

 フィアの所も世話で大変だろうに。ティーシア含めて頭が上がらない。


 湯煎して、乳に濡れた小指を口元に触れさせると、咥えて強く吸い始める。少しずつ匙で乳を追加するが違和感と言うかチクっとした。

 満足して転がるタロをけぷっとさせた後、口を開かせる。見ると微かにだが1本だけ歯肉を貫き、牙が生えている。これか……。

 様子を探ろうと、牙に指先で触れると、タロが物凄い勢いで小さな尻尾を振るう。


『まま、きもちいい、もっと』


 あー。犬って噛む感触、歯に物が当たる感触に快感を感じると聞くが、それか。痒い所を掻かれるのに近い快感かも知れない。

 マッサージをするように、そっと生えたての牙に触れる。目も開いていないのに、気持ち良さそうに眼を細める。危ない快感なのか、これ?


 ある程度触っていると満足したのか、転がって、ずりずりと箱の中に体を擦り付け始める。飽きっぽい所も大物だ。


 そんな事をしていると、徐々に窓の外が白み始める。窓を開けて外を覗くと雪はすっかり溶けて無くなっていた。風は冷たいが、我慢出来ない程では無い。

 今日は確か、皆が町から帰る日だ。雪が残っていなくて良かった。スリップで大惨事とか洒落にならない。


 ここまで白めば、ティーシアも起き出すだろう。キッチンに向かうと、もう火を点けて朝ご飯の準備を始めていた。


「おはようございます。手伝います」


「あら、おはよう。早いわね。ありがとう。じゃあ、手伝ってもらおうかしら」


 朝ご飯の準備を進めていると、リズが()ぼけ(まなこ)でキッチンにやって来る。


「おはよう。ふわぁぁぁ。眠い」


「リズ、昨日昼寝までしてたじゃない。アキヒロさんが手伝ってくれてるのに、何をやっているのよ」


 朝からティーシアの雷が落ちる。


「えぇぇぇ。えーと、そう。ヒロが早いの。私、普通。ヒロが偉いの。だから……」


「リーズー?もう、したんでしょ?名実共に奥さんよ?もう男爵夫人よ?旦那さん働かせて寝てるなんて、恥ずかしいわ……。もう、この()は……」


 まぁ、どこのうちも同じだなと思いつつ、沸騰したお湯に刻んだベーコンを投入する。ぎゃーぎゃーと言う教育的指導を聞き流し、十分に脂が溶け出したところで塩漬けキャベツを投入する。

 後は胡椒で香り付けだ。今日もパンはどっしりライ麦パンだ。まぁ、スープに浸して食べるので、硬さも重さも関係無い。スープがしょっぱいので逆にこのくらいが丁度良い。


「リズ、今日の予定は?」


 助け舟を出す。


「お父さんと一緒に猟かな?ちょっと休み過ぎて、鈍っちゃったし。頑張って来るね」


 にこやかに微笑みながら言う。若干食っちゃ寝していたので、太って無ければ良いけど。体格はリズの方が良い。色々試したが、ちょっと無理なものも有った。まぁ、どうでも良いか。


「分かった。怪我には気をつけてね」


 アストが起き出して来たので、胡椒で味を調え、完成とする。


「あら、悪いわね。ほとんど全部やってもらっちゃって」


 ティーシアが恐縮するが、刻みはもう終わっていたので、投入だけだ。手間でも無い。


「いえいえ。お手伝い出来て良かったです」


 そう言いながら、スープ皿によそい、テーブルに運ぶ。


「では、今日も一日の為に。食べようか」


 アストの一言で食事が始まる。ラードを軽く塗り、スープに浸けてパンを食べていく。強めの塩気と酸味の有るパンとのコンビネーションも慣れた。これはこれで良いと思う。


 食事から少しの休憩と装備の用意が終わり、二人が猟に出る。

 ティーシアは後片付けを始めていた。


 私は、槍を担いで、木工屋に向かう。ノーウェに今度何か頼む時用にバックギャモンを作っておこうと決めた。


 ふと視界の端の動きに気付き見てみると、長い軍の隊列が北の森に向かって進軍している。ノーウェが言っていた工兵部隊か。護衛と共に荷車には建築資材を積んで輜重隊と一緒に行動している。

 あれの特許分もその内入って来るのだろう。しかし、ノーウェは流石にそつが無い。幕舎もかなり良い物が美しく村の外に並んでいる。兵への負担を減らす為に金を使えるんだから、精兵にもなる。


 そんな事を考えながら、木工屋に到着する。

 木工屋で話をすると、一度作った物なので話は早かった。細かな修正部分だけを調整してもらい、支払いを済ませた。


 後はネスの所だが、あまりせっつくのも申し訳無いので、夕方に寄ろう。


 昼は外で済ます旨はティーシアに伝えている。川の方に出て、火魔術と槍の訓練かな?

 てくてくと、北の森側の川まで向かう。水面に向かってえげつないイメージの炎を生み、飛ばし続ける。うーん、水の中で燃えている炎っていかにもファンタジーな世界だな。まぁ、理科の実験でも見たが、ここまでの規模では無い。

 そんな感じで、槍の訓練と過剰帰還までの魔術の訓練を交互に続けて行く。お昼は食堂まで戻って、食べた。再度戻って来て、訓練を続ける。

 正直、中々訓練する暇も無く、こう言う時間は助かる。結局、慣れていないと咄嗟の時には使えない。現実はゲームや漫画、小説じゃ無い。身に付けて初めて使える。お手軽な強化なんて無い。


 そんなこんなで久々に充実した訓練三昧を送れた。邪魔も入らない。素晴らしい環境でした。


 夕方前にこそっとギルドの建物に入る。取り敢えず2名に見つからないように受付嬢を捕まえる。熊の高騰状態を聞いてみたが、やはりまだ続いている。

 ただ、1月の半ばから2月の半ばまでは深刻に冷え込む。そこまでいけば、冬眠が始まる。タイムリミットはオーク戦の後の少しの期間だな……。

 見つからない間に、さっさと退散する。


 鍛冶屋に向かう。ドルはまだ作業中と言う事で、店舗でネスと話す。


「おぅ、出来たぞ。しかし、仕様書に合わせて処理したが、これはこれで良いな。勉強になった」


 丁寧にも、ニス塗の見事な木箱も付けてくれている。開けると、柔らかな布に包まれたバレッタが見えた。


 銀の表面は鏡面加工では無くマットに仕上げてもらった。全体に均質にマットにするのはサンドブラストが必要だが、荒砥石で表面をざっと削ってもらい、細かい砥石で仕上げてもらった。

 銀色と言うより、光の乱反射で白に近い発色だ。手作業なので、均質では無くマーブルに仕上げが施されているが、何とも味が有る。個人的にはこっちの方が好ましい。


「良い仕事ですね。加工も独特の味が有りますし」


「けっ。腕が良けりゃ、均質にも処理出来る。腕の無さが原因だ。あんまり褒めんな。弟子が付け上がる」


 仕上げの細工も見事だ。忠実に設計に合わせて細工している。蔦の部分なんて細かい石を薄く削り、葉と茎の部分として表現している。花も花びら一枚一枚が独立している。

 石の固定も脚を極力目立たないように、それぞれ埋め込んである。


「これ、足出たでしょ?」


「あん?弟子の不手際だ。気にすんな」


 はぁぁ。本当にこの人は。


「相手が銀髪の輝く髪です。これなら銀でも映えます。本当にありがとうございます」


「良いって事よ。まぁまた何か有ったら言ってくれ」


「はい」


 そう言いながら、辞去した。


 ノーウェの屋敷に寄り、馬車が戻って来ているのは確認した。


 家に戻り、魔術の訓練をしながら、リズ達の帰りを待つ。ティーシアには夕ご飯は二人共いらない旨は伝えた。


 しばし待つと、イノシシを担いだリズがアストと帰って来た。


「おかえり。立派だね」


 かなりの巨体に驚いていると、リズが答える。


「ただいま。まだまだ森の食べ物が豊富だから、丸々と肥えているよ。何か有った?ちょっと待ってね。納屋に置いてくる」


 そう言うと、アストと共に納屋に消える。


 出てきたリズに事情を伝える。すると顔を輝かせて言ってくる。


「うわー。成人の祝いなんて貰えなかったよ。良いなぁ。見ても良い?」


「駄目。本人が先」


 そう言うとちょっと落胆した様子だった。


 そのまま、青空亭に向かう。


 ドルも含めて、皆宿に居たので、食堂に集まってもらった。


「移動直後の呼び出しで申し訳無い。ちょっと用事が有って集まってもらったよ」


 そう言って、ロッサを前に引っ張り出す。


「ロッサさんがこの年明けで成人を迎えました。そのお祝いとしてプレゼントを贈りたいと思います」


 ロッサに箱を渡す。本人は良く分かっていないのか、箱を持ったまま呆然と立っている。


「開けてみて、ロッサさん」


 そう促すと、箱を開ける。中を見た途端、驚いた顔になる。


「え、これって……。私に……ですか?え、あ、可愛いです……けど、良いんですか?」


「折角の成人のお祝いだから。ロッサさんに貰って欲しい」


 そう言うと、その瞳に涙を溜めて抱き着いてきた。


「あの、私、こんなの初めてで……。それにこれ、可愛いですし、兎付いてますし、それに……それに……」


 言葉に出来ないのか泣きじゃくりながら、必死で抱き着いてくる。


「うん。親御さんから贈れたら一番良かったけど、今は私が保護者代わりだから。成人おめでとうね、ロッサさん」 


 抱き締められながら、頭をポンポンと撫でる。


「はい……本当に、ありがとうございます。これ、大事にします」


 女性陣が細工を見て、キャーキャー言いながら、ロッサの頭を玩具にしだした。最終的には少し下の方のポニーテールで決まったらしい。

 ロッサがくるくる回って、具合を確認する。


「髪が邪魔じゃありません……。本当に、本当にありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべて、ロッサが答える。

 バレッタは銀色の輝く髪にワンポイントとして映えている。想像以上に良く似合っていて本当に良かった。

 女性陣の受けも良い。


 誕生日祝いと言う事で食事も私の奢りとなった。ただ、明日はお仕事なので、アルコールは無しだ。

 町での出来事を聞きながら、楽しい時間を過ごした。ロッサも着せ替え人形状態になっていたらしい。


「俺からもリズさんに。出来たぞ」


 ドルが小脇に抱えていた布の塊をリズに渡す。リズが開けると、右手用のガントレットが出てきた。

 錆防止に全体を焼いたようで、黒く鈍く輝いている。これ全身だと黒騎士みたいにならないか?


 リズが早速嵌めて見て、具合を確認する。ガチャガチャせず、スムーズに指の曲げ伸ばし、肘の可動が出来る。


「うわー。ありがとう、ドルさん。良いよ、これ」


 そう言われると、少し照れたようなドル。わいわいがやがやと食事の時間はあっという間に過ぎて行った。


 解散し、それぞれが部屋に戻り、私達は家に向かう。


「良かったね、リズ」


「右腕はどうしても武器を振るうから、怪我しがちだったけど、これで怪我も無くなるね」


 そう言いながら話し合った。


 家に着き、ドアを開ける。温かい空気に包まれながら、お風呂の準備を進める。


 リズはガントレットを外し、部屋着に着替えている。タロの乳をあげるらしい。湯煎した物を渡す。


「あれ?ちくっとした」


 リズも気づいたのだろう。


「歯が生え始めていたよ」


「へー、見てみたい」


 げっぷをさせて口を開かせる。


「あ、本当だ。可愛い」


 リズがちょんちょんと触ると、タロが尻尾を振って喜ぶ。やっぱり気持ち良いらしい。


「あは、可愛い」


 そんな感じで、タロが飽きるまで遊び箱に戻す。便も下痢と言うより、柔らかい便に変わってきた。初日はやはり寒さによるものだったのだろう。


 そのまま、次々にお風呂に入って行く。タロも自分の番が近付いてくる事に気付いたのかワクワクしだす。


 お風呂上がりのリズに頼み、タロを入浴させる。全く抵抗も無く、タライの中で浮いている。小さな鳴き声をあげながら、至福を表現している。


 私も最後に入浴する。今日は特に考える事も無い。ただ、ロッサが喜んでくれたのは嬉しかった。リズのガントレットも今後の怪我の発生率を下げてくれるだろう。


 そんな事を考えながら、風呂を上がる。後片付けを済ませて、部屋に戻る。


 部屋では、リズがタロをわしゃわしゃしていた。抵抗もせず、きゃっきゃ思っている。大分慣れてきたな。


 疲れたのか、うとうとし始めたので、そのまま箱に戻す。


「んー。なんだろう。特に大きく生活が変わった訳でも無いのに、余裕?みたいなのを感じる」


 リズが小首を傾げて呟く。


「したから、安心したんじゃないかな?でもこれからは男爵夫人だよ。ティーシアさんも言っていたけど、頑張らないと」


 そう言うと、ちょっと嫌な顔をし始めた。


「頑張る……」


 そんな可愛い彼女を抱き締めて、そのままベッドに雪崩れ込む。


「そんな事関係無く、リズが大切なのに変わりはないよ」


 真剣な瞳で見詰めると、リズが赤面する。


「うん。信じる……」


 そう言いながら、二人が一つになる。


 窓の外の風は今日はそこまで強くない。ただ入り込む風は冷え切っていた。1月3日はそうして終わっていった。

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